軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第163話 スミス家の影――第三者視点

時間は10数時間ほど遡る。

「父様! 一大事です、父様!」

「騒がしいぞ、オール。騒がしいのはアムだけで沢山だ。あまり兄の悪いところばかりをマネするんじゃない」

北大陸最大の領地を治める上流貴族、トルオ・ノルテ・ボーデン・スミスは寝室で慌てる次男を迎え入れた。

彼はちょうど寝る間際で、一目で上等な生地、細工、職人の手で作られたと分かるガウンに袖を通し、一杯で庶民が一ヶ月暮らせるほどのワインを注ぎ飲み干す。

そんなゆったりとした父親とは正反対に、次男のオール・ノルテ・ボーデン・スミスは血相を変え事態を報告する。

「騒がしかったのは謝罪します! ですが一大事なんです! 兄様がパーティーの帰り道襲撃を受け誘拐されたのです!」

「もう知っている。犯人の目星も付いている」

「それは本当ですか、父様!?」

トルオは再びワイングラスに並々と注ぎ、一息で煽る。

口元を拭うと、オールへと視線を向けた。

「恐らく白狼族共が、アムを襲撃して誘拐したんだろう。奴等の目的上、人質を傷つけることはあるまい。安心するがいい」

「なるほど、白狼族が兄様を……なら大丈夫なんですよね? 白狼族と兄様は昔から交流がありましたから」

「恐らくな」

トルオは不機嫌そうに息を吐き出す。

白狼族としてはアムを通じて、現状を打開しようと画策するだろう。

取れる方法はそう多くない。

『単純にアムと話をして、彼の力で現状の打開をしようとする』

『アムに白狼族から妾を出し、婚姻関係を作ってバックについてもらう』

『アムを人質に現状の打開を要求する』――これはデメリットの方が多すぎるため選択肢として排除していいだろう。

一通りトルオは考えを出すと、まるで思考の隙間に滑り込むようにオールが呟く。

「まさかとは思いますが、兄様が白狼族と手を組んで城を攻めてくる……なんてことはありませんよね?」

「!?」

次男の指摘はトルオにとって青天の霹靂だった。

(白狼族に懸賞金をかけ冷遇していることに対して、いくらアムの奴が我を悪く思っていたとしても、まさか城攻めなど……)

しかしトルオはその考えを捨てきれなかった。

(アイツは頭脳明晰だが、頭が悪い。性格も単純過ぎる。その点を突かれたらあるいは……)

さらに質が悪いことに、アムは魔術師Bプラス級の実力者。

魔術師学校を卒業後、世界を回って修行していたせいで実力はさらについているかもしれない。また城内の衛兵達も『次期領主であるアムとは矛を交えたくない』と心理的抵抗を覚えるだろう。

そんな彼が、魔術師の素因の高い白狼族を引き連れて城を襲ってきたら……下手をしたら自分は無理矢理トップから引きずり下ろされるかもしれない。

一度、疑い出すと迷いが生じ、それは時間と共に疑心暗鬼という呪縛へと変化する。

「……衛兵達に伝えろ、城の警備を厳重にし防御を固めろと!」

この指示に控えていたメイドが一礼してから、寝室を出て行く。

「オールは、兄様捜索の手配を整えます。よろしいですね、父様?」

「構わぬ、好きにしろ。もし見付けたらすぐさま我の前に連れてくるのだ」

「分かりました。それでは夜分失礼致しました」

オールは丁寧に貴族の礼を取り、父親の寝室を後にする。

トルオに背を向けたのと同時に、オールの口元は邪悪な怪物のように歪んでいた。

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父、トルオの寝室からの帰り道。

魔術道具が照らす薄暗い廊下を、オールは自身の従者達を連れて悠然と歩く。

(これで、父には上手く疑心暗鬼の芽を植え付けることが出来たな)

自分の計画が順調に推移していることに、思わず口元が弛む。

策謀の喜びに浸る暗い笑みだ。

(後は兄と父が上手く踊ってくれれば、領主の座はこの手に入る……ッ)

オール・ノルテ・ボーデン・スミスの目的は、兄であるアムに代わり領主の座に就くことだ。

しかし、オールは次男。さらに魔術師としての才能はなく、ずっと北大陸にある貴族学校に通っていた。そこは魔術の才能が無い貴族の子弟が通う学校だ。

この世界では、魔術師の地位が高い。

そのため貴族や王族になればなるほど、魔術師以外との婚姻を嫌う傾向がある。

魔術師の才能が高い者同士が結婚すると、より才能のある子供が生まれてくる可能性が上がる。だから古い血筋や高貴なほど魔力量が基本的に高い。

そのため、この学校に通う子弟は、基本的に貴族同士の結婚が成立しない。周囲の貴族達から、一段も二段も低く見られる存在なのだ。

せいぜい、成り上がりの商家や自分達より下位の貴族などと結婚させられるのがオチだ。

つまり、この学校に通っている時点で、彼や彼女達が大成することはありえない。そのせいか学校にはどこか濁った空気が漂っている。

さらにオールは次男だ。

魔術師でもなく、長男でもない。

彼は産まれたときから、負けるのが決まった人生が確定している。

(誰がそんなこと認めるものか! 魔術師じゃない、長男じゃないからというだけで家督が得られないなんて間違っている! 僕様は、最初から負けを受け入れている学校の奴等とは違う。絶対にトップに立ってやる!)

