軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第257話 お酒の飲み過ぎには注意しましょう

「むぅ……」

アルトリウスが貴賓室のソファーから身を乗り出し、テーブルに置かれてある盤面を覗きこむ。

彼は今、エルが滞在している貴賓室のリビングで、彼女とリバーシをしていた。

最近のアルトリウスは、仕事が終わると夜、エルの部屋を訪ねている。

最初は、捕虜のような立場の彼女を気遣うという名目だ。

部屋を訪れては『生活に支障はないか?』『不満はないか?』『何か必要な物はないか?』と尋ねる。時には高価な衣服やアクセサリーを持ってきたり、著名な曲芸師を呼ぼうかとも提案した。

しかし、エルは微苦笑しながら、それら全てを断る。

アルトリウスは、

「エル嬢、遠慮することはない。立場上、貴女は我々の客人だ。客人をもてなすのは我々の勤め。どうか、望みを言って欲しい」

「そうですか……それなら、一つだけ我が儘を言ってもいいでしょうか。実は欲しい物があるんです」

「分かった、早急に用意させよう。それで欲しい物とはいったいなんだ?」

「それは――」

エルが欲しがったのは『リバーシ』だった。

しかも、一般庶民の間に随分前から広まっている台座を半分に折り畳むタイプ。

値段は盤とコマ合わせて大銅貨5枚(5000円)だ。

遊戯道具としては高い分類だが、 始原(01) 財源から考えたらタダのような物だ。

アルトリウスとしては、もっと値段の高いリバーシを買ってこようとしたのだが、エル曰く――

「孤児院で使っていたのと似たのがよくて」

そう言われては彼としても反論しようがなかった。

リバーシを秘書を通じて買わせ、エルの部屋へと向かう。

彼女は喜びリバーシを受け取ると、アルトリウスをゲームに誘う。

「我が儘ついでにもう一つだけお願いしてもいいですか? リバーシの相手をして欲しいんですが」

この申し出にアルトリウスが困惑した表情を浮かべる。

まさか『一緒にゲームで遊びましょう』と誘われるとは予想していなかったのだ。

始原(01) トップで、『世界と1人で戦える男』と呼ばれる人種族最強の男が困ったように頭部を掻く。

「エル嬢、申し訳ない。我はこういう遊戯の経験がないのだ……」

「大丈夫ですよ、私でもすぐに覚えられるぐらい簡単ですから。教えてあげますから、そこへ座ってください。飲み物は香茶でいいですか?」

エルはソファーを勧めると、簡易台所へと消える。

簡単な料理ならそこで作れるほど調理器具や材料は揃っているため、お茶を淹れるぐらいならすぐだ。

そしてアルトリウスは、ソファーでテーブル越しに向かい合い、エルからリバーシの遊び方を教えてもらった。

それ以後は、毎夜仕事が終わった後に彼女とリバーシで遊ぶことが、彼にとって日頃の疲れを癒すかけがえのないものになった。

今夜も彼女と一戦交えているが、戦況はあまりよろしくない。

「むぅ……」

何度目か分からない唸り声を上げながら、アルトリウスが黒のコマを置く。

パタパタと白が黒へと色を変える。

「それじゃ私はここに、えい」

「ぐぅッ……」

エルが白コマを置くと、先程取られた分以上の黒コマが奪われてしまう。

アルトリウスも 始原(01) トップだけあり、幼い頃から英才教育を受けてきた。それ故、頭は切れ、すぐにリバーシのコツを掴む。

だがエルは、リバーシが世に広がる前からこのゲームをやっている。

流石に年季が違うため、未だアルトリウスは彼女に勝てずにいた。

それでも回を重ねることで、接戦を演じるようになってきた。

しかし、エルに勝てないのは何もリバーシだけではない。

エルとアルトリウスの間に置かれているテーブルには、リバーシだけではなく酒精とツマミも置かれていた。

酒精はアルトリウスが持ち込み、ツマミはエルが貴賓室にある簡易調理室で作った手作りだ。

二人は夜、こうしてリバーシをしながらワインを飲み、ツマミを食べ、遊び、談笑していた。

アルトリウスが盤面に視線を向けたまま、自分のグラスを手に取り飲み干す。

彼は雑に飲んでいるがこのワイン瓶一本で一般家庭年収分もする高級ワインである。

もちろんエルはその値段を知らず、『飲みやすい酒精ですね』と褒めていた。

グラスのワインを飲み干すと、新たに注ぐため陶器瓶に腕を伸ばすが――中身はすでに空だった。

「…………」

テーブルにはまだツマミがあり、アルトリウスとしても飲み足りない。

彼は正面に座るエルへ、お伺いを立てるように陳情する。

「エル嬢……酒精が切れたようだが、新しいのを開けてもいいだろうか」

「駄目です。約束した3本目じゃないですか。それ以上は体に毒ですよ」

