作品タイトル不明
第38話 白鳩屋の店番
レイベルナは、三枚の添え状を机の上へ並べ直した。
どれも茶会後の片付けで、王宮の外へ物を運び出すための書類に添えられていたもの。
一枚目は、菓子箱と配達袋を返すための書類。
二枚目は、円卓用の布と日除け布を洗濯へ出すための書類。
三枚目は、庭の清掃後に出た紙類を処分へ回すための書類。
持ち出す物は、それぞれ違う。
担当する業者も違う。
けれど、添え状だけは同じものだった。
「トマスさん。この三件は最初から同じ場所で用意されたものですか?」
「いえ、そこまではまだ分かりません」
トマスは丸いパンを握ったまま、慎重に首を振った。
「ただ、一件目と二件目については、すでに提出者に確認しました。どちらも外門近くの白鳩屋で、王宮提出向けの封筒を買ったそうです。その時に、この添え状が入った封筒セットを勧められた、と」
「白鳩屋……」
その名前を聞いた瞬間、財務卿の猫が耳を動かした。
ラウルがすっと干し肉を胸元へ寄せる。
「猫さん、鳩って遊び相手じゃないっすよ」
「ラウルさん、それは鳩にも猫にも失礼です」
財務卿は猫の頭を撫でた。
「猫は名前に反応しただけですぞ。今のところは」
「今のところですか」
セドリックが淡々と言った。
リゼット副官が話を戻す。
「白鳩屋は王宮へ書類を出す商人や使用人がよく使う店です。封筒や便箋、文房具などを扱っているお店です。店主が添え状作成に対するアドバイスなどもしているとのことです」
「それでは、怪しいお店ではないのですね」
「はい。むしろ外部の者にとっては助かる店のようです。王宮へ出す書類は、見た目や言い回しを間違えると、そもそも受け付けられないことがありますから」
レイベルナは小さく頷いた。
白鳩屋の名が出たからといって、黒幕とは限らない。
ただ、王宮へ書類を出す者がよく立ち寄る店なら、危うい添え状を紛れ込ませるには都合がよかったのかもしれない。
「白鳩屋が黒幕、というより……」
「添え状を混ぜるための通り道にされた可能性はありますわね」
レイベルナの言葉に、財務卿が猫を抱き直した。
「悪い荷物が通ろうとしたのなら、誰がそれを企てたのか、見ねばなりません」
トマスはパンを握ったまま、こくこくと頷いた。
「一件目と二件目は、白鳩屋で添え状付きの封筒を買ったという聞き取りの控えがあります。でも三件目は違います。清掃業者の書類に付いていましたし、白鳩屋の名前も控えもありません」
「けれど、同じ添え状が付いていますわね」
レイベルナは三枚の添え状も見比べてみる。
白鳩屋以外も関わっているのだろうか。
ここにある添え状は、どれも命令的な文書ではない。
黒い紙と狙いが似ている気がする。
読む者に「いつもの後処理だ」と思わせて、自分の意思で次へ回させる。
「白鳩屋の主人を呼ぶには、まだ広すぎますわ」
「はい。店全体の責任とは言い切れません」
「ですが、この添え状付きの封筒を実際に申請業者に売った店員なら、その封筒を扱った責任がありますわ。どの品を、誰に渡したのかは説明できるはずです」
セドリックが静かに言った。
「そこから責任の糸を辿って先へ進めますか」
「次の糸口を見つけられるのなら、さらに追い詰めることができるかもしれません」
レイベルナは銀の鈴へ指を添えた。
ここで呼ぶのは、犯人ではない。
白鳩屋の主人でもない。
封筒と添え状を業者へ渡した者。
業者側の聞き取りもある。
白鳩屋で買ったという記録もある。
さらに、菓子屋と布屋が持っていた白鳩屋の控えには、担当した店番の印も押されている。
この場で説明を求めるだけの責任が結びついていた。
レイベルナは短く息を吸った。
「では、確認しましょう」
鈴を掲げる。
――チリン。
綺麗な銀の音が監査室に落ちた。
次の瞬間、机の横に若い男が現れた。
上半身は裸だった。
下は辛うじて履いている。
髪から水が滴り、片手には濡れたシャツ、もう片方の手には小さな水桶。
肩には本物の白い鳩が一羽とまっていた。
鳩も濡れていた。
「ポポ、動くな。水が飛ぶぞ」
すでにかなり飛んでいた。
監査室の床に、ぽたぽたと水滴が落ちた。
ラウルが無言で干し肉を胸元へ避難させた。
男は水桶を抱えたまま、ゆっくりと周囲を見回す。
「……あれ。ここ、噴水の裏では……ない?」
「見れば分かりますわ」
レイベルナは一拍置いてから、できるだけ落ち着いた声で言った。
「まず、服を着てくださいませ」
「え、あ、す、すみません。人がいなかったので、ポポの水浴びついでに、少しだけ自分も……」
「説明はあとで結構です。服を先に」
財務卿が猫を抱いたまま、しみじみと頷いた。
「呼ばれたくない場面としては、かなり上位ですな」
「財務卿、感想を述べている場合ではありません」
セドリックが低く言う。
「財務卿。それよりも猫を押さえてください」
「猫は無罪ですぞ。どうやら遊びたいだけのようですな」
「遊び相手にされた側は、かなり困ると思います」
鳩は男の肩から、頭の上へ移動した。
少しでも高い場所へ逃げたらしい。
「ポポ、そこで落ち着かないでくれ。水が顔に落ちる」
だが、遅かった。
水がさらに飛んでラウルの干し肉についた。
「待ってくださいっす!」
レイベルナは濡れた若い男を見た。
「⋯⋯あなたが白鳩屋の方ですね」
若い男は濡れたシャツを胸元に押し当てながら青ざめた。
「は、はい。白鳩屋の店番兼配達係、ニノと申します。あの、鳩のことも一緒に説明した方がいいですか?」
「鳩には今のところ説明責任はありません」
鳩がぽっぽと鳴いた。
財務卿の猫がみゃあと鳴いた。
ラウルが干し肉を抱え直した。
「俺の昼飯だけ、濡れる理由がないっすね」
「それならこの監査室の床もです」
レイベルナはニノに向き直った。
「まずこの二件の添え状についてお話を伺いますわ」