軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第245話 筋トレとバー

港街ハイディングスフェルトに入って10日ほど経った。

今日、オレは泊まっている宿の中庭で上半身裸、ズボンという姿で立っていた。

隣に立つ旦那様が嬉しそうに声をあげる。

「はははははっはあ! リュート! それでは早速、始めようか!」

「は、はい、旦那様、あのできればなるべくお手柔らかにお願いします」

「はははっはあ! それは少々難しいな!」

旦那様にいい笑顔で却下される。

「ではまず足の筋肉から鍛えるとしよう! リュート、遠慮無く好きな像を手にとってくれ!」

オレは目の前に並べられた像――アスーラが眠っていた地下で、旦那様が筋トレに使っていた像だ。旦那様は思い入れがあったため、リースの無限収納に入れてもってきたのだ。

そしてオレは一番小さな像を選ぶ。

旦那様は逆に一番大きな像を選んだ。

なぜ、オレが旦那様と一緒に筋トレをしているかというと――話は昨日の夜、食後の団欒に戻る。

「旦那様の夢ですか?」

食後、旦那様が宿泊しているスイートルーム(魔物を退治して素材を換金して自分で支払っている)の居間で旦那様、オレ、クリスが家族水入らずに談笑していた。

たまには義父と一緒に――という周りからの気遣いだ。

シアはなぜか給仕としていつの間にか存在し、香茶のお代わりを旦那様に注いでいる。

旦那様も使用人に傅かれる生活には慣れているため、戸惑いもせず堂に入った態度で応対していた。

そんな旦那様が話題の流れから、自身の夢を語り出す。

「実は息子が出来たら、一緒に筋肉トレーニングをするのが夢だったのだ」

旦那様は手を挙げ、甘い菓子をシアに持ってこさせる。

彼女もまるで長年勤めたメイド――それこそメルセさんのように、滑らかな動きで旦那様の指示に従う。

なんでこの2人はそこまで自然な態度をとれるんだ? オレの知らないところで打ち合わせでもしたのだろうか?

