作品タイトル不明
第304話 イニシアチブ
「姫様、どうか今一度お話をさせてください!」
「くどいです。私はウイリアム様と話すことなどありませんわ」
帝国城、廊下。
侍女を連れたザグソニーア帝国第一王女、ユミリア・ザグソニーア。その美貌から『 銀薔薇(シルバーローズ) 』と呼ばれるユミリアの前に一人の若い騎士が立ち、彼女がそれ以上進むのを妨害していた。
彼はザグソニーア帝国魔術騎士団副団長、魔術師Aマイナス級、ウイリアム・マクナエル。
つい最近までユミリアが懸想していた相手である。
しかし現在ユミリアは彼から乗り換え、 PEACEMAKER(ピース・メーカー) 団長のリュート・ガンスミスに夢中になってしまっていた。
ユミリアは冷たい視線をウイリアムへと向ける。
「私は忙しいのです。今日こそなんとしてもメイヤさんの妨害を乗り越えて、リュート様をお茶会に誘うのです。ですからこれ以上、邪魔をしないでください」
「ッ……」
はっきりと拒絶され、ウイリアムは耐えきれず進路を開けてしまう。
ユミリアは彼が傷ついた表情を浮かべても一切気にせず、侍女を連れてさっさと廊下を進む。
最近まったくお茶会で同席することが出来ず、自身をアピールできていない。必ず今日こそはリュートを誘い出さなければ、とユミリアは意気込んでいる。
ウイリアムはその背を暗い瞳で見つめてしまう。
(……どうしてこんなことになってしまったんだ)
もちろん原因は理解している。
自分自身の失態のせいだ。
元々ユミリアは大国メルティアの次期国王ランス・メルティアと結婚が決まっていたが、魔王レグロッタリエがランスを殺害。
結婚は白紙となる。
愛しいランスが死に、意気消沈していた彼女をウイリアムが慰めたのを切っ掛けに、2人は密かに惹かれ合ったはずだった。
だがユミリアはリュートが団長を務める PEACEMAKER(ピース・メーカー) の軍事力を帝国に引き込むため政略結婚させられそうになる。
最初、彼女はリュートとの政略結婚を拒絶していた。
そのためウイリアムは PEACEMAKER(ピース・メーカー) 歓迎パーティーで、リュートに模擬戦闘を申し込んだ。
帝国軍部として『帝国に外部軍事勢力の取り込みなど必要ない!』ということを示し、ユミリアを望まない政略結婚から救うためだった。
故に当時、彼の士気は高く、『妖しげな魔術道具を使う 軍団(レギオン) などに絶対負けない!』と意気込んでいた。
しかし結果は惨敗。
リュートと戦う以前に、訓練場で彼の嫁3人に敗北してしまった。
最後の決闘など、相手の一撃――巨大な筒の化け物のようなものに耐えきれず意識を失ったのだ。
帝国でもエリート花形部隊である帝国魔術騎士団に最年少&最速で副団長の座に着き、次期団長確実の『 千の刃(サウザンド・ブレード) 』という二つ名すら与えられたウイリアム・マクナエルがだ。
さらに最悪なことに、魔王レグロッタリエが訓練所を襲撃。
ユミリアを人質に取り奪い去ろうとした。
その間、彼は気絶し白目をむき続けた。
ウイリアムが気絶している間に、リュートが彼女を助け、さらに魔王を撃退してしまったのだ。
これで帝国軍部とウイリアムのメンツは丸潰れ。
当初の『帝国に外部軍事勢力の取り込みなど必要ない』という目標を達成するどころか、引き込むための大義名分を与えたに等しい。
自分の大きな失態に吐き気すらもよおす。
暫くの間、ウイリアムはその場から動くことができなかった。
しかし、彼も皇女の後をいつまでも追い続けられるほど暇ではない。
午後になり、ウイリアムは帝国国内にあるとある屋敷へと向かう。
屋敷は帝国内でも五指に入るほど大きく、シンプルだが品の良い作りで、内部に置かれている美術品や調度品も綺麗に統一されている。見識ある者が目にすれば廊下に飾られている壺一つでも平民の人生が買えるほどの品だとすぐに気づくだろう。
だが注目すべき点は、屋敷の大きさでも美術品の値段、使用人の教育が行き届いている点でもない。
屋敷全体を包む重圧感である。
まるでこの屋敷だけ外部と重力が違うのではと錯覚するほど体に重さを感じるのだ。
ウイリアムは子供の頃から何度も来ているが、未だにこの重圧感に慣れない。
彼は使用人の案内で屋敷の主が居る書斎へと通される。
「失礼します」
書斎に入ると一人の初老男性が、壁際に並んでいる本棚前で一冊本を手に取り、開きながら読んでいた。
彼はウイリアムが書斎に入ったのを横目で確認すると、きりの良いところまで読み本を棚にしまう。
「よくきたウイリアム、座りなさい」
「はい、失礼します」
ウイリアムは指示に従いソファーへと座る。
ちょうどメイドが香茶を入れて部屋を訪れる。
配膳が終わると一礼して部屋を出た。
ウイリアムは扉が閉まり10秒ほど経ってから、持ってきた書類を正面ソファーに座る人物へと差し出す。
「各国からの出兵人員の内訳が出ましたのでご報告させて頂きます。団長のほぼ指示通りの戦力比になったと思います。こちらが詳細の資料となります」
「ふむ……」
ウイリアムが『団長』と呼んだ人物は、差し出された書類を手に取る。
彼こそ、帝国ザグソニーア帝国魔術騎士団長を務める人物。
人種族、魔術師Aプラス級、レイーシス・ダンスだ。
二つ名を『 合成生物士(キメラメイカー) 』と呼ばれ帝国内外では恐れられている。
