軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

154 踏破景品

「……不思議だね……」

ラニアルは本当に不思議そうにぽつりと呟く。その声は静かに廃墟に響き、水の流れる音に重なり、草木に吸い込まれていった。

「そんなふうに言われちゃったら、揺らぐ。人の笑顔を願うなんて、考えたこともなかったよ……いや、忘れちゃってたのかな」

肩の力が抜けたように椅子にもたれかかり、取り出した魔石を見つめる。

「いまのエルルはきっと、笑わないだろうな」

琥珀色の魔石を見つめながら、ぐっと涙を堪えるように身体をひくつかせ、微笑む。

顔を上げると黒髪が揺れる。

笑うと清々しい空気が流れる。いまにも壊れそうだった張り詰めた雰囲気が緩んでいた。

「あたしも熱くなりすぎちゃっていたかも。もうちょっと、落ち着いて考えてみようかなって思うよ」

膝の上の妖精竜を抱き上げて、立ち上がる。

リゼットたちに背を向けて、妖精竜を大切そうに玉座に置き、振り返る。

「とりあえず、ダンジョンクリアおめでとー! 踏破景品を渡さなきゃだね」

ラニアルが得意げに取り出したのは黄金でできた杯だった。

アルケミスト・ラビリンスの受付所で踏破景品として紹介されていたものだ。

「ハァ? こんだけ? 市長さんはお前を倒したらあらゆる欲望を叶えてくれるって言ってたぜ」

「あのひと大言壮語だからなー」

金杯を持ったまま、困ったように肩を竦める。

「でも一応聞いてあげる。冒険者は欲深いものだもんね。何がお望み?」

ディーはちらりとレオンハルトを見る。

レオンハルトは複雑な心境を滲ませながら、剣を鞘に納めた。ラニアルに対する警戒は緩めないまま、低い声で言葉を紡ぐ。

「――大地の巨人の殺し方を」

「うわあ。あたしよりクレイジーなひと初めて見ちゃったよ」

ラニアルは驚き戦慄し、自分の身体をぎゅっと抱きしめた。

「残念ながら、あたしにはわかんないなぁ」

「何か思いつくことくらいはあるだろう」

「んー……女神教会の本山に行けば、何かあるかもね。あそこにはあらゆる魔術が揃っているし、何より巨人の心臓に一番近い場所だから」

――女神教会の本山。

それはリゼットがいつか訪れるつもりだった場所だ。その機会は思ったよりも早くやってきそうだ。

(しかもなんだか不穏な情報ばかり……)

――あらゆる魔術が集まる場所。巨人の心臓に最も近い場所。

畏怖と好奇心が同時に沸き起こる。胸がどきどきと早鐘を打つ。もう、止まらない。

「――最後に聞きたい。君の協力者はタガネ市長か?」

「うん、ドワーフのお姫様にこの街をつくってもらったんだ。発展するダンジョンに街は不可欠だからね」

「見返りに何を約束した」

レオンハルトの問いに、ラニアルは答えず微笑む。

――そのとき、虚空にヒビが入る。

まるで見えない壁がそこにあったかのように、虚空が割れる。

あまりにも現実的でない光景にリゼットが驚愕している間に、上から人が飛び降りてくる。

ずんぐりとした背の低い体型に、筋肉質の体つき。浅黒い肌に、濃い灰色の髪。

身体を包むサーコートと白い鎧。

ドワーフの女性騎士――ランドールの市長であるタガネは、手にしていた斧をどすんと地面に振り下ろす。

「ようやく見つけたぞ、錬金術師ラニアル・マドール。そろそろ対価を払ってもらおうか」

「わあ、いらっしゃい。市長さん。途中から穴掘ってきたの? 遠路はるばるご苦労様」

ラニアルは明るい声でタガネを歓迎する。

「は……? いま空中から現れなかったか?」

ディーが小さな声で囁く。

レオンハルトが眉間に皺を寄せた。

「……ドワーフの拓く道はドワーフにしか通れない……こういうことなのか? ダンジョンは別世界であると同時に巨人の体内でもある……ドワーフは巨人の体内を渡れるのかもしれない……」