旦那様は甘い菓子をつまみ、香茶を飲み語り出す。

「自分達の宿代や生活費、移動費などを稼ぐためこの街に来てからギギと2人、魔物退治などをやって資金は十分貯まった。しばらくはのんびりしようと思っているのだよ」

旦那様の言葉通り、2人は港街ハイディングスフェルトについてから、街の外に出ては魔物を倒していた。

別にストレス解消のためではない。

自分達の生活費や魔人大陸に帰るための旅費などを稼いでいたのだ。

最初、オレはそれぐらいの資金は出すと言ったのだが、2人とも固辞。

結局、2人は魔物を退治して短期間で目標金額を稼ぎ出した。

……しかしその弊害か、2人が狩りまくったせいでハイディングスフェルト周辺から魔物の姿がなくなったらしい。

どんだけ乱獲したんだよ。

「だからこの休みを機に、リュートという義理息子が出来たのだから、我輩の夢を叶えたくてな。暇な時間があるなら付き合ってくれないだろうか?」

オレより先にクリスが反応を示す。

『リュートお兄ちゃんが、お父様のようにムキムキになるのですか?』

暫く考え込むクリス。

突然、肩を掴み真剣な表情で迫ってくる。

『リュートお兄ちゃん、お兄ちゃんは今のままで十分素敵です! だからあんまり筋肉をつけるのは止めてください!』

クリスはいったい何を想像したのだろうか。

オレは彼女を安心させるように声をかける。

「どんな想像をしたか分からないけど、いくら頑張ったってオレが旦那様のような筋肉をつけるなんて不可能だよ」

オレはクリスを落ち着かせながら、旦那様に向き直る。

「分かりました。では明日で良ければ、自分も特に用事はありませんので筋トレにお付き合いします」

「そうか、そうか! なら明日、宿の中庭を借りて早速トレーニングに励もうじゃないか! はははははははっはは!」

オレの返答に旦那様は心底嬉しそうに声を上げる。

これほど喜んでもらえるなら了承した甲斐があるというものだ。

また相手は嫁であるクリスの父。

義父の願いなら無下にはできない。

――そして、話は冒頭へと戻る。

筋トレするのはいいが、どうして上半身裸にならなければいけないのかが疑問だが。

オレは旦那様の指示に従い一番小さな像を担ぐ。

「さぁリュート! 存分に筋肉を震わせるぞ!」

「はい、旦那様!」

そしてスクワットを一緒に開始した。

「1! 2! 3! 4! 5!」

オレは声を出し、膝を曲げて、伸ばして繰り返す。

旦那様もオレの掛け声に合わせて、同じペースでスクワットをする。

「どうだ! リュート! 筋肉が震えてきたか!」

「は、はい! 震えてきました!」

「そうか! そうか! はははははっはははっはは! それではもっと震わせていくぞ!」

こんな調子で旦那様と筋トレが続く。

最初はまだ余裕があったから、このように受け答えしながら体を動かすことができたのだが。

「どうした、リュート! 動きが止まっているぞ!」

「は、はい! す、すみません!」

息を切らしながら、オレはスクワットを繰り返す。

オレだって現役の 軍団(レギオン) 幹部だ。体力&技術維持のため筋トレもするし、ランニングや射撃、格闘、他戦闘技能訓練を継続しておこなっている。

体力には自信があったが、旦那様の筋トレは想像以上に過酷だった。

一番最初のスクワットを始めて未だに終わらせようとしないのだ。

むしろ、旦那様はウォーミングアップがようやく終わったと言いたげに、速度を上げる。

「はははっははははあ! リュート! やっぱり筋トレは最高だな!」

「は、は、はい。さ、最高です」

オレは息も絶え絶えになりながらも、なんとか返答する。

体からは汗が滝のように流れ出ているが、反対に旦那様は一滴の汗も垂らさずさらに速度を加速させる。

本当にこの人は怪物だ……ッ。

それからどれぐらい経っただろう。

ようやく旦那様が終了の声をあげる。

背負っていた石像を地面に下ろすと、オレは膝に手を付いて息を切らす。

(まさか最初のスクワットだけでこれほど体力を消耗するとは……)

正直、旦那様の筋トレを甘く見過ぎていた。

迷わず了承した昨日の自分を殴ってやりたい……ッ。

そんなオレの後悔とは正反対に旦那様は喜々として、次の訓練メニューに移ろうとしている。

「さぁリュート! 軽く体もほぐした所で次は腹筋にいくぞ! 腹筋が終わったら、次は背筋、胸筋、腕、肩などの筋肉も満遍なく鍛えていくぞ! まったく義理息子とやる筋トレは最高だな! あははっはははっはっははは!」

