軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

158 「甘い言葉収集ゲーム」結果発表 4

「サフィアお兄様!」

驚いて声を上げると、兄は涼しい顔で返事をした。

「やあ、ルチアーナ、探したぞ。今日は『夏の庭』に撫子を見に行く約束をしていただろう?」

「えっ?」

そんな約束をしていただろうか?

全く覚えがなかったけれど、一方で、兄はとてもいいところに来たわと考え、この状況を利用しようと思い付く。

つまり、兄もゲーム実施中に、「定型文」とは異なるセリフを私に発したのだから、そのことを追求することで、王太子とラカーシュに間違ったのは自分たちだけでなかったことを知ってもらい、彼らの罪悪感を軽くするのだ。

そう考えてちらりと視線をやると、2人ともに神妙な表情でこちらを見つめていた。

分かっていたことだけれど、この2人は真面目過ぎるし高潔すぎるのだ。

私のように善良な悪役令嬢が相手だったからよかったものの、不良な悪役令嬢が相手だったら、足元を見られていたに違いない。

私は2人に聞こえるよう、普段よりも大きな声を出した。

「お兄様、それよりも、私は収穫祭のゲームについて、1つだけ文句があります! ゲーム内で、実際の『定型文』とは異なる言葉を、お兄様は私に使いましたよね。おかげで、お兄様の分のゲーム配点はゼロでしたわ!」

正確に言うと、全ての相手に関して、私の点数は0点だったけれど、口に出した表現でも嘘ではない。

けれど、私の糾弾の言葉を聞いた兄は、けろりとした表情で反論してきた。

「うむ、それはそうだろうな。なぜなら私は、お前とゲームをプレイした覚えはないからな」

兄の言葉を聞いた私は、ぎょっとして目を見開く。

「え、な、何を言っているんですか! 私は長い列に並んで、お兄様の前まで来たじゃないですか! そして、お兄様が色々と私に迫……い、いえ、私を翻弄するような言葉を次々に発するのを聞いていましたよ!!」

当然の主張をすると、兄は悲しそうな表情を作った。

「何とまあ、ルチアーナ、お前はあれらの私のセリフを、ゲームの中の定められた言葉だと思って聞いていたのか? 私は心に浮かんだ言葉を、ただ愚鈍なまでに口にしていたのに、お前は『定型文』だと考えて、取り合ってもいなかったのだな。これはまた、酷い話だ」

「え? あの、いえ、その……えっ、で、でも、そういうゲームではないですか!」

しどろもどろになりながら、やっとの思いでそう口にすると、兄は残念なものを見る目で私を見た。

「ああ、もちろんそうだ。そのため、ゲームが始まったならば、私だって演技をして、定められた言葉を口にしたさ。だが、お前は1度もスティックを振らなかったじゃないか」

「ああっ!」

確かに兄の言う通りだ。

私は兄に向かってスティックを振っていない。

「えっ、だから、お兄様は私と『甘い言葉収集ゲーム』をしなかったということですか?」

そんな馬鹿なと思いながら確認すると、兄は当然だと頷いた。

「その通りだ。合図もされていないのだから、始めようがないではないか」

「えええええ!!!」

私はのけ反って驚いた。

確かに、兄の言う通りだ。ということは、私が悪いのか。

どういうわけか、これまで完全に優位に立っていたはずの私の立場が、一瞬にして逆転する。

信じられない思いで目を見開いていると、兄が考えるかのように右手で顎をつまんだ。

「ただし、……もしも、お前がスティックを振った相手がいて、それでも『定型文』を話さない者がいたとしたら、問題だがな」

「あっ!」

そう言われて思い出す。

1番初めに回ったこともあって、エルネスト王太子にだけはスティックをくるりと回したことを。

そのことを思い出し、目と口を見開いたまま王太子を見つめると、顔色悪く見返された。

彼の表情を見るに、どうやら王太子も私が彼に向けてスティックを回したことを覚えているようだ。

「ルチアーナ、どうしたのだ? 私が話をしている最中だというのに、殿下と見つめ合ったりして。まさか突然、運命の恋に落ちたなどと言い出すわけではあるまいな」

兄からとんでもない質問をされたため、慌てて否定する。

「えっ、も、もちろん違いますよ!」

「だとしたら、話の流れから推測するに、イベントの中で殿下相手にスティックを回したということか?」

ええ、その通りですよ。

そして、そのことは最初から分かっていましたよね。

それなのに、どうしてお兄様は何事も1回は茶化さないと、気が済まないのかしら、と呆れながら頷く。

すると、兄は生真面目な表情で目を細めた。

「なるほど、国民の手本となるべき次期国王であり、生徒の手本となるべき生徒会長が、ゲームのルールを破られたのですか。これは由々しき事態ですね」

兄は重々しく告げたけれど、そんなわけはない。

たかだか学園祭のゲームに過ぎないのだから。

「お兄様、ただのゲームですよ!」

言いかけた私の言葉は、王太子の言葉に遮られる。

「いや、サフィア殿の言う通りだ。人の上に立つ者として、いかなる理由があろうともルールを曲げるべきではない。しかも、今回は何の理由もなく、ただ私が……動揺しただけなのだから」

