軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

250 白百合領再訪問 1

目を瞑り、手を伸ばしたままの状態で、5秒が経過した。

その間ずっと沈黙が続いたため、エルネスト王太子とラカーシュの様子が気になったけれど、どうしたのかと尋ねる前に深いため息が聞こえる。

何か不満でもあるのかしらと思ったところで、伸ばしていた私の両手が、それぞれ右と左からぎゅっと掴まれた。

思わずびくりと体を跳ねさせると、左右の耳元で異なった麗しい声が響く。

「ルチアーナ嬢、男性の前で目を瞑ってはいけないと、誰からも教わらなかったのか?」

「エルネストがこの場にいたから勘違いせずに済んだが、二人きりだったならば、私は君の行動を自分に都合がいいように解釈しただろう」

二人の言葉から判断するに、どうやら私が目を瞑ったことを責められているようだ。

そのため、私はきちんと考えがあって目を瞑ったのだと、正当性を主張する。

「ええと、私が目を瞑ったことは仕方がないことなんです。王宮の最重要機密である、転移陣の場所を知るわけにはいきませんから。それから、男性の前で目を瞑ることについて何か教わったかという話ですが、何も教わっていません」

正直に答えると、王太子の呆れたような声が響いた。

「いや、ルチアーナ嬢、実際に私が言った通りの言葉で、個別具体的に注意されるという偶然は滅多に起こりえないだろうから、文字通り解釈する必要はない。私が言いたかったのは、君は無防備過ぎると言うことだ」

ん、どういうことかしら? と首を傾げていると、ラカーシュが王太子の言葉を分かりやすく噛み砕いてくれる。

「この場合、君に指導する人物と言えば、サフィア殿になるのか? あるいは、先日舞踏会でお会いしたダイアンサス侯爵、または侯爵夫人か。これまで彼らから、『男性に注意しなさい』と言った意味の助言を受けたことはなかったか?」

「それは……あったと思います。私の父は家族が好きなので、注意喚起を促すことがよくあります。母はいつか私が誰かにころりと騙されると思っているようだし、兄は未だに私のことを小さな子どもだと思っているようなので、全員が私に色々と助言してくるんです」

私の家族は心配性だわと思いながら、これまで家族に受けたアドバイスを思い浮かべた。

「父は『ルチアーナはそこにいるだけで攫われる』と、意味不明のことを言っていましたし、母は『どうせ騙されるなら高位貴族に騙されなさい』と言っていましたし、兄は『何かいい物をあげると言われても、ついていってはいけない』と言っていました」

質問に正確に答えたというのに、なぜか王太子はもう一度ため息をつく。

「……なるほど。ルチアーナ嬢はそこまで言われてもまだ、真意を曲解するのだな。恐らく、これまで男性がもたらす危険に晒されたことが一度もないから、リスクを想定できないのだろう。これは私にとって、幸運なことではあるが」

「ああ、どうやらルチアーナ嬢には、注意すべき全てのパターンを個別具体的に伝えなければいけないようだ。そうでなければ、『そんな注意は聞いていない』と誤認する恐れがあるからな。さて、エルネストがいなければ、私が少しばかり実地でリスクを教えたいところだが……」

「ラカーシュ! あいにくだが、私はここにいるぞ」

「ふっ、分かっているとも」

まあ、またもや2人でいちゃいちゃしているわよ。

目を瞑ったまま王太子とラカーシュの会話を聞いていると、2人は楽しそうに小声で笑い合った後、自分たちの片腕に私の右手と左手をそれぞれかけさせた。

それから、反対側の手で私の手を押さえる。

「では、ルチアーナ嬢、歩き出すから気を付けて」

私の両手をそれぞれしっかりホールドしてから歩き出すあたり、私はすぐに転ぶとでも思われているのだろうか。

「まあ、そんなにしっかり私の手を押さえつけなくても転びませんよ」

おかしくなって軽口を叩くと、王太子にため息をつかれた。

「……もちろん、それくらい分かっている。君の手に重ねている私の手は、君を補助しようという目的のためでなく、不埒に彷徨い出ることがないよう固定しているだけだ」

「不埒に彷徨い出る?」

一体どういう意味かしら、と目を瞑ったまま首を傾げると、私の手の上に重ねられていたそれぞれの手が離れていき、私の頬と肩をするりと撫でる。

「ひゃあっ!」

「……そういうことだ」

「目を瞑って男性の前に立つと、こういう目に遭う」

なるほど。確かに目を瞑った相手が目の前にいたら、つい悪戯してみたくなるわよね。

くすぐられなかっただけ、助かったと思うべきなのかしら。

私は笑みを浮かべると、正直な心情を漏らした。

「ふふふ、お二人が紳士で助かりました! 相手がお兄様でしたら、目を開けるまでくすぐられていたと思います」

「…………」

「……なるほど。そうやって強制的にでも目を開けさせるのが、正解なのだろうな」

ラカーシュにしては珍しく疲れた声を出したので、私の介助をするのは大変なのかもしれない、とはっとする。

「し、失礼しました! 私はお二方にご迷惑をおかけしていますね。ええと、できるだけ大股で歩くようにしますので」

私の言葉を聞いた王太子は、ラカーシュと同じく疲れた声を出した。

「……ルチアーナ嬢は本当によくここまで無事だったな。恐らく、サフィア殿が過保護なまでに彼女を守ってきたのだろう」

「ああ、彼が上手に助け過ぎたのだ。だからこそ、ルチアーナ嬢は男性の周りに危険があることを知らず、ここまで無防備になるのだろう」

王太子に同意するラカーシュの言葉を聞いて、本当に気が合う二人だことと思う。

それから、私のことを世間知らずのように言うけれど、これでも前世は庶民だったし、一人暮らしもしていたのだから、世慣れているのよと心の中で反論した。

その後、目をつぶったまましばらく歩いていると、何度か角を曲がった後に二人がふいに立ち止まった。

「ルチアーナ嬢、目を開けても大丈夫だ。到着した」

王太子の声に目を開けると、騎士が厳重に守っている扉の前だった。

開かれた扉から中に入ると、予想通り、部屋の中には半ダースほどの転移陣が設置されている。

私は王太子とラカーシュに案内されるまま、一つの転移陣の上に立つと、大きく深呼吸した。

それから、王太子が呪文を唱えた次の瞬間―――私たち三人は白百合領に転移したのだった。