軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

198 右腕

右腕の抵抗感がなくなり、身体が軽くなる。

心臓から離れ、後ろに倒れるリゼットを、レオンハルトが受け止める。

心臓に刺さったままの右腕は、そのまま心臓と一体化していった。脈動する肉塊が腕を呑み込んでいき、やがて激しく血を噴き出し始めた。

鼓動はあっという間に脆弱化し、肉塊の色が代わり――動きが完全に止まり、ダンジョンの揺れも止まる。

――死の静寂が訪れる。

「――リゼット!」

レオンハルトの絶叫が響き渡ると同時に、リゼットに回復魔法がかけられる。

右上腕からの出血が止まり、傷口が塞がる。リゼットは詰めていた息を、ゆっくりと吐き出した。

「……成功、したのでしょうか?」

答えが出ない間も、回復魔法が流れ込み続ける。

レオンハルトが必死に腕を再生しようとしている。

だが、血は止まったものの、それ以上の回復はなかった。幸い、痛みもいまはない。

「――レオン、もう大丈夫です」

「――――ッ、俺は――どうして、こんなに無力なんだ……」

レオンハルトの額に、左手で触れる。

「気にしないでください。腕の一本、安いものです」

微笑んで、レオンハルトを見つめる。

「生き残って、するべきことも果たせたんです。これ以上の成果はありません」

利き腕がなくなったのは不便だが、そのうち慣れるだろう。

自分たちは生きている。

「帰りましょう、レオン」

「リゼット……」

レオンハルトの声は抑えきれない痛みが含まれていた。顔は青ざめ、目には自分自身を責める後悔が滲んでいた。

「本当に、気にしないでください。私がお願いしたことですから」

リゼットはレオンハルトの顔を見つめ、なんでもないように微笑んだ。

「そうだ! 一度死んで蘇生すれば、腕も元通りになるのでは?」

実現度の高そうな発想に、思わず声が弾む。

「――やめておいた方がいい。下手をすればそのまま死んだままだよ」

虚空から声が響くと共に、ウルファネが姿を現す。

「不死の巨人が死んでしまったんだ。生き返れる保証はどこにもない」

ウルファネは無情な現実を突きつけてくる。

「そうですか……いいアイデアだと思ったんですが」

残念に思いつつも、巨人の死が確実なものになったという確信が得られて安堵する。

ダンジョンマスターであるウルファネにとっては好ましくない展開だろうが、リゼットにとってこれ以上の結果はない。

ウルファネは遠い目をして、動かなくなった心臓を見つめた。

絶え間なく響いていた鼓動も、もう聞こえない。

「巨人の息吹はもう感じない。これでもう新しいダンジョンが生まれることはなく、力の余韻も消えていくだろう。いつかすべてのダンジョンが消えて、巨人の存在も忘れ去られていく」

