軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第11話 スノー・前編

わたし――スノーは北大地に住む少数種族、白狼族の捨て子。

1歳になるかならないかの頃、エル先生が切り盛りする孤児院の前に置かれていたそうです。

着ていた衣服に縫いつけられていた、『スノー』という名前は、

恐らく捨てた両親が縫い付けてくれた名前。

そして、わたしと同い年で捨てられた人種族の子。

名前をリュート。

最初、わたしはリュートくんのことを、そんなに好きではありませんでした。

リュートくんは不思議な子で、わたし達が3歳の頃、子供部屋で4歳のお姉さん達に遊んでもらっている時、彼は1人で勝手にエル先生の授業を受けていました。

後ろの席に座って教室にいる生徒の誰より静かに授業を受けるのです。

さらに彼は魔術に興味を持ち、魔術師基礎授業にも参加するようになりました。

しかしリュートくんには魔術師としての才能はありません。

既にエル先生はリュートくんにその事を断言していました。

その時、彼は『魔術師以外の道を探します』と言ったはずなのに、魔術の授業に参加していました。

エル先生曰く、自分に魔術師としての才能がないと分かっていても努力しようとする子がいるそうです。

特に男の子にその傾向は顕著だとか。

中には現実を受け止めきれない子も居て、危険な魔術道具に手を出して命を落とすこともある、とエル先生はよく言っていました。

リュートくんの気持ちは分かるけど、魔力値が低い人が魔術を使うのは大変危険です。

魔力とは精神・肉体維持に必要な魂の余剰力。

もし余剰力以上の魔力を消費すると最悪の場合、死んでしまいます。

ですが相手はまだ3歳。

言い聞かせてもまだ分からない年齢。

だからエル先生は追い出さず、授業に参加するのを黙認したのです。

しかし問題はすぐに起きました。

リュートくんは見よう見まねで魔術を使い出したのです。

魔術師の才能が無いリュートくんは、すぐに魔力を枯渇させ気絶。

エル先生が血相を変えて慌てて駆け寄りました。

子供部屋に寝かされたリュートくんが目を覚ましたので、わたしは彼に状況を話し聞かせ注意しました。

「だめでしょ、リュートくん先生にめいわくかけちゃ!」

「ごめん、ごめん。次は気を付けるよ」

リュートくんはまったく反省せず、また授業に参加するつもりです。

そして次の授業。

リュートくんはまた魔術を勝手に使い気絶。

今度は頭から血を流し、吐瀉物を喉に詰まらせて窒息寸前でした。

もし先生が気付いて駆けつけなければ、彼は死んでいたでしょう。

この事件を切っ掛けに温厚なエル先生も激怒。

リュートくんが魔術師基礎授業に参加するのを禁止しました。

授業参加を禁止した後、エル先生がウサギ耳を垂らしてわたしにリュートくんの様子を聞きに来るようになりました。

授業参加を禁止したせいで、リュートくんが変になっていないか、と。

たまに上から押さえつけると性格が暗くなったり、意欲が低下して、無気力になる子供がいるそうです。

先生は今回の件で彼がそうなっていないか、心配しているのです。

わたしが『いつもと変わらず元気です』と答えると、ほっとため息。

当時、エル先生がリュートくんについて悩んでいたのは、子供の自分でもすぐに分かりました。

今まで先生は多くの子供達の面倒をみてきたそうです。

たまに常識を逸脱した子もいましたが、リュートくんはその中でも飛び抜けてズレている。

悪い言葉で表せば『異常』だと……この時、先生は口を滑らせたように愚痴をわたしにこぼしました。

だから、わたしはその頃リュートくんが嫌いでした。

わたし達を拾って、無償で育ててくれているお母さんみたいなエル先生を困らせるリュートくん。

みんなの手を煩わせて、でも、気にせずまっすぐに突き進んでいくリュートくん。

そんな彼と同じ日に捨てられていた赤ん坊――というだけでリュートくんの世話係にされ、リュートくんの隣にいるわたし。

