軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

地図の余白と、青き鋼の足音

カレドヴルフの朝は、相変わらず蒸気の匂いと金属音で始まる。

俺たちは宿を出て、市場の喧騒の中を歩いていた。

その足取りは、昨日までとは僅かに、だが確実に違っていた。

カツ、カツ、カツ。

石畳を叩くブーツの音が、妙に静かだ。

足元には、鈍い青色を帯びた『 青剛鉄(ブルー・スチール) の脛当て』が装着されている。

「……少し重いな。だが、悪くない」

俺は足を上げ下ろしして、その感触を確かめた。

以前使っていた鉄板入りの革当てに比べれば、純度の高い金属の塊だ。

当然、物理的な重量は増している。

だが、不快な重さではない。

ガレンの丁寧な採寸と、裏打ちされた上質な革のおかげで、重さが足全体に分散されている。

むしろ、その適度な重量感が、一歩一歩踏み込むたびに「地面を掴んでいる」という確かな安定感を生んでいた。

「おと、しない。……しのびあし」

ロウェナが面白がって、わざと少し高い段差から飛び降りる。

トン。

着地の衝撃音は驚くほど小さく、彼女の膝が深く折れることもない。

青剛鉄の特性である衝撃吸収能力が、着地の負荷を食らっているのだ。

「これなら、長時間の行軍でも疲れにくそうですね。……それに、何だか強くなった気がします」

クリスも足踏みをしながら、嬉しそうに脛当てを見下ろしている。

「過信はするなよ。足が頑丈になっても、中身は生身のままだ」

俺は釘を刺しつつも、内心ではガレンの腕前に舌を巻いていた。

これなら、次の目的地への長旅も多少は楽ができそうだ。

俺たちは大通りに面したカフェのテラス席に陣取ると、テーブルの上に大陸地図を広げた。

湯気の立つコーヒーと、焼き立ての蒸しパンを齧りながら、今後のルートを検討する。

「さて……北の山脈は越えた。ここから西へ向かうと、いよいよ大陸の中央部だ」

俺の指が、地図上の大きな都市の印をなぞる。

「目指すは『王都』だ」

王都。

この国の中心であり、最大の都市。

俺にとっては、かつて領都の衛兵時代に、お忍びで武術大会に参加するために数回訪れたことがある程度の場所だ。

特に深い因縁があるわけではないが、久しぶりの都会の空気に触れるのは悪くない。

物資も豊富だし、何より辺境よりは治安もマシだろう。

そう思って告げたのだが、クリスの反応は鈍かった。

「……王都、ですか」

クリスは、持っていた蒸しパンの手を止め、眉尻を僅かに下げて地図を覗き込んだ。

「師匠。……どうしても、王都に行かなければなりませんか?」

「ん? 何か不都合でもあるのか?」

「いえ、不都合というわけでは……。ただ、王都は警備も厳しいですし、物価も高いと聞きます。貴族も多くて、色々と窮屈なんじゃないかと」

クリスは視線を泳がせながら、地図上の別の都市を指差した。

「例えば、ここから南に下った『交易都市ベルン』なんてどうでしょう? 自由な気風で、珍しい武具も集まると本で読んだことがあります」

珍しく、クリスが意見を主張してくる。

交易都市か。

悪くはないが、ここからだと街道を大きく外れることになる。

「ベルンか。だが、そこへ行くと西への旅程が大幅に遅れるぞ。それに、王都の方がギルドの依頼も豊富だ。今の俺たちのランクなら、稼ぎも悪くないはずだ」

「それは、そうですが……」

クリスはまだ何か言いたげだったが、俺が不思議そうに見つめると、「……いえ、師匠が決めたなら、従います」と、小さく溜息をついて引き下がった。

(……人混みが嫌いなのか? まあ、田舎育ちには都会の空気は合わないかもしれんな)

俺はそれ以上深くは追及せず、話をルート選びに戻した。

「王都までは、大きく分けて二つのルートがある」

俺は地図上の二本の線を指し示した。

「一つは、このまま南西へ迂回して進む『 王道(キングスロード) 』。舗装された広い街道で、商隊の往来も多い」

「もう一つは?」

「山間部を突っ切る『霧の峡谷』だ。こっちは近道だが、視界が悪く魔物も多い」

その時、隣の席に座っていた行商人たちの会話が耳に入ってきた。

「参ったよなぁ。王道の先の橋、土砂崩れで落ちたってよ」

「復旧に一週間はかかるらしいぞ。参ったねぇ」

男たちのぼやきを聞き、俺は眉をひそめた。

だが、クリスの表情が、パッと明るくなったように見えたのは気のせいだろうか。

「師匠! 道が塞がっているなら、無理に進むことはありませんね!」

クリスが食い気味に言ってくる。

俺は頷いた。

「ああ。だが、霧の峡谷を行くのは危険すぎる。……俺たちは『王道』を行くぞ」

「えっ?」

「橋が落ちてるなら、復旧を待つか、安全に迂回すればいい。商隊が立ち往生しているなら、野宿の心配も減る。……急ぐ旅じゃない。『安全第一』で、ゆっくり行こう」

俺の言葉に、クリスは一瞬キョトンとした後、あからさまにホッとした表情で胸を撫で下ろした。

「賛成です! それがいいです、ゆっくり行きましょう!」

妙に嬉しそうな弟子の様子に首を傾げつつ、俺たちは市場で保存食と水を買い込み、カレドヴルフの西門へと向かった。

門の近くには、警備の衛兵と談笑しているバラムたち『鋼の轍』の姿があった。

「よう、エド。いよいよ出発か」

バラムが俺たちに気づき、手を挙げた。

「ああ。世話になったな」

「これからどっちへ向かう? 西か?」

「王都へ行くつもりだ。……道が塞がってるって噂だが、あえて王道を行くよ」

俺がそう告げると、バラムはニヤリと笑い、満足げに頷いた。

「賢明だ。霧の谷は『迷い』が出る場所だからな。急がば回れ、冒険者の鉄則だ」

バラムは腰に下げていたランタンを外し、放り投げてきた。

俺は慌ててそれを受け止める。

ガラスの中に、淡く発光する石が収められたランタンだった。

「『 夜光石(やこうせき) 』のランタンだ。昼間の光を溜め込んで、夜になると勝手に光る。油がいらねぇから長旅には便利だぞ」

「……いいのか? 結構高価なもんだろ」

「餞別だ。それに、王道を行くっつっても、夜は暗いからな。……足元を照らす光は、いくらあっても困らねぇよ」

バラムの言葉には、物理的な意味以上の重みがあった。

「ありがたく使わせてもらうよ。……またどこかで」

「ああ。達者でな」

握手ではなく、拳と拳を軽く突き合わせる。

それは、ドワーフ流の武運を祈る挨拶だった。

俺たちは門をくぐり、荒野へと続く街道へと足を踏み出した。

背後からは、今日もカレドヴルフの始業を告げる鐘の音と、蒸気の噴き出す音が響いている。

少し歩いてから、俺は一度だけ振り返った。

赤い煙と、熱気と、頑固な職人たちの街。

暑苦しくも、どこか心地よかった日々が遠ざかっていく。

「行こうか。……王都までは長い旅になるぞ」

「はい!」

「ん。いく」

俺たちは前を向いた。

足元には、少し重くなった、けれど頼もしい『青剛鉄』の感触。

その重みが、俺たちを次の冒険へと繋ぎ止める「錨」のように感じられた。

頭上の空は高く、西の方角には、まだ見ぬ王都へと続く長い道が伸びていた。