軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第203話 思い出

夜の帳が下りる。

「ふぅ……」

ココノは鎧戸を少しだけ開き、沈む夕陽を惜しむ。

エルルマ街に戻ってきて一週間と数日。

トパースに相談後、翌日の昼過ぎには身を隠した。

彼女が現在、身を隠している部屋はエルルマ街の高級住宅街にある石造りの建物だ。

最近建てられたばかりで、まだココノしか住人がいない。

彼女は身を隠すに当たって、最初は貧民街にあるようなボロボロな隠れ家を想像していた。

しかし、トパースが用意した部屋は正反対の高級マンションで心底驚いてしまう。

トパース曰く、高級住宅街の方が治安が良く、安全。防音や秘密保持、衛生面でも秀でており、必需品の持ち込みも目立たずおこなえるという利点がある。

かかる費用さえ気にしなければ最高の隠れ家になるらしい。

ココノは費用の問題を気にしたが、トパースは笑顔で断言した。

「安心しなさい。こう見えて私はそこそこ蓄えがありますから。ココノは自分の身の安全だけを考えればいいのです」

ココノは彼の言葉に涙した。

自分はなんて素晴らしい人の下にいるのだろうと。

義父と慕うトパースに、彼女は何度もお礼を告げた。

この建物に身を隠して以来、彼女は一歩も外へ出ていない。

食事は冷蔵庫(氷を一番上に入れて冷やす古いタイプ)にある食材で自炊。小食なこともあり、当分は冷蔵庫内にある食材で足りる。

冷蔵庫の氷は毎朝、業者が玄関前に置いていく。

水も溜めているタンクが切れそうになると、外部から補充される。

この辺が高級住宅街に住む利点だ。

外に出ず、誰とも顔を会わさずとも、生活に困ることがない。

窓の鎧戸も昼夜関係なく締め切っているため、部屋は魔術道具によって照らされていた。

最近は息苦しく、夕陽が沈む寸前、少しだけ鎧戸を開き外の空気を吸っている。

「ガンスミス様達は、もうすでにココリ街へお戻りになっている頃でしょうね……」

リュート達と別れてすでに一週間以上過ぎている。

一度、この部屋に様子を見に来たトパースに、別れた後の様子を聞いた。

ココノが彼らと別れた当日。

別の者を使いに出して、リュート達の歓迎会を開いた。その席でリュートが、ココノがいないことに気付き尋ねてきたが、体調不良で顔を出せなくなったと誤魔化したらしい。

そして数日後、エルルマ街観光を終え、翌日ココリ街へ帰るリュート達は、ココノに会いに来た。

体調がまだ悪く会えないことを告げると、見舞い品の果物を置いて街へと戻ったらしい。

トパースは、リュート達からの見舞い品をココノへと手渡す。

「そうですか、ガンスミス様達はお帰りになりましたか……」

彼女は彼らに会えなかったことに肩を落とした。

また手紙と禁書に関しては、現在調査中で詳しいことはまだ分かっていない。

事が事だけに慎重に対処しているためどうしても調査が遅くなってしまう。

トパースは申し訳なさそうに頭を下げた。

「ココノには当分、この部屋に隠れてもらうことになるだろう。大変だと思うがもう少し我慢して欲しい」

「全てはわたしの身を案じてくださってのこと、この程度の不自由などまったく問題ありません」

「そういってもらえると助かるよ」

ココノの返答にトパースは微笑みを浮かべた。

そして彼はリュート達からの見舞い品や必需品を置いてマンションを後にした。

日が完全に暮れる。

