軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第92話 リースの想い

私――ハイエルフ王国、エノールの第2王女、リース・エノール・メメアは、我が国を救ってくださったリュートさんの家名決め会議が終わると、自室へ戻った。

部屋には給仕を務める私の護衛メイド、シアが涼しげな顔で 香茶(かおりちゃ) をカップに注いでいる。

そんな彼女に私は先程の言動についてついつい感情的に謗ってしまう。

「シア、なんのつもりですか。リュートさんにはすでに奥方が2人もいらっしゃるのに、私とくっつけるようなマネをするなんて」

「ご迷惑でしたか? ボクはてっきり姫様は、若様をお慕いしていると思い背中を押したつもりなのですが」

「お、おおおお慕いなど! すでに奥方が居る殿方に横恋慕するなんて……ッ!」

「姫様、落ち着いてください。世間一般ではハイエルフ族は生涯に1人としか結ばれないなどと言われていますが、歴史上、第2、第3夫人を娶ったり、娶られたりした方もいらっしゃいます。無理に気持ちを押し込めることはないと思いますよ?」

「た、確かにそのような方もいらっしゃいますが……。そ、それにシアはどうなのですか? シアこそ、リュートさんと結ばれたいとは思わないのですか?」

「結ばれるも何も、ボクは若様の奴隷ですから」

シアは自分には目に見える絆があると言いたげに、得意気な顔をする。

彼女を買い取った奴隷金はすでにエノールから支払っている。リュートさんが借りていたお金もメイヤさんに返金済みだ。しかしシアは、リュートさんが奴隷から解放しようという申し出を断っている。

『ボクは若様達の奴隷を続けたい』、と。

そんなシアはちょっとズルイと思います。

「それに若様に対してボクとしては恋人や夫婦というより、戦友という感情の方が強いですね。だから、ボクのことは気にせず、姫様は自身のお気持ちを若様にお伝えしてください。きっと姫様ならスノー奥様も、クリス奥様も納得してくださるはずですから」

――少しだけ夢想してしまう。

リュートさん、スノーさん、クリスさんと一緒に過ごす生活を。

それはとても甘く、幸せで温かい、まさに夢のような生活だ。しかし……ッ。

「……シア、貴女の心意は理解しました。ですが、私は次期エノールの女王。自身の立場は弁えているつもりです。リュートさんに恋心など抱いてはおりません。だからもう変な気遣いはしないでください」

「姫様……」

「今日はもういいから、シアも休んでください」

彼女は眉根を下げたまま、一礼して部屋を出て行く。

カップから昇る 香茶(かおりちゃ) の湯気が切なく揺れる。

私は椅子から立ち上がり、ベッドへ倒れ込む。

「リュートさんに恋心など……」

1人呟くが、自分自身を誤魔化すことは出来なかった。

私はリュートさんをお慕いしている。

いつから自分はリュートさんに心を奪われてしまったのだろう?

