作品タイトル不明
第394話 ランス・メルティア
リュートによって撃たれたことによって、魔方陣が砕け散り。
世界が放出された魔力によって白く染め上げられ、ランスの意識もそこで途絶えた。
そして、気がつくと。
上も、下も分からない。
自分の手足すら確認することができない暗闇へと、ランス・メルティアは気付くと存在していた。
(失敗だ。儀式は失敗だ。何もかもが失敗だ!)
声をあげようにも、口や喉は動かない。
手足や頭を動かすこともできないため、ただひたすら胸中で呪詛の声をあげ続けていた。
(初めからリュートくんに復讐など考えず儀式をやっていれば……いや! リュートくんが儀式の邪魔をしたのが悪いんだ! 前世で僕を見殺しにした癖に! 今更、正義の味方ぶるなんて! クソッ、普通、少しでも罪悪感があったら、僕の邪魔なんてできるはずないだろ!? クソ、クソ、クソ!)
ランスの理論は完全に破綻している。
本人も心の隅で逆恨みと気付きながらも、リュートや彼の仲間達、ララ、アルトリウス、父や母、国家など、全てに八つ当たりの声をあげ続けた。
どれほど呪詛を吐き出していただろうか。
ランスは周囲の暗闇が徐々に薄れていくのを感じた。
最初は眼が暗闇に慣れただけと判断していたが、目が眩むような眩しい光に吸い込まれていることに気付く。
今度は暗闇ではなく、明る過ぎる光のせいで自分の手足すら確認することができなかった。
彼は今更ながら恐怖する。
(さっきの暗闇は死後の世界で、この光は生まれ変わりの光ということなのか? クソ! クソ! 復讐も果たさず生まれ変わりなんてしたくない! 僕は死にたくない! 神の、天神の力まで得たというのに! ちくしょう、死にたくない死にたくない死にたくないッ!)
体が動いているかどうかも分からないが、意識は七転八倒する勢いで藻掻く。
だがどれだけランスが藻掻き、叫び、慟哭しても光はその強さを増すだけだった。
(――――――――!!!)
最後は意識すら、光に呑み込まれ消失していく。
痛みはない。
ただ自身が消えていくの実感した。
▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼
「!?」
ランスは意識を取り戻す。
瞼を開き、自身の目で周囲を見回した。
辺りは最初、意識を取り戻した時のように暗くはあったが、黄金色に輝く粒や巨大な丸い塊などが浮いている。
手を自身の顔を前に持ってきて、足があるのも確かめる。
顔や首、胸、腰など体を手で触るがちゃんと存在し、異変もない。
自分の体が無事なのを確認して、改め周囲を見回す。
(……ここはもしかして宇宙なのか?)
黄金色に輝く粒は遠い星で、巨大な丸い塊は近い星だ。
(ここが仮に宇宙なら、どうして僕は生きていられるんだ? 別に苦しくもないんだが)
手を口元に翳し、呼吸を確認する。
胸は上下に動き、何かを吸って吐いているが、この宇宙空間に酸素があるとは考え辛い。
(!? 天神の力が存在している! 儀式は失敗したんじゃないのか!?)
天神化しているため、宇宙空間に放り出されても苦もなく存在することができていた。
さらに驚くことに、視線の先に青々と輝く惑星を発見する。
(あれは地球か!?)
驚愕で口を動かすが声は響かない。
宇宙空間のため音を伝達する空気が無いためだ。
ランスは気にせず腹を抱えて歓喜の声をあげる。
(あはははははっははは! やった! 僕は還ってきたんだ! やった! やった! あはっはははははっは!)
ランスは気が済むまで喜び、声をあげると冷静に状況を分析する。
(儀式はリュートくんのせいで失敗したのは確実だ。魔法陣が粉々に砕け散って、折角注いでコントロールしていた魔力が暴走したのを知覚していたから間違い無い)
別世界同士を繋げる魔法陣のため、莫大な魔力と精密機械よりなお繊細なコントロールが必要不可欠だった。
最後の最後で、手足を折り、攻撃手段を全て奪ったと思っていたリュートに妨害を受け、魔法陣は暴走し崩壊した。
(恐らく、魔法陣が暴走し、魔力は宇宙側へと逆流。その際、魔力を注いでいた僕自身を同質のエネルギーだと誤認しこちら側へと吸い込み、回収したんじゃないのか?)
あくまでランス自身の推論。
この理論で正しいのか天神化している彼自身、分からない。
もしくは他の理由で宇宙側に引き込まれた可能性もある。
(どんな理由だろうと、天神の力を持ったままこちら側に来られたんだ! 儀式は失敗したけど、結果オーライさ!)