わたしは時折文句を言いながらも。

でも、いつまでもこの毎日は続いていくのだろうな、と思っていました。

▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼

わたしとリュートくん、4歳。

孤児院では4歳になると、子供部屋で2~3歳の子の面倒をみるのが仕事になります。

なのにリュートくんは仕事を一切せず、部屋の隅で寝ているだけでした。

わたしと一緒に子供達の面倒をみる4歳の女の子2人に、リュートくんに注意するようけしかけられます。

一番彼と仲が良い幼なじみのわたしが注意すべきだと、彼女たちは言うのです。

わたしはまたリュートくんの世話係を押し付けられたのに憤慨していました。

それ以上に、エル先生や孤児院のみんなに迷惑をかける彼に痛い目をみて欲しくて、つい意地悪をしてしまったのです。

「リュートくんもちゃんと下の子の面倒みなきゃダメでしょ」

「そうしたいのは山々なんだけど、みんなのあやし方が上手くてぼくの出番がなくてさ。だから邪魔にならないよう隅にでもいようかなっと思ったわけで……」

「だったら、スノー達のおままごとを手伝って。役が足りないの」

「おままごと?」

「遊んでくれないと、先生にリュートくんがお仕事さぼってたって言うから」

「別にサボってたわけじゃないんだけど……わかったよ。一緒に遊ぶよ」

先生の名前を出すと、彼は素直に従いました。

『エル先生言うことなら聞くんだ、ふーん』と、わたしは小さく呟きました。

「それでぼくはいったい何の役をやればいいの? お父さん、それとも夫とか?」

「リュートくんはね、ペットのピンクスライム役ね」

「それ本当に必要か……?」

リュートくんは驚きの表情で聞き返します。

わたしはペットの必要性を主張し、その日おままごとが終わるまでずっとペットの役をしてもらいました。

これで少しは反省して下の子達の面倒を見てくれると思ったら……

「ぼくが作ったゲームで誰か一人でも勝てたら、ペットの役をやってあげるよ」

リュートくんは行動をあらためてお手伝いするわけでもなく、『リバーシ』という自作ゲームと要求を突き付けてきたのです。

ここ数日、何かこそこそしていると思ったら、玩具を作っていたなんて……。

けど、このリバーシという玩具はルールがとても簡単で面白そう。

だから、わたし達はリュートくんの提案に乗ってしまったのです。

いくら自作した玩具とはいえば、こちらは3人。

誰か1人ぐらい勝てるだろうと安易な予想によって。

最初はわたしが挑戦しました。

序盤、リュートくんの黒コマを調子よく白に変えます。

彼はまるでわたしに黒コマを塗り潰させるようにコマを置きます。

それが罠だと気付かず、わたしはあまりの歯ごたえのなさに軽口を叩きました。

「リュートくん、自分で作ったゲームなのによわーい」

「はっはっはっ。スノー、ジョークを口にするならもっと面白いことを言わないと。足し算も引き算もまだできないスノーに、このぼくが知的遊戯で負けるとでも?」

上から目線の嫌味。

けど、盤面はほぼ白色で黒は少ししかない。

わたしはそれが負け惜しみだと判断しました。

「むぅー、やな感じ! だったらリュートくんが負けたら、金色マルマル役の他に、スノーの命令をひとつ聞いてもらうからね!」

「望むところだ。もしぼくが勝ったら犬耳と尻尾を思う存分モフモフさせろよ」

「犬耳じゃなくて、狼! スノーは白狼族なんだから!」

「はいはい、約束忘れるなよ」

リュートくんは軽く返事をしながら、一番端に黒コマを置きます。

(あれ?)

白の絨緞を斜めに切り裂くようにコマがひっくり返り、黒が一列を作りました。

わたしは事態の急展開に対応を模索しますが、端の色を変えようにも置く場所が無い!

(リュートくんは最初からこれを狙ってたんだ!)

狙いに遅まきながら気付くと、彼は獲物を罠にかけた猟師のような笑みを浮かべていました。

嫌な奴、嫌な奴、嫌な奴!