鎧戸を閉め、夕食の準備を始める。

食べるのは自分1人だけ、量も多くない。

すぐに準備が終わる。

「……天におわす天神様。今日も糧をお与え頂きありがとうございます」

手を胸の前で重ね天神様に祈りを捧げる。

祈りを終えると、1人でもそもそと食事を始めた。

PEACEMAKER(ピース・メーカー) で働いていた時は、よく団員達に混ざって、大きなテーブルで一緒に夕食を摂っていた。

その日あった訓練での失敗や街警護で起きた事件、団員同士のくだらない喧嘩の理由、そんなたわいない話をして笑い合い、愚痴り、楽しく食事をした。

天神教支部での食事は、私語厳禁。ココノも静かに食事を摂るのは好きだ。

しかし、 PEACEMAKER(ピース・メーカー) での、わいわいと摂る食事も大好きだった。

まだ一ヶ月も経っていないのに、昔の出来事のように懐かしい。

「……ごちそうさまでした」

1人味気ない食事を終える。

使った食器を片付け、簡単に台所を掃除し終えたらもうやることがなくなる。

「…………」

リビングから寝室へ。

天蓋付きの豪華なベッドにごろりと寝ころび、ぼんやりと天井を眺めた。

天神教支部時代は夕食が終わると、友人同士で集まって話をした。

PEACEMAKER(ピース・メーカー) で働いていた時も、似たように友人達と集まり会話を楽しんだ。

クリス、ルナ、カレン、バーニー、ミューア、ラヤラなどの歳の近い者達で集まり香茶を飲み、お菓子をつまみながら。

話題はファッションやアクセサリ、どこの店のデザートが美味しかった、新しいお店が出来た等、面白い本の話題、可愛らしい小物など年頃の少女らしい会話がメインだ。

またクリス達が今までしてきた冒険譚、カレン達が通っていた魔術師学校の話など自身の知らない世界を知り、ココノは胸を熱くした。

たまにリュートがお菓子を差し入れしてくれた。

食べたことのないお菓子に舌が蕩けそうになる。

またスノーにギュッと抱き締められて、匂いを嗅がれたりされた。

リースとは天神教の歴史や教義、種族問題などについて意見を交換した。この意見交換はココノにとっても見識を広げる有意義な時間だ。

またリュートについても色々話を交わした。

寝るまでの楽しいひととき――しかし、今は暗い部屋で1人横になるぐらいしかやることがない。

宝石のように輝く思い出があるせいで、今の自分との落差に胸が痛いほど締め付けられる。

気付けば、瞳から涙がこぼれ流れていた。

顔を枕に埋め、忍び泣く。

「さびしいよ……1人は、さびしいよ……っ」

涙を流していたココノだったが、いつの間にか微かな寝息をたてていた。

▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼

「――起きろ」

「ッ!?」

重く、くぐもった男の声。

いつのまにかココノは、1人の男にのしかかられ口元をゴツゴツした手で押さえられていた。

首元に冷たい感触。

鏡のように磨かれた短刀を喉元に押し付けられている。

ココノは混乱し、目を白黒させる。

相手は手袋、長袖、ズボン、ベルト、全て黒一色で統一していた。

顔はマスクを被り、隠されているため分からない。唯一、視界を確保するため目に当たる部分だけは布が切れている。

男の目はまるで爬虫類のように感情がなかった。

ゾクリ、とココノは見詰められただけで背筋が震える。

なぜこんな人が、自分を押さえつけているのか?