ランスは歪な笑みを浮かべて、青く輝く惑星へと視線を向けた。
(早速、地球へ戻って復讐を始めようか! まず最初はどいつから殺してやろう。いや、すぐに殺しても面白くないか。天神の力をフルに使って地獄の苦しみを味わわせて、自ら『殺してください!』というぐらいの苦痛を味わわせてから殺すのがいいかな)
ランスは魔法陣のコントロールを経て、完全に天神の力を掌握していた。
宇宙空間を移動するなど造作もない。
今までにない程に上機嫌で、動く歩道に乗っているように手足を動かすことなく、宇宙空間を進んだ。
――しかし、ランスの上機嫌も長くは続かなかった。
大気圏上にて発生する重力や摩擦熱、気圧変化などの物理現象を膨大な魔力で無効化し、デパートのエスカレーターで1階に下りるようにくだる。
最初は上機嫌で鼻歌などを唄っていたが、大地が近付くに連れて表情が険しくなっていった。
ランスは生まれ育った街を見下ろしながら驚愕する。
「なんだこれは……」
街にあるビルは中程から折れて、半壊。
酷いモノになると、根本から崩れ崩壊していた。
駅は列車が横転しうち捨てられ、レールはめくれ、橋は渡れないほど破損している。
全国的にも話題になった鉄塔が折れて、先端が地面に突いていた。
折れた部分が一部付いているのが、破壊具合を生々しくする。
住宅地の被害も最悪だ。
窓ガラスは基本的に割れて、酷い場合は屋根が吹き飛んでいる。
ランスの自宅は屋根だけが残り、下の建物部分は潰れて瓦礫の山と化していた。
道路はコンクリートが破損、めくれ、車はひっくり返り裏面を晒している。
ランスやリュートが通っていた学校も窓ガラスが割れ、彼らが通っていた教室が職員室ごと崩落していた。
建物だけではない。
空気も淀み、毒を孕んでいる。
草木も枯れ果てて、ただただ死んだような世界が延々と続く。
「いったい、何が起きたんだ……」
驚き過ぎて怒りや悲しみの感情が湧かない。ただただ疑問が脳内を駆けめぐる。
最初、『自身が異世界の扉を開いた結果、このような惨事を引き起こしたのか?』と推論する。
だが違った。
疑問に応えるように天神の力が、過去へとアクセス。
目の前に広がる荒廃した世界の原因をランスへと知らせる。
そして彼は知る。
世界が崩壊したのはランスが、異世界の扉を開いたからではない。
人類自身の自業自得で、世界は崩壊してしまったのだ。
彼の地元だけではなく全世界的の国家、主要都市、町や村すら滅んでしまっている。
国という枠組みだけではなく、人類の文明自体が全て破壊し尽くされていた。
運良く生き残っている人類の数は全盛期に比べると2割程度。
ランスが復讐を果たすと誓った者達――父、母、教師、元同級生達は全て死亡している。
まともに生き残っているのは1割も無い。
残りの1割は数年以内に死亡する者達だ。
人類という種の繁栄は終わりを告げていた。
自然災害や突然変異の病原菌、宇宙からの侵略ではなく、人類の自業自得という形でだ。
後は生き残った者達が緩やかに死滅するのみ。
ランスはゆっくりと地上へと降りる。
異世界から戻って初めて足を付けた場所は、前世、自身が首を括った公園だった。
彼は笑う。
「ははは……ははは、なんだこれ、なんだよこれは……はははは……」
髪を両手で掻きむしりながら、虚ろな笑い声を漏らす。
いつしか笑いは涙声に変わっていた。
「なんだよこれは! なら僕は何のためにあの魔法世界で頑張って来たんだよ! あっちの世界でずっとやってきたことは無駄だってことなのかよ!? 答えろ! 誰か答えろよ! クソ!」
ランスは膝を突き、頭を抱えたまま額を地面へと擦りつける。
淀んだ空へ空の鳴き声がただただ響く。
「ちくしょう……ぐす、ぁあぁ、誰か答えてくれてよ……リュートくん、アルト……ララ。ララ、ララ――」
常に自身の側に居た女性の名を何度も呼び続け、すすり泣く。
暫くすると、一人の少女がランスの側へと歩み寄る。
少女は小学校低学年、恐らく1、2年ほどだろう。
衣服はボロボロで頬も痩せている。腕の中には首が半分ほどもげ、腕が片方無い熊のヌイグルミを大切そうに抱いていた。
彼女はランスが首を括った滑り台の下で、段ボールを敷いて寝起きしていた。
滑り台は石材製で幅が広く、屋根代わりには十分使用できる。
「お兄さんはどうして泣いているの?」
「…………」
ランスは無言で顔を上げる。
泣きはらしたせいで目は赤い。
彼女はこの崩壊した世界の数少ない生き残りだ。
少女は気にせず声をかけ続けた。
「もしかしてお腹すいてるの? ちょっと待っててね」
少女は寝床である滑り台の下へ戻ると、半分に割られたカンパンを手に戻ってくる。
薄汚れ、賞味期限もとっくに切れているが、この崩壊した世界では上等な部類の食料である。
ちなみにこれは彼女が所持する最後の食料だ。
にもかかわらず、少女はランスへ最後の食料を無償で差し出す。
「これあげるね。ちょっとしかないけど、美味しいよ」
少女は躊躇いなく、カンパンをランスの手に握らせる。
「? たべていいよ。それともお腹すいてないの?」
「…………」
手に握られたカンパンをランスは濡れた瞳で見つめるだけで食べようとしない。
少女は不思議そうに小首を傾げた。
少女は思い出したように自校紹介をした。
「あのねあすかはね、あすかっていうんだよ。お兄さんのお名前はなんていうの?」
「……僕は」
ようやく口を開いたランスだったが、途中で言い淀む。
暫しの逡巡。
再び彼は口を開く。
「私は天から零れ落ちた神――天神だ」
泣き笑いの表情でランス――天神が答える。
彼は手のひらのカンパンを握り締める。
手のひらを開くと、薄汚れていたカンパンは綺麗な色を取り戻し、割れていたはずなのに元のサイズに戻り、さらに二つに増えていた。
あすかが瞳を輝かせ称賛の声をあげる。
天神はあすかに新しくできたカンパンを一つ手渡す。食べていいと促した。
彼女はカンパンを口にすると、嬉しそうに笑う。
これが天神として歩き出した者の最初の一歩だった。
――その後、彼は天神としての力を用い、死にかけている人々の遺伝子を改変し、新たな『種族』を創り出し。汚染された大地を造り替え、6つの大陸を創り出した。
そして彼は、自らが育てた弟子と共に、命尽きるまで人々を救うのに尽力したと言う――