軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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子供の騒ぐ不規則で甲高い声が遠くで聞こえ、鍛錬の低く野太い声が合いの手を入れるように木霊している。

平穏を知らせる贅沢な喧騒は不思議と聞き心地がよく、無音よりも作業をするのにうってつけだ。この時ほど自分たちの耳が良いことを有難いと思ったことはない。

自宅で薄い肌襦袢だけとなったイサナが漏れ聞こえる音に穏やかに微笑むと、意識を手元に向ける。

「すぅ―――」

深呼吸をすると早朝の冷え切った空気が肺に飛び込んでくる。

普段なら不快なそれも、今日のように集中したいときには身が引き締まるので悪くはない。

「―――はぁ」

吸った息を吐き出し、視線を宙に彷徨わせる。

ここに居を構えてからどのくらいになるだろうか。

決して広くはない部屋。十全ではないが、しかし十分だと感じるくらいには物がある自分の 塒(ねぐら) 。帰るべき場所。

「……」

イサナは長い白髪を邪魔にならぬよう括ると、愛刀を鞘から抜いた。

今回の依頼がどの程度長引くかは分からないが、二等級であるイサナに声が掛かる以上は穏やかに済む可能性の方が低い。今のうちに手入れをしておく必要がある。

昔は刀を手入れする際には吐息や唾で刀が錆びぬよう口に懐紙や布をくわえていたそうだが、それは面倒なので省略する。要は刀身に唾や息を掛けなければいいのだ。

族長が聞けば頭を抱えそうなことをイサナは心中だけで呟き、慣れた手つきで目釘を抜く。

普通の刀ならば少し斜めに持ち、柄を持つ手を軽く叩いてやれば刀身が浮くのだが……居合をやる者の刀は柄がかなりしっかり嵌っているのでこの程度では緩まない。

なので鍔に当て布をして小さな木槌で何度か軽く叩いてやる。

魔力を帯びた特殊な金属で作られた鍔は叩いたくらいで傷はつかないのだが、幼少の頃から教え込まれた癖というやつだ。雑に扱うと研ぎに出した際に親方にどやされる。

逆側も同じように叩き、緩んだところで柄を抜く。

切羽、鍔、切羽の順に外していき、最後に 鎺(はばき) を取れば刀身だけとなる。

「……」

普段は柄に収められている部分…… 茎(なかご) に刻まれた愛刀の銘を見たイサナが目を細めた。

通常、刀の銘は作成者の名前や居住地が記されるのが一般的だ。

だが故郷を離れ、新たな地で打たれたこの刀に記されたのはジィンスゥ・ヤが掲げる剣の在り方であった。

活殺一如(かっさついちにょ) 。

”活かすも殺すも一つの如し”と銘打たれたこの刀。

人を殺すのが殺人剣であり、それによって救われる命を指して活人剣。活かすことと殺すことは表裏一体。どちらがどちらというものではない。

同胞の中でも極一部が……達人に至った者のみに伝えられるという剣の本質。

中には自力でこの境地に至る天才もいるらしいが、イサナは未だ自分が本当の意味でこの言葉を理解したとは思っていなかった。

(言葉だけの、上辺だけの理解じゃ意味がない)

彼女はそのことを口惜しく思いながら打粉を付け、拭紙で刀身の古い油を拭っていく。

次に精油を染み込ませた油布で薄く均一に塗る。

この油は刀を手入れする通常の精油とは違い、魔力を豊富に含んだ土地で育つ植物から抽出したものだ。

魔力を糧にする金属で打たれたこの刀へ塗布すると、小さな傷くらいならば自己修復してくれる優れものだ。打粉でボケる心配もない。

(これで良し……うん、美人さんね)

手入れを済ませた刀身を眺める。鏡面のように美しい刀身には自身の翠眼が映り込むほどの仕上がりだ。刀剣が持つ魅力は好事家の集めるような絵や骨董品の類とはまた違った、どこか引き込まれるものがある。

この刀を打ってもらった当時は斬れさえすればいいと断ったのだが、”女の子なんだから”と新しい技術の化粧研ぎまでしてくれた親方には頭が上がらない。

彼女は愛刀の輝きに満足して耳をぴこりと動かしていたが、やがてへたりとしょげさせる。

先ほどと逆の手順で組み立てていく彼女の内心を占めるのは、これからのことであった。

「はあ……面倒だな」

鞘に刀を納めたイサナの口から深いため息がこぼれる。

ギルドからこの話が来たときは、正直断ろうかとも思った。

確かにラクシャナは生まれ故郷だが、もう二十年近くも前のことだ。当時のことはもうあまり覚えていないし、追い出された自分たちが助けに来たところでいい顔はされないだろう。

