軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

309

「……それで、何があった?」

アルクゥラへの道中。

いつも以上にガタガタと揺れる馬車の中、質量を持っているかのように重苦しい空気に耐えかねてジグが口を開いた。

本来このような仲裁の真似事は自分の役割ではなく、これが冒険者同士の諍いであればジグも深くは問わずに実害がないなら放置していた。

だが今回はそうもいかない。二人が自分の関係者であることと、それ以上に彼女たちの不仲を放置するのは非常に危険だった。

「「……」」

ジグの両脇に座る魔女二人は無言のまま互いを同時に指差す。

そっぽを向いたままむくれている二人の顔には立派な青痣が出来ていた。

「……はぁ」

本日何度目か分からない深いため息がこぼれた。

状況から察するに、どうやら街の散策中に口論となり喧嘩へ発展したらしい。”喧嘩するほど仲がいい”とは言うものの、この二人には当て嵌まるかどうかは疑問だ。

平手やひっかきなどではなく拳での殴り合いを選んだのは誰に影響を受けたのだか。

お互い気に食わない者同士の争いだが、それでも彼女たちはジグの言いつけを守り魔術を使用しなかった。シアーシャはもちろん、シャナイアにも一般人に手を出すなと口酸っぱく言いつけていたのが功を奏したようだ。

「せめてもう少し抑えろ。馬が怯える」

一層乗り心地の悪くなった馬車に辟易してしまう。

馬車がやたらと揺れるのは道のせいだけではない。不機嫌丸出しな二人を乗せることを嫌がった馬を宥めるのにはそれなりの時を必要とした。魔獣との戦闘でも逃げ出さないような、向こうでいう軍馬のような躾をされているはずなのだが。

「「……」」

しかし返って来るのは抗議の視線と肘鉄だけだった。

一見すると年頃の女二人に挟まれて困り果てたジグを見て、正面に座るイサナが揶揄うように笑った。

「あなたも大変ね」

「……」

無自覚な追い撃ちの言葉がジグの肩に重くのしかかる。

もはや”どの口で”と突っ込む気力すらなくなったジグは心を無にし、アルクゥラへの旅路が早く終わってくれと祈るばかりであった。

アルクゥラはそこまで遠いわけではないが、一日で着けるほど近くもない。

特に直線距離はあまりなくとも、山岳地帯なので掛かる時間は予測しづらい。斜面と寒暖差が大きく余計に体力を消耗するため、調達が容易でない馬を休ませるのは必須だ。

夜営時の見張りは必ずジグかイサナがやることにしている。

ジグの夜目とイサナの耳。二人の単純な感覚の鋭さもあるが、やはり咄嗟の対応には詠唱の不要な剣士が適任だ。一つしかない口では仲間に危険を伝えるのと魔術を詠唱するのを同時にはできない。

ぱちぱちと音を立てて燃える焚火。揺れる炎が彫りの深い顔に陰を落としている。

防寒のために外套を纏ってはいるが、耳が隠れて微かな音を聞き逃すのを嫌って頭は出したままだ。

双刃剣は置かず、抱えるように右肩に立てかけている。いつでも戦えるように備えているのは彼が見張りだからというのもあるが、実際は長い戦場暮らしで培われた癖のようなものだ。

「魔具とは便利なものだな」

ジグに限らず兵とは手先が冷えることを極端に嫌う。手指が満足に動かなければ十全に剣を振るえず、実力を発揮できねば雑兵にすら負けうるからだ。なので夜営時には手を冷やさないよう焚火へ手を翳しているのだが……もうその必要はない。

