作品タイトル不明
249 世界樹信仰 2
『多くの者が私を求め始める』?
思ってもみないことを言われて言葉を失っていると、ラカーシュが言い聞かせるような声を出した。
「ルチアーナ嬢、エルネストが言ったのは、君の貴重性を秘匿するためにもダイアンサス侯爵家は陞爵されるべきではないということだ」
その言葉を聞いて、はっとする。
「あっ、そ、そうですよね! エルネスト様もラカーシュ様も、私を守ってくれようとしているのですよね」
そうだわ、王太子は現状を説明してくれただけで、私が望まない方向に誘導しようとしているわけではないのだ。
それなのに、なぜだか多くの人に求められる未来が見えた気がして、絶望的な気持ちになっていた。
一度に多くの情報が与えられたため、どうやら混乱しているようだ。
私はぷるぷると頭を横に振ると、自分が置かれている状況を整理する。ええと……。
『 世界樹(ユグドラシル) の魔法使い』は私一人しかいない。
だから、平穏に暮らしたいならば、私が魔法使いだということは隠し通すべきだ。
一方、『 世界樹(ユグドラシル) の羅針石』は誰だって平等に解読する可能性が与えられているから、「たまたま私が解読しました!」と公表すること自体は問題ない。
そう思っていたけれど、そもそも 世界樹(ユグドラシル) 自体が信仰の対象だから、私が解読したことが広まったら、 世界樹(ユグドラシル) を信仰している人々から担ぎ上げられる恐れがある、ということらしい。
そうであれば、じっくり考えるまでもなく結論は一つだ。
私が『 世界樹(ユグドラシル) の羅針石』を解読できたことは、絶対に公表すべきでないわ!
なるほど、だからこそ王太子とラカーシュは、『 世界樹(ユグドラシル) の羅針石』を解読したことを黙っていた方がいいし、陞爵されて注目を集めるべきではないと言っているのね。
「もちろん、君の偉業は素晴らしく、人々から正しく称賛されるべきだと思うが、君自身が余計な耳目を集めるリスクを勘案すると……」
王太子がつらつらと続けるのを、私は大きな声で遮る。
「とっても素晴らしい考えです!」
「……えっ?」
「ルチアーナ嬢?」
なぜか驚く二人に対して言葉を補足する。
「私はできるだけ注目されたくないので、『 世界樹(ユグドラシル) の羅針石』を解読したことを黙っていていいのであれば、そうしたいです」
「……本当にそれでいいのか? 君の偉業が闇に消えてしまうかもしれないのだぞ」
「ルチアーナ嬢は既に素晴らしい存在だが、『 世界樹(ユグドラシル) の羅針石』を解読したと分かれば、誰もが君を至上の存在だと認識する。君の短い髪を蔑む者はゼロになるのだ」
明らかに私が『 世界樹(ユグドラシル) の羅針石』を解読したことを伏せておきたい雰囲気を漂わせながらも、その場合のマイナスポイントをきちんと説明してくれる二人を見て、信用できる立派な人物だわと思う。
こんな立派な二人が『私のためになる』と考えてくれた方法だもの、間違いないに決まっているわよね。
「ええ、何の問題もありません! お二人が考えてくれた方法であれば、ベストだと思いますから」
信頼を込めて王太子とラカーシュを見つめると、二人はなぜか頬を赤らめた。
「……私たちを信頼してくれて感謝する。君の信頼を裏切らないよう、君が教えてくれた特別な秘密を正しく活用すると約束する」
「ああ、エルネストの言う通りだ。私たちが君をより深く理解する機会を与えてくれたことに感謝するし、絶対に君のためになるよう尽力しよう」
二人の言葉を聞いて、本当に立派な人物だわと感心する。
「いえ、お礼を言うのは私の方です。いつもありがとうございます」
つられて私も赤くなってうつむいたけれど、その時ふと、足元の模様が見たことないものであることに気が付いた。
あれ、昼食会終了後は王宮をお暇すると思っていたのに、どうして見知らぬ一角に足を踏み入れているのかしら。
そう考えたところで、私たちがどこへ向かっているのか遅まきながら思い至る。
私はぴたりと立ち止まると、焦った声を上げた。
「エ、エルネスト様、ラカーシュ様、も、もしかしてですが、今向かっているのは白百合領への転移陣がある部屋ですか?」
まさかそんなはずないわよね。
初めて聞く 世界樹(ユグドラシル) の話に夢中になり、先を歩く王太子とラカーシュの後を何も考えずに付いてきたけれど、玄関に向かっているものだと思い込んでいた。
ああ、そう言えば、転移陣を使用すると言う話は、うやむやのまま終わっていたのだったわ……と先日交わした会話を思い出しながら二人の答えを待っていると、無情にも王太子が首を縦に振る。
「ああ、そうだ」
何でもないことのように頷く王太子を見て、私は一瞬にして顔色を悪くした。
「い、以前も言いましたが、セキュリティの観点から、転移陣が設置されている場所は外部の者に漏らすべきではありません!」
「問題ない。ラカーシュは知っていることだし、先日の聖獣の危機の際にはセリアだって使用した」
こともなげに答える王太子を見上げ、そうではないと首を横に振る。
筆頭公爵家のお二人と私を一緒に考えること自体、とんでもないことだわ。
何と言ってもラカーシュとセリアは王家の血族なのだから。
