作品タイトル不明
291 緩衝地帯で一休み? 7
アレクシスと別れた後、私たちは次の部屋である『祝歌が響く礼拝堂』に行くことにした。
扉口から中を覗いてみると、30名くらいの生徒たちが整列してキャロルを歌っている。
そこは厳かな礼拝堂で、少し色褪せたクリーム色の壁と古めかしいシャンデリアが心を落ち着かせてくれた。
空いている椅子に座り、歌声に聞き入っていると、歌っている生徒たちの中に生徒会役員であるジャンナとカレルがいることに気が付く。
「セリア様、ジャンナ様とカレル様がいますわ」
隣に座るセリアに話しかけると、彼女は笑顔で頷いた。
「ええ、お2人は歌がとてもお上手なんです。素晴らしい趣味ですよね」
その通りねと同意すると、私はもう一度聖歌隊の声に耳を傾ける。
大勢の歌声の中から2人の声を聞き分けることはできなかったけれど、とても素敵な歌だったため、私はうっとりと聞き惚れた。
数曲聞いたところで聖歌隊が休憩に入ったので、ジャンナとカレルに声をかけて礼拝堂を後にする。
とてもいい歌を聞かせてもらったわとにこにこしていると、ユーリア様が悪戯っぽい表情で見つめてきた。
「いよいよお楽しみもあと2つになってしまったわね。それでは、満を持して『ヤドリギを飾った部屋』に行きましょうか」
全員で賛成すると、私たちはわくわくしながら『ヤドリギを飾った部屋』に向かった。
歩いている途中で、ダリルが「ヤドリギってなあに?」と聞いてきたので、詳しく説明する。
「ヤドリギというのは白い実をつける植物のことよ。幸運や永遠の愛の象徴となっていて、聖夜には欠かせない植物なの」
ダリルは興味を引かれたようで、さらに質問してきた。
「ヤドリギがたくさん飾ってある部屋にいると、幸運になったり、永遠の愛が与えられたりするの?」
ダリルの無邪気な質問にどう答えたものかしらと躊躇する。
「ダリルの言う通りなのだけど、部屋に入っただけで幸運になったり、永遠の愛が与えられたりすることはないんじゃないかしら」
「じゃあ、ヤドリギの下で願えばいいってこと?」
「そうねえ、ただ、ヤドリギの下で叶うのは限定的な願いかもしれないわ。『世の中の人全員と仲良くなりたい』とかは叶えられないのよ。だから、誰かと一緒に立つことが重要だと思うわ」
ダリルは頷きながら熱心に聞いていた。
私はこれまでの聖夜を思い出しながら、さらに情報を補足する。
「聖夜ではお友達だとか、恋人だとか、ヤドリギの下に一緒に立つ相手との関係を願うものなの。『永遠の友情』とか『永遠の愛』とかをね。あ、でも、幸運は一人で願ってもいいのかもしれないわ」
そもそも聖夜は家族で過ごすものだけれど、最近では友人や恋人と過ごす者も増えているという。
そうであれば、友情や愛情を願うものかもしれないと思ったけれど、ダリルは不思議そうな顔をした。
恐らく、特定の植物の下に立つだけで願いごとが叶うというのは、非現実的なことに思えるのだろう。
確かに聖夜の言い伝えには何の科学的根拠もなく、願ったからといって、実際に幸運や永遠の関係が手に入るわけではない。
だから、これはただの聖夜のお楽しみなのだけれど……そうはっきり言うのも夢がないわよね。
「ダリル、聖夜は親しい人たちと過ごす特別な夜なの。だから、心から願ったことであれば、特別に叶うのかもしれないわ」
友情や愛情というのは毎日の積み重ねのうえに成り立っている。
聖夜という特別な夜に願った関係ならば、永遠に続くよう日頃から大切にするのじゃないだろうか。
そうしたら、結果として永遠になって、聖夜の願いが叶ったことになるのかもしれない。
そう思ってぎりぎり嘘にならないよう答えると、ダリルは嬉しそうに微笑んだ。
「そうなんだね」
それから、私の手をぎゅっと握ってきた。
ダリルの喜びが伝わってきて嬉しくなり、彼の手を握り返したところで、ユーリア様が少し先を指差した。
「『ヤドリギを飾った部屋』にどなたかいらっしゃるみたいね。部屋の外までものすごい行列ができているわ」
ユーリア様が言う通り、部屋の前には大勢の女性が並んでいた。
そういえば、先ほどアレクシスの周りから生徒たちがいなくなった際、彼は「『ヤドリギを飾った部屋』にスーパースターでも現れたのかな」というようなことを言っていた。