物取りなら、自分をわざわざ起こす理由はない。

ココノの体が目当てのチンピラにしては、声や態度、纏う雰囲気が研ぎ澄まされ過ぎている。

「大声をあげたら殺す。逃げ出そうとして無駄だ。他にも仲間がいる。逃走は不可能だ」

男の声に寝室にいたもう一人が、ココノの視界に入る。

ココノは魔術師でも、冒険者でもない。ただの病弱な少女。

男性1人でも逃げ出すのは難しいのに、2人もいたらほぼ不可能だ。

男はゆっくりと手をどけ尋ねてくる。

「天神教巫女見習いの人種族、ココノで間違いないな? 声は出すな首を動かせ」

ココノは緊張した表情で黙って首を縦に動かす。

「上からの指示でオマエを『自殺にみせかけて殺せ』と指示を受けている。オマエには今から遺書を書いてもらう。ベッドから下りろ」

「ツッ!」

ココノは髪を掴まれ、ベッドから冷たい床に引きずり下ろされる。

もう1人いた男が、机からペン、インク壺、紙を彼女の前へと置く。

「今から言う内容を紙に書け」

ココノはようやく彼らが何を目的にして来たのか理解する。

彼らは天神教上層部が雇った殺し屋だ。

つまり、ココノの元に届いた手紙と禁書が事実だったのだ。

トパースが慎重に探っていたが、やはりどこかで漏洩したらしい。だから、手紙と禁書の出所であるココノを殺害しに来たのだ。

恐らく上は、出所であるココノに手紙と禁書が偽物だと遺書に書かせて、事実を有耶無耶にするつもりなのだろう。

ココノは首から提げている五芒星を握り締め、男達を睨み付ける。

たとえ今からどれほど痛めつけられようと、絶対に遺書など書かないと覚悟を決めたのだ。そうすれば、自分の死を確認したトパースや他の天神教関係者が、手紙と禁書の内容が事実だと理解する。

自分は殉教することで、腐敗した上層部を正そうとしているのだ。それが男達に力は劣り、逃げ出すことも出来ないココノのせめてもの抵抗だった。

「ペンを取れ」

彼女は首を横に振った。

男達が互いに視線を合わせる。

「書きたくないのであればそれでも構わないが、その場合は見せしめに PEACEMAKER(ピース・メーカー) を殺せと指示を受けている」

「!?」

ココノの覚悟が揺れる。

男はまるで心を見透かすように追い打ちを掛けてくる。

「我々は 静音暗殺(サイレント・ワーカー) に仕える 金(ゴールド) クラスの 軍団(レギオン) 、 処刑人(シーカー) 。世界最強の暗殺集団だ。 軍団(レギオン) ランキング『銅』の新人 軍団(レギオン) など、メンバー全員を皆殺しにするのくらい容易いぞ」

静音暗殺(サイレント・ワーカー) 、 軍団(レギオン) 、 処刑人(シーカー) 。

スノーの冒険譚に出てきた、魔術師A級の実力者が率いる暗殺集団だ。

彼女達も彼の指導を受けた兵士達に何度も苦戦した、と言っていた。そんな暗殺集団が直々に動いているのだ。

その事実に、ココノの顔から血の気が引く。

彼らが本気になれば、本当に PEACEMAKER(ピース・メーカー) メンバー全員を殺害できるのだ。

スノー、クリス、リース、メイヤ、シア、ルナ、カレン、バーニー、ミューア、ラヤラ、新・純潔乙女騎士団の団員達。

そして、リュートを。

「どうする?」

男が再度、問いかける。

ココノが先程まで抱いていた覚悟は、粉々に砕け散っていた。

彼女は震える手で、ペンに腕を伸ばす。

しかし、男の足がペンを踏む。

顔を上げると、男達がココノを楽しげに見下ろしていた。

先程まで一切感情を浮かべなかった爬虫類のような瞳に、暗い光が差す。

弱者をいたぶる嗜虐的な光だ。

「我々はどちらでも構わないぞ?」

「……き、ます……」

「もう少し、声を出せ」

「遺書を書きます……」

男達はココノの言葉に顔を合わせ、首をすくめる。

「無理をして書く必要はないぞ。我々も自殺に見せかけて殺すなんて面倒だしな」

マスクの下からでも分かるほど、男達はニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべていた。

ココノは土下座し、床に額を擦りつけてお願いする。

「どうかわたしに遺書を書かせてください。自殺にみせかけて殺してください。お願いします。お願いします。お願いします……ッ」

涙を零し、リュート達を救うため男達に『殺してくれ』と哀願する。

「……ぷふふ、そこまで頼まれたら仕方ないな」

男はペンから足をどけると、ココノに取らせる。

彼は暗記している内容を口ずさみ、彼女に遺書を書かせた。

遺書を書き終えると、シーツを裂かせ首をくくる縄を作らせる。

台所から椅子を持ってこさせて、ベッドの天蓋を支える柱の頂点に縄を引っかけさせた。

これで準備が整う。

「首をくくれ」

「最後に祈りを……」

男達の許可をもらい彼女は、今から首をくくる縄を前に天神に祈りを捧げる。

(天神様、お父さん、お母さん、今からそちらへ参ります)

