軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

197 リゼット

張り巡らされていた白い檻が、ガラスのように砕けて散る。

静かな湖面のような、魔力を湛えた双眸が、リゼットを映す。

エコーの周囲を渦巻く炎が、リゼットたちへ押し寄せる。

一切の容赦がない、世界の敵を殲滅する勢いで。すべてを溶かし、燃やし尽くすような魔力の炎が。

【聖盾】

レオンハルトが前に立って炎を防ぐ。

もう一度、更にもう一度と暴風雨のように押し寄せる炎を、レオンハルトは完璧に防ぎ切る。以前よりもその盾はずっと強固になっていた。

金色の光が広がり、襲いくる魔法を消滅させた。

「レオン、大丈夫ですか?」

「ああ。本物のリゼットの方がずっと強い」

「そうなんですか?!」

どこで判断したのだろう。驚きながらも、その言葉に勇気をもらう。

「向こうの攻撃は防ぎ切れる。全力で行ってくれ」

「――はい!」

何も恐れる必要はない。

それに、こちらはひとりではない。

魔法を繰り出し続けるエコーの一瞬の間隙をついて、リゼットはユニコーンの角杖をエコーに向けた。

【火魔法(神級)】【魔法座標補正】【魔力操作】

「ブレイズランス!」

全身の魔力を一点に集中させ、一条の矢に集約する。凝縮した魔力の塊を、エコーに向けて放つ。幾重にも重ねて。

一段目は途中で魔力によって相殺される。二段目は更にエコーに肉薄する。三段目がエコーの身体に触れ、四段目が貫いた。

穴の開いたエコーの身体が、吹き飛ばされるように後ろに倒れ、心臓の上で跳ねる。身体が溶けて、心臓の中に戻っていく。

(勝った……?)

エコーの消滅を確認したものの、どうにも手ごたえがない。

訝しんでいる間に、また新たなエコーが生み出される。

リゼットはそれも魔法の矢で倒した。

「レオン、急ぎましょう」

再びエコーが生み出される前に、心臓の元へ駆け寄る。

激しく脈打つ巨人の心臓へ、レオンハルトが剣を突き立て、引き裂く。

肉は深く、鮮やかに切り裂かれる。しかし一度赤い血を噴き出しただけで、傷はすぐに塞がった。まるで最初から傷などなかったかのように、完璧に。

レオンハルトが再び剣を振るう。

リゼットは同じタイミングで、傷に向けて魔法を放った。

【火魔法(神級)】【敵味方識別】

「ブレイズランス!!」

高火力の魔法を打ち込むが、傷はわずかに焼けて広がったものの、またすぐに修復される。

「まったく効きませんね……」

「いや、効いてはいる。その証拠にモンスターが生み出されない」

だが、心臓の巨大さに比べて、自分たちはあまりに小さく。修復力に追いつかない。

しかも相手は不死の世界の住人。死なない相手を、どうすれば殺せるのか。

「もう一度ショックを与えてみよう。脈を乱せれば、心臓も停止させられるかもしれない」

「はい」

レオンハルトが傷をつくり、リゼットがその中に魔法を打ち込む。

何度か繰り返すうちに、脈動が乱れ始める。

刻まれていた一定のリズムが大きく乱れていく。

そしてそれと同時に、上からはらはらと土が降ってくる。

揺れているのは心臓だけではなかった。地面が、壁が、天井が。ダンジョン全体が揺れている。

最初は砂が、次に小石が、続けて大きな岩が降ってくる。

「これは――」

このままではダンジョンが崩れそうな勢いだった。

そうなれば、生き埋めだ。

『ルルドゥお姉様、さすがにまずいですの……』

『うむ……外にまで影響が出ておる。大地のかたちが変わっていっておる……』

世界に溶けた女神たちには外の様子もわかるのだろう。

静観していた女神たちも慌て始めている。

『――リゼットよ、己がしたいように、好きなようにするがよい!』

リゼットはアイテム鞄から、死そのものである聖遺物『母神の右手』を取り出した。

かつて巨人を殺したといわれるそれは、死のない世界に死をもたらした。

(これを、心臓の傷口に放り込めば――……本当に大丈夫なのかしら?)