悔しくて逆転の手を狙いますが、端を押さえられ為す術もなく負けてしまいます。

「うぅぅうぅ……負けました」

「素直に負けを認めるとは潔し。でも、モフモフの件は忘れるなよ」

「わ、分かってるよ。……夜、寝る時に触らせてあげる」

「お、おう」

リュートくんは勝ち誇っていた顔を突然、赤く染めてそっぽを向きました。

顔が赤いので体調が悪いのかと心配になって、

「どうしたのリュートくん? 顔、赤いよ。風邪でも引いちゃった?」

「い、いやなんでもない。次の相手は誰だ」

『負けた相手にもう興味は無い』と言いたげな態度で、他の2人に向き直りました。

(むぅ~せっかく心配してあげたのに!)

わたしが頬を膨らませているのにも気付かず、彼は他の女の子と楽しそうにリバーシで遊びます。

(そりゃ意地悪ばっかりするわたしより、他の子と遊ぶ方が楽しいのはわかるけど。露骨すぎるよ!)

リュートくんはわたしが怒っているに気付かず、他の2人と話で盛り上がりながらリバーシを続けました。

(やっぱり、わたしはリュートくんが嫌い。大嫌い!)

結局、誰1人リュートくんに勝てませんでした。

わたし達はリバーシを借りて練習し、『打倒、リュートくん!』を決意します。

その日の夜、リュートくんは寝る前にわたしの耳と尻尾を撫でてきました。

数日後、『打倒、リュートくん!』はあっさり撤回。

どれだけ練習しても誰1人、彼を追い詰めることすらできなかったからです。

接戦なら希望が持てますが、まるで歯が立たないのでは仕方ありません。

だったら、実力が均衡しているわたし達で遊ぶほうが楽しい、という結論に落ち着いたのです。

リュートくんはそれで良かったようです。

わたし達が子供達の面倒を見終わりリバーシで遊んでいると、リュートくんは部屋の隅で目を瞑りジッと座り続けていました。

そしてお布団の片付けなど、リュートくんが力仕事を引き受けるようになったお陰で、他2人も文句を言わなくなりました。

▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼

わたしとリュートくん、5歳。

5歳になると読み書き、算数、歴史、一般常識の授業が始まります。

わたし達5、6歳の子供達は孤児院で一番大きなお部屋で机を並べて勉強しました。

でも、リュートくんだけは特別。

彼は3歳の時点で全てを学び終えているのです。

だから、エル先生の授業補佐にまわりました。

主な仕事は教材の準備だったり、騒ぐ子の注意、学習が遅れている子の面倒などをみることです。

その学習の遅れている子というのが……わたしです。

「左側のお皿にパンが5つ、右側のお皿にパンが12あります。では全部でいくつあるでしょうか?」

「え、えっと……」

指を折り曲げ計算。

「じゅ、15?」

「外れ、正解は17だ」

「うぅ~」

わたしは思わず机に突っ伏します。

読み書きや歴史、一般常識の勉強は得意だけど、どうしても計算が苦手なのです。

最初の足し算で躓いてしまいました。

同世代の子達はすでに引き算を学んでいるのに……。

今日もリュートくんは、わたしに教えてくれます。

彼は意地悪ばかりをしてきたわたしに、迷惑な顔ひとつせず根気よく付き合ってくれました。

計算を間違え落ち込めば優しく、労るように慰めてくれます。

「大丈夫、スノーがちゃんと計算できるまで付き合うから。それにスノーなら足し算ぐらいすぐにできるようになるよ」

「ほんとう?」

「もちろん。だから、あんまり落ち込むな。それじゃ次の問題、出すぞ。左側のお皿にパン3、右側のお皿にパンが5あります。では、全部でパンはいくつあるでしょうか?」

「えっと、えっとね……8!」

「正解! スノーは天才だな! 偉い偉い!」

「えへへへ」

簡単な計算ができただけで彼は自分のことのように喜び、褒めてくれました。

最初はエル先生に迷惑をかけ、自分勝手な子――と思っていましたが、最近は嫌いではなくなりました。

偏見のない目で彼を見られるようになって気付いたことがあります。

リュートくんは確かに頭が良い。

同時に好奇心や行動力が人一倍高いのだ、と。

