作品タイトル不明
仲間たち
「貴方に一つ、頼みがあるんだけど」
「何? 誰か紹介しましょうか?」
「それも嬉しいんだけど……」
アンネリーゼの耳に、私は小声で話した。
少しして、ニッキーたちの輪に戻った。
「お待たせしました」
「ガブリエルさん、ここに妹さんがいたんですか?」
「そう。妹はジョン・ド・ヴィラール伯爵の妻なのよ」
「え、すごいじゃないですか!」
エレナが頷いた。
「王室にも近い家系よね」
「だったら、僕、要らなかったんじゃ……」
マルコが小声で言った。私は苦笑した。
「そんなコネクションがあったなんて。どうして今まで使わなかったんですか」
ニッキーが前のめりで聞いた。
「うん、実は……」
少し間があった。言いにくいことを言いにくいまま言う、という感じの間だった。
「伯爵夫人の妹に、離縁した年増の情けない姉と思われるのが恥ずかしかったんです」
全員が黙った。
「そんなことないです! ガブリエルさんは——」
私は首を振った。
「いいえ、実際そんな理由で距離を置いていたのは事実ですから」
照れくさくて、でも今はそう言えた。
「私、小さな人間なんです」
ニッキーが何か言おうとした。私は続けた。
「でも」
「矮小な嫉妬心で、機会を失ってはならないって反省したわ」
「機会?」
エレナが首を傾けた。
その時、広間の入り口がざわついた。
人々の視線が、一点に集まった。
アンネリーゼが歩いてきた。
解放の黒を、着ていた。
広間の光の中で、黒が静かに輝いている。アンネリーゼの白い肌と黒のドレスが、互いを際立たせている。周りの婦人たちが、グラスを持ったまま目を向けていた。
「あれ、これとっても着心地がいいわね」
アンネリーゼが首を回しながら、私のところまで歩いてきた。
エレナが私の腕に触れた。小声で言う。
「……ガブリエル」
「ええ、いけるわよ」
アンネリーゼが、少し恥ずかしそうに立ち止まった。
「これでいいかしらお姉様」
「ええ、似合っているわよ、アンネリーゼ」
──周りの婦人たちが注目している。これで解放の黒を着るハードルが下がるはず。
「あっ、そうだ。貴方にも私の仲間を紹介するわ」
「仲間?」
「一緒にお店をやっているエレナ」
「エレナ・ヴォーンよ」
「画家のマルコ」
「よ、よろしく」
「実業家のニッキー」
「ニッキー・カートライトです」
アンネリーゼが四人の顔を順番に見た。それぞれが違う種類の人間で、それぞれの目に、本物の力がある。
「私たちで、この服を広めたいの。貴方も協力してくれる?」
「わ、わかったわ」
◇ ◇ ◇
アンネリーゼの動きは、早かった。
「ねえ、ちょっと見てよ、このドレス」
知り合いの婦人に声をかける。婦人がアンネリーゼを見て、首を傾ける。私が一歩前に出て、一着を差し出す。
「良ければ、お持ちください」
「えっ、いいんですか?」
輪が広がった。三人が四人になり、四人が七人になった。エレナがドレスを手渡し、私が名前を聞き、アンネリーゼが笑顔で橋を渡し続ける。
持ってきた在庫が、みるみる減っていく。
夜が深まった頃、三人でワインを傾けた。
「ありがとう、アンネ」
「いいの? タダであげちゃって」
「もちろん。これは宣伝よ。損して得とれってね」
アンネリーゼが、少し黙った。
「……本当、姉さん変わったわね」
「そう?」
「逞しくなったというか」
「あはは、商人になったからかなあ」
エレナが二人の若い婦人を連れてきた。
「ガブリエル! この子たちが貴方と話したいって」
「ありがとう。着心地はどうですか?」
私が話しかけると、二人が顔を見合わせて嬉しそうに答える。エレナが横から補足する。マルコが少し離れたところで見守っている。ニッキーが別の紳士と話しながら、時折こちらに目を向ける。
アンネリーゼはその様子を、少し離れて眺めていた。
──ああ、そうか。
姉さんを変えたのは、この仲間たちなんだわ。
その顔に何が浮かんでいるか、私は気づかなかった。ただ、夜会の光の中で、全員が同じ方向を向いていた。
そしてこの日から、ガブリエル商店の快進撃が始まった。