軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

302 カンナ侯爵領訪問 1

夕日が沈む時刻に、サフィアお兄様と私、カールの3人はカンナ侯爵領に到着した。

カンナ侯爵家の玄関前に馬車を付けるとすぐにアレクシスが出てきて、私たちを出迎えてくれる。

「いらっしゃい、待っていたよ」

アレクシスは黄色とオレンジ色の神秘的な2色の髪を持つカンナ侯爵の一人息子で、海上魔術師団長という立場上、普段は王都に住んでいる。

そして、昨日も王都で会ったので、私たちの訪問に合わせて領地に戻ってくれたようだ。

「アレクシス、お出迎えありがとう。私たちが遊びに来るって言ったから、お仕事を休ませちゃったのじゃないかしら」

申し訳なく思いながら尋ねると、アレクシスはにこりと微笑んだ。

「ルチアーナが気にすることは何もないよ。実のところ、私は休みがあり余っているんだ。そして、こんなことでもない限り休まないから、いい機会だったよ」

アレクシスはそう言うと、サフィアお兄様に向き直った。

「サフィア、来てくれてありがとう」

「やあ、こちらこそ招待してくれて感謝する」

アレクシスと兄は2人で握手を交わした後、それぞれ肩を叩き合った。

アレクシスは警戒心が強いタイプなのに、たった数日一緒にいただけで、兄とすごく親密になってしまった。

お兄様が人たらしなのが主な原因だろうけど、それ以外にも、『 魔の★地帯(バルシュミースター) 』で大変な出来事を体験したおかげで、強い連帯感が生まれたということがあるんじゃないかしら。

久しぶりに過去世界の出来事を思い出していると、アレクシスがカールに向かって手を差し出した。

「最後に初めまして王子様。王都で海上魔術師団長を務めているアレクシス・カンナです」

礼儀正しくも親し気なアレクシスの態度に、カールの緊張が解けたようで、カールはふっと表情を緩めた。

「ニンファー王国の第二王子、カール・ニンファーだ」

アレクシスはカールと握手を交わすと、如才なく言葉を続ける。

「ニンファー王国は水に恵まれた国だと聞いています。我がカンナ侯爵領も雄大な海に面していますので、どうかこの地を楽しんでください。……生憎、今は冬ですが」

アレクシスが悪戯っぽく最後の一言を付け足すと、兄も茶目っ気を覗かせてぱちりと片目を瞑った。

「案ずることはない。我が妹は火魔術の使い手だから、きっと、我々では想像もつかないようなやり方で、冬でも泳げる方法を考えてくれるに違いない」

私の魔術の腕を知らないカールが、期待するような目を向けてきたので、私は心の中で兄に言い返す。

私は学園の劣等生ですよ。そんなことできるはずがないでしょう!

しかしながら、淑女の鑑としては顔に出すことなく、さらりと受け流す。

「ほほほ、そんなとんでもない方法を思い付くかどうかは、私がアイディアを閃く環境を、お兄様が準備できるかどうかにかかっていますわ」

学園の魔術の授業で、悪役令嬢ルチアーナが火魔術を選択したのは、エルネスト王太子に夢中だったからだ。

『王太子とお揃いになりたい』というピンクの考えに基づいて行動した結果なので、実際には火魔術の適性などなく、ちっぽけな魔術しか使えない。

ああー、こんなことなら、もっと真剣に授業を選ぶべきだったわと過去の行いを悔やんでいると、カールが言葉を差し挟んできた。

「海が冷たくても問題ない。オレは寒さに強いタイプだから、冬の水に浸かっても寒いと思わないんだ」

そんなことがあるものかしら。きっと雰囲気をよくしようと冗談を言ってくれたのね。

「それよりも、ルチアーナ嬢は疲れているのじゃないか。馬車の中でも長い時間眠っていたし、今夜は早めに寝た方がいいはずだ」

カールがとんでもないことを言い出したので、ぎょっとする。

「えっ、私が馬車の中で眠っていたんですって!?」

確かにうつらうつらしていたけれど、頑張って起きていたはずよ……と思ったけれど、そういわれれば馬車の中の記憶がない。

焦った私は、カールに言い返す。

「カ、カール様と一緒にいて、そんな失礼をおかすはずがありません! 眠っていたように見えたとしたら、それは、その、……ば、馬車の中で瞑想をしていただけです!!」

居眠りとはいえ、貴族令嬢が異性の前で寝顔を晒すなんてあってはならないことだ。

だから、ここは何としても誤魔化さないといけないと必死になっていると、カールは紳士らしく素直に受け入れてくれた。

「ルチアーナ嬢の言う通りだ。確かに君は、馬車の中で瞑想をしていたのだった。言い訳をさせてもらうと、君がうとうとした様子を見せるたびに、サフィア殿が日除けの布を君の全身に被せていたんだ。それで、君の顔が見えなかったうえ、ピクリとも動かなかったから、勘違いをしてしまった」