はしたなく膝を立てたイサナが不満気に口をへの字に曲げた。

人目がないのをいいことに下着を丸出しに頬杖をついている。

「族長がなー、余計な事言わなきゃなー」

はっきり言って関わりたくない。追い出された恨みなどもう今更どうでもいいが、だからといって別に助ける義理もないのだ。助けに来たという名目上、強者を見かけても吹っ掛けられないのもそれを後押ししている。

しかし族長から直接話が来てしまえば無下にもできない……少し前にちょっとした喧嘩騒ぎを起こしてギルドから苦情があったのは関係がない……ないのだ。

「……ま、仕方ないと諦めるしかないか。 本命(・・) の方は歯ごたえありそうだし?」

ストリゴに現れたという新種の魔獣の話はイサナも聞いていた。ラクシャナへの支援は建前で、本命はその魔獣を作り出したという祖先の技術を破壊、もしくは回収するのだという。

準一等級という過去に類を見ない危険な相手……少なからず興味が湧いてくる。

着慣れた服を着て手入れを終えた刀を腰の帯に差したイサナがすっくと音もなく立ち上がる。

彼女の眼には未知の強敵を前にした高揚が滲み出ていた。刀に置いた指が機嫌よさげに拍子を刻んでいる。

武人であり冒険者、イサナ=ゲイホーンは人魔に問わず強者を求めた。

そして何より、今回の依頼はあの男も同道する。

それを想うと彼女は自然に口に笑みが浮かぶのを抑えられなかった。

「ふ、ふっふふふ……」

何かと縁がある傭兵、ジグ=クレイン。

敵味方として幾度か交わったことはあれど、こうして共に仕事をするのは初めてのこと。

あの平穏とは無縁な男が居るのならば、今回の依頼はきっと波乱が巻き起こることだろう。

磨いたこの腕を試す機会に恵まれることは想像に難くない。

願わくば、古巣の面倒事を上回る危険に挑む機会が訪れることを。

「―――愉しくなりそう」

「え、じゃあ今度はベイツさんたちが行くんですか?」

ワダツミのクランハウス。

話があるからと集められた面子の中、内容を聞かされたミリーナが驚きに声を上げる。相方のセツも口にはしないが同じ気持ちらしく、目を丸くしていた。

「まあなあ……面倒だが、カークの野郎に言われちゃ断れん」

「お前は、借りも、あるしな」

「言うなよグロウ……」

呆れ顔のグロウに指摘されベイツが困り顔でつるりとした頭を撫でる。

思い当たるところがあったミリーナが意地の悪そうな顔をした。

「あ! そういえば聞きましたよ! ベイツさんがギルドで格上相手に喧嘩騒ぎやらかしたって」

「しかも派手にやられたとか……いい歳して格好悪いです」

「……」

好き放題に言ってくれる若い娘二人。

普段は鷹揚なベイツの気が立っていたのは彼女たちが心配だったからなのだが、それを本人たちに伝えるなど恥ずかしいにもほどがある。

だからベイツは甘んじてその非難を受け入れ、相方の内心を知っているグロウはやれやれとばかりにため息をつくだけであった。

やがて気を取り直したベイツが改まって真剣な顔で二人を見据える。

「お前たちも大分成長した……修羅場、潜ってきたみたいだな」

真正面からの褒め言葉にセツとミリーナは顔を見合わせ、互いに頷いた。

「それは、まあ……最初は嫌々でしたけど」

「得られたものは確かに大きかった。それは認めます」

二人は普段の冒険業だけでは決して得られない経験を積めたことを実感していた。

それはより高位の冒険者と実戦で肩を並べて戦えたことであったり、また彼らに戦力として数えられたことで持てた自信であったり、その上で危険な魔獣と間近で鎬を削ったことであったりと、様々な要因によるものだ。

新人冒険者の面倒見が良い……悪く言えば少々過保護なワダツミでは得る機会の少ない経験だ。もっとも、そうでないクランは相応に死亡率が高いのだが。

「おう、ウルバスが褒めてたぞ?」

「えっ! 本当ですか!?」

「とても、筋がいい、とな」

「それは……素直に嬉しいですね」

身内でない、他所の冒険者に褒められた二人が満更でもなさそうにしている。

二人は特に長く接した高位冒険者であるウルバスへ尊敬の念を抱いていた。落ちついた物腰をしながらも確かな実力者であり、それを鼻に掛けない謙虚さ。

そして何より、危険極まりない魔獣と相対しながら一歩も退かない勇敢さも持ち合わせている。

赤熱した刃を掲げて魔獣の脚を斬り落とし、劣らぬ巨躯の傭兵と背を預け合う雄姿は二人の脳裏に焼き付いていた。

「あらま、あいつも色男だね」

「俺たちも、格好つけないと、な」

色めき立つ若い娘たちを横目に冗談を言い合う二人の大人。

「ま、お前らも成長した。俺たちが少し空けるくらいは問題ないと判断するくらいにな」

「……留守を、頼むぞ」

「「―――はい! 任せてください!」」