軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

153 錬金術師のダンジョンマスター

ラニアルの清々しく迷いのない笑顔を見て、リゼットはようやく理解した。

彼女とは死生観がまったく違う。

生き方も、死に方も。

――当然のことだ。種族が違う。時間の流れが違う。いままで見てきたものも、感じてきたことも、何もかもが違う。

だからといって、リゼットも引き下がるつもりはない。

「――エルルさんは、彼の信念に則って行動していました。蘇らせて別の道を強要したとして、それはエルルさんと言えるでしょうか。彼の意志を尊重してあげてください」

「聖痕を奪われるなんてことされてて、随分エルルに同情的だね」

ラニアルはやや呆れたように言う。リゼットはエルクドのせいで聖痕を奪われダンジョン送りになったが、おかげで聖女というしがらみから解き放たれたし、冒険者になることができた。

「私は彼を恨んではいません」

「呆れるほどポジティブなお人好しだね」

妖精竜の背を優しく撫でながら苦笑する。

そして、物憂げなため息をつく。疲労の色を滲ませて。

「好きな人と同じ世界を見たいってそんなに許されないことかな。ずっと一緒にいたいって、普通のことじゃないの?」

「…………」

リゼットには普通の恋心なんてわからない。リゼットにとって恋愛は縁遠いものだ。

だが、同じ世界を見たいという気持ちや、ずっと傍にいたいという気持ちはわかる。

「どうして放っておいてくれないの? もしかして、リゼットは自分のせいだって思ってる?」

静かな瞳で、静かな声で問うてくる。

「自分がエルルを殺してしまったから、あたしがこんなになって、他の人たちを巻き込んでるって思ってる? だから責任を感じてるとか?」

「……それは……」

「関係ないよ。いつかエルルが破滅するのはわかりきっていたことだし。リゼットがやらなくても、女神教会がいずれ必ずエルルを捕らえた」

女神教会の審問官がノルンダンジョンに行っていたことをリゼットたちは知っている。以前ダンジョンで会った審問官ケヴィンは確かにそう言っていた。

「あたしは、リゼットがとどめを刺してくれてよかったと思っているよ。魔石もくれたし。むしろそれを願って、あのとき声をかけた。ラニアル・マドールの目に狂いなしだったよね」

「ラニアルさん……」

ラニアルは無邪気に微笑み、天を見上げる。そのずっと先――ダンジョンの外の空を見上げるような遠い目で。

「リゼットたちがくれた魔石のおかげで、こうしてダンジョンも作れたし、エルルも再現できた。リゼットのおかげで。感謝してもしきれないくらいだよ」

困ったように頭を振り、リゼットを見る。黒い髪がふわりと揺れた。

「あたしはリゼットとは戦いたくないな」

「私もです。でも、ラニアルさんがこのまま進むのであれば、止めます」

「だからなんで?」

リゼットはラニアルの瞳をまっすぐに見て、胸を張って答えた。

「私がそうしたいからです」

ラニアルは嬉しそうな、寂しそうな複雑な表情を浮かべる。

「そっか。仕方ないね。わかりあえないのは悪いことじゃない」

細い指で妖精竜の頭を撫でながら。

「でも、あたしは本当に戦いたくないんだよ」

真摯な声で言うラニアルの表情は、悠久を生きるエルフのものだった。数多の歴史と見つめてきた緑の瞳が、ダンジョンを見つめる。

「このダンジョンにはね、エルルがダンジョンマスターになってから訪れたんだ。あたしもダンジョンマスターってものになってみたくて。同じ景色が見てみたくて。ドワーフの廃坑だった場所で、運よく陛下に選んでもらえて――こつこつと育ててきた」

