作品タイトル不明
307
「で、それを受けたと?」
食事を終えた冒険者たちはその後、改めて別室に集められていた。
会食中にクホウとの間で進められた話を要約して説明をされた冒険者たちが難しい顔で黙っている中、ノートンが代表して尋ねる。
「魔獣の件も捨て置けませんが、本命を探るのにも都合がいいですから」
ちなみにこの部屋にはアオイが持ち込んだ防音の魔具が使用されている。
ギルドで使われている物より高価な特注品だが、彼らの長耳にどれほど通用するかが不明だ。そのためイサナに協力してもらい有効範囲を検証した結果、両隣の部屋と廊下に見張りを立てておけばまず盗み聞きは不可能とのお墨付きがでた。
顎を擦ったノートンが腕を組んで唸る。
「渡りに船、か。いいように使われている気がしないでもないけど……」
「そのくらいは許容するべきでしょう。こうして拠点を提供してもらっているのですから」
「確かにね。個人的にも、未知の魔獣には興味もある」
笑みに挑戦的な色を隠しもしないノートンたちとそれに無言で同調するアラン。
シアーシャは彼らとは少し種類の違う期待を湛えており、不安を抱えているような者は一人もいなかった。
「……」
その状況が気がかりなジグとベイツたちの視線が交差し、同時に肩を竦める。
少なくとも全員が勇み足でないのが救いか。
「しかしあの魔獣……見たことがない種類だったな。ラクシャナの固有種かい?」
「いいえ。見たことないわ」
先の戦いを思い起こしたノートンが出身者であるイサナに視線を向けると、彼女は首を振って否定する。
「クホウ殿も見た記憶はないとのことです。新種……というには随分攻撃的でしたけれど」
アオイの追加説明に冒険者たちは一様に不可解そうな顔をした。
ラクシャナには冒険者ギルドがなく、魔獣への造詣が深くない。森の奥深くや地中で過ごすような大人しい魔獣であれば新種がいたとしても不思議はないのだが……あれだけ攻撃的であれば今まで姿を現さずにいたというのは少々不自然だ。森で餌が取れなくなって人里に降りてくるのだとしても、もう少し段階を踏む。突然群れで襲ってくるなど聞いたことがない。
「そういや名前は?」
「 霧食(きりは) みの 馴鹿(じゅんろく) とのことです」
「なげぇな……霧鹿でよくね?」
それまでずっと聞くだけだったジグが口を開く。
「この件に祖先の技術とやらが絡んでいると思うか?」
その一言に皆の顔が険しくなった。
未曽有の準一等級脅威とまでギルドが定め、それに相応しい戦力までかき集めた事実が場の空気を重くする。全員の視線が集まる中、アオイは淡々と告げる。
「断言するには情報が少ないですが……その可能性は少し高まりました。だからこそ早く動くのです」
彼女は言葉ではなく、視線で語り掛けた。
”それがお前たちの仕事だ”と。
「冒険者を三班に分けます」
アオイがラクシャナの簡易地図を広げた。
仮にも余所者に重要な情報たる地図を渡すとは。魔獣の被害にラーマが相当苦心していることが透けて見える。
彼女は地図の南端、山岳地帯の入り口を差した。
「ラクシャナの勢力は大きく分けて五つ。一つはここ、玄関口たるラーマ」
次に中央。
「中央には最も大きいアルクゥラ……書状にあったタギリ家とはここの名家です」
ジグの視界の端、右手を胸元に突っ込んで壁に寄り掛かるイサナが小さく反応する。
無表情を装っているし実際表に出てはいないが、耳が反応していないか左手を動かしているのが分かり易い。
アオイは続けて東、西、北と次々に。
「東のシシラ、西のササイリ、北のイルジゥラ。他にも有象無象はありますが、大きく分けるとこの五勢力となります」
五勢力を多いと捉えるかは難しいところだ。
戦争のように反乱分子を始末するわけにもいかない以上、常に内紛の危険性を抱えているようなもの。半端に大きくなってしまえば漁夫の利を恐れ、動き辛くなってしまう。
「班分けを伝えます。敬称略ですので、あしからず」