下手に頭が良くて、好奇心旺盛で、行動力が無駄にあるから興味を持つと実行に移してしまうのでしょう。

わたし達のような子供はそんなに積極的に動けないが、彼はやってしまう。

だから周囲の人達から誤解されてしまうのです。

変な子供、おかしな子、子供らしくない――と。

たぶんリュートくんを分かってあげられるのは、世界でも幼なじみのわたししかいないでしょう。

『せめて、わたしぐらいは彼に優しくしてあげよう』と心に決めました。

自分にしか興味がないリュートくんはわたしの思いやりに気付かず、無邪気に算数の続きを始めます。

「それじゃ次の問題、出すぞ」

「うん! ちゃんと足し算できるように頑張る」

彼は嬉しそうに再びわたしの頭を撫でます。

その手の感触は……癖になってしまうほど気持ちよかったです。

▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼

『エル先生に迷惑をかけるリュートくんが嫌い』から、この時期『同じ親に捨てられた幼なじみ同士だから大切にしてあげよう』という傲慢な同情へと変化。

さらにリュートくんに対して幼い恋心を抱くのもこの時期でした。

きっかけは、わたしとリュートくんの2人で薪拾いに出かけようとした日――

▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼ ▼

「リュート君、ちょうどよかった。今、呼びに行くところだったの」

わたし達の背を先生が呼び止めます。

「どうしたんですか、エル先生」

「実はリュート君に会いたいという方がいらっしゃっていて。応接室に来てもらえるかしら?」

「まさか……僕を捨てた両親か、親戚筋が迎えに来たんですか?」

「……ッ」

エル先生は不意に頬をぶたれたような表情で押し黙りました。

わたしも先生の態度から、察しました。

リュートくんが一番会いたい人が迎えに来たわけではない、と。

先生は申し訳なさそうに口を開きます。

「リュート君のご両親や親類の人が来たわけじゃないの。ごめんなさいね、変な誤解を与える言い方をして」

「大丈夫です。僕もただ気になったから聞いただけですから。別に今更、両親に会いたいとも思ってませんし」

「…………」

わたしは思わず俯いてしまいます。

リュートくんの気丈な態度を見ていられなかったからです。

わたしとリュートくんは孤児院の前に捨てられた子供。

孤児なら誰でも、両親に会いたいはず。エル先生は度々そう言っていました。

なのに彼は堂々とした態度を崩さず、逆にエル先生に気を遣います。

その姿を前にある可能性がよぎり、わたしは立ち眩みを覚えました。

(……もしかして本当にお父さんやお母さんに会いたくないの?)

わたしは会いたい!

会ってどうしてわたしを捨てたのか理由を知りたい。

できるなら両親と一緒に暮らしたい。

なのに同じ境遇のはずの彼は『今更、両親に会いたくない』と断言。

それだけ自分を捨てた両親を恨んでいるの?

けど、そんな怨みを彼の口から聞いたこともなければ、思い当たるようなこともありません。

(自分を捨てたお父さんやお母さんに会いたいと思う方が変なの? わたしの方がおかしいの?)

考え出すと止まらず、頭の中がグルグルと回ってしまいます。

「――スノーちゃんは他の子のお手伝いをしてもらえるかな?」

「わかりました、先生」

エル先生の言葉に返事をして、わたしは部屋の掃除をしている子達の元へ向かいました。

リュートくんが誰に呼ばれたのか知ろうともせず、ただ自分のことだけを考え続けたのです。

その日の夜。

エル先生すら寝てしまった深夜、男子部屋に無断で侵入。

孤児院の規則で男女が夜、互いの部屋に行くのは禁止されています。

もっとも重い罪のひとつで違反した場合、1日ご飯抜きです。

けれど危険を犯してでもリュートくんに尋ねなければいけない。わたしはそう思いました。

暗い男子部屋でリュートくんを探します。

幸い自分は白狼族で人種族より夜目が利きます。

すぐに眠るリュートくんを発見しました。

(リュートくん、リュートくん)

