軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

136 兄妹デート 6

兄の質問を受けた私は、心の中で呟いた。

―――どうしたいかなんて、本当は最初から決まっている。

前世の私は喪女だったため妄想を極めてしまい、もしもイケメンに告白されたら、天にも昇る気持ちになれると思い込んでいた。

けれど、実際はそうでなかった。

私を好きになってくれた相手に真摯な態度で向き合えないことを、心の底から申し訳なく思っただけだ。

告白をすることは、きっと勇気がいる。

自分の全てを明け渡すようなものだからだ。

それが怖くて、前世の私は誰にも1度だって告白をしたことはなかった。

退屈だけれど、安全な自分の殻の中に閉じこもって、毎日を過ごしていたのだ。

それなのに、ラカーシュもジョシュア師団長も私に告白してくれた。

誰でも選べる2人が、どうして私を選んだのだろうと不思議に思うけれど、その気持ちは物凄くありがたかった。

私にもいいところがあるんだよと、言われたような気持ちになったからだ。

だから、せめてきちんと2人に向き合いたいと考えたのだ。

『断罪されたら、その時はその時じゃないかしら?』

私はこれまでの考えを180度翻す。

ゲームの世界に生まれ変わったと気付いた時は、何が何でも断罪を回避しようと考えていたけれど、今ではもう少し柔軟に考えるべきだと思考が変化してきたからだ。

ラカーシュもジョシュア師団長も、これまで親身になってあれこれしてくれたし、身を盾にして一緒に戦ってくれた。

それなのに、告白された途端に恐怖を覚えて、『断罪される!』と背を向けるのは失礼じゃないだろうか。

2人とも人として良い人だから、誠意ある応対をされたら同じ行為を返したいと思うのだ。

だから、2人を避けることなく、真っすぐ向き合えないだろうかと考えた。

そもそもこの世界の元になったゲームは、15歳以上を対象にしていたため、それほど過激なシーンはなく、断罪も緩めだった。

つまり、大抵の場合はお家取りつぶしの上、ダイアンサス一家が追放されるというものだ。

前世の記憶が蘇った直後は、私自身が生きていく術を持っていないし、キラキラお貴族様の両親と兄弟も同様だから、追放されることは破滅を意味すると思っていた。

けれど、最近、考え直したのだ。

サフィアお兄様は案外、どこででも生きていけるのではないだろうか、と。

同様に、ダリルは『魅了』という特殊魔術を持っているので、何とかなるのじゃないだろうか。

問題は両親と私だけれど、頑張ったら何とか生きていける気持ちになる。

そうだとしたら、「かもしれない」と破滅の可能性だけを拾い上げて、真剣に私と向き合ってくれるラカーシュやジョシュア師団長を蔑ろにすべきでないように思われるのだ。

けれど―――これは、自分に都合が良過ぎる考え方だろう。

そんな風に自分の考えを整理しながら、私は兄を見つめる。

それから、できるだけ正しく心の裡を言葉にしようと考えながら口を開いた。

「私の望みはラカーシュ様やジョシュア師団長に、きちんと向き合うことですが……」

けれど、兄は私の言葉を最後まで聞くことなく、額に手を当てると悲しそうな表情を浮かべた。

「ふうむ、嫌になるほどきっぱりと私を切り捨てるな。正にいつものルチアーナだ」

「…………」

私も慣れてきたので、これくらいでは騙されない。

これは演技だわと、じとりとした目で見つめていると、兄はすぐに飽きたようで、軽く肩を竦めると、普段通りの涼やかな表情に戻った。

それから、カップを手に取ると、優雅な仕草で口に運ぶ。

「私に全く付き合う気がないとは、正にいつものルチアーナだな。……まあいい。では、お前がやりたいようにやりなさい」

驚いた私は、「い、いえ!」と続けた。

「そうではなくて、それはやってはいけないことだと分かっています。お2人が誠意を持って応対してくれたので、同じように対応したいと思うのは私の我儘です。高確率で侯爵家が取り潰され、家族全員で放逐されることになりますから。家族の皆を巻き込むほどの望みではありません」