追加でそう説明したうえで、改めて地図へ駒を置いて示す。
「私とワダツミの二人でラーマの情報を」
「おう」
「承知、した」
次にラーマ周辺の川や森林地帯へ駒を。
「ノートンとアラン。二つのパーティーはラーマ周辺を北上しながら、未確認魔獣とその発生源、または異常の原因調査。現状最も戦闘が起こりやすい班ですので、細心の注意を払ってください」
「任されよう」
「はい!」
最後に中央、アルクゥラ。
「ジグ、シアーシャ、イサナはアルクゥラ及び澄人教の動向調査をお願いします」
「了解」
「街道整備じゃなくてよかった……!」
「……ええ」
妥当な判断だ。
この事態に最大勢力たるアルクゥラが気づいていないはずはない。土地鑑のあるイサナ先導で彼らの動きを探り、周囲に遺跡らしきものがないかを調べるのが上策。
そして最も懸念すべき澄人教を避けては通れない。
彼らとぶつかる可能性を考えれば対人戦闘能力に優れたジグとイサナが適任。
どちらも不向きなシアーシャを同行させているのは最悪の展開……ストリゴの再来を考慮してのことだろう。
シャナイアを数に入れていないのは、あくまで同行者だからか。まあ彼女は勝手についてくる。使えるようならこき使えばいい。
「今回の主目的はあくまで祖先の技術を確保、ないしは破壊することです。魔獣の調査は建前に過ぎませんので、優先順位を間違えて命を無駄にしないでください」
その言葉を締めに、冒険者たちは動き出した。
ここに着いて荷物を下ろしただけなので、準備自体はすぐ終わる。
アルクゥラはラクシャナで一番栄えているとのことなので、保存食等は最低限で十分だ。大荷物にならない程度にここへ置いていき、残りは現地で調達するとしよう。
魔女二人は他の街が珍しいようで、散策に出かけている。
シアーシャはハリアン以外に訪れたのがストリゴという特殊な街だったからか、まともな他の街が興味深いようだ。シャナイアもこの地方に来るのは初めてらしく、付いていった。
なので現在部屋にいるのはジグ一人……ではない。
「……」
「……」
初めて実戦投入した魔具の調子を確かめているジグへ、じっと視線を注ぐ者が一人。
悩みの種を抱えていることを隠しもしない彼女は、これまた堂々たる物腰で寝台へ腰かけている。長い脚を大仰に組み、自身が居る事を主張している。
イサナである。
彼女は当然のようにジグの後を付いていき、当然のように勝手に部屋へ入ってきた。
何を言うでもなく、何を聞くでもなく、ただただ無言で存在だけを主張しながら。
「……」
しかしジグは一切反応を示さない。
イサナを居ないものとして扱い、自身のやるべきことを優先している。
素晴らしいことだ、双刃剣の刀身は今日も傷一つない。霧食みの馴鹿とやらは頑丈な爪をしていたが、仮にも竜の名を冠するこの武器には到底及ばないようだ。
そうして無視し続けていると痺れを切らした彼女が先に口を開いた。
「聞きなさいよ」
「何をだ」
武器の手入れから一切視線を動かさずに一言だけ返す。
「気づいてるんでしょ。アルクゥラは私たち……ジィンスゥ・ヤの生まれ故郷。奇しくも里帰りになるわけ」
「それがどうした。まさか、今更感傷的になっている訳でもあるまい」
「やっぱり気づいてた。あなた、他人に興味なさそうなフリして意外と見ているわよね」
「……」
してやったりと笑うイサナへ思わず舌打ちしたくなるのを飲み込む。
腹立たしいことだ。イサナの分際でカマかけとは……少し、長く関わりすぎたかもしれない。こういうところも一所に居続ける弊害というやつだろうか。
「似非僧侶に聞いた通りね」
「……俺を揶揄えて満足か?」
「怒らないでよ。ちょっと聞いて欲しいだけ」
「他を当たれ」
「居ないけど?」
間髪入れずに返された、あまりな発言につい押し黙ってしまう。
話を聞いてくれる相手が誰も居ないことを堂々と打ち明ける二十六歳女性は、なんというか……とても辛い。重い沈黙を承諾と受け取ったイサナは一方的に話し始めたが、ジグは止めることができなかった。