「ふがぁ」

声をかけても起きないため頬を叩いたり、強めに肩を揺さぶります。

何度目かの声がけ、揺さぶりなどでリュートくんはようやく目を覚まします。

「ん……がぁ!?」

(しぃー! 大きな声出さないで。みんな起きちゃうでしょ)

びっくりして慌てて彼の口元を押さえました。

リュートくんは最初は状況が掴めていないらしく目を白黒させ、それから数秒経って、何かを決意するように眉根を寄せました。

わたしは完全に意識を取り戻した彼に、顔をさらに近づけ確認します。

(うるさくしたらみんな起きちゃうから静かにしてね。分かった?)

(コクコク)

リュートくんが頷くのを見て、ゆっくり口元から手を離します。

(あのなスノー、オマエの気持ちは――)

(しぃー! ここでお話ししたらみんな起きちゃうでしょ。付いて来て)

わたしはリュートくんを布団から引っ張り出して、男子部屋から連れ出しました。

わたし達が向かった場所は食堂の窓の下。

ここなら窓から星明かりが差し、彼の細かな表情が読み取れます。

昼間は暖かいけど、夜は少しだけ肌寒く感じます。

互いに暖を取るようにわたし達は肩を寄せ合いました。

小声で話し合っても聞き取りやすいというメリットもあります。

リュートくんがやや怒った声音で尋ねてきました。目が真剣です。

「それで、どうしてルールを破ってまでこんな所に連れてきたんだ」

「……うん、あのねどうしてもリュートくんに聞きたいことがあって」

確かに深夜、寝ていたところを無理矢理起こして連れ出したのは悪いと思いますが、そんな怖い顔をしなくてもいいのに……。

けど、怖がっていてもしかたありません。

わたしは彼を連れ出した理由を説明しました。

「あのね、リュートくんはお母さんやお父さんに会いたいと思う?」

「……え?」

「だから、リュートくんは自分を捨てたお母さんやお父さんに会いたいと思う?」

彼は毒気を抜かれたような表情で聞き返してきます。

「どうしてスノーはそんなことを訊くんだ?」

「……今日、先生にリュートくんは『別に今更、会いたいと思っていない』って言ったでしょ? スノーはお父さんとお母さんに会いたいよ。会って、どうしてスノーを捨てちゃったのか聞きたい。お父さんとお母さんと一緒に暮らしたい……そう思うスノーは変なの?」

リュートくんは黙って話を聞いてくれました。

そして体育座りから、膝を開き胡座をかきます。

「スノーちょっとこっちに来て」

「どうして?」

「いいから」

やや強引に膝へ座らされて。

リュートくんはわたしの頭を優しく抱き寄せ、わたしの耳を彼の胸へと当てるようにします。

「心臓の音、聞こえる?」

「……うん、聞こえる。とくん、とくん、とくんって」

「人は心臓の音を聞くと安心するんだ。赤ちゃんの時にお母さんの心臓音を聞いて育つからだって」

奇しくも、わたしは胎児のように体を丸めています。

目をつぶり、そのまま体をリュートくんに預けます。

「スノーが両親に会いたいって思うのは変じゃないよ。だから、気にする必要はない」

「ほんとう?」

「ああ、本当だ。僕が両親に会いたいと思わないのは、探す手段がないからだ」

リュートくんは自身より年下に聞かせるような口調で話し出します。

「唯一、手がかりがあるとしたら右肩の背にある星型の痣だけど、まさかこれから会う人全員に見せて聞くわけにもいかないからな。それに僕には魔術師としての才能はない。だから捨てた両親が引き取りに戻ってくるとは考え辛い。だから、僕が生きているうちに両親と再会することはないと割り切ってたんだ」

リュートくんの言葉にわたしは息を飲みます。

「でも、スノーは違う。僕と違って、スノーには魔術師としての才能がある。それに白狼族は北大陸の雪山に住む少数種族。北へ行けば何か手がかりがあるかもしれない。なのに『今更、両親と会いたいとは思っていない』なんて無神経に言っちゃってごめんな」