”私の護衛がいつでも万全でいられるように”と贈られた特注の魔具は、冷たい夜でも柔らかな温もりで腕を包んでくれている。

「……」

そのありがたみに感謝して焚火へ枝を放り込んでいると背後から気配がした。

だがジグは警戒して腰を浮かせるどころか武器へ手を伸ばすことすらしない。

「眠れないのか」

振り返っての確認も、誰何の声すら必要ない。

もはや慣れ親しんだ異質な気配は、彼女だけが持ちえる無二のものだ。

同じ魔女でも微妙な差があるのに気づいたのは最近だ。二人の魔女と身近に接していることでいつの間にかその差を感じ取れるようになってきた。

「……ちょっとだけ」

夜の闇から溶け出るように現れたシアーシャは、どこか嬉しそうに微笑する。

普段のやる気や好奇心に満ちた明るさとはどこか違う、二人でいる時にしか見せない顔をしていた。

ジグは横目で彼女の方を見ると、隣をぽんぽんと叩いて促す。

「山の夜は冷える。火に当たれ」

「あ……はいっ」

向かいに座ろうとしていたシアーシャは足を弾ませてさっと隣に来ると、魔術で土の椅子を作ってちょこんと腰かける。双刃剣を置いたのとは逆側に座っていざという時に邪魔にならない位置を取る辺り、彼女もジグという人間のことをよく理解している。

「ぬくい……」

シアーシャは掌を火に向けて暖を取ると目を細めた。

回復術で治したのか、火に照らされる横顔にもう青痣は見当たらない。頬に手を伸ばして腫れていないか調べながら、昼間のいがみ合いを思い出して尋ねる。

「そんなに嫌いか?」

「むかつきます」

瞬時に目つきだけをムッとさせての即答だった。

しかしシアーシャはその後、眉間の皺を解いて首を傾げる。

「でも、うーん……」

何に悩んでいるのか、唸り始める。ジグは急かしたりすぐに答えを提示せず、ゆっくりと彼女の答えを待った。

手慰みにシアーシャの頬を摘まんだり伸ばしたりしてみる。完全に治った頬は弾力と張りがありながらも柔らかく、引っ張るとパン生地のようによく伸びる。

「なんれふかー!」

邪魔するなと間抜けな抗議の声に手を放す。頬肉がぺちんと音を鳴らして戻った。

シアーシャが頬を擦りつつ非難の眼差しを向けてくる。

どうどうと手で宥め、何に彼女が悩んでいたかの手掛かりを与えてやる。

「ただ敵を憎むのとは違う、か?」

「……そうです」

彼女は憮然としながらも頷いた。

何が分からないのか分からない、そんな感覚にわずかな苛立ちと困惑を抱えていた。

「初対面は間違いなく嫌いでした。いえ今も嫌いは嫌いなんですけど、そういうんじゃないって言うか……蚊が蠅になった、みたいな?」

「……斬新な例えだ」

いや、だが存外に的を射ているのかもしれない。

恐らく彼女にとってシャナイアは、危害を及ぼす害虫から不快だが許容できなくもない羽虫へ変わった。それが同情からか、憐みからかなのは不明だが。

シアーシャは初めて同類と殺し合いではなく喧嘩をした。

争いは同じ程度の者同士でしか発生しないとはよく聞く言葉だが……それこそが、彼女の感じていた違和感なのだろう。対等な相手との遠慮のない喧嘩に、何かしら感じることがあったのかもしれない。

「それも経験だ」

「はぁ……へぷちっ」

曖昧な返事を遮ったのは小さなくしゃみと鼻を啜る音。

焚火は手っ取り早く暖を取れるがいかんせん場所が偏る。体の前面は良いが、温度差で背筋が余計に寒く感じる。外套などで補わなければ寒冷地帯ではやっていけない。

「あうぅー」

「やれやれ……」

ジグは呆れたように笑いながら、 洟垂(はなた) れ魔女を自身の外套に入れてやる。

彼女は体の熱と焚火で温められた外套を気に入ったようで、蓑虫のようにくるまって身を寄せてきた。 腕炉(わんろ) が暖かいのか、片腕を抱き込んでいる。

彼女は目から上だけを覗かせて、鼻をスンスンとさせた。

「ジグさんの匂いがする」

「……臭いか? 血は落としたんだがな」

比較的新しい外套なのでそこまで血は浴びていないはずだが……臭かったのかもしれない。

なにか代わりになる物がないかと視線を彷徨わせていると、シアーシャはクスクスと声を押し殺して笑った。

「そういうんじゃないですよ」

「……つまり?」

「分かりませんか?」

「まったく」

「ダメですねージグさんは」

「……?」

夜は更けていく。

月が満ち欠けるように、ゆっくりと。