ラニアルは懐かしそうに語る。口元に微笑みを湛えながら。

「その上にランドールの街をつくってもらって、そしてアルケミスト・ラビリンスをつくった。いわゆる疑似餌ってやつ」

その言葉を聞いてリゼットが思い出したのは、第一層で遭遇したファニーアップルロフィウスだった。リンゴで冒険者を釣って食べる陸魚。

魅惑的なエサで獲物を釣って、食べてしまうモンスター。

「ダンジョンも、お腹を空かせているんだ。冒険者を呑み込めば呑み込むほど成長する。成長させるために、あたしのダンジョンとアルケミスト・ラビリンスを繋げたってわけ」

誇らしげに胸を張る。

「街の封鎖が解除されて出ていく人も多いだろうけど、これからはもっとたくさんの人がやってくるはずだよ。夢と冒険を求めて、ランドールはますます盛り上がる」

ダンジョンが現れれば、冒険者が訪れる。女神教会が訪れる。人で賑わえばますます振興し、ダンジョン都市が作り上げられていく。

「あたしはちゃんと、冒険者たちと共存していくよ。女神教会とだって。ダンジョンを地上に出したりもしない。だって、あたしはこの世界をずっと続けたいから」

ラニアルは笑顔をキラキラと輝かせる。

それが彼女の本当の望みであることは疑いようもなかった。

「あたしの願いは、エルルとずっと一緒に暮らすこと。作り物でも構わない。間違っていたってどうでもいい。これが、これだけが、あたしの望み」

リゼットにはラニアルの考え方は理解できない。

だがその感情は痛いほどにわかる。寂しいという気持ちも。自分の場所を作りたいという気持ちも。それが儚い幻でもいいから浸っていたいという気持ちも。

――それでも。

「……エルクドさんは、ラニアルさんを変化を好むエルフだと言っていました」

「へえ。そんな風に言ってくれてたんだ」

「いまのラニアルさんは、終わらない――変化のない、未来のない、停滞する夢を望んでいるように見えます」

ラニアルは首を傾げる。

「それの何が悪いの? 好きなことだけして生きていきたいもん。もう迷惑かけないし」

ディーが苛立たしげに舌打ちした。

「とてもじゃねーけど信じらんねーな」

「ひっどーい。あたしは平和なダンジョン運営を約束するよ。ダンジョンを外にも出さない。これからは本当に安心安全なダンジョンだよ」

口を尖らせるラニアルへ、レオンハルトが剣を向ける。

「――ラニアル・マドール。君の執着は、災いとなって多くのものを巻き込んでいく」

揺るぎない正義を突きつけ、厳しい声で続ける。

「他者の魂を私物化し、死の苦しみを繰り返し味わわせるという残虐非道な行いも、そんな行為をたやすく行ってしまう君の精神も、放置できない」

「お説教はいらないよ。あたしにはエルルと陛下以外に執着するものもないし」

「信じられない」

ラニアルはムッと頬を膨らませた。

「なら誓約の魔法を使ってあげる。これからあたしはリゼットにも君たちにも一切の危害を加えない。もちろん、ダンジョンに望んでやってくる命知らずな冒険者には容赦しないけどね」

「――誓約の魔法とは、どのようなものですか」

「課された誓約を破ろうとすれば死ぬ、すっごく単純な魔法だよ」

「…………」

――もし、そのような魔法で行動を縛ったとしても。

「これから先、あたしをどうしても許せなくなったら殺しに来たらいいよ」

「――ラニアルさん。そんな誓いはいりません」

リゼットは自分の浅はかさを恥じた。

エルクドの魔石を破壊しようとしたことについても。

人の大切なものを壊す権利はない。

そして誰も人の行動を縛ることはできない。手足を拘束することはできても、心は縛られない。心は、自由だ。

「ラニアルさんの人生はラニアルさんのもの。あなたがそこまで強く望まれているのなら、私に言えることはありません」

他人の覚悟の信念を無理やり変えることなどできない。

強い気持ちは誰にも打ち砕けないのだから。

「でも、ひとつだけ約束してください」

リゼットは微笑み、ラニアルを見つめた。

「――ラニアルさん。どうか、笑って生きてください」

これからの長い人生も、心から笑って生きてもらえれば、リゼットはそれで充分だった。

ラニアルは言葉を失い、呆然とした表情でリゼットを見つめていた。