彼は心底申し訳なさそうに謝罪します。

でも、わたしは判っていました。謝るのは自分の方だと。

わたしは北大陸の白狼族と呼ばれる少数種族の捨て子です。

白狼族の町か、村に行けば両親が都合良くいるかもしれません。

少なくとも重要な手がかりはきっとあるはずです。

しかも自分には、魔術師としての才能があります。

Bマイナス級以上の魔術師になれば働き口には困らず、金銭にも苦労しません。

反対にリュートくんは手がかりは少なく、魔術師としての才能もない。

10歳になって孤児院を卒業して働きに出たら生きていくだけで一苦労でしょう。

リュートくんは両親に会いたくないわけではないのです。

自分の現状から両親との再会が不可能に近いのを理解し、諦めているのです。

なのにわたしは身勝手な不安から、彼の折り合いをつけた心の傷を掘り返させてしまった。

自分の愚かさに胸が詰まりそうになります。

「……スノーの方こそごめんね。リュートくんの気持ちも考えずに無神経なこと訊いちゃって」

「スノーが謝る必要はないよ。僕が悪いんだから」

わたしが悪いのに、彼は気を遣い笑って許してくれました。

「だったらスノーとリュートくん、どっちも悪いんだよ。おあいこだね」

「そうだな。おあいこかもな」

「お詫びにリュートくんにだけ、スノーの夢を教えてあげる」

エル先生にも話してない、密かに抱いていた、わたしの夢。

「スノーはね。大きくなったら魔術師になるの。そして、お父さんとお母さんを捜しに北大陸に行くんだ。二人を見付けたら、どうしてスノーを捨てたのか訊くの。もし仲直りできたら、仲直りして一緒のお家に三人で住むんだ。これがスノーの夢」

「いい夢だな。スノーなら絶対に叶えられるよ」

リュートくんは一呼吸おいて、

「……でももし見付からなくても、両親と仲直りできなくてもスノーには僕がいるし、エル先生や孤児院のみんながいる。それだけは忘れないでくれ」

「……うん、ありがとうリュートくん」

最後まで心配をしてくれる彼に涙が出そうになります。

リュートくんの心臓音と自分のが重なりひとつになるような、そんな感覚を感じ、胸の奥が暖かくなります。

「もうちょっとだけリュートくんの胸の音聞いててもいい?」

「ああ、好きなだけ聞くといいよ」

わたしは腕に力をこめて耳を押し当てます。

リュートくんは苦笑を漏らし、父親か兄のように頭を優しく撫でてくれます。

四肢から一切の力が抜け、心の芯から彼に甘えてしまいます。

この時、胸に小さな光が灯るのに、わたしは気づいたのです。

(大きくなって立派な魔術師になったら、リュートくんを連れてお父さんとお母さんを捜す旅に出よう。そしてお父さんとお母さんを見付けたら、エル先生のように孤児院を作ろう。そこでみんな一緒に暮らして、わたしがエル先生みたいに切り盛りして、リュートくんは子供達に読み書きや算数を教えて……みんな仲良くずっと暮らせたら、素敵だな)

わたしはリュートくんの温かな腕の中、新たな夢を想い描きます。

大人や他の子供達に理解してもらえない幼なじみの面倒を、自分が見てあげようと不相応に思ってしまったのです。

――胸から耳を離し、それぞれの部屋にわたしたちは戻ります。

リュートくんが別れ際に尋ねてきました。

「どうせなら今夜は一緒に寝てあげようか?」

「リュートくんのエッチ――っ」

もう男の子はすぐエッチなことを言うんだから!

せっかくいい雰囲気だったのに――とわたしは女子部屋に戻りながらぷんぷん怒ってしまいます。

「……でも、ちょっと残念だったかな?」

頬がカッと熱くなり、尻尾が知らずにぶんぶん揺れます。

わたしは皆に気付かれないよう、急いで自分の布団へと潜り込みました。

リュートくんがリバーシや他玩具の権利を商人さんに売って、莫大な資金を稼いだのを知ったのは翌日のことでした。