作品タイトル不明
第198話 リースとココノ
ココノが新・純潔乙女騎士団に来て六日目。
今日は朝食を私室で摂る。
昼や夕食は、仕事の関係上、団員達と一緒に食堂でほとんど摂っている。しかし、朝食は家族の団欒としてスノー達と一緒に摂ることの方が多かった。
もちろんクエストや仕事関係で食べられない時もあるが。
「ううぅ、右手が痛い」
オレは朝食のテーブルに着きながら右手をさする。
ここ最近はずっと事務仕事がメインで右手を使いすぎて痛い。
バーニーを雇ったお陰で今まで 冒険者斡旋組合(ギルド) へ支払っていた金銭を抑えることができた。
そのための書類申請の仕事が増えてしまったが……。
しかし、一度出せば数年は提出する必要がない書類だ。
この程度の労力で経費を抑えられるなら安いもんだ。
『大丈夫ですか、リュートお兄ちゃん?』
「ああ、平気だよ。それよりクリスはココノと随分仲良くなったよな」
『はい! ココノちゃんとは仲良しです!』
クリスは嬉しそうにミニ黒板を出す。
角馬の世話で、ココノがクリス&ラヤラにやり方やコツを教えた。それを切っ掛けに二人は仲良くなったらしい。
年齢が同じで、背丈も近いため親近感があるのだろうか。
二人はすぐに仲良くなった。
昨日も、昼休み中、体力のあまりないココノがソファーで休んでいた。
クリスはそんな彼女に膝を貸し、ココノに膝枕をしてやっていたのだ。
小柄な美少女二人が仲良くしている姿は微笑ましくもあり、とても絵になる。
『今度のお休みにはカレンちゃん達やルナちゃん、ラヤラちゃん達も誘ってココノちゃんに街を案内するつもりです』
クリスは楽しそうにニコニコ話をする。
本当にココノと仲良くなったんだな。
しかし、そんな彼女にメイヤが反論の声をあげる。
「騙されていけませんわ、クリスさん! 彼女は天神教会の回し者に違いありませんわ! そう! きっとそうですわ! この世界で唯一の生神であるリュート様の存在に気付き刺客として送り込んできたに違いありませんわ! ああぁ、恐ろしい!」
メイヤさんは朝から元気だな。
スノーが美味そうに焼いたハムを咀嚼してから反論する。
「でもでも、こないだココノちゃんを嗅いでみたけどあれはいい子の匂いだったよ」
遂にふがふがマスターは善悪の匂いまで嗅ぎ分けられるようになったのかよ。
無駄に高性能だな。
「私もメイヤさん同様、まだココノさんを信じていません」
リースが食事を終え、香茶に口を付けながら断言する。
「今日は私の隊が待機なので、その時に彼女の人となりを見てみたいと思います」
背後でシアが給仕を務めているせいか、そこだけ空気が違う。
まるで王宮に居るような緊張感が漂っている。
「えっと、リース、人となりを見るって一体何をするつもりだ?」
「特別なことをするつもりはありません。ただ彼女の働きぶりを見守るだけです。ただそれだけでも個性や性格などが出て、彼女がどのような人物なのか判断することができますから」
たとえ箒の掃き方一つでも相手をはかる物差しになりうる。
ちゃんと掃除が出来るか、細かい隅まで逃さず掃除をするか、それとも適当に終わらせるタイプなのか。
リースはオレに嫁ぐ前まではハイエルフ王国のお姫様だった。それ故、パーティーや会議、外交などで様々な種族と出会い時に心の内を読みあう真剣勝負をいくつもこなしてきたのだろう。
そんな裏打ちされた経験から、相手の行動から内面を暴こうというのだ。
リースは静かに香茶を飲む。
そこには経験に裏打ちされたベテランらしい凄味が滲み出ている。
もしかしたらリースなら本当に、ココノの行動を見るだけで彼女の裏側まで知り尽くしてしまうかもしれない。
オレは無意識に喉を鳴らしていた。
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そして、リースの隊が新・純潔騎士団本部の清掃に取り掛かる。
ココノはリースと一緒に応接室の掃除だ。
二人が一緒なのは、リースがココノの掃除態度を見極め、彼女の内面を暴くためだ。
(無いとは思うが……リースがココノの内面を暴いて大変なことになってたりしないよな)
オレは二人の様子が心配で工房に行かず、掃除をしている応接室へ足を向ける。
向かっている間につい余計なことを想像してしまう。
『まさかココノさんが、本当に PEACEMAKER(ピース・メーカー) の内情を探るスパイだったなんて!』
『くっ、バレてしまってはしかたないですね。そう巫女見習いとは仮の姿! わたしの本当の姿は 軍団(レギオン) の内情を探るスパイだったのです! しかし、知られてしまったらこれ以上、ここにはいられません! わたしはここで失敬します!』
『そ、そんないつのまにか外に逃走用のバルーンが!』
『はっはっはっ! また機会があったら会いましょう!』
「……いやいや、無い無い。どこの怪盗三世だよ」
オレは思わず自身の想像に苦笑いしてしまう。
精々、気まずい沈黙の中、黙々と仕事をしているだけだろう。
それはそれで問題だが……
応接室の前に到着する。
二人に気付かれないように扉をそっと開き中の様子を窺った。
二人はしっかりと応接間に居た。
リースはガルガルの尻尾で作られた高級はたきを手に、青い顔で立っている。
ココノは絨緞の上に俯せに倒れ、彼女の側には観賞用の壺が落ちていた。
どう見ても殺人現場です。
(何があったんだよ!?)