旦那様はいつもより楽しげに笑い声をあげる。

逆にオレは旦那様が提示した訓練メニューを前に絶望をしか感じなかった。

どうやらオレは今日、命を落とすらしい。

異世界に生まれ変わり、今まで生きてきて一番強く命の危険を感じた。

▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼

旦那様と筋トレをした翌日、夜。

オレはギギさんと一緒に宿屋の地下にあるバーカウンターで酒精を飲んでいた。

昨日は旦那様の夢『息子ができたら一緒に筋トレをしたい』を叶えるため、中庭で筋トレに付き合った。

結果、旦那様のハードな筋トレを体験する羽目になり、死にそうになった。

それでもクリスの父、オレの義父である旦那様を悲しませないためにも、残りの筋トレメニューを様々な精神的犠牲を払い、なんとか根性でやりきった。

その日は汗だらけの体にも関わらず風呂も着替えもせず、そのままベッドへ気絶するように眠った。

翌日、全身の骨が折れ、筋肉が千切れたんじゃないかと疑うほどの痛みに襲われる。

とりあえずスノーの治癒魔術で全身を癒してもらった後、嫁達の手を借り風呂&着替えを済ませる。

まるで要介護老人のようだった。

治癒魔術のお陰で朝方は辛かった筋肉痛も大分マシになったが、体は怠く昼間はずっとベッドで横になった。

お陰で寝過ぎたため、夜になっても目が冴えてしまっていた。

そんなオレにギギさんが声をかけて来てくれて、睡眠薬代わりに宿屋地下1階のバーで男2人酒精を飲むことになったのだ。

「リュート、今朝は大変だったらしいな」

「昨日の旦那様と一緒にやった筋トレで全身筋肉痛になっちゃって……。でも、治癒魔術をかけてもらったお陰で今は体がだるい程度で済みましたが」

「そうか」

ギギさんは相づちを打つと濃い色の酒精――ウィスキーに似た液体を半分ほど飲み込む。

オレは彼の隣でワインにハチミツを入れた酒精を舐めるように飲んでいた。

現在、オレ達が宿泊している宿屋は港街ハイディングスフェルトでも、高級な宿屋に分類される。

そのためこの世界では珍しく、地下にバーなんて施設が存在しているのだ。

広さは学校教室を3つほどあり、ほぼ中央にピアノらしき楽器が置かれている。時間、日によって演奏されるようだ。オレ達以外にも宿泊客の男女がテーブルについて酒精とツマミ、会話を楽しんでいた。

オレとギギさんは男2人、カウンター席に並んで座っている。

カウンター越しに魔人種族らしき男性マスターが無言で仕事をしている。

前世、地球では行ったことがない大人の世界にオレは今居るのだ。

ギギさんが半分ほど残ったウィスキーを飲み干し、同じ物を注文する。

マスターが頷き、ボトルを取り出す。

ギギさんは注がれる琥珀色のウィスキーを眺めながら、話しかけてくる。

「旦那様を悪く思わないでくれ。あの人はリュートがクリスお嬢様と結婚して本当に嬉しいんだ。だから、昨日は長年の夢が叶って加減も忘れてはしゃいだんだ。決して、リュートに悪意があったわけじゃない」

ギギさんが飲みに誘ったのは、旦那様のフォローも兼ねてだったらしい。

オレは思わず苦笑しながら、相づちを打つ。

「もちろん、分かってますよ。旦那様に悪意がないことぐらい」

「そうか。ならいいんだ。変なことを言ってすまん」

「いえ。むしろ気を遣ってくれてありがとうございます」

ギギさんはマスターから新しいウィスキーを受け取ると、すぐに口をつける。

オレは彼に酒だけだと体に悪いからとツマミのジャーキーのような香辛料のきいた干し肉を勧めた。

ギギさんはそのひとつを掴み、口に放り込む。

しかし考えてみると、こうしてギギさんと一緒に酒精を飲んだことは未だなかったな。

魔人大陸のブラッド家屋敷で出会った時、まだオレが子供だったのと、ギギさんが旦那様を捜しに旅立ち長い期間顔を合わせなかったという理由もあるが。

「……リュート、いい機会だからオマエに話しておきたいことがあるのだが」

ギギさんは口にした干し肉をウィスキーで流し込み切り出す。

「 軍団(レギオン) のメイヤ・ドラグーンについてだ」

「メイヤですか?」

ギギさんの口からメイヤの名前が出る。

意外な人物の名前があがり、オレは思考をめぐらせる。

ギギさんとメイヤの接点は薄い。

彼がこの場で名前をあげるほど、2人の関係は深くないはずだ。

もしかしたらメイヤがギギさんに対して何かやらかしたのかもしれない。

(もしそうなら後でしっかりギギさんに謝らせないと)

オレがそんなことを内心で考えていると、ギギさんは釘を刺してくる。

「勘違いして欲しくないのだが、彼女が俺に対して何か不快な言動をしたわけじゃない。そういう類の事ではないんだ」

なら、ギギさんはメイヤについて何を話そうとしているんだ?

オレが続きを待っていると、

「……本来、俺のような部外者が口にするようなことではないのだが、リュートが全く気付いていないようだから忠告しておこうと思ってな」

(忠告とはずいぶん穏やかじゃないな……)

ギギさんがメイヤに対して何か思うところがあるらしい。

まさか彼女が、オレ達を裏切る敵対行為をしているところでも目撃したのか?