「あ、そ、そうなんですね。それは私も悪かったです」

明らかに淑女的な誤魔化しをしているのに、紳士的に受け入れてくれるカールに申し訳なさが募り、ぺこりと頭を下げる。

それから、兄にも感謝を込めて頭を下げた。

さすがお兄様、完璧なフォローです。おかげで私の令嬢としての品格は保たれましたわ。

私たちのやり取りを見ていたアレクシスが、さり気なくフォローの言葉を差し挟んでくる。

「昨日は学園の聖夜祭が夜中まであったからな。ルチアーナ嬢にはその疲れが残っていたのだろう」

彼の言うことはもっともだったものの、事実とは少し違ったので訂正を入れる。

「アレクシスの言うことはその通りだけど、それだけではなく、昨夜はほとんど寝ていないの。ダイアンサス侯爵邸に戻った後、一晩中、ハープの特訓をしちゃったのよね」

ゲームのストーリーに従うなら、カールと親しくなるためには、ハープで彼の心を解きほぐす必要がある。

だけど、私のハープの腕前はまだまだだから、少しでも上達するよう練習したのだ。

「ハープ? ルチアーナ嬢はハープを弾くのか?」

アレクシスが驚いて聞いてきたので、私の柄じゃないわよねと頬を赤くする。

「まだ練習中なの」

「そういえば、我が家にもハープがあったような……」

アレクシスが考えるように腕を組んだので、私はぱっと顔を輝かせた。

実のところ、カールとお友達になるためには、特別なハープを演奏する必要がある。

そして、そのハープはカンナ侯爵家が所有しているのだ。

というのも、カンナ侯爵家のハープはどういうわけか、カールにとって優しい音である風や水の音そっくりの音を響かせるという。

カンナ侯爵領はカールの母国と隣接しているから、もしかしたらハープの材料にした木材に、カールに馴染みがあるものが使われているのかもしれない。

だからこそ、その特別なハープが奏でる音を聴くと、カールは昔の優しい記憶が呼び起こされ、穏やかな気持ちになれるのだ。

カールの人生は過酷だから、少しでも優しい気持ちになれる機会があれば、提供したいわよね。

ただし、そのためには……。

私はもう一度、ゲームの内容を思い返す。

この世界の基になったゲームの中で、カールは主人公が演奏しているハープの音を聞いて、自ら話しかけてくる。

『とても美しい音色だ。もしよければ今後も君の演奏を聞かせてもらえないか?』

つまり、カールの心を動かすためには、少なくともカールに私のハープを『とても美しい音色だ』と思わせなければならない。

だから、練習あるのみだわと考えていると、アレクシスは優しい瞳で私を見つめた。

「ハープが見つかったら、君の部屋に持っていくよ」

「ありがとう!」

やったわ。もしかしたら想定していたより簡単に特別なハープを手に入れられるかもしれないわ。

そう考えながらアレクシスについていくと、可愛らしい客室に案内される。

そこで身だしなみを整え一息ついた後、私たちは晩餐室に集合した。

そこではカンナ侯爵夫妻が待っていて、初対面のカールを温かく迎え入れてくれる。

それから、夫妻は兄と私に向き直った。

「サフィア殿、ルチアーナ嬢、久しぶりだね。先日は、私たちの息子が大変世話になった」

「お二人のおかげで、アレクシスは無事に戻ってこられたわ。それなのに、あの時は十分なお礼も言えなかったから、心残りだったの」

前回、海上で行方不明になったアレクシスを心配して、カンナ侯爵夫妻は自前の船団に乗って、『 魔の★地帯(バルシュミースター) 』付近まで駆け付けてきたのだ。

そんなお二人は『 魔の★地帯(バルシュミースター) 』のことをどれだけ聞いているのかしらと考えていると、侯爵が考えを読んだかのように答えを口にした。

「実のところ、アレクシスは行方不明になっていた間のことをほとんど話さなかった。それで察したんだよ。ほぼ全て守秘義務がかかった大変な事案だったとね」

さすが高位貴族家の当主だわ。

類推力がすごいわねと感心していると、侯爵夫人が眉尻を下げる。

「そんな大変な場所に、これほど可憐なお嬢さんが交じるなんて怖かったでしょうね」

「いえ、アレクシスや兄が一緒にいてくれたので大丈夫でした」

正直に返すと、アレクシスが肩をすくめた。

「ルチアーナが私の名前を出したのは社交辞令だよ。彼女は何だって解決できるから、ほとんど一人でやり遂げたんだ」

「……アレクシスは謙遜を知らないところが欠点だったけど、ルチアーナ嬢のおかげで性格が矯正されたようね」

「アレクシスの口から出たとは思えないほど弱気な言葉だな!」

カンナ侯爵夫妻が驚いたように目を丸くしたので、そういえば初めて会った時のアレクシスは自信満々な色男だったわ、と懐かしく思い出す。

侯爵夫妻と楽しく会話を交わしている間に、テーブルの上には次々と料理が並べられていった。

カンナ侯爵領は海に面しているため、魚や貝といった魚介類をふんだんに使った料理がたくさんあったけれど、肉料理も同じくらいたくさんあった。

そのため、通常の倍ほどの料理がテーブルの上にぎっしり並べられた形になり、目を丸くしていると、侯爵夫人がさり気なく説明してくれた。

「我が侯爵家は魚介料理が自慢だけれど、慣れない者には食べにくいかもしれないと思ったの。だから、王都で食べ慣れているだろう肉料理も準備させたわ」

侯爵夫人の言葉を聞いて、さすが『社交界の華』と呼ばれるだけあって、完璧な気遣いねと感心する。

早速、お料理をいただいたところ、魚介料理はどれも絶品で、さらにはお肉料理もものすごく美味しかった。

満足いくまで料理を堪能した後、皆で応接室に移動して紅茶をいただく。

甘いものは別腹だわと、クッキーを摘まみながら和やかに話をしていたところ、廊下で足音が響いた。

どなたかしらと思っていると、隣でアレクシスが顔を曇らせる。

「こっそり戻ってきたつもりだが、どこから私の帰宅を聞きつけたようだな」

アレクシスは訪問者に心当たりがあるのかしらと考えていると、扉が勢いよく開いた。

「アレク様!」

甘い声とともに飛び込んできたのは、どこかで見た覚えのあるオレンジの髪の女性だった。