オールは決意を固めると、すぐさま計画を練り上げる。

長男であるアムを蹴落とし、領主の座に自身が座るために必要なことは――次男派を多数にして内部の支持を得て、民衆や下位貴族の納得を得る必要がある。

ただアムを暗殺しては民衆や下位貴族からの支持は得られない。下がしっかりとしていないと上は簡単に崩れる。土台が腐った家屋がどうなるか、想像すれば分かる。また歴史を紐解けば、同様の失敗例はいくらでも溢れている。

そこでオールは父と長男の共倒れを狙った。

アムが妖人大陸の魔術師学校で北大陸にいない間に、父の欲望を肥大化してやった。

毒を注ぎ込むように、言葉で彼のコンプレックスを刺激するだけの簡単な仕事だ。

父、トルオは上流貴族にもかかわらず『北大陸出身』ということに酷いコンプレックスを抱えていた。

北大陸で最大の領地を誇る上流貴族のトルオだが、他大陸の貴族からすれば『北大陸の田舎貴族』でしかない。

子供の目から見ても分かるほど、その事を父は嫌い、コンプレックスを抱えていた。

だから、オールは休日などで学校から戻る度、父に『父様は北大陸に収まる器ではない』、『才能はどんなに抑えても、滲み出るもの。分かる人はそれを放っておかない』、『天才の慧眼が凡人に理解されるはずがない』等々――甘い言葉を注ぎ込んだ。

次第にトルオは、いつの間にか『我はこんな田舎貴族で終わる者ではない! 我の才はもっと広い場所で発揮されるものなんだ!』と、思い込み出す。まるで最初から自分で考えたように。

後は坂を転がる雪玉のように、彼の自尊心は加速度的に肥大して行った。

そしてトルオは他大陸の貴族や王国に認められようと無理をする。

新たな流刑地の受け入れ、他大陸に対して税金優遇措置、外国船優先権等々――無理をすれば、その歪みは弱者へと行く。民衆は負担を与えれば上を恨む。それは暗君へと通じる道へとなる。

オールは父親を分かりやすい悪役に仕立てた。

これで父が倒されても、民衆は喜び喝采し、誰も不満を口には出さないだろう。

次の対処は兄であるアムだ。

彼には当分、北大陸を離れてもらう。

その間に自身の地盤固め――大臣や中・下級貴族、城内衛兵、部下達を自陣へと取り込み。その時間稼ぎに、魔術師学校を卒業間近な兄へ、卒業後の武者修行の旅をすすめた。

兄であるアムとは、手紙のやり取りをしていた。

お陰でアムの現状を大まかに把握することが出来た。

アムは白狼族の孤児に懸想していたが、相手は魔術師Aマイナス級。だったら、その彼女より強くなるため、卒業後も北大陸へ帰らず武者修行の旅をしたら、と自然な流れで手紙でアドバイスをした。

アムは疑いもせず、本当に卒業しても帰らず世界中を旅して修行に没頭したのだ。

さらに好運なことに、妖人大陸の大国メルティアから協力の要請を受ける。

なんでもある白狼族2名――クーラとアリルと言う名の夫婦を捕らえて、彼らの持つ『指輪』を身柄と一緒に渡して欲しいとのことだ。

成功の暁には、謝礼として多大な便宜を図ると――話を持ちかけた使者が告げる。

父は一も二もなく、チャンスとばかりにこの話に食い付く。

そして父・トルオは喜々として白狼族狩りを開始するが、ただ多数の兵士を投入しただけの作戦は失敗に終わる。

もちろん、作戦が失敗するようにオールが裏で手引きしたのだ。

この失敗をきっかけに大国メルティアの使者は、無能な父を見限った。

そしてオールへと接触し、交渉を開始する。

彼は秘密裏にメルティアと協力関係を取り付けた。

そして、メルティアの口利きで 金(ゴールド) クラスの 軍団(レギオン) 、 処刑人(シーカー) 、 静音暗殺(サイレント・ワーカー) を呼び寄せ秘密兵士隊を設立。裏で戦力と権力を整えていく。

そして、父・トルオの立場をさらに悪くするため 冒険者斡旋組合(ギルド) へ、白狼族に多額の懸賞金をかけさせる。

白狼族は北大陸内地で巨人族と共存する珍しい少数民族。

雪山の管理。 雪崩(雪滑り) を最小限に抑えるため定期的にわざと雪滑りを起こす。巨人族がはぐれて街に向かっているといち早く知らせたり、雪山で怪我をした街の人を助けたり、脱走した罪人を白狼族が追ったり――この雪山を知り尽くした存在。

そんな貴重な存在に多額の懸賞金をかけたせいで、冒険者達や金に困っている街人達が目の色を変えて彼らを追った。

結果、住民と白狼族との間に確実な溝が出来る。

巨人族の被害が増え、雪山での遭難・怪我、問題が多数起きる。憎しみは白狼族や現領主である父へと向けられた。

罪や悪い噂は全て父が背負ってくれる。

オール自身は汚れ1つ負わずにだ。

燃え上がる火種は既に準備済み。

後は――武者修行から戻ってきた兄アムが、現状を目の辺りにすれば。

白狼族と昔から懇意にして、正義感の強いアムならば、分かりやすい悪である父を打倒しようと動き出すだろう。

それにあわせて兄、父が運良く共倒れしてくれれば。もしくは片方が生き残ったとしても、オールの傘下である秘密兵士部隊(父は自分の傘下だと誤解しているが)に殺させればいい。

さらに大国メルティアの後押しがある。

成功すれば自分が領主の座に就くのは確定だろう。

オールは考えをめぐらせ、計画にいくつかの変更点を加えて再度確認する。

(……よし、後もう少し、もう少しで領主の座が手に入る。負け人生なんて、もう誰にも言わせはしないッ)

彼は爛々とした炎を瞳に宿し、胸中で絶叫した。