目をつぶり思い返してみる。

初めて顔を合わせたのは、湖外の宿屋。

「シアに連れられて、部屋で待っていた時。胸が高鳴って、止まらなかったのを憶えています……」

最初の印象は、優しそうな人。

遠方から来たのに、嫌そうな顔ひとつせず、私達に手を差し出してくれた。

シアの言葉を信じて、ハイエルフ王国を助けに来てくれた勇者様。

彼に手を握られた瞬間、身体を何かが貫いた気がした。

リュートさんが来てくれたのは、私にとって運命なのかもしれない。そう思った。

……でも、彼は2人の妻を持つ身。

この国を救ってくださる勇者様として敬ってはいたが、異性に対する愛情という意味の感情は持っていなかった。

お父様に反発し、リュートさん達と一緒に 大蠍(ジャイアント・スコーピオン) 退治に旅に出た。

旅の途中、リュートさんは馬車に酔ってしまった私を心配してくれた。

辛そうな私の頭に手をあてて、もうすぐ着きますから、と何度も声をかけてくれた。

彼の手が私の身体に触れる度に、嬉しい、と思ってしまっている自分がいた。

その事に、私は気づかないふりをし続けていた。

旅の途中、城外の世界を知って自分がいかに無知で、世間知らず、役立たずかを思い知らされた。

生木を薪に使おうとして、リュートさんに呆れられたこともあった。

彼の表情を見て、消え入りたいくらい恥ずかしいと思って、真っ赤になってしまった。

いいところを見せたい、と思うのに、いつも何かしらのドジをしてしまう。自分が情けなかった。それでも、リュートさんは優しくずっと隣に居てくれた。

外では私は役にたたない。……かと言って城内では姉様と比べられ、その歴然とした才の差から『傾国姫』と蔑まれていた。

自分の居場所が、内にも外にも無いことを思い知らされてしまう。

しかし、リュートさん達は、そんな私を見捨てず大切な仲間だと断言してくれた。

私が見張りを任されていたのに、寝てしまったのに。

彼は、『仲間だから、互いの失敗を助けるのは当然じゃないですか』と言ってくれたのだ。

誰にも受け入れられなかった私が、私の勇者様に仲間として認められている。

大好きなリュートさんに、私のことを仲間だと認めてもらっている。

彼には何気ない、ごく当たり前の一言だったかもしれない。

でも、その言葉がどれだけ嬉しかったか……。

さらにその後の戦いで、私の不注意でリュートさんが 大蠍(ジャイアント・スコーピオン) の毒針を受けてしまう。

私は必死になりながら、リュートさんを毒から救い出した。

その後、私は必死に彼に謝ったが、リュートさんや皆さんは罵声ではなくお礼を言ってきたのだ。

あの時の言葉は今でも鮮明に思い出せる。

『リースがお姉さんにどんな思いを抱いているかは分からないけど。オレはリースが仲間に居てくれて本当によかったと思ってる。お陰で荷物を気にせず運べるし、パンツァーファウストで無事 大蠍(ジャイアント・スコーピオン) を倒すことができた、毒針を受けてもリースの解毒で命拾いした』

そう言って、彼は。

まっすぐ私の瞳を見て、想いを伝えてくれた。

『だから何度でも言うよ。オレは、リースが仲間になってくれて本当によかった』

心の底からそう想ってくれていることが伝わる、彼の笑顔。

あの時、本当の意味で仲間になれた気がした。

彼の隣に居ていいんだ、と言ってもらった気がした。

そしてリュートさんは、誘拐された妹のルナを救い出してくれて。

まるで絵本に出てくる本物の勇者様のように、敵の大群に囲まれた私のピンチに駆けつけてくれたのだ。

リュートさんの、彼の顔を見た時――胸がギュッと痛くなるほど締め付けられ、喜びの涙が自然と溢れ出た。

いつリュートさんを異性として想うようになったかは分からない。

だけど、自分の気持ちに嘘はつけない。

今、私は彼のことを……リュートさんを愛している。

そのことだけは確かだ。

この国に縛られた私が隠し持つ、本当の心。

例えリュートさんの一番になれなくても、彼の側に居たい。

弱い者を助けるという彼の夢を、ずっと支え続けたい。

私のように、弱くて縮こまり、助けを求めている人を、リュートさんと一緒に助けたい。

ずっとずっとどこまでも、リュートさんについていきたい。

――けれど、私はこの国を見捨てることなど出来ない。

王族として私心を捨てるのは当然。望む相手と結ばれないことは昔から覚悟していたではないか。

なのに胸から溢れ出る悲しみが涙となって流れ出るのを止めることが出来なかった。ギュッとシーツを握り締めてしまう。

真っ白な洗いたてのシーツにシミと皺が生まれる。

(今日だけ、今日だけは心の底まで泣こう。そして明日からは何時も通りの私で過ごすのです……ッ)

そう自分に言い訳して、瞳から溢れる涙を押し流す。

「リュートさん……私の勇者様……私は……ッ」

枕に顔を押し付け嗚咽を殺す。

涙で濡れシミが広がるのも構わずに――