軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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「私たちが生まれる前、もう三十年以上も前のことだけど……当時のラクシャナは今ほど明確に勢力差が出ていなくてね。群雄割拠の時代だったの」

ジグが黙していると、イサナが断りもなくラクシャナの当時を語り始めた。

こうなってしまっては今更止めても彼女の精神が不安定になるだけだ。一応は頼れる戦力である以上、これも仕事の内か。和を以て貴しとなす……とまで言うつもりはないが、ある程度の円滑な人間関係を維持するのは必要だ。

諦めの境地に至ったジグは手近な椅子に腰かけ、聞く姿勢を取ることで先を促す。

なんだかんだ言いつつも結局話を聞いてくれるジグへ、イサナは組んでいた足を戻して小さく頭を下げる。最初からその謙虚さを見せていれば、こちらも多少は対応が変わるというのに。

「どこの部族も皆一様に腕を磨いていて、名のある武人も多かった」

膝に手を置いて穏やかな口ぶりでいる彼女は、外見と相まってとても厳かな空気を醸し出している。

「中でもアルクゥラは二大名家がいてね。タギリとジィン……この両家は一際優れた名門だった」

「それがお前たちジィンスゥ・ヤか。名が変わっているのは?」

「スゥ・ヤには私たちの古い言葉で……捨てられたとか、流浪のって意味がある」

曖昧な表情で誤魔化すように笑うイサナ。

故郷を追い出され、流浪の身になりながらも、自分たちの家名を捨てられないいじましさ……過去の栄光をよすがとしてしまう心の弱さを自嘲してのことだろうか。

普段の彼女らしくない、どこか言い訳がましい物言いにはそんな感情が見え隠れした。

「大抵は内部でどちらが一番かを争って潰し合いになっちゃうんだけど、この両家は当主がとても理性的だったから奇跡的に連携を取ることができた。互いの弱点を補うように腕を磨き、知識を共有し、他の部族との戦いに活かした」

なるほど、アルクゥラが他の部族よりも大きくなれたのにはそういう背景があるのか。

しかしその片割れであるジィンがジィンスゥ・ヤとなった。それはつまり、両家の蜜月が終わったことを意味している。

「状況が変わったのはそれから十年後。アルクゥラが徐々に大きくなっていって、他の部族より明確に上だと認識されるようになった頃……両家の当主が代替わりをした」

イサナはそこで初めて憎々し気に表情を歪めた。

話すのも忌々しいとばかりに口の端を噛みしめながら、膝に置いた両の拳を握り締めている。

「先代が優秀だと跡取りは馬鹿になるって言うけど、アレは本当ね。当主同士がくだらない見栄の張り合いの毎日で、両家の仲は見る影もないほどに悪化していった」

自分たちが他の部族よりも大きくなったが故の慢心だろうか。

彼らは外に力を示すのではなく、内からの評価を重要視していたようだ。

より楽な道へ。苦労して鎬を削った果てに得られる結果ではなく、目立った形で他者からの承認が得られる方へ。

「当時の私は幼かったから、詳細な事情までは分からない。気づいたら私たちは……ジィンの一族の居場所はなくなっていた」

「負けたから追い出されたと言っていたな」

「そうね。でも具体的に何を賭けて、どんな勝負をしたのかは知らないの。当時六歳よ?」

彼女の話を聞いて合点がいった。元は名門だったという彼らが追い出され、他の街で厄介者扱いされるのは相当に堪えたことだろう。部族全体に漂う厭世的・閉塞的な空気はそのせいか。

「……」

それにしても、とイサナを見やる。

勝ち気で面倒で、歳の割に情緒がいまいち育っていない厄介な奴だとは思っていたが……六歳か。多感な時期だろうに、故郷を追い出されたことを考慮すれば随分と真っすぐ育ったものだ。

やたらと神童だ天才だと持て囃されているのも、あるいはお家再興を夢想する者たちが一方的に期待の目を向けているのかもしれない。

だとすればそんな行き詰った環境で彼女を育てたという族長と、武の手解きをした師範代がどれだけ人格者であったかが窺えるというもの。彼ら無くして今のイサナはあり得ない。

