作品タイトル不明
197 聖獣「不死鳥」 12
「不死鳥! どこにいるのだ!?」
王太子は必死な様子で火口内に向かって声を張り上げた。
何度目かの呼びかけの後、マグマの一部がごぷりと跳ね、そこから聖獣が顔を出す。
「不死鳥!!」
王太子は喜びの声を上げたけれど、不死鳥は聞こえていない様子で、マグマの中にもう1度顔を突っ込んだ。
「不死鳥、一体何をやっているのだ!? 体が燃えてしまうぞ!!」
マグマの中に再び全体を沈めた不死鳥は、溺れているようにも見えたけれど、むしろ自分の意志でマグマに突っ込んだように私には見えた。
そのため、一体どういうことかしらと、マグマの中に沈んだ聖獣を見守る。
すると、聖獣は再び顔をマグマの外に出し、困惑した様子で周りを見回した。
その姿は、何らかの思惑が外れて途方に暮れているように見える。
はらはらしながら見守っていると、聖獣はくちばしを開き、高い声で鳴き出した。
「ピュイ、ピュイ!」
その鳴き声は、『熱い、熱い』と言っているように聞こえる。
自らマグマの中に飛び込んだのに、聖獣は苦しんでいるのだ。
「出ていらっしゃい!」
私は身を乗り出すと、必死になって叫んだけれど、聖獣はバタバタとマグマの中で翼を動かしただけで、マグマの上に浮き出ることはなかった。
というよりも、あれほど全身が傷付いていたのだ。
ぐつぐつと燃え滾る真っ赤なマグマの中から、翼がボロボロになった聖獣が自力で脱出できるとはとても思えなかった。
「ああ、何てことかしら!」
聖獣は何らかの目論見があってマグマの中に飛び込んだものの、当てが外れて苦しんでいるのだ。
普通に考えたらマグマの中に飛び込むことは自殺行為だけれど、聖獣にとってはそうではなかったのだろう。
ああ、いえ、そんなことを考えている場合ではないわ。
聖獣をマグマから助け出さなければ!
そこからの私は、半分無意識で動いていたと思う。
頭の中に浮かぶのは、『聖獣を助けなければ』という思いだけだ。
何か助けになるものはないかと周りを見回すと、エルネスト王太子とラカーシュが青ざめた顔で火口を見下ろしていた。
この2人は火魔術の使い手なので、マグマの中に落ちた聖獣を助ける術を持たないのだろう。
……だとしたら、私が聖獣を助けないと。
私は円形にくぼんでいる火口の淵ぎりぎりの場所に立つと、再びその内側を見下ろした。
ぼこりぼこりと灼熱のマグマが湧き上がっており、その熱さが尋常でないことは簡単に想像できる。
火口から噴き上がる風は、まるで炎を浴びているのかと思うほど熱く、辺り一面に火の粉が飛び散っていて、夜闇をきらきらと輝かせていた。
「ルチアーナ嬢!?」
私に気付いたラカーシュが驚愕の声を上げる。
つられたようにエルネスト王太子もこちらを向き、私が火口の淵に立っている姿を見て目を見開いた。
「ルチアーナ嬢、恐怖で乱心したのか!?」
けれど、その時の私は熱に浮かされたような状態になっていたため、2人の声が耳に届くことはなかった。
他の一切のものに注意を引かれることなく、ただ一心に聖獣を見つめていたのだ。
灼熱のマグマが暗闇の中に私を照らし出し、吹き荒れる風で髪がふわりと舞い上がる。
―――ああ、聖獣を救わないと!