「まあ」

明らかに兄から詰め寄られている場面であるにもかかわらず、自分の不利になることを素直に告白する王太子の素直さに驚く。

けれど、兄は一切驚いた様子もなく、無邪気な表情で私を見ながら片方の目を瞑った。

「そう言えば、ルチアーナ、私がこの部屋に入室してきた時、ちょうどお前は殿下から望みを尋ねられていたところだったな。……お前は王家の守護聖獣について、何か望みがあるのではなかったか?」

「えっ!?」

その言葉を聞いて初めて、兄のたくらみを理解する。

どうやら兄は、私が無茶をしないように、自ら問題を解決しにきたらしい。

それが何事であれ、相手が罪悪感を抱いている時にお願い事をすると、望みが叶えられる可能性は高くなる。

そのため、兄はここぞというタイミングを見計らって、王太子を攻略に来たのだ。

そして―――兄の緊張も期待もしていない様子から推測するに―――兄は王太子から断られようが、断られまいが、どちらでもいいのだ!

恐らく兄は、東星の城における私の態度を見て、兄の腕を取り戻すために、私が王太子に働きかけることを予想していたのだろう。

だからこそ、兄はこれ以上ないというタイミングで、王太子に頼み込む機会を作ったのだ―――私のために。

もしも王太子が頷けば、私の望みは叶うことになるし、王太子が頷かなくても、これほどの場面でも王太子が受け入れないのならば、他にしようがないと私が諦めるだろうから。

つまり、兄はこれ以上私が兄のために王太子に付きまとうことがないよう、完全なる策略を張り巡らせたのだ。

「……か、過保護だわ! 歩き始めの雛鳥を見守る親鳥と同じくらい過保護だわ!」

兄の行動の理由を理解した私は、信じられないと声を上げる。

元々、私のせいで兄は腕を失ったのだから、あくまで私が何とかしなければいけない事柄なのに、兄は限界ぎりぎりまで私を手伝うつもりなのだ。

そう、あくまで『手伝う』で、『私が兄のために尽力した』形を作らせようとしている。

だからこそ、兄は私の口から王太子に要望を出させようとしているのだ。

……やりすぎだ。兄はどう見ても、過保護過ぎる。

そう考えて、私はあんぐりと口を開けた。

やっと今、理解した。

悪役令嬢と過保護な兄は、組み合わせが悪過ぎるのだ。

私がどんなに悪いことをしても、サフィアお兄様が私を激しく叱るイメージが全く湧いてこないのだから。

もちろん私が悪役令嬢道を進むとしたら、私が悪いのだけれど、全く私を叱らないことで増長させている兄も、その一端を担っている気がする。

「お、お兄様……」

そして、私は元喪女で、対男性スキルがものすごく低いために、お相手が定まらないのは事実だけれど、兄のこの甘やかしぶりも、将来の私がお一人様人生を突き進むかもしれない理由の1つに思われる。

兄の行動は私を助けているようで、長期的にはダメにしているのだ!

「お、お兄様、あまり甘やかさないでください! このままでは、私はダメな人間になってしまい、行き遅れて、お一人様人生を送るしかなくなりますわ」

至極まっとうな要望を口にすると、兄は理解したという様子で頷いた。

「ふむ、その場合はきっと私もお一人様だから、合わせれば2人になるさ。さて、ルチアーナ、もういいだろう。……お前の望みを殿下に申し上げなさい」

けれど、兄が発した言葉を聞く限り、私の要望を全く理解していない様子だった。

これは簡単にいかないわね、と即時解決を諦めた私は、とりあえず兄の指示に従うことにする。

つまり、王太子に要望を伝えようと口を開く。

「そうですね、では……」

ちらりと見ると、王太子は顔色を変えて俯いていた。

話の流れから、私が守護聖獣の力を兄に行使するよう依頼すると思っているのだろう。

そして、頼まれたとしても、今の聖獣は王太子の言うことを全く聞かないため、望みを叶えることができないと考えて、顔色を失っているのだろう。

でも、私は既に王太子が守護聖獣の力を借りられないことを知っているのだ。

その上で、できないことを頼むとしたら、ただの意地悪だろう。

「では、私を……白百合領に招待してください」

「は?」

まさかそのような願いが来るとは思わなかったのだろう。

王太子は心底驚いた様子で、目を見張った。

「何だと?」

同様に、兄にとっても予想外の答えだったようで、正気を疑う表情で私を見つめてきた。

「…………」

一方、ラカーシュは無言のまま、突然何を言い出したのだろう、と訝しむ表情を浮かべる。

三者三様の対応を目にし、そのどれもが彼ららしいわねと思いながら、私は目をそらさずに王太子を見つめ続けたのだった。