軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

211 王宮舞踏会 4

王太子が18年間、公的な場で誰ともダンスを踊ったことがないというのは有名な話だ。

そのため、今夜、王太子がいずれかのご令嬢の手を取ったならば、それは大変な名誉であるとともに、非常にセンセーショナルな話題になるだろう。

そう思って、興味深く王太子の動向を見つめていたけれど……どういうわけか王太子は私の前で立ち止まり、ダンスを申し込んできた。

あれれ、私は悪役令嬢だから、こんな華々しいシーンが用意されているわけはないわよね。

それとも、これは後々に断罪されるためのフラグなのかしら?

混乱して、無言のまま王太子を見つめていると、私の隣で声が上がった。

「これは、これは、王太子殿下からダンスを申し込まれるとは、これ以上はない栄誉ですな! しかし、我が娘は足を痛めておりまして」

声がした方を振り向くと、父が申し訳なさそうな表情を浮かべていた。

その隣では、母がぎょっとした顔で父を見つめている。

母の表情から分かるように、私はもちろん足を痛めていない。

そのため、こんなに堂々と王族に嘘をつくなんて、お父様の心臓は鋼でできているのかしらと呆れるとともに、嘘をつくことを不思議に思った。

ちなみに、王太子が私に声を掛けてきたということは、いよいよ王太子が婚約者を定めるのかしらと想像した私の考えが間違っていたということだ。

だとしたら、父と兄は何について茶番だと言っていたのかしら?

考え込む私の前で、父は誇らし気な表情を浮かべた。

「我が娘に目を止められるとは、さすがは高名なる王太子殿下ですな! ルチアーナの美しさと愛らしさは見ての通りですし、さらには優しさと賢さが表情に表れていますから、至高の花である紫の撫子に引き付けられる気持ちは理解できます」

まずい。父が皆に聞こえるほどの大声で、恥ずかしいことをしゃべりだしてしまったわよ。

悦に入った表情を浮かべているし、こうなった父は周りが見えなくなるのよね。

そう考えてげっそりしたけれど、一方の王太子はぐっと唇を噛みしめた。

まるで父が王太子の気持ちを理解できると軽々しく発言したことが、酷く腹立たしいとばかりに。

「ダイアンサス侯爵、私はルチアーナ嬢の学友だ。そのため、学び舎を同じくする者として、彼女の思慮深さと勇気にはいつも感心させられている。そして、彼女の美しく長い髪に侯爵令嬢としての誇り高さを見ていた」

「えっ?」

とうとうとしゃべり始めた王太子を見て、私はぽかんと口を開けた。

私の名前を呼ぶのは聞こえたけれど、その後に続く言葉があまりに美辞麗句過ぎて、私のことを話題にしているとは思えなかったからだ。

けれど、王太子は私の間抜け面には興味がないようで、私の方を見もせずに言葉を続ける。

「今夜、彼女の髪は短くなっているが……これまでのルチアーナ嬢の行動から類推するに、美しい髪と引き換えにしてまでも、何かを守るべき場面に立たされたのだろう」

王太子はそこで一旦言葉を切ると、悩まし気な表情を浮かべた。

「そして、短くなった髪を堂々とさらしていることから、彼女はその大事な何かを守り切ったのだろう。そんなルチアーナ嬢の行動に、私は敬意を示したい。どうか私が舞踏会で初めて踊るダンスを、ルチアーナ嬢に捧げさせてほしい」

真剣な表情で一気に言い切った王太子を前に、私は開いた口が塞がらなかった。

えっ、待って。

王太子は「類推する」と言いながら、さも事実のように私を持ち上げたわよ。

何一つ具体的な話はしていないものの、私が立派な行動を取ったのだと確定事項のように口にし、さも立派な人物であるかのように仕立て上げられてしまった。

さらに、王太子は「舞踏会で初めて踊るダンスを捧げる」と口にしたけれど……彼はこんな風に自分の行動に高値を付けて、売りに出すタイプではなかったはずだ。

えっ、王太子は一体どうしてしまったの?

この1か月の間に、王太子は目に見えて痩せたし、性格も以前とは変わったように感じる。

体重減少はまだしも、性格が変わるなんて、よっぽどのことが起こったんじゃないかしら。

分からないことが多過ぎて、私は首を傾げたけれど、1つだけ明らかなことがあった。

それは王太子の行動は全て、私の価値を上げるために取られたのだということだ。

そのことを父も感じ取ったようで、数瞬の逡巡の後、王太子の希望に沿うような答えを返す。

「……娘は足を痛めておりますが、それでも殿下と踊りたいと、娘が思うのでしたら」

父の隣では母が目を真ん丸くして何度も何度も大きく頷いていた……間違いなく、『王太子殿下と踊りなさい!!』と言っているのだろう。

父の言葉を聞いた王太子は、もう1度私に向き直ると、先ほどと同じように片手を差し出してきた。

ただし、その表情はやはり緊張で強張っている。

ああ、恐らく王太子は私に拒絶されるかもしれないと、あるいは、彼の行動を私が望まないかもしれないと不安なのだろう。

にもかかわらず、王太子は私をダンスに誘ってくれたのだ―――恐らく、私の髪が短くなった原因は自分だと未だに考えていて、何とかして埋め合わせをしたいとの気持ちから。

王太子は私の短くなった髪の代わりに、彼自身を差し出してくれたのだ。

私の価値を高めるために。

……私は王太子と友人になったのだったわ。

だとしたら、お友達がここまで私のために心を砕いてくれたことを、嬉しく思わないはずがない。

私は笑みを浮かべながら手を差しだすと、王太子の手の上に乗せた。

すると、王太子は自分から誘ってきたというのに、信じられないとばかりに私の手をまじまじと見つめた後、ふわりと微笑んだ。

「ありがとう、ルチアーナ嬢。初めて公的な場で踊るから、君に恥をかかせないように精一杯頑張るよ」