自分の想像以上の出来事を前にオレは固まって動けなかった。
(えっ!? え? 何これ。リースがココノを気に喰わずカッとなって 殺(ヤ) っちゃったの?)
これではまるで『 軍団(レギオン) 代表者は見た!』というサスペンスドラマではないか!?
オレが驚きで震えていると、ココノが立ち上がる。
どうやら死んではいなかったようだ。
「リース様、はたきで上の埃を落とすのは掃除の基本ですが、壺にある埃まではたきをかけなくてもいいんですよ」
「ご、ごめんなさい。てっきり、上から順番に埃を落とすのが基本と聞いて、はたきで全部やるのかと思ってしまって」
「いえ、落ちる寸前で気付いて受け止めることができましたから。壺も割れていないので気にしないでください」
つまり、リースがはたきで壺の埃を落とそうとする。壺が落下。それをココノが咄嗟に受け止めるが、貧弱な彼女では受け止めきれず床に俯せに倒れる。壺が手のひらからゴロゴロと零れ、側に落ちたように見えたわけか……。
結局、リースのドジのせいじゃないか!?
忘れてた、彼女がドジっ娘だということを!
相手の内面を暴く前に、リースのドジっ娘属性がココノに知られてしまう!
考えてみればリースはハイエルフ王国のお姫様で、ドジっ娘属性の持ち主。ココノの内面を暴く云々の前に、彼女が無事掃除を終えることを心配するべきだった。
ココノがフォローするように掃除の指示を出す。
「では折角なので壺を綺麗に磨きましょう」
「それなら私にも出来そうですね。任せてください!」
リースは濡れて絞りきっていない雑巾を取り出し、壺をふきだす。
「えい!」
彼女は力一杯、壺の表面を擦り出した。
「ま、待ってくださいリース様! そんなに力一杯こすったら壺に傷がついてしまいます!」
「そ、そうなのですか?」
ココノが慌ててリースを止める。
彼女は雑巾の代わりに清潔で柔らかそうな布を取り出す。
「これで優しく拭いてあげてください。布には艶を出し、表面をコーティングする薬品をすでに染みこませているので」
「ありがとうございます。こんな感じでいいのですか?」
「はい、大変お上手です」
まるで母親が不器用な娘に家事を教えているようだ。
「それではわたしは台座の方を掃除してますね」
ココノはリースの手つきを見て安心する。これなら失敗は無いだろうと。
そして自身は壺が置かれていた台座の掃除を始めた。
リースは壺を磨きながら、
「ココノさん、一つお聞きしてもよろしいですか」
「はい、なんでしょうか?」
「ココノさんは、本当にリュートさんのことが好きで嫁いできたのですか?」
(直接聞くのかよ!?)
オレは思わずツッコミを入れてしまう。
仕草や動作で内面を察するとはなんだったのか?
この問いにココノは困ったように微苦笑する。
「いえ、天神様のお告げに従い嫁いだだけですから。最初から好意を抱いた訳ではありません」
ココノは心情を隠しもせず吐露する。
「でも、こちらでお手伝いをさせてもらって、少しだけガンスミス様の人柄が分かりました。優しくて、お人好しで、ちょっと素直すぎて騙されないか心配になる所がありますよね」
「確かにリュートさんはちょっと目が離せない所がありますね」
二人は同意するようにくすくすと楽しげに笑い合う。
目が離せないとリースだけには言われたくないんだが。
「でも、そんな人柄の方と家庭を持てたら素晴らしいなとは思っています。それが『愛』かと言われるとまだ悩んでしまいますが」
ココノは真っ直ぐリースを見詰める。
その瞳には真摯な光が宿っていた。
「まだ当分は PEACEMAKER(ピース・メーカー) でお手伝いできるので、その間にガンスミス様、リース様達奥様方、他団員達と交流し、自身の気持ちを含めて確かめていければと考えています」
「……私はやはりまだ納得していません。突然、リュートさんの妻にして下さいと押しかけてきたことに。だから、私自身、ココノさんのことをお手伝いしている間に確かめたいと思います。それでもよかったら、仲良くしてください」
「リース様の素直なお気持ちをお教えくださってありがとうございます。こちらこそ短い間ですがよろしくお願いします」
二人はまるで良きライバルのように微笑みあう。
オレは二人に気付かれないようにそっと扉を閉めた。
その日の夜。
夕食を終えて寝るまでの短い自由時間。
リースと昼間の件について話し合う。
彼女はシアが淹れてくれた香茶を一口飲み。
「掃除の時間、確かめた限りココノさんは悪い方ではありませんね。何か裏があって私達に近づいてきた訳ではないようですし」
「へぇ~そうなんだ」
「もうリュートさんたら気のない返事をして。そんなに私の人を見る目に不安がおありなんですか」
「いや、人を見る目っていうか……」
あれはどう考えても直接口にして確かめていたような……いや、言わぬが花か。
「なんでもない。もちろんリースのことは信用しているよ」
「ふふん、そうですか。また何か困ったことがあったら頼ってくださいね。今回のように私が力になりますから」
リースはその立派すぎる胸をさらにそらし、得意気に鼻息を漏らす。
こうして今日も夜が深まっていく。