祈りを捧げ終え、目蓋を開く。

目の前には今から首をくくる縄がある。

死ぬのはやはり怖い。

涙が浮かび、手足が恐怖で震える。

しかし、自身の選択に後悔は砂粒一つない。

手紙と禁書の事実は有耶無耶になり、天神教上層部を追求する者はいなくなる。今後も、自分のように何も知らず権力者達に嫁がされる巫女達が出るだろう。

しかし、リュート達が命を狙われなくて済む。

(天神教の問題でガンスミス様達を巻き込むわけにはいかない……それに、わたしはあの人達に誰も死んで欲しくない)

確かな想いが、これから死ぬことに震えながらも、踏み台になる椅子に足をかけさせる。

自分から縄に首をくくった。

「ぐうぅ!?」

椅子が男達の手によってどかされる。

当然、ココノの小さな体躯では床に足は届かない。

縄が首に食い込み息が詰まる。

苦しくて、喉を掻きむしる。

涙で滲む視界。

正面に立つ男達は苦しみに藻掻くココノを、愉快な出し物でも眺めるような目で見詰めてくる。最後に見る光景がこれではあまりに辛い。

だから、ココノは目を閉じた。

(苦しい、だからこそ楽しかったことだけを考えよう)

そうすれば幸せな気持ちのまま天神の元へと旅立つことが出来る。

両親が健在だった頃、世界中を馬車で旅した。色々な人種、目新しい動物たち、文化を体験することができた。

父から馬車の操縦を教わり、上手だと褒められ頭を撫でられた。母もそんな光景を幸せそうに眺めていた。

天神教時代。両親を亡くした辛い時期だったが、天神教の教えや友人達、尊敬できる人々に支えられ乗り越えることが出来た。

PEACEMAKER(ピース・メーカー) の中で働いたこと。

クリスとラヤラに角馬のお世話のやり方を教えてあげた。自分が身に付けた技術をきっかけに二人と仲良くなることができた。

彼女達を通じて、ルナやカレン、バーニー、ミューアと交流を持ち、休日にココリ街を案内してもらった。

皆で食べた甘味や食事はとても美味しかった。

リースと一緒の掃除。背丈はあまり変わらないのに、凜とした威厳を持つ女性だと思っていた。実際は、ドジっ娘で目を離せずハラハラドキドキした。

香茶を飲みながら話をすると、エルフ族だけあり見識の広さは舌を巻くほどだった。

スノーにはギュッと抱き締められ、失礼かもしれないが、姉か母親に抱き締められている気がした。このまま包まれて眠れたら幸せだろう。しかし、彼女が話す今まで経験してきた冒険譚の数々は、そんな眠気を吹き飛ばしてしまうほど興奮するものだった。

ココノを歓迎するために開いてくれたバーベキュー大会。

天神教支部ではこのような催しをすることはなく、彼女にとっては初の体験だった。

皆で集まり、外でわいわい談笑しながら食事を摂る。

彼女は小食ですぐにお腹いっぱいになって食べられなくなったが、ラヤラが嬉々として食べる姿を見ているだけで幸せな気持ちになった。

お肉を出すと、ひな鳥のように食べるのがまた可愛い。

手紙と禁書を見てしまい体調を崩した時、リュートとクリスがお見舞いに来た。

二人は心配そうに剥いた果物を持ってきてくれた。

その時に食べたリンゴのような果物が兎の形に切られていた。

可愛い形をしていたため、食べるのが本当に勿体なかった。

たった一ヶ月の出来事なのに、最後の楽しい思い出は PEACEMAKER(ピース・メーカー) で過ごしたばかりのことしか出てこない。

意識が白く霞む。

最後の時が近い――

(もし最後に我が儘を言えるなら、最後にガンスミス様――リュート様のお顔が見たかった……で、す……)

ココノの心臓が動きを止める。

その時――部屋に何かが投げ込まれ、大音量と共に圧倒的な光が男達の目を焼いた。