彼は、魔力で好きなように生物を作り出すことができる。そのため利点を好きに備えた生物を作り出すことができるのだ。
また魔力の塊のため、最後は自爆特攻させることもできる。
たとえ自爆させてもレイーシスの魔力によって作りだされているため、すぐに再度呼び出すことも可能だ。
もちろん魔力が底をつきるまでという条件はあるが。
初老前だというのに筋肉や肌の張りに衰えはない。瞳はカミソリのように細く、髪をオールバックになでつけている。
強面ではないが、騎士団団長などやっているせいかビジネスヤクザ的迫力がある。彼の空気が伝播して、屋敷内部が重苦しくなっているのだ。
そんな彼が今月の上がりを確認するような視線で、ウイリアムから渡された書類に目を通していく。
対魔王レグロッタリエ戦に参加する人種族連合の戦力は以下である。
王国が2万、うち1000人が魔術師。
帝国が2万、うち1500人が魔術師(魔術騎士含む)。
他国から兵士が1万人。
――合計5万の軍勢だ。
王国側は自軍の兵士をもっと参加させたいと帝国側に訴えていた。
今回の戦は、自国の次期国王だったランスの敵を取る弔い合戦だからと。
『ランスの敵』という大義名分を掲げてだ。
実際は自軍の兵士が魔王の首を取る確率を少しでも上げるため、自国戦力を強化したいのが狙いなのは誰の目からも明らかである。
しかし、それは王国だけではない。
帝国も自国でそれを手に入れたいと考えている。
もし魔王の首を落とすことができれば、『五種族勇者』の栄誉をその国が独占できるのだから。
国益を考えれば狙うのは当然である。
そのため帝国は『自国領内の問題のため、他国兵参加には制限を加える』と主張しイニシアチブを取っていた。
お陰で王国側と戦力比について揉め、最近ようやく落とし所を見つけることができたのだ。その戦力比は団長であるレイーシスの提示したものにほぼ近づけることができた。
彼は書類を確認し終えると、表情を変えずテーブルへと置く。
「……報告ご苦労、副団長」
「はっ、恐縮です」
「ではここからは騎士団の団長、副団長ではなく親戚同士ということで話をする。堅苦しいのは止めよう」
「……分かりました、オジ上」
レイーシスとウイリアムは遠縁ではあるが親戚同士である。
そのためウイリアムは子供の頃から年に一度はこの屋敷を訪れていた。
しかし、何度来ても屋敷の重圧感には一向に慣れない。
「今日、皇女とは話ができたのか?」
「いえ……申し訳ありません」
「まったく皇女にも困ったものだ」
レイーシスは王女の惚れっぽい性格に溜息をつく。
その性格を利用して、帝国で現在最も人気のあるウイリアムを彼女へと近づけ惚れさせたのはレイーシスなのだが。
レイーシスは暫し考え込み明日の天気の話をするような気安さで告げる。
「ウイリアム、今回の魔王の首は君が取るんだ」
「オジ上……随分気軽に言ってくれますね」
「私は達成できる能力ある者にしか指示を出していないつもりだが」
それに――とレイーシスが続ける。
「魔王を討ち取った勇者となれば、再び姫は君に瞳を向けると思うが。どうだろう?」
「ッ!」
その言葉にウイリアムは息を呑む。
魔術騎士団長という立場を利用し、ウイリアムとユミリアを近づけさせたのはレイーシスである。
彼の狙い、それはウイリアムとユミリアを結ばせ、ウイリアムを皇帝の座へと押し上げることだ。
そして自分はウイリアムを影から操り、帝国の実権を実質的に手にしようと企てているのだ。
現皇帝が PEACEMAKER(ピース・メーカー) を取り込もうとしているのも、帝国軍部――実質レイーシスの影響力を少しでも下げるためという意味合いもあるのだ。
ウイリアムも馬鹿ではない。
レイーシスは歳を取りすぎ、自身でユミリアを娶るのは醜聞が悪い。だから、自分を利用していることも理解している。
分かっていながら、その策に乗った。ザグソニーア帝国第一王女ユミリア・ザグソニーア、『 銀薔薇(シルバーローズ) 』を、ウイリアムは心から愛しているからだ。
ランスとの婚約が決まったと知った時、心が砕けそうなほど絶望した。
そしてその後ランスが死に、ユミリアから自分を『愛している』と告げられた時、天神様の元へ向かいそうになるほどの気持ちになった。
ウイリアムはたとえ自身が駒として権力闘争に利用されだけだとしても、ユミリア皇女と結ばれたかったのだ。
レイーシスはそのことをよく理解している。だから再度告げた。
「ウイリアム、魔王レグロッタリエの首を取れ。そしてユミリア皇女の瞳を再びお前へとへと向けさせるのだ」
「……分かりました、オジ上。今回の戦、全力で魔王の首を取らせて頂きます」
ウイリアムは硬い決意を宿した瞳で頷く。
その言葉にレイーシスは満足そうに頷いた。
そしてそれから約1ヶ月後――人種族連合が魔王レグロッタリエを討伐するため帝国から出兵した。
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魔王レグロッタリエに耳目が集まる中、騒動に紛れ動く影があった。
「さて、それじゃまずは 始原(01) 本部へ行こうか。お姫様を助け出すとしよう」
「はい、ランス様」
大国メルティアの元次期国王、人種族・魔術師Aプラス級、ランス・メルティア。
ハイエルフ王国エノール第1王女、ララ・エノール・メメア。
二つの影が、 始原(01) 本部を見下ろしていた。