軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

持たざる少女

水筒の水をゆっくりと飲み干し、干し果物を数粒口にした少女は、先程より少し落ち着いたようだった。

顔色も、先ほどよりは良くなったように見える。

俺は少女を安心させるため、焚き火を挟んで少し離れた場所に移動しようとした。

だが、俺が動くと、少女も不安げな顔で俺の方を向く。

どうやら、このまま近くにいろということらしい。

仕方ないな、と内心でため息をつきつつ、元の場所に戻る。

こんなところで遠慮されても困る。

「俺はエドウィンだ。エドって呼んでくれ」

俺はできるだけ優しい声で、ゆっくりと自己紹介をした。

言葉が通じるかどうかも分からなかったが、試してみる価値はある。

少女は俺の言葉を理解したようで、小さく頷いた。

その仕草は、控えめだが、意思疎通ができることを示していた。

「君は? 名前はなんていうんだ?」

次に、少女の名前を尋ねてみた。

しかし、少女は何も言わず、ただゆっくりと首を横に振った。

どういうことだろうか。

「そうか…」

少し考えてから、再び話しかけてみる。

簡単な質問や、身振り手振りで尋ねてみたが、少女は「…あ」「…え」といった、微かな声しか出せないようだった。

発音がおかしい、というよりは、言葉を紡ぐことに慣れていない、あるいは何らかの理由で話せない、といった様子だ。

言葉でのコミュニケーションは難しそうだ。

言っていることは理解できるようなのだが。

少女は、地面に落ちていた枝を拾い上げ、焚き火の明かりを頼りに、何かを書き始めた。

だが、夜の森は暗く、字も乱れていて、俺には全く読み取れなかった。

「ごめん、暗くてよく見えないな」

そう言って、少女の手元にそっと手を添える。

少女は書くのをやめ、枝を置いた。

ふと、頭に浮かんだことを尋ねてみた。

「君には…名前、あるのか?」

少女は、先ほどと同じように、ゆっくりと首を横に振った。

その仕草を見て、俺は思わず天を仰いだ。

…やれやれ、本当に手のかかることになったものだ。

改めて、静かに少女を見据える。

少女は、俺の視線を受けて少し緊張しているようだった。

焚き火の明かりで、先程は気づかなかった少女の体の状態が、はっきりと見えた。

破れた服の隙間から覗く手首や足首には、何かで縛られたような擦り傷や、治りかけの古い傷跡が見える。

それに、この場違いなボロボロの服装。

もしかして…この子は人攫いに攫われた子なんじゃないだろうか。

黒葉の森は広大で、複雑に入り組んでいる。

人の目が届きにくい場所だからこそ、そういう輩の隠れ家にもなりやすいだろう。

人攫いの拠点があったとして、そこが偶然、あのドレイクに襲われた。

そして、混乱の中でこの少女が逃げ出してきた…?

あくまで推測だが、その可能性は高いと思う。

俺は静かに、ゆっくりと、一番聞きたいことを尋ねた。

「…帰る所、あるのか?」

少女は、小さな頭を、今度は静かに、横に振った。

やっぱりそうか。

帰る場所もない孤児。

俺と同じだ。

俺は大きく息を吐き出した。

内心では、大きな波が押し寄せている。

面倒だ。

間違いなく、この少女を連れて旅を続けるのは、一人で気ままに歩くよりもずっと面倒だ。

危険も増えるし自分のペースも狂う。

…だが。

帰る場所もなく、一人でこの森に放り出された子供を、見て見ぬ振りをして先に進む、という選択肢は、俺にはどうしても選べなかった。

面倒だ、嫌だ、という気持ちは確かにある。

だが、それ以上に、この小さな命をこのまま置いていくことへの後悔の方が、ずっと大きく、重く感じられた。

「わかった」

俺はゆっくりと、決意を込めて伝える。

「今は、ゆっくり休んでいい。心配するな」

少女は、俺の言葉の意味を理解したのか、少しだけ目元を緩めたように見えた。

「日が昇ったら、ここを出て、ノーレストの街を目指す」

少女は黙って頷いている。

「ここからだと、歩いて4、5日かかるだろう。その間は…」

俺は、愛刀の柄頭にそっと触れた。

「…俺が、守るから。心配しなくていい」

衛兵としてではなく、旅人として、そして、かつて孤児だった一人の人間として。

少女は、俺の言葉を聞いて、張り詰めていた糸が切れたかのように、静かに頷き、俺に寄り添うように、目を瞑った。

あっという間に、規則正しい寝息が聞こえてくる。

よほど疲れていたのだろう。

俺は焚き火の火を見つめながら、一本の煙草に火をつけた。

紫煙をくゆらせながら、これからのことを考える。

気ままな一人旅が始まったばかりで、いきなり二人旅になった。

しかも、相手は言葉がうまく話せず、過去に何かを経験したらしい少女だ。

面倒だ。本当に、面倒なことになった。

遠くで、何かの鳴き声が聞こえた気がした。