ということは、エルネスト王太子かラカーシュでも来ているのかしらと考えていると、大きな歓声が響いた。
「これほどの歓声を上げさせることができるスーパースターは誰なのかしらね?」
ユーリア様の楽しそうな声を聞いて、私も楽しくなってくる。
興味本位で扉から中を覗き込むと、大勢の人だかりの中に色鮮やかな青紫色の髪が見えた。
「えっ?」
こんな綺麗な髪色を持つ男性を、私は兄の他に知らないわ。
そう思いながら目を凝らしたところ……大勢の女子生徒に囲まれている青紫の髪を持つ男性は、やはりサフィアお兄様だった。
まあ、どうしてこんなところにいるのかしら。
と自問したところで、カールとセリアの声が蘇る。
『緩衝地帯には、サフィア殿に誘われて来たのだ。彼は別の部屋にいる』
『緩衝地帯で催されるイベントの多くは、毎年実施されているものです。そして、例年、生徒会ではそのイベントに積極的に参加するよう、人気のある生徒たちに依頼しています』
なるほど、お兄様は生徒たちが聖夜祭を楽しめるよう、イベントを盛り上げているのね。
こっそり見ていると、兄はずっとヤドリギの下に立っていて、そこから動くことはなかった。
代わりに、女子生徒たちが入れ代わり立ち代わり兄の周りに集まり、兄と一緒に聖夜の願いごとを口にしていた。
それから、女子生徒たちは頬を赤らめながら、兄が羽織っている長いマントに小さなリボンをくっつけている。
そのため、兄のマントは模様入りかなと思うほど、上から下までびっしりと色とりどりのリボンが貼り付けられていた。
「あのリボンは何かしら?」
隣にいるセリアに尋ねると、彼女はサフィアお兄様のマントを見て目を見張る。
「まあ、すごい数ですね! ええと、あれはヤドリギの部屋のお楽しみです」
「ヤドリギの部屋のお楽しみ?」
それは一体何かしら?
初めて聞く話に首を傾げていると、セリアが詳しく教えてくれた。
「最近流行っている聖夜のお楽しみで、ヤドリギの下で一緒になったという記念に、自分とお相手に同じ色のリボンを付けるんです。そして、今夜は一晩中、お揃いのリボンを付けている恋人感覚に浸って楽しむんです」
「まあ」
ということは、お兄様は今夜一晩で何人の恋人がいる設定なのかしら。
「……100人はいるわね」
兄のマントに付けられたリボンの数をざっと数えて呆れていると、部屋に飾られた鳩時計から小さな鳩が飛び出してきて時刻を告げた。
「あら、もうこんな時間なのね」
目を瞬かせていると、セリアが説明してくれる。
「ヤドリギの部屋の休憩時間です。サフィア様のように人気がある方は、ヤドリギの下に立ちっぱなしになるので、一時間ごとに休憩時間を設定しているんです。鳩が時刻を知らせてから10分間は、この部屋の全員が休憩を取る決まりです」
「そんなルールがあるのね」
知らなかったわとセリアと話をしている間に、女子生徒たちは兄にお礼を言って、ぱたぱたと部屋から出ていった。
一方の兄は私たちに気付くと、ふわりと微笑む。
それから、片手を胸にあてると、とても綺麗な貴族の礼を執った。
「お嬢様方、ようこそヤドリギの部屋へ」
兄は冗談で礼をしたのだと分かっていたけれど、体に沁みついたマナーのおかげで、見惚れるほど美しい所作となっていた。
「高位貴族というのは侮れないわね。冗談のつもりのポーズが、ただ己の身分を告白するものになっているわ」
呆れたようなユーリア様の言葉に、全員が無言で頷く。
兄の優雅で上品な所作は、どこからどう見ても高位貴族のものだったからだ。
ほうっとため息をついていると、兄が悪戯っぽい表情で目を細めた。
「さて、お嬢様方は私と一緒にヤドリギの下に立ってくれるのかな? それとも、私は邪魔者だから横にどいてほしいとお望みか?」
ユーリア様は考えるように片手で顎を摘まむと、横目で兄を見る。
「そうねえ、これほど素敵な男性を前にしたら、一緒にヤドリギの下に立ってほしいとお願いしたいところだけど、私は極上のお友達と一緒にいますの。彼女たちの魅力の前では、どんな素敵な男性でも色褪せてしまいますわ」
「ははは、満点の答えだな。それでこそ、我が妹の友人に相応しいというものだ」
兄は楽しそうに笑うと、自分が立っていた場所を私たちに明け渡してくれたのだった。