軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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大仕事を終えた後の祝杯とはいつだって美味いものだ。思わず笑みが溢れるほどの大きな稼ぎがあったのならばなおさらだ。それは海を跨いで遠く離れた異なる大陸においても変わらない。

「皆の無事を祝って」

ウルバスが鱗に覆われた手に持った杯を控えめに掲げる。

祝するのが仕事の成功ではなく無事だった仲間な辺りが実に彼らしい。

口の端で小さく笑ったジグがそれに応じる。

「苦労に見合った成果を祝って」

互いの労をねぎらいながら二つの杯を軽く合わせる。

ジグとウルバス。

二人の大柄な男たちからすれば随分と小さな乾杯の声であったが、彼らにはこれで十分だった。賑やかなのが嫌いなわけではないが、自分たちが馬鹿騒ぎするのは性に合わない……そんな二人らしい静かな宴の場。

亜人であるウルバスが落ち着ける店はそう多くはないため、以前にも訪れた冒険者向けの酒場の二階に来ている。下の階や他の席では人種問わず冒険者たちが騒ぐ声が響いていた。

「ふむ」

エルネスタ工房を後にしたジグは次の行き先に悩んでいた。

彼も馬鹿ではない。後を尾けている二人の魔女たちのことには当然気づいている。振り返って確認するまでもなく、異質な気配を持った存在がつかず離れずの距離でこちらを窺っているのを感じる。

このまま呑気に鼻の下を伸ばして娼館へ向かえば血を見ることは必至。

かつて一度、シアーシャにバレた時のことはあまり思い出したくはない……というか、途中から記憶がない。気づけば宿で激しい頭痛にうなされており、翌日一日を無駄にした。財布からは一日遊んだ程度では計算が合わないほどの金額が無くなっており、その後しばらくを硬いパンだけで過ごしたのは苦い思い出だ。

「同じ轍は踏まん」

店にも迷惑が掛かるし、同じことを繰り返せば出禁になる。

さてどう撒こうかと順路を考えていると、店先で大柄な人物と鉢合わせた。

暗い緑の鱗に覆われた彼はしゅるりと舌を出した後、目を細めて口の端に軽く皺を寄せる。近頃やっとその仕草が、彼らにとっての笑みであることを覚えた。

「奇遇だね、ジグ。いや、大仕事の後は装備の点検……そう考えると、奇遇でもないのかな?」

「かもしれんな。これを済ませないと、仕事が一区切りついた気がせん」

鱗人である彼、ウルバスは首を縦に振って同意を示す。

腰に下げた大ぶりの曲刀の柄を軽く手で叩いた辺り、大きな問題はなかったのだろう。長い尾が安心するように一定の間隔で揺れている。

ウルバスはそうしてしばし逡巡すると、少しだけ尾を強張らせて切り出した。

「……そうだ、このあと時間はある? よければ仕事終わりの一杯でもどう、かな?」

こうして追跡者二人を誤魔化しがてら、ウルバスと酒場で祝杯を上げることとなった。

最初の一杯を軽く飲み干したジグは次が来るまでの間にテーブルに並べられた料理へ手を伸ばす。

脂滴る肉にかぶりつくと、久しく刺激されなかった味覚が目覚めるのを感じる。ここ最近は腹を満たすだけの雑な食事が多かったので味わいも 一入(ひとしお) だ。

「突然ごめんね。予定とか大丈夫だった?」

ゆっくりと一杯目を味わっていたウルバスが杯を下ろして尋ねる。

骨付きの鶏肉に齧りついていたジグは意表を突かれたように目を丸くして、何度か瞬きした。彼にしては珍しく、心底から驚いた様子で戸惑っている。

「どうしたの?」

「いや……」

ジグは食いちぎった肉を咀嚼してから、歯切れ悪く口を開く。

「俺のところに来る奴らは誰も彼も人の都合などお構いなしな輩ばかりでな……こちらの都合を気にされるのが随分と久しぶりだったもので、少し驚いていた」

「…………そう。大変だったんだね」

なんとも反応に困る返答にウルバスの尾が不規則に揺れる。

ジグの周囲にいる人間関係が垣間見えたやり取りであったが、彼の仕事柄そういった人間が多いのは仕方がないのかもしれない。それにしても非常……常識外れの人物が多いようだが。

「予定は大丈夫だ。丁度、飲んで食おうと思っていたところだ」

「そっか。良かった」

ウルバスは安心すると食事へ取り掛かる。

肉体労働かつ大柄な二人はとてもよく食べる。ウルバスもジグほどではないが健啖であり、見る間にテーブルの上に空の皿が積み上がっていく。

「そういえばあの技、大したものだったぞ」

「でしょ。あれだけは自信ある……他はさっぱりだけど」

あの化け物を斬った一刀を褒めると、ウルバスは少し照れながら自慢する。

「十分だろう。しかし武器への負担はどうなんだ?」

「……実は甚大。最初の頃は武器が耐えられなくて本当に奥の手だった……鍛えた技、間違えたかと思った」

然もありなん。あれだけの熱量を籠める魔術、並みの武具では幾振りも持つまい。

ウルバスは脇に置いた曲刀を尾で指し、峰を撫でる。真白い刀身は珍しく、何かの骨か角を加工したのだろうか。それにしては大ぶりな曲刀で、元となった魔獣の巨大さが想像できる。

「これは 鎧長猪(よろいおさいのしし) の牙から作った逸品。とても頑丈で熱にも強いんだけど、ここまで大きな個体は珍しい。寂れた街道近くをうろつく様になったから、ギルドで賞金首にされたんだけど……誰かが勝手に倒して牙と甲殻だけ売り払ったんだ」

好奇の視線に気づいたウルバスが由来を話してくれる。

「ほう」

「僕が前々から熱に強い素材を探していたから、お店の方で取っておいてくれたんだって。それでガントってちょっと癖のある鍛冶師に作ってもらったんだ」

「……ほう」

知っている名前にジグが顔を顰める。やはり腕はいいのだ、人格に難があるだけで。

ジグが来る以前はどうしたのだろうかと思っていたが、数少ない顧客がウルバスだったらしい。彼は特別温厚なので奴にも対応できるのだろう。

それにしてもあの時遭遇した巨大な猪が賞金首だったとは、何とももったいないことをしてしまったものだ。あの時は冒険者登録もしておらず、また駆け出しのシアーシャが倒したと言っても誰も信じなかっただろうが。

「賞金も貰わずに倒しちゃうなんて、変な人もいるものだね」

「まったくだ」

二人は時折思い出したように言葉を交わしながら食事と杯を進めていく。

長いようで短い時間はあっという間に過ぎていき、周囲の喧騒も少しずつ収まっていく。最後の皿についたソースをパンで綺麗に拭い、杯を乾した頃には話題もなくなっている。

「それで、腹は決まったか?」

「……