軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

217 王宮舞踏会 10

「あの、ラカーシュ様が考える意味とは違うかもしれませんが……ラカーシュ様だからこそ心配するというのはその通りですわ」

思わずそう返すと、ラカーシュは驚いた様子で息を呑んだ。

けれど、ちっとも驚くことではないと思う。

ラカーシュは完全無欠の筆頭公爵家嫡子だ。

何だって上手にこなすし、不得意なことは一切見当たらないのだけれど、それは生まれ持った才能によるものだけでなく、彼自身が努力を積み重ねてきた結果によるものだ。

そして、努力を積み重ねてきたからこそ、それが何事であれ堂々と自信溢れる態度を取ってきたのだ。

それなのに、彼にしては珍しく自信がない様子を見せられたため、思わず元気付けるような言葉が口から飛び出る。

「図々しく聞こえるかもしれませんが、私だって少しはラカーシュ様のことが分かるようになってきました。そして、ラカーシュ様は人一倍、何でもない振りをすることが上手だと思っています。だから、私でも気付くくらいに普段と違うのであれば、だいぶ無理をしているのじゃないかしら、と心配になりますよ」

私の言葉を聞いたラカーシュは、どこかが痛むような表情を浮かべた。

「……君以外の者は、私を見ても普段通りと思うだろう」

「まさかそんな」

冗談を言われているのかしらと思って笑ってみたけれど、真顔で見つめられる。

どきりとして言葉を失っていると、ラカーシュはかすれた声を出した。

「君はまだ……、私に対して笑ってくれるのか。ルチアーナ嬢、君は美しいね。その美しさが眩しくて、まっすぐ見つめられないほどだ」

ラカーシュはそう言うと、言葉通り眩しいものを見つめるかのように目を細めたけれど、私にはどういうわけか、彼が私の外見のことを言っているのではないように思われた。

そのせいなのか、喉が詰まったような気持ちになって無言のまま見上げていると、ラカーシュは何事かを決意したかのような表情を見せた。

「ルチアーナ嬢、私はもっと強くなる。そして、今度こそ君を髪一筋ほども傷付けないと約束する。だから……」

彼はそこでぐっと唇を噛み締めると、緊張した様子で見下ろしてきた。

「だから、私が君の側にいることを許してほしい」

強張った顔付きと、強い眼差しから、ラカーシュの真剣な気持ちが伝わってくる。

ここは肯定する場面だと思ったけれど、彼の言葉をそのまま受け入れることはどうしても難しかったため、私は首を横に振った。

「既にラカーシュ様は、もったいないくらい私のために色々としてくれていますよ。私が後先考えずに無茶をするのはその通りで、反省しています。そんな私のフォローをするために、側にいる必要はないんです」

私の言葉選びは下手過ぎたようで、ラカーシュは拒絶されたと思ったのか顔を歪めた。

その表情は、彫像と言われている普段のラカーシュからは想像もできないような辛そうなものだったため、これ以上そんな顔をしてほしくないと、まとまり切れていない考えを口にする。

「ラカーシュ様であれば、何もしてくれなくてもいいんです。あなたが親切で、思いやり深いことは分かっていますから、ただ側にいてくれたら嬉しいです」

ラカーシュは動揺した様子で片手を上げ、首元を押さえたけれど、その手はかすかに震えていた。

「ルチアーナ嬢、私も君の側にいたから、君のことが分かるようになった。そのため、君が恋愛的な意味を一切含まずに、思ったままの言葉を口に出したことは理解している」

「えっ?」

「だからこそ、……とても貴重な言葉をもらった気持ちだ。そうか、君は私が役に立たなくても、側にいることを望んでくれるのか」

ラカーシュは自分の心の裡を覗き込もうとでもいうかのように目を細める。

「……とても嬉しい」

それから、ラカーシュは大輪の花が開くように、それはそれは美しく微笑んだ。

「今は君の心に熱をともすことができないが、私は変わるよ。君の一番近くに永遠にいてもいいと、君から許しをもらうために」

黒髪黒瞳の麗しの―――「歩く彫像」と言われるほど感情を露わにしないラカーシュの微笑みには、とんでもない破壊力があった。

そのため、体の中の何かを撃ち抜かれた気持ちになる。

私はこれ以上ないほど目を見開いて、ただただ無言で彼を見上げていたのだけれど、衝撃を受けたのは私だけではなかったようで、私たちの周りで事故が起こり始めた。

つまり、ラカーシュと私はまだダンスを始めておらず、ダンススペースの中央に立って手を取り合っていたのだけれど、そんな私たちを遠巻きにしながらちらちらと様子をうかがっていたダンス中のご令嬢たちが、ラカーシュの微笑みを目にしたことで衝撃を受け、その場で立ち止まってしまったのだ。

そのため、あちこちでダンスが中断され、ダンスのパートナーたちは心配した様子でご令嬢を覗き込んでいたけれど、誰もがパートナーには目もくれず、夢見るような表情でラカーシュを見つめていた。

「……笑った。ラ、ラ、ラカーシュ様が微笑まれましたわ」

「ちょ、彫像様が微笑まれるなんて、今夜は奇跡の夜ですわ! あああああ、何ですのこれは。ラカーシュ様は端正な顔立ちをされていますから、真顔が一番素敵だと思っていましたけれど、笑顔は……た、魂を抜かれそうです」

「目を瞑ります! 最上のものを見てしまったので、今夜はもうこれ以上何も目に映しません!!」

「「「それですわあああ!!!」」」

よく分からない共感が生まれ、最後のご令嬢の言葉につられるように、ダンス中のご令嬢はもちろん、周りで様子をうかがっていたご令嬢たちも一斉に目を瞑る。

そのため、王宮舞踏会はこれまでにないほど混乱の様相を呈したけれど、ラカーシュは気にした様子もなく、私とつないでいた手を高く掲げた。

それから、彼は私に小さくうなずくと、微笑みを浮かべたまま踊り出す。

彼のダンスはそれはもう見事なもので、ラカーシュに体をあずけているだけで、軽やかにどれだけでも踊ることができるほどだった。

彼は当然のように、ホールで立ち尽くしている障害物となるご令嬢とそのペアを上手にかわしていく。

これは……完璧だわ。

ラカーシュのダンスも、私を見つめる眼差しも、高級仕立ての服に身を包んだ彼の姿も。

そう心の裡で考えていると、周りで立ち尽くしていたご令嬢の一人が声を上げた。

「……め、目を開けてしまいました。どうしましょう。ラ、ラカーシュ様が麗しのお姿で、微笑みを浮かべて、見事なダンスを披露されています……」

ちらりと見ると、ダンスホールに立ち、両手で顔をおおっていたご令嬢が少しだけ指をずらして、指と指の隙間からラカーシュを見つめていた。

その声を拾ったご令嬢たちが、そろりそろりと同じように指の隙間からラカーシュを覗き見し始める。

一瞬の沈黙の後、ご令嬢たちは全員で、揃ったように奇声を上げた。

「「「ひゃああああ、天上世界が今ここに!!!」」」

私は彼女たちの言葉に大きくうなずく。

なぜならご令嬢たちの言葉に完全に同意するほどラカーシュは麗しく、天上世界の情景を見たような気持ちになったからだ。