軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

212 王宮舞踏会 5

まあ、次期国王として最高水準の教育を受けた王太子がおかしなことを言っているわ。

全てにおいてそつがない王太子のことだから、ダンスだって上手くできるだろうに、ものすごい謙遜ね。

そう呆れていると、王太子は私の隣に立つ兄に視線を向けた。

「サフィア殿、遅くなったが左腕快癒のお祝いを申し上げる。我が王国の守護聖獣である不死鳥は何年もの間、誰一人として治癒することはなかった。しかし、君にはその希有なる力を示して左腕を再生させたのだから、聖獣が一目置く特質が君にあるのだろう」

私たちの周りでは、貴族たちがざわざわとざわめき出す。

「本当だ、サフィア殿の片腕は欠損していたはずだが、元に戻っているぞ! 何と、聖獣のお力をお借りできたのか?」

「素晴らしい! 聖獣が救いたいと思うほどの優れた資質を、サフィア殿が兼ね備えているということじゃないか!!」

「さすがですわ、サフィア様! あああ、いつ見ても麗しいうえに、そんなにご立派な人格者でもあるなんて!!」

最後の方はご令嬢方が集まって、顔を真っ赤にして騒ぎ立てていたけれど、兄は周りの言葉など一切聞こえていない様子で、にこやかな笑みを浮かべると、滑らかに返事をした。

「全ては聖獣を従えている王家のおかげです。感謝します」

兄の言葉を聞いた王太子は、ぴくりと頬を引きつらせる。

恐らく王太子は聖山まで助力をしにきた兄にも感謝をしていて、埋め合わせをしたいと思っているのだろう。

だから、王太子の発言はあくまで兄の価値を上げたいがために発せられたのであって、感謝を受け取りたいわけではないのだ。

にもかかわらず、兄がお礼を言ったことで、兄の腕が治ったことは兄の高い資質のおかげというよりも、聖獣を従えている王家の手柄になってしまった。

もちろん兄の対応におかしな点はなく、臣下として慎み深い返答をしただけだけれど、……そう見える行動だったけれど、……きっと兄は王太子が嫌がることを分かっていて、わざと王家を立てるような言葉を返したのだろう。

そもそも兄はハイスペックであることを隠そうとしている節があるから、人前で大仰に褒められることを望んでいないはずなのだ。

恐らく、王太子のせっかくの気遣いも、兄にとっては不要なものだろう。

そして、私は王太子からファーストダンスに誘われるという栄誉にあずかり、自らの意思で王太子の手を取ったものの、実際問題として王族の意向に逆らうことなどできやしないので、イエス以外の選択肢がなかったのは事実だ。

きっと兄は、そのことを腹立たしく感じていたに違いない。

だからこそ、少しばかりの意趣返しを込めて、兄の返事はあんな風になったのだろうなと考えながら、兄の気持ちを和らげるべく微笑みかける。

「お兄様に教わったダンスがどれほどのものかを、私が正しく皆様にお示しできるよう祈っておいてください」

学園を休んでいた1か月のうち、2週間ほどは侯爵邸に籠っていたため、暇に飽かせて何度か兄とダンスの練習をしたのだ。

私は時間潰しのつもりだったけれど、兄はきっと今夜のことを見越して行動していたのだろう。

エルネスト王太子は「夜会では踊らない」との自分の主義を曲げてまで、私と踊ろうとしてくれている。

お兄様は色々と思うところがあるだろうに、自分の感情を抑えて私の好きにさせてくれているし、私が恥をかかないようにと事前に練習までしてくれた。

私のためにこれほど尽力してくれる人たちがいるのだから、私が頑張らないわけにはいかないわよね。

そんな決意を込めて兄に微笑みかけると、兄は虚を突かれた様子で目を丸くした。

それから、敵わないなとばかりに苦笑する。

「ああ、祈っておこう。私の姫君がつつがなく無事に踊り終えることを」

そう言うと、兄は自らの手首を口元にもっていき、上着の袖口に唇を付けた。

その袖口には私の髪色と同じ色が使われていたため、まるで私の髪に唇を付けられたような気持ちになって頬が赤くなる。

まあ、お兄様はただ服に唇を寄せただけなのに、私ったらどれだけ想像力が豊かなのかしら。

そう自分自身に呆れながら、私は王太子に視線を向ける。

すると、王太子は気遣わし気な表情で私の顔を見つめてきた。

「ルチアーナ嬢、いいかな?」

多分、赤くなった顔のことを気にしてくれているのだろうけれど、私が邪なことを考えたからではなく、王太子と踊る名誉に浮かれているからだと考えてくれたらいいな。

そう思考しながらも、王太子の声が普段に近いものに戻っていたため、どうやら緊張が解けたようねと安心する。

「ええ、よろしくお願いします」

王太子の調子が戻ったことを嬉しく思う気持ちも相まって、笑みを浮かべて答えると、王太子までもが私と同じように頬を赤くした。

ふふ、お揃いねとおかしく思いながら、視線を正面に向ける。

それから、私は王太子とともにホールの中央に進み出たのだった。