淡々と紡がれる言葉には、悲しみも怒りも何も含まれていなかった。

「それは明日かもしれないし、数百年、数千年先のことかもしれないけれど……いつか必ずその日が来る……行くといいさ。灯火のない世界を」

ウルファネが手にしていた杖を振ると、ミーミルベリーの林の間に帰還ゲートが出現する。

「ありがとうございます。でも私、ブローケさんたちのところに寄って行かないと。一緒にここを出ましょうって、約束しましたから」

「物好きなことだ」

「ウルさんもどうですか?」

「――……ん?」

「ダンジョンがもうすぐなくなるのでしたら、ウルさんももう自由でしょう?」

笑いかけると、ウルファネは困ったように笑った。

「女王は――いや、もう女王じゃないか……君は、優しいのか残酷なのかわからないよ」

強張った声で言い、姿を消してしまう。

残念だが仕方がない。自分たちにはまだまだやることがある。前に進まなければ。

「レオン、行きましょうか。ディーとも早く合流したいですね」

立って歩き出そうとするが、足元がおぼつかなくて倒れそうになる。

ふらついたリゼットの身体を、レオンハルトがしっかりと支える。

「ごめんなさい、バランスが――しばらくお世話になってしまいそうです」

「しばらくじゃない。これからもずっと、俺が君の半身となって支えていく」

「レオン? いえ、そんなわけには――」

「最初からそのつもりだった」

リゼットは驚いた。

レオンハルトは先の未来まで覚悟を決めて、リゼットの願いを聞いたのだ。

そんなつもりは一切なかったのに。

「……大きすぎます」

レオンハルトは、右腕代わりとしては、あまりにも存在が大きすぎる。

こんなことで未来を縛りつけていいはずがない。

「本当に、気にしないでください。そもそも私がお願いしたことです」

リゼットは声を固くし、決意を込めて言う。

レオンハルトには自由に生きてほしい。責任を負わせるつもりで頼んだのではない。

離れようとしたリゼットの肩を、レオンハルトが力強く支える。

「――リゼット。俺がここまで一緒にいたのは、君の頼みを聞いたのは――君と共に生きたかったからだ」

絞り出すような声に、胸を締めつけられる。

リゼットは顔を上げ、レオンハルトの顔を見つめた。

苦悩と決意が深く刻まれた表情を。

「君に辛い思いをさせても、苦しい思いをさせても、それでも生きてほしかった。本当は……代われるものなら代わりたかった」

「……レオン……」

「俺は君の腕の代わりにはなれない。けれど、これからを生きていく君を支えたい。俺が、支えたいんだ」

強い意志と切実な願いに胸を打たれる。

「……支えられるばかりだなんて、対等じゃないです」

リゼットは、対等でいたい。

何もかもが違う人間同士だからこそ、相手を尊重したい。罪悪感で縛りつけたくない。

リゼットは失った右腕を見つめた。

「一日でも早く、普通に動けるようになりますから。そこまではレオンの手をお借りします。そこから先は――」

顔を上げ、微笑む。

「そこから先は、またふたりで考えましょう」

「……ああ」

緊張がわずかに解けたレオンハルトの腕を取り、補助をしてもらいながら歩き出す。

その時――

「――ぎゃあああああああ!」

聞き慣れた悲鳴が、上の方から響いてくる。

リゼットはレオンハルトと目を見合わせ、できるだけ急いでミーミルベリーの林を戻る。

塔の部分に戻ると、床に衝突直前のぎりぎりの距離で空中にぶら下がって揺れているディーの姿があった。

「ディー!」

「クッソ……また死ぬかと思った……アラクネ糸に助けられた」

ディーはぶら下がった体勢のまま、腰のナイフでアラクネ糸を切って地面に着地する。

「ショートカットで楽しようと思ったらダメだな、やっぱ」

「ディー、会えてよかったです」

元気そうな姿にほっとする。

立ち上がったディーは笑っていたが、リゼットの右腕を見て顔を強張らせた。

「リゼット、お前……その腕……」

言葉を失くすディーに、リゼットは困りながら笑う。

「オリハルコンの包丁もなくしてしまいました」

「それどころじゃねーだろ……」

「ふふっ。慣れればきっと大丈夫です」

リゼットは明るく言うが、ディーはますます複雑そうな表情をする。

舌打ちし、レオンハルトを睨む。

「お前がついてて何やってんだよ」

「……すまない」

「レオンは悪くありません。私がお願いしたんですから」

「だろーな。だろーけどよ、クソッ……」

苦々しい表情でため息をつき、自分の髪をくしゃくしゃ掻き乱す。

「そ、それよりも、合流できてよかったです。ソロでここまで来たんですか?」

「んなわきゃねーだろ。シーフ過信すんな」

言いながら、塔の上を見る。

「そろそろ下りてくんだろ」

その言葉通り、上の方から人の気配が下りてくる。

落ちる速度ではなく、制御されたゆっくりとした速度で。

それは修道女を抱えた騎士だった。

「ダグラスさん?」

リゼットは驚いて声を上げた。

ノルンにいるはずの教会騎士が、どうして女神教会大聖堂地下ダンジョンにいるのか。

「お久しぶりです、リゼットさん」

そして、ダグラスが抱えている修道女を見て、リゼットは息をするのも忘れた。

「ようやく追いつきましたわよ、お姉様」

教会騎士ダグラスに抱きかかえられていたのは、リゼットの異母妹メルディアナだった。

老婆の姿になっていたはずのメルディアナは、昔と同じ、少女の姿で笑っていた。