口に出したことで、改めてその通りだわと思う。

けれど、兄は私の言葉が理解できないという風に眉を上げた。

「お前が2人と恋愛遊戯を楽しみたいのであれば、そうすればいい。もちろん侯爵家のご令嬢としての、慎ましやかな範囲内でだが」

「い、いえ!」

否定しようとすると、憮然とした表情で「慎ましやかな範囲でないと、許可できない」と続けられる。

いや、話の主旨はそこではなくて。

兄がおかしな勘違いをしていることに焦ってしまい、普段よりも大きな声が出てしまう。

「実は、話はもっと複雑でして、私には『悪役令嬢』という呪いがかかっているのです!!」

口に出した途端、あ、おかしな表現になってしまったと後悔したが、時既に遅く、私の言葉は兄に届いていた。

「……悪役令嬢の呪い?」

そのため、兄は『運命の恋』の話を聞いた時以上に疑い深い目で私を見つめてきた。

うぐっ、た、確かに自分でも胡散臭い話だと思いますけれど……。

思わず兄の視線にたじろいだけれど、一度口に出した以上は押し切ってしまうしかないと話を続ける。

「そ、そうです! 先ほどお兄様は、ラカーシュ様やジョシュア師団長がそれほど恋に愚かになるだろうかと言われましたけど、なるのです! この呪いにより、私の行動の全てが悪く見えてしまうのですから。しかも、やっかいなことに、これは時限的な呪いでして、『運命の恋』がスタートした途端に発動するのです!!」

「ほう……それであれば、私は解呪のアイテムを、どこからか探してくればいいのか?」

馬鹿にしているのか、本気なのか、兄は対応策を口にしてきた。

けれど、そんなものどこを探しても見つかるはずがない。

「えっ? いや、この呪いを解くアイテムは世界中のどこにもありません!」

なぜなら呪いというのは、兄に分かりやすいよう、私がたとえ話として使用しただけだからだ。

「ふむ、事前に予防できることはないのか。つまり、お前の恋が成就しかかったとしても、『運命の恋』に奪い取られ、さらに、相手の男性がお前を悪人だと考える『悪役令嬢の呪い』が発動するというのだな。なるほど、お前は二重苦というわけだ。よかろう、それくらいのハンデは受けて立とう」

「う、受けて立つ!?」

兄の不穏な表情を見て、嫌な予感が背筋を這い上がる。

……あ、あれ?

そもそも私は、なぜラカーシュやジョシュア師団長を避けているかについて、説明していたはずよね。

結構上手く説明できたと思ったのだけど、どうしてお兄様はこんな挑戦的な表情を浮かべているのかしら。

お願いですから、変なことを考えないでください、と祈りながら兄を見つめていると、兄は好戦的な表情で楽しそうに笑った。

「私もやすやすとお前を、どこぞの馬の骨にくれてやるつもりはないからな。それくらいの試練を乗り越えた相手ならば、お前を任せる気持ちになれるかもしれない。それに、ハンデがあった方が、ゆるやかに恋愛が進むだろうから、お前に合っているな。なるほど、『悪役令嬢の呪い』とやらは、お前に必要なものだな」

私はぽかんとして、目と口を大きく見開いた。

兄の発言があまりに予想外だったため、衝撃を受けたのだ。

「なっ、何て前向きなんですか!!!」

私がずっと悩んでいた悪役令嬢の立場を、『必要なものだ』とプラスに捉えたわよ!

えっ、こんな考え方があるのかしら!?

衝撃が大きすぎて、思わずがたりと椅子から立ち上がってしまう。

けれど、驚く私をしり目に、兄は長い指を顎に添えた。

「お前はお前のやりたいようにやればいい。そのことで我が家に何事かが起こるのではないかと心配しているのならば、ダイアンサス侯爵家は私が守ろう。嫡子として生まれたのだから、私の義務だ」

「えっ! いっ、いえ、私の呪いは世界を相手にするような強いものでして……」

いくら兄でも無茶だわと思いながら、止めようとしたけれど、逆に手を振って制止される。

「妹のお遊び一つ許可できないようでは、私の能力が疑われるというものだ。それに、ルチアーナ、お前は私の妹だ。我儘だろうが、大変な呪いを受けていようが、私の目には可愛らしくしか映らない。お前に望むことがあれば、全力で叶うよう手助けしよう」

「お、お兄様……」

あまりに破格の申し出に、咄嗟に言葉を返すことができず言い差していると、兄は美しい笑みを浮かべた。

「安心しろ、ルチアーナ。私は子羊のような平和主義者だが、正当防衛はきっちりするタイプだ。我が侯爵家を取り潰そうとするならば、全力でお相手させていただこう」

……ああ、悪魔はこのような笑みを浮かべているのかもしれない。

そう考えながら、私はごくりと唾を飲み込んだのだった。