軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

110 虹樹海 12

私は胸がじんわりと温かくなって、ダリルとルイスを眺めていた。

仲良くしたかった2人が仲良くしているところを見るのはいいものねと思いながら。

しばらく喜びの余韻に浸っていると、ダリルがついと顔を上げて私を見つめてきた。

そして、そのままルイスから離れると、ととと、と私の元まで近寄ってくる。

けれど、私の少し前で立ち止まると、困ったように眉を下げた。

「あの……」

ダリルは私を何と呼ぶべきか迷っているようだった。

そのため、助け舟を出す。

「お姉様でも、ルチアーナでも、好きなように呼んでいいわよ。私は……ダリルって呼んでもいいのかしら?」

ダリルは私の質問にうんと頷きながら、地面を見つめたまま口を開いた。

「……僕はずっと、9年間も弟として暮らしてきたから、『お姉様』と呼びたいな」

「よかった、私もそう呼ばれたいわ」

私の言葉を聞いたダリルはぱっと顔を上げると、甘えるかのように私のお腹に抱き着いてきた。

「僕がダリルに戻れたのは、お姉様のおかげだ。ありがとうお姉様、僕を救ってくれて」

「私が力になれたとしたら、それは私の背中を押してくれた、ここにいるみんなのおかげよ。あなたのことを大事に想っている、ジョシュア師団長だとか、ルイスだとかのね」

「うん。……お姉様、『コンラート』がいなくなってしまって、ごめんね」

ダリルの申し訳なさそうな言葉を聞いて、ここで誤解させてはいけないと思った私は、きっぱりと否定する。

「違うわ、ダリル。私は9年前に弟を亡くしていたのだから、9年間も余分に弟といれて幸せだったわ。だから、今度はあなたがダリルとして幸せになる番よ」

「僕として、幸せに……」

ダリルは不思議な言葉を聞いたとでもいうように、私の言葉を繰り返したけれど、すぐにぷるぷると頭を振った。

「ううん、その前に、お姉様のために何かをしないと。お姉様は9年間も僕の面倒を見てくれて、僕を人間に戻してくれたのだから、できることは何でもするよ」

「え? ええと、特には……」

何もいらないわ、と言いかけたけれど、ダリルから真剣な目で見つめられていることに気付き、言葉を飲み込む。

少し考えた後、私は再び口を開いた。

「そうね、だったら、時々私のところに遊びにきてくれるかしら?」

私の言葉を聞いたダリルは、もどかしそうな表情をした。

「そうではなくて、……たとえば、僕は『魅了』の持ち主だから、お姉様の望む通りに誰かを魅了して言うことをきかせることができるよ。僕は……」

私は片手を振ってダリルの言葉を遮ると、困ったようにダリルを見た。

「うーん、ダリル。それはあなたのやりたいことではないでしょう? そして、私はあなたにやりたいことだけをやってほしいのよ」

「でも、そんなことをしても、お姉様には何の利益もないよ!」

「うふふ、大ありよ! そうしたら、ダリル、あなたが笑うじゃない。つられて私も笑顔になるわ。―――大好きよ」

先ほどのルイスと仲良くしていた時の、嬉しそうなダリルの表情を思い出しながら言葉を紡ぐと、どういう訳かダリルはぽろりと涙を零した。

「え? ええ? ダダダリル!?」

ちょ、こんな小さな子どもを泣かすのは、大人としてどうなのかしら。

意地悪なことを言ったつもりは全くないのだけれど、気付かないうちにダリルの気に障る一言を言ってしまったのかしら。

あわあわと慌てていると、ダリルは無理やり笑顔らしきものを浮かべた。

「……お姉様は、するりと好意の言葉を口にできるんだね。―――とっても簡単に。だけど、お母様とは全然意味が違う。……お姉様、涙が零れちゃうよ。本気で言われた言葉は、これほど胸に響くんだね」

それから、ダリルは自分で宣言した通り、ぽろぽろと涙を零し始めた。

「お姉様、誰だって自分の欲望が1番なんだよ。そのためには、弱っている者にも容赦しないんだ。むしろ、今の僕みたいに救いを求めている時が、交渉を有利に結べる1番いいタイミングじゃないかな。カドレアはそうしたよ。誰だってそうする。……僕の母だって、誰よりも優しいと思っていたのに、笑顔のままルイスの命を刈り取ろうとしたのだから、自分の欲望が1番なんだ」

私は困った思いで、そっとダリルを抱きしめた。

「……ダリル、弱っている人には優しくするものよ。思い出してごらんなさい。あなたが6歳で病気になった時、あなたのお母様もルイスもジョシュア師団長もオーバン副館長も、皆あなたに優しかったはずよ。それから、あなたのお母様は間違いなくあなたのことが好きだったと思うわよ」

ダリルは6歳の時に強烈な体験をしたため、物事を極端に捉える傾向があるようだけれど、そもそも公爵家の末息子として大事にされてきたはずだ。

そのことを思い出しさえすれば、誰もがダリルを大切に思っていることが分かるはずだわ。

そう思って言葉を続けたのだけれど、結果としてダリルは大粒の涙を流してより激しく泣き出しただけだった。

「お姉様ぁ、お姉様あぁ……!」

そう言いながら、私にしがみ付いて一心に涙を流す姿は、どこから見ても6歳の子どもだった。

よかった。ダリルはもう1度、6歳から全てをやり直せるのだわ。

楽しいこと、嬉しいことを少しずつ体験していければいいわね。

そう思いながらゆっくりとダリルの背中を撫で下ろす。

しばらくして、ダリルが落ち着いてきたのを確認すると、ルイスがダリルの横に立った。

それから、ルイスは優しくダリルの手を掴むと、自分の方へ引き寄せようとした。

けれど、ダリルは俯いたまま顔を上げず、両足に力を入れて動こうとしなかった。

「ダリル?」

不思議そうにルイスが名前を呼び、もう一度引き寄せようとしたけれど、それでもダリルは無言で俯いたまま動く様子を見せなかった。

片手はルイスとつないだまま、片手は私の背中に巻き付けていて、どう見ても私と離れがたい様子だ。

そのため、困ったようにルイスが口を開く。

「え……と……、ダリル、帰ろう?」

「…………」

「……もしかして、ダリルはルチアーナ嬢と一緒にいたいの?」

「……っ!」

弾かれたように顔を上げたダリルは、顔が真っ赤だった。

正解を言い当てられたとばかりの恥ずかしそうなダリルの表情を見て、ルイスは驚いたように目を見開いたけれど、……すぐに困ったように微笑んだ。

「……そっか。9年は長いよね。薄々そうじゃないかなと思っていた。この森に来てからも、その前も、ダリルはずっとルチアーナ嬢にくっついていたし、ルチアーナ嬢のことばかり気にしていたから」

ルイスは何かに耐えるかのようにぎゅっと目を瞑ったあと、ゆっくりとその目を開き、寂しそうに笑った。

「……いいよ。ダリルは僕の弟で、何があってもそのことは変わらないから、ダリルがルチアーナ嬢と一緒にいたいというのならば、僕はいいよ」