心に浮かぶのはそのことだけだ。
1つのことに集中し過ぎたからなのか、その時突然、私の体の中心にぽつりと火が灯ったかのような感覚が走った。
この感覚は覚えがあるわ、と思いながら聖獣に向かって両手を差し伸べると、聖獣がこちらを見ていて、目が合ったような気持ちになる。
私はただ一つだけ、―――聖獣を救いたいとの気持ちから、想いを言葉に乗せた。
「集いし風よ 彼の者を包み込み こなたまで運びなさい――― 守風(かみかぜ) !」
私が呪文を発すると同時に、火口内に強い上昇気流が発生する。
その気流はあっという間にマグマの中から聖獣を引き上げると、聖獣にまとわりついていたマグマの炎を吹き払った。
聖獣の体から飛び散った灼熱の炎がぱちぱちと暗闇の中で燃え上がり、辺り一面を明るく照らし出す。
赤と金の色をした聖獣の存在も相まって、一瞬にしてその場に幻想的な光景が作り出されたけれど、見とれている時間はなかった。
なぜなら炎に照らし出され、再び全身をあらわにした聖獣は、このわずかな間にさらにボロボロになっていたからだ。
もう羽ばたく気力も残っていないようで、翼を動かしもしない。
私が作り出した風は微動だにしない聖獣をゆっくりと包み込むと、まるで意志を持っているかのように私たちのもとまで運んでくれた。
あくまで静かに地面の上に降ろされた聖獣は、何が起こったのかを分かっていない様子だ。
疲れ果てたとばかりに全身をぺたりと地面につけ、目だけをきょろきょろと動かしている。
改めて眺めてみると、聖獣の全身は焼け焦げ、羽根はほとんど残っておらず、元の美しい姿とは似ても似つかない酷い有様だった。
マグマの中に飛び込んだがためにこれほどボロボロになったのだ、と考えているとエルネスト王太子の震える声が響いた。
「不死鳥……よかった。聖山のマグマに落ちた時は、最悪の状況を予想して肝が冷えたが、……あの状態から救い出すことができるとは、事実ルチアーナ嬢は」
私の名前が聞こえたので、思わず王太子に視線をやると、彼は縋るかのように私を見つめていた。
初めて目にする彼の表情に視線を奪われていると、聖獣が弱々しい声を上げる。
「ヒューイ」
はっとして聖獣に近付くと、聖獣はぶるぶると全身を震わせていた。
同時に王太子も聖獣のもとに駆け寄ると、膝を折って悔し気な声を出す。
「くっ、聖獣、そもそもなぜ弱った体でマグマの上を飛んだのだ! 腹が空いていたのかもしれないが、あれほど魔物に傷付けられていたのだ。普段とは異なり、マグマの上を飛びながら食事をする力が残っていないのは明白だったじゃないか!!」
王太子のセリフから、彼は食事をしようとした聖獣が誤ってマグマに落ちたのだと考えていることに気付く。
けれど、私にはそう思えなかった。
「違うわ」
先ほど、聖獣はまっすぐ火口に向かって行き、そのまま飛び込んだのだ。
マグマの上を飛ぼうという意思は全く感じられず、その中に飛び込むことが目的に見えた。
それはなぜ、と考えたところでカドレアの言葉が浮かんでくる。
『聖獣は炎以外を体に入れることはないわ☆☆』
『不死鳥はその名の通り、何があっても死なないのよ。新たに再生するだけ★★☆』
きっと聖獣にとって炎は食事であると同時に、体を癒す薬なのだ。
だからこそ、不死鳥は傷だらけの体を癒そうとマグマの中に飛び込んだに違いない。
けれど、マグマの中に飛び込んだ後の聖獣の戸惑ったような様子と、全く治癒されていない体を見て、一つの可能性に思い当たる。
―――王家と契約を交わしていたこの100年間、聖獣はリリウム王家の炎のみを食していた。
そうであれば、王家の炎が最も体に合うような体質に変化していたのじゃあないだろうか。
にもかかわらず、聖獣自身がそのことに気付いていないのだ。
リリウム家と契約するまでは聖山の炎を食べていたので、その炎を食べ続けても体調が整うと考えているのだろう。
けれど、体の方は聖山の炎では合わないことに気付いていて、そのため、どれだけ食べても体調は戻らず、ただただ炎を食べ続ける悪循環に陥っていたのだ―――火口のマグマが目に見えて減少するほどに。
最近の聖獣は、常に聖山に留まり、マグマの炎を喰らい続けていると王太子が言っていたため、私の推測は間違っていないように思われる。
ということは、聖獣が弱っていた原因も同じところにあるのかもしれない。
―――100年経てば生態は変わる。
そう考えた時、私の頭の中でかちりと音がして、何かが一つはまったような感覚に襲われた。
それはかつてフリティラリア城で体験した感覚と同じもので―――前回は、その感覚が私に正しい道を教えてくれたため―――その感覚に集中しようと目を瞑る。
100年もの長い間、王家の炎のみを食べ続けた聖獣は……。
だから、体質が変わって……。
かちりかちりと頭の中が整理されていき、必要な情報を取捨選択していく。
結果―――先日、リリウム城で手に取った、王国古語の教科書の一説が頭に浮かんだ。
『あまねく癒しを与える光、白き炎の中から蘇らん』
リリウム城で教科書をぱらぱらと眺めていた際には、記してあるたくさんの文章のどれもがそれらしく見えて、1つを選び取ることができなかった。
けれど、頭の中が整理されたことで、正しい文章を選択できるようになる。
……ああ。
やはりこの世界は平等で、失うべき時には必ず救うべき道が用意されているのだ。
ただし、前回同様に救いの道は絶対に分からないように隠蔽されているので、誰もが気付き得ないだけで。
―――だって、誰が考えるだろう?
唯一の救う方法が、聖獣に火魔術を浴びせることだなんて……。
「王太子殿下、火魔術で聖獣を包んでください!」
私の言葉を聞いたエルネスト王太子は、間髪をいれずに言い返してきた。
「正気か!? 聖獣を攻撃できるはずないだろう!!」
当然の主張ではあるものの、私はきっぱりと説明する。
「できますよ! 向こうにある紫の『 世界樹(ユグドラシル) の羅針石』には『あまねく癒しを与える光、白き炎の中から蘇らん』と書いてあるんです! 『白き炎』というのはきっと、『白百合』を家紋とするリリウム家の炎のことですから」
「なっ……!」
私の言葉を聞いた王太子は、驚愕した様子で目を見開いた。