リゼットが聖遺物に対して抱いた感想は、「あまりにも弱々しい」だった。

とても巨人の生命力に打ち勝てるとは思えない。

そもそもこれは神体の一部だが、母神から切り離されて地上に残されたものだ。

それを聖女たちが繋いできた。

やはり、聖女と一体化していてこそ真の力を発揮するのだろう。

このまま放り込んでも、巨人を殺せるとは思えない。

(――ここで終わるわけにはいかない)

リゼットはレオンハルトを見上げた。

緊迫した表情に不安が滲んでいる。

リゼットはエメラルドグリーンの瞳を見つめ、微笑む。

「大丈夫です」

守りたい人々を守るために。

前に進むために。

『母神の右手』を取り込むことを決意した。

【聖遺物の使い手】

受け入れると決めた瞬間、スキルが発動して手に持っていた右手がリゼットの中に吸い込まれる。それと同時に【光魔法(神級)】のスキルを得る。

肘から下の色が変わり、白く発光し始める。

全身の感覚が暴れ、呼吸が急に荒くなる。立っているのに空に浮かんでいるような感覚を覚え、足元がおぼつかない。思考が混濁する。

(……私は、生きていく――)

この身体は、この心は、自分のものだ。

誰にも渡さない。

リゼットは右手でオリハルコンの包丁を握り、巨人の心臓を見つめる。いまだ動き続ける世界の中心。

その中心に、包丁を握る手を突き立てる。

【光魔法(神級)】

オリハルコンの包丁が煌々と輝き、肉を切り裂きながら奥へと深く沈んでいく。『母神の右手』とごと。

――熱い。

命の温度が、世界の温度が伝わってくる。身体を焦がし、魂まで燃やしてくる。

傷は塞がることなく、『母神の右手』を飲み込み続ける。

死と生は拮抗しているかのように見えた。

だが、リゼットには確かな手ごたえがあった。

心臓は激しく暴れまわっていたが、段々と抵抗が弱くなる。いままでとは明らかに様子が違う。

――死が、巨人に与えられようとしている。

そしてリゼットも、世界と一つになっていくような解放感に包まれていく。

――沈んでいく。

このままでは、巨人の心臓と、世界と、一体化してしまう――……

そのまま身を委ねてしまいそうな、恐ろしいまでの安らぎが、そこにあった。

リゼットは強く食いしばり、顔を上げ、力の限りに叫んだ。

「――レオン、お願いします!」

「――――ッ!」

――次の瞬間。

レオンハルトの剣が、リゼットの右腕を斬り落とした。

◆ ◆ ◆

――数時間前。

「レオン。ひとつだけ、お願いがあるんです」

そう切り出したリゼットに、レオンハルトは戸惑うような、そしてどこか悲しげな表情を浮かべ、口元を引き結んだ。

「巨人の心臓を停止させるために、もしかしたら……『母神の右手』を取り込むことになるかもしれません」

できることならそうしたくはないが、あらゆる覚悟をしておく必要がある。

必要な時に、迷わないために。

「いままでは私が聖遺物を支配できましたが――……今回は、何が起こるかわかりません。この身体にも、精神にも」

リゼットは俯きかけた顔を上げ、レオンハルトの目をまっすぐに見つめた。

「私は、人間として、自由に生きていきたいんです。だから――もし私が取り込まれそうになったら、聖遺物を斬り落としてください」

リゼットが口にしたのは、あまりにも自分勝手な願いだ。

その願いのために、レオンハルトに重い負担を負わせようとしている。

――それでも。

希望が欲しい。約束が欲しい。

どんな暗闇の中でも前に進み出すための希望が。

「……わかった」

レオンハルトの返事に、リゼットは驚いた。

自分から言い出したことだが、あまりに身勝手で、あまりに無神経な願いだと思っていた。断られて当然のものだと。

「本当に、いいんですか?」

「俺は、リゼットに生きてほしい。君のいる世界が、俺の守りたい世界だ」

誠実な声が胸に響く。

どんな酷い願い事をしているか、自覚はある。それでも嬉しかった。涙が零れそうになるほど。

「大丈夫だ。きっと何もかもうまくいく」

「はい、私もそう思っています」

涙をぬぐいながら、リゼットは改めて心から思った。

生きたい、と。