「なんてことでしょう。ショートカットし放題ですね」

「反則だろ……オレらが地道に潜ってる間に貫通工事とか。モンスターにだってほとんど遭わねえだろうし」

「そんな……お腹が空いてしまいます」

タガネはリゼットたちには目もくれず、椅子に座るラニアルをまっすぐに見据える。

「地上はそろそろ限界だ。賢者の石の進捗はどうなっている」

「あー、まだあれ本気にしてたの? ごめんごめん。そんなもの、あるわけないんだ」

ラニアルは困り顔で首を傾げる。

タガネの顔から表情が消えた。

「無限の力に不老不死――あるわけないよ。この世界全部天秤に乗せても無理」

「そのような戯言が通じると思うか?」

全身から怒りが立ち上る。燃え盛る炎のように、熱く激しく。

「お前の言うとおりに、街を作った。冒険者を集めた。いまさら無理などという言葉が受け入れられると思うか?」

「うん、無理だろうね。でも無理」

ラニアルはあっけらかんと笑う。

「このダンジョンの冒険者、街に集まった人間たち、全部材料にするために殺して、賢者の石にするつもりだったよね。そのためにあたしに街と魔石を提供してくれて、本当にご苦労様」

「……ラニアルさん、いま、なんて――」

自分の耳で聞いた言葉が信じられず、リゼットは思わず聞き返す。

ラニアルは笑ったままだったが、その目は笑っていなかった。

――市長が、街の人間を全員殺そうとしていたなんて、とても信じられる話ではない。

タガネもラニアルの言葉を否定しない。否定はせずに、約束をたがえたラニアルに対して怒りで身体を震わせている。

「ダンジョンも無事安定してきたし、あたしももうあまり無理するつもりないから、市長さんはもういーよ。これからも市長さんとして頑張ってよ。ダンジョンが出来たら、このランドールもますます発展するだろうしさ」

「ふざけるな!!」

憤怒の絶叫が森に響くと共に、タガネの口から大量の血が吐き出された。赤黒い血が鎧を、地面を、汚していく。

タガネの身体から力が抜けていく。斧の柄を支えにしようとするが、それでも支えきれずに膝を地面に着く。

「あーあ、もうボロボロだね。ダンジョンで死んでも死なないけど、元から壊れている身体は死に戻っても治らないんだよねー。回復魔法も病には効かないし」

ラニアルは椅子の周囲の階段を下りて、タガネの前に立ち、緑の目で上から見下ろした。

「賢者の石にすがるしかなかったんだよね。可哀そうなドワーフのお姫様」

「――冒険者よ……このエルフを殺せ。臓腑を掻き分けて、賢者の石を抉り出してやる!」

タガネはリゼットたちに背中を向けたまま、怒りに震える声で言う。

リゼットは自分の後ろを見るが、誰もいない。周囲を見回してもレオンハルトとディー以外の冒険者はいない。

「もしかしなくてもオレたちに言ってんだよ」

「ですよね……」

――もちろん断る以外の選択肢はないのだが。

「……タガネ市長、お返事をする前に確認させてください。いまラニアルさんが言ったことは本当ですか? 賢者の石とやらを手に入れるために、冒険者を材料にしようとしたというのは」

「私は、ドワーフの女王となるのだ。ならねばならぬ。そのためになら有象無象の冒険者共の命など、些末なことだ」

タガネは僅かな揺るぎもなく言い切る。それが正義だと信じて疑ってもいない。

「ケッ、オレたちはただの養分ってか。欲望を叶えるってアレもエサってわけかよ」

嫌悪感を隠さない舌打ちが響く。

「――市長。自分が何を言っているか、本当にわかっているのか?」

レオンハルトが静かに聞く。

「当然だ。一体何のために、長い年月をかけてここまで整えたと思っている。安心しろ。お前たちの命は取らない。欲望もすべて叶えてやる。早くあのエルフを殺せ!」

誰も返事をしなかった。

呼吸も何もかも、森の静寂に吸い込まれていく。

「……何故だ……貴様らもあの錬金術師に組するというのか。この痴れ者が!」

口端から血が溢れる。タガネはそれをぐいっと拭い、苦しそうに顔を顰めた。

「市長。自分の姿を、言葉を、いま一度見つめ直したほうがいい」

「ヒューマンの若造が……」

ラニアルは大きくため息をつき、ふわりと黒髪を翻した。

「あーあ、他種族に年齢で威張るほどダサいことはないよ。ところでさ、ここでの市長の台詞、全部外に流れてるから」

ラニアルの髪の中から、黒い球体が浮き出てくる。

(あのウニは――確か、魔術師の眼?)

リゼットはそれが高位魔術師の外部感覚器官だとイレーネに教わった。

ラニアルは口元に深い笑みを浮かべる。

「あの街頭装置を使って、あんたのセリフと映像、すべて流してるんだ。平気だよね。恥じ入ることなんてなにもないんだから」

――街頭装置とは、ランドールの街中にいくつも設置されていた動く絵画のことだろうか。

あれにタガネの姿と言動が映し出されていたら、ランドールにいる多くの人間が目にしていることになる。

「もちろんダンジョン中にもね。ねえ、これを聞いた皆はどう思ってるかな。どんな目であんたを見てるかな。ねぇ、想像できる? 誇り高きドワーフのお姫様?」