だが、メイヤがそんなことをするのは100%ありえないと断言できる。

では、いったいギギさんは彼女についてどんなことを忠告しようとしているんだ?

オレが固唾を呑んでギギさんの言葉に耳を傾ける。

ギギさんは言いにくそうに、話を切り出す。

「リュートは気付いていないかもしれないが……メイヤ・ドラグーンはリュートに対して好意を抱いているぞ」

「……………………………………………………はっ?」

オレの呆れた声音をギギさんは、『メイヤの好意を向けられていることを、自分の指摘でようやく気付いた』と勘違いする。

『やれやれ』と呆れたように首を軽く振り、ギギさんが口を開く。

「やはり気付いていなかったか。リュートは昔から女心には鈍かったからな」

(オマエが言うな!)とオレは思わず叫びそうになり口を押さえる。

ギギさんはどこか得意気に語り出す。

「リュートがブラッド家に勤めていた時、クリスお嬢様がオマエに好意を抱いていたことにも最後まで気付かなかったほどだから、当然といえば当然だが。俺が言うのも何だが、リュートはもう少し『女心』というのを勉強した方がいいぞ。組織を運営する上で学んでおいて損はない」

あれほど露骨に受付嬢さんから迫られていたのに好意に気付かず、皆の目の前で『知人宣言』をしたギギさんだけには言われたくないです。

彼はオレのツッコミを入れたい表情にも気付かず、饒舌に語り続ける。

「リュートのような若人に、俺のように女心を理解しろというほうが難しいかもしれないが……。だが、努力はするべきだ」

ギギさんはウィスキーに口をつける。

さきほどまでダンディーだったその姿も、彼が『女心』について語るたびギャグにしかみえなくなる。

「リュートにはすでにクリスお嬢様や他にも妻がいるが、ちゃんとした態度をメイヤ・ドラグーンにとるんだぞ。後、男として女性に恥をかかせるマネだけはするなよ」

いやいや、もうすでにギギさんは受付嬢さんに対して再起不能なほど恥をかかせたじゃないですか!

正直、呆れを通り越して、ギギさんが『女心』の話をするたび笑いそうになる。

ギギさんがウィスキーを飲み干し、こちらに顔を向けてくる。

「難しいとは思うが、リュートならやれる。頑張れ」

「ぶふっ!」

「? どうした?」

「い、いえ、すみません……ちょっと酒精が喉に入ったみたいで……」

まさか『真剣に女心を語るギギさんが面白かったから』とはいえない。

「そうか。辛かったら酒精はやめて果実水とかにするといい」

「は、はい、ありがとうございます。もうダイジョウブデス」

笑いそうになるのを堪えると声が震える。

だが、ギギさんは気付かず心配そうにオレのことを労ってくれた。

「いい機会だ。今夜はオレがリュートに『女心、女性の心の機微』について教えてやろう」

止めてください。笑いを堪えるのが辛くなりすぎて死んでしまいそうです。

オレの無言の訴えは、ギギさんが新しいウィスキーをマスターに注文するため顔をそらしたせいで見逃されてしまう。

ギギさんはずっと変わらない表情だったせいで気付かなかったが、もしかしたら酔っているのかもしれない。

バーに来てからずっとギギさんはウィスキーをストレートでがばがば飲んでいた。その可能性は高い。でなければあのギギさんが『女心』について語り出すなんてマネする筈がない。

ギギさんが新しいウィスキーを手にすると、真剣な顔と表情で語りかけてくる。

それがオレの笑いをさらに刺激してくる。

「いいか、リュート……まず『女心』を学ぶ上で大切なのは――」

こうしてギギさんによる『女心とは』講座は、バーが営業終了になる深夜遅くまで続いた。オレはその間ずっと必死に笑いを堪え続けた。

オレは旦那様との筋トレとはまた違った苦しみを味わうことになった。