改めて周りを見回すと、護衛に付く騎士の数が増えており、王宮のだいぶ奥深くまで入り込んでいることに気付く。
……まずいわね。一般の貴族が入ってはいけない場所まで来てしまったみたいだわ。
そもそも転移陣は一室に複数個をまとめて設置し、一括して管理してある場合が多い。
そして、それらの転移陣が設置してある場所自体が超極秘事項になっているから、一貴族の私が王宮の転移陣の場所を知ることは許されないのだ。
「確かに白百合領を再訪問したいとは言いましたが、王宮にある転移陣を使用するなんて、とんでもないことです。一貴族である私が使用できるものではありません」
きっぱりと言い切ると、王太子は考えるように首を傾げた。
「……だとしたら、君が一貴族でなくなってしまえばいいのか?」
え、どういうことかしら。
突然分からないことを言われて困惑していると、エルネスト王太子は身を屈めて顔を近付けてくる。
「ルチアーナ嬢、君は公爵令嬢になりたくないと言っていたが、それは公爵夫人も同じことだろう? 今、君の周りに群がっているのは公爵家の令息ばかりだから、彼らを全部はねつけてしまったら、残るのは私だけだ」
「ええ、まあ、そうですね」
王太子が恋愛的な意味で言っているのならば、これまで私に告白してくれたのは、王太子を除くとラカーシュとジョシュア師団長の二人だ。
だから、公爵家の者を除けば、後に残るのはエルネスト王太子一人になるというのはその通りだろう。
「ルチアーナ嬢は残った私を選ぶと言うのはどうかな? その場合、君は王族になるから、一貴族ではなくなる。ほら、重要で極秘扱いの転移陣の場所を知ったとしても、何の問題もないだろう?」
「え、い、いや……」
王太子ったら、何を得意気に微笑んでいるのかしら。
公爵家が嫌だと言ったら、その上の王族なんてもっと嫌だと思っている、とは考えないのかしら。
それに、私の手柄にもならないような事柄で公爵家の令嬢になるのは嫌だけど、公爵夫人になるのが嫌かと聞かれたら、ちょっとニュアンスが異なるのよね。
「ええと、言いたいことはたくさんありますが、少なくとも公爵家だから嫁ぐのが嫌だということはありません。公爵家は過去の多大な功績が認められた家柄ということですから、敬いこそすれ、悪感情を抱くことはありません。その……、公爵家は権力を持ち過ぎているから怖いなとか、私には分不相応だなとかは思いますが」
私自身は何も成していないのに、立派な行いをしてきた人たちが築いてきたものを否定することなんてできないわよね。
「実のところ、好きになった相手であれば、家柄は何でもいいんです。その家に見合うよう、私が努力しますから」
義務だと思うとそれなりにしか頑張れないけど、自分が好きになった相手のためならば、ものすごく頑張れると思うのよね。
「ふっ、聞いたか、エルネスト。ルチアーナ嬢は家柄に関係なく、自分が好きになった相手を選ぶらしい」
「そうか……」
ラカーシュのおかしそうな、王太子の困惑したような表情を見て、そうだった、私の考えはちっとも貴族らしくないものだったと思い出す。
私の考えは王太子には理解できないかもしれないわねと思っていると、彼が困った様子で考え込んだ。
「ルチアーナ嬢は白百合領でも同じようなことを言っていたな。なるほど、君はそんな風に思考するのか。しかし、私は生まれた時から次代の王として扱われてきたから、身分と自分自身を切り離して考えるのは難しい。王太子でない私に……魅力なんてあるのか?」
ラカーシュが嫌そうに顔をしかめる。
「私に対して失礼なことを言うな。私がお前を友に選んだのは、お前が王太子だからではない」
ラカーシュの言葉を聞いた王太子は、嬉しそうに頬を赤らめると、親友との距離を一気に詰めた。
「ラカーシュ! 私も……お前が公爵家子息でなくても、お前の友でいたい!」
目の前で手を取り合い、微笑み合う極上のイケメンたちを見て、私は心の中で独り言ちる。
あらまあ、ここに妙齢の女性がいるというのに、完璧に無視され放置されたわよ。そして、男性二人でいちゃいちゃし始めたわよ。
この状況はもう……最高じゃないの!
くふふっ、至高のイケメンが知らない女性といちゃいちゃし始めると、テンションが下がってしまうけど、イケメン同士でいちゃいちゃされるのは話が別ね。むしろ見ているだけでにまにまするわ。
実際ににまにましながら、目の前のイケメン二人を眺めていたところ、ふいにその二人がこちらを振り向く。
「ぐはっ、これが相乗効果というものかしら!」
銀髪の王太子と黒髪のラカーシュは、並ばれると二人ともさらにイケメンに、きらきらと輝いて見えた。
ダメだ、こちらがこっそり見ているだけなら最高だけど、見つめられると心臓が持たないわ。
そう思った私は、ぎゅっと目を瞑る。
「「ルチアーナ嬢?」」
訝し気に名前を呼ばれたので、私は二人に向かって手を差し出した。
「これから転移陣がある部屋に行くのであれば、私は目を瞑っています。そうすれば、私が部屋の場所を知ることはありませんから。その代わり、手を引いてもらってもいいですか」
「…………」
「…………」
あら、返事がないわよ。
二人がどんな表情をしているのか気になったものの、『目を開いたら負けだわ』と自分に言い聞かせる。
そのため、私はぎゅっと目を瞑り続けたのだった。