「ご老体は当時のことをなんと?」

「おじ……族長に聞いたけど教えてくれなかった。なんだっけかな……”過去に囚われるよりも今を生きるのじゃ”だってさ」

あまり期待を込めずに聞いてみたが、やはりか。

下らんお家騒動と過ぎ去った栄光に縋る年寄りの無責任な期待。過去の負債を若い世代には決して負わせまいとしているのだろう。

能天気に腕試しだなんだと騒ぐイサナを見るに、年寄り連中には相当厳しく口止めしていると見える。

「やはり、大した御方だ」

「? 普段は煙草好きなオジサンよ?」

「……本当に、苦労が偲ばれるな」

いや……あるいは今のイサナこそが、ご老体が必死に守ろうとした宝なのかもしれない。

であるならば、余所者である自分が口を挟むことではない。

やはり高齢者とは敬うべきだ。何食わぬ顔で成した偉業を吹聴するでもなく、自らを 礎(いしずえ) とすることを厭わぬ人生の先達。壊すだけの自分とは比べようもない。

「イサナよ、もう少し自分を大切にしろ」

「えっ、何よ急に。惚れた?」

「…………はぁぁ」

それからしばらく。

一頻(ひとしき) り話を聞いてもらったことで不安や悩みを解消できたのか、イサナは満足気に部屋を去って行った。一族の達人としての立場も、二等級冒険者としての威厳も、何も考えずにただただ自分の不安と不満をぶちまけることができれば、それは気分もすっきりすることだろう。

「……次は、金を取ろう」

後に残るのは、一方的に話され気疲れしたジグだけであった。

ラーマは玄関口というだけあってラクシャナの中では比較的栄えている。

しかしそれもハリアンに比べるとやや大人しいと言わざるを得ない。もっとも、大陸の中央から逸れていながら転移石板と冒険業が盛んなハリアンと比べるのが間違っているのだが。

「ちょっと大人しめですかね?」

街を歩くシアーシャが繁華街を見てぽつりと呟く。

立ち並ぶ露店の数や街を行く人たちの活気。彼女にとってはハリアンが基準なのでどうしても見劣りする。

「そうかねぇ。こんなもんだよ。売り物に血がついてないだけ上等じゃないか」

これまた基準がストリゴであるシャナイアは”世間知らずめ”と言わんばかりの口調だ。

「あ、ちょっと。あんまり大きな声出しちゃ駄目ですよ。耳が良いんですから」

過去に長耳の冒険者から絡まれた過去を思い出してシアーシャが口を挟む。

それでなくとも特徴的な二人だ、盗み聞きには注意するようにジグから伝えられていた。

「こっちは見たことない物が多いですね。あの変な形……木細工ですかね?」

「あの干した果実、いい匂いがする……気になるねぇ」

彼女たちはあれこれ言いつつも、物珍しいのかきょろきょろと田舎者丸出しで歩いていく。

共に買い物に出かけているように見えるが、シアーシャとシャナイアは決して仲良しという訳ではない。

そもそも同類嫌悪が常なのが魔女という生き物。

同じ空間に存在することだけは許容しているものの、普段からあまり露骨に干渉しあうのは避けている。話すときも基本的に直接目を合わせず、壁に語り掛けるように声を発する。

まるでそうしていないと殺し合いでも始まってしまうかのような、野生の生物らしい振る舞いをしているのだ。

例外はジグを介した時だけであり、彼を仲介した場合に限り顔を合わせて話すことができる。

今回も本当は別々に行くつもりだったのだが、出がけにジグから一人だけで出歩くのは控えるように言われてしまったのだ。他の冒険者たちは仕事の準備をしているので、仕方なしに二人で来ている。

外出を止めてもよかったのにあえてこうしているのは、嫌な相手と居なくてはならないことを加味しても興味の方が勝ったからだ。

魔女が揃いも揃ってきちんと言いつけを守っている姿は天変地異にも似た異常な光景であった。しかし誰一人として、その異常を認識できる者はない。

軒先に吊るされた干し果実へ熱い視線を注ぐシャナイアへ、シアーシャがジト目になる。

「それよりあなた、お金はあるんですか? 言っておきますけど盗みは駄目ですよ。常識です」

「へへーん、ジグ君からお小遣い貰ってるもんねぇ……おんやぁ? お前もしかして自腹ぁ?」

貢いでもらったことを誇るシャナイアが挑発する。自分の方が優先順位が上だと。

「あぁーぁあー。なんか悪いねぇ……ボクだけ! お小遣い貰っちゃってぇ。可愛くってごめんねぇ?」

しかしシアーシャは鼻で笑うと、可哀そうなものを見る目で口元を押さえて眉をハの字に。声に憐憫をたっぷり混ぜ合わせるのも忘れない。

「憐れですね…… 施(ほどこ) すだけの愛玩動物としか見て貰えていないのに気づけないとは」

「……なんだってぇ?」

挑発に挑発で返されたシャナイアの目が剣呑さを帯びる。

余裕ぶった態度の彼女だが、その強さ故に元来魔女とは挑発に弱い。人の世で生きていく道を選び、善悪様々な他者と関わることの増えたシアーシャとでは耐性に差があった。

「与えられるばかりで、一生対等にはなれない勘違いした年増雌の行く末なんて……ああ恐ろしい」

ぴきりと、音が聞こえた。

怒りの糸が切れる比喩的な音ではなく、発せられる魔力により周囲の街灯が破損した音だ。

ジグの与り知らぬところで、第三次魔女大戦が開かれようとしていた。