一度、アルトリウスが飲み過ぎて顔色は全く変えないが、一人では戻れないほど足下をふらつかせたことがあった。

その時は扉の外で控えていたメイドに声をかけ、男手を借りて彼を自室まで運んでもらった。

以後、エルが体にもよくないからと、酒精制限をかけたのだ。

最初はアルトリウスも抵抗したが、エルに却下されすごすご諦めてしまう。

そんな彼、人種族最強の魔術師S級が再度、エルに戦いを挑む。

「しかし、まだツマミも残っているし、ゲームも途中だ。もう1本……いや、半分ぐらいはいいんじゃないだろうか」

「なら、竜人大陸で飲まれている茶々というお茶を淹れますね。健康にもいいですし、翌朝、二日酔いになり辛くなるらしいですから」

「いえ、しかしだな……」

「何か問題でも?」

正面に座るエルが笑顔で尋ねる。

アルトリウスは――

「……茶々でかまわない。健康にいいしな」

「では、早速淹れてきますね」

すぐに敗北を宣言。

簡易調理室へと向かうエルの背中をただ見送った。

本来であれば、この 始原(01) 本部でアルトリウスの言葉は絶対だ。

彼が黒といえば、白も黒くなる。

なのにエルが相手だと簡単に負けてしまう。

(まさか自分が、1人の女性にここまで翻弄されるとはな……)

彼がその気になれば一国を滅ぼす力を持つ。

エルを殺害するなど、それこそ指一つ動かさず出来る。

なのに今のアルトリウスは、エルに勝てる気がしない。物理的にではなく、精神的にだ。頭が上がらないのだ。

それが妙に今のアルトリウスには心地よかった。

彼は思わず自嘲してしまう。

「……我も所詮、1人の男ということか」

「? 何か言いました?」

茶々を淹れて戻ってきたエルが不思議そうに小首を傾げる。

「逆転の手がないか考えていたら口に出ただけだ」

「ふふふ、そんな手があるといいですね。でも、今回もこのまま逃げ切らせてもらいますよ」

茶々を配り終え、エルが胸を張り断言する。

その態度すらアルトリウスからすると可愛らしく、愛しく眩しいものを見るように目を細めてしまう。

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そして、 PEACEMAKER(ピース・メーカー) との戦いから数週間後―― 四志天(ししてん) が集まり会議が開かれる。

四志天(ししてん) がこうして集まるのは、年1回。

それ以外で集められることはほとんどない。

それ故、 始原(01) 本部は今朝早くから準備に追われていた。

食事や部屋、会議場の最終準備、他やることは多岐に渡る。

そのため使用人達の手が足りず、少々問題が起きてしまった。

その問題とは――

エルは今日も変わらず、第三調理場へと向かう。

今日も他団員達のため野菜の皮むきなどをする予定だ。

いつもなら担当メイドが一緒に第三調理場まで送るが、今日は大切な会議があり手が足りないらしい。

エルは気を利かせて、担当メイドを応援に向かわせた。

彼女自身、すでに 始原(01) 本部で生活して数週間目。

調理場への道もすっかり慣れてしまったから問題ない、とメイドに伝える。

担当メイドもその言葉に甘えて、他部署へと応援に行ってしまう。

そしてエルは1人、調理場へと向かった。

――すると、向かう途中の廊下で、1人の見慣れない女性が先から歩いてくる。

褐色の肌、エルフの特徴である尖った耳。そして銀の髪を背中まで長く伸ばしている。

身長はエル自身と同じぐらい。

胸は彼女よりも小さいが十分、巨乳に分類できるだろう。

身に纏っている衣服は黒革にブーツ。

美貌と鋭い目つきも相まって、鞭を持たせたら『SM女王』をそのまま務められるような女性だった。

彼女はエルに気が付き、真っ直ぐ彼女の元へと向かってくる。

黒エルフの視線はまるで獲物を見付けた肉食動物のように、エルから外れない。

「ちょっといいかしら」

黒エルフがエルに声をかける。

「見ない顔ね。それにその首のは、魔術を封じる首輪よね? 貴女、誰かの奴隷とかかしら?」

エルも 始原(01) 本部で生活をして随分経つが、彼女に見覚えはない。

そう返答することもできたが、彼女は友好的な笑みを浮かべて自己紹介する。

「訳あって数週間前からこちらでお世話になっている獣人種族、魔術師Bプラス級のエルと申します」

「!? そう、貴女が……ッ」

黒エルフが双眸に鋭い光を放つ。

だが、彼女も笑顔を浮かべて自己紹介を返した。

「あたしは妖精種族、黒エルフ族、魔術師A級のシルヴェーヌ・シュゾン。 始原(01) ・ 四志天(ししてん) の1人。妖人大陸支部を収めているわ。どうぞ、よろしくね――泥棒猫さん!」

「ッゥ……!?」

エルは突然頬を叩かれ、床へと倒れる。

自己紹介から突然の動きだったためエルは反応できず、まともに一撃を受けてしまう。

口が今の衝撃で切れて血がこぼれ落ちる。

廊下に倒れたエルを、シルヴェーヌと名乗った黒エルフがゴミを見るような目で見下ろしてくる。

「貴女がアルト様を誑かしてるっていう雌兎ね。どんなのかと思えば今の攻撃も避けられない鈍くさい奴じゃない」

「わ、私は別にアルトリウスさんを誑かしてなんていません。……何かの誤解です」

エルはぶたれた頬を押さえながら、なんとか反論する。

しかしシルヴェーヌは鼻で笑う。

「あたしが知らないとでも思っているの? あたしの支部は妖人大陸にあるから、この 始原(01) 本部から近いの。だから、色々話が聞こえてくるのよ。使用人達の間じゃもっぱらの噂らしいわよ。毎晩、アルト様を部屋に引き込んで酒を飲ませて色目を使っているって。すぐに駆けつけたかったけど、あたしはあんたと違って色々忙しい身だから動けなくて、何度怒りに身を震わせたか……ッ」

「本当に違うんです! 確かにアルトリウスさんは毎晩、部屋に来てお酒を飲んでいます。でも、本来部外者の私が寂しくないよう様子を見に来てくれているのと、リバーシの相手をしてくださっているだけなんです」

シルヴェーヌは他人に聞こえるほど奥歯を鳴らす。

「そうやってか弱い振りをして、アルト様を部屋に連れ込み誑かそうとしているのね……ッ。たかだが弱小 軍団(レギオン) の捕虜の分際で……ッ」

「ぐぅ……ッ!」

シルヴェーヌの爪先がエルの腹部にめり込む。

腹部を押さえ呻くエルを、シルヴェーヌは冷たい視線で見下ろす。

「身の程を弁えなさい。アルト様と貴女みたいな貧民じゃ、住む世界が違うのよ」

シルヴェーヌは苦しむエルをその場に残し、元来た道を戻って行く。

――どれぐらい時間が経っただろう。

エルは痛みが落ち着いた後、調理場へは向かわず自室の貴賓室へと戻った。

魔力が使えないため部屋にある物で治療をする。

暫くすると、エルが調理場に来ないことを心配したスタッフが、彼女の部屋を訪れた。

エルは扉越しに体調が悪いので、今日は休むことを告げる。

腫れた顔を見せたら心配をかけてしまうからだ。

エルはソファーに座り、考える。

(確かにシルヴェーヌさんの仰る通り、アルトリウスさんに甘え過ぎていたのかもしれません)

1人、 始原(01) 本部に連れてこられて、心細くなかったといえば嘘になる。

不安を募らせていると、連れてきた責任感からかアルトリウスが色々気を遣ってくれた。

最初は立場的に遠慮していたが、ここ最近は多々甘えてしまっていたのも事実だ。

いくらアルトリウスが気遣ってくれるとはいえ、相手は 始原(01) トップ。

それを見て部下が面白く思わなかったのも当然といえる。

その配慮が自分に足りなかったと、エルは自己反省した。

ソファーにもたれかかりながら、天上を見上げる。

つい、自己嫌悪から溜息を漏らしてしまう。

「溜息を漏らすと幸せが逃げるといいますよ。それに折角の美貌を曇らすなんてとても勿体ない」

「!?」

落ち込んで天上を見上げていた視線を、慌てて声がした方へと向ける。

ソファー正面にいつのまにか1人の男性――らしき人物が笑顔を浮かべて座っていた。

金髪を背中まで伸ばし、顔立ちも女性と見間違うほど整っている。そのため最初は女性と勘違いしそうになったが、衣服から男性だと判断した。

彼はソファーから立ち上がると、警戒するエルへ深々と頭を下げ挨拶をする。

「突然の来訪、申し訳ありません。ノックをしても返事がなかったため、勝手に入らせていただきました。ご容赦を。僕は人種族・魔術師Aプラス級、ランス・メルティアと申します」

ランスと名乗った青年は、さらに笑顔を浮かべて告げる。

「初めましてエルさん、ずっと、お会いしたかったです」

エルと――大国メルティアの次期国王であり、リュートを昔の友と呼ぶランス。

リュートを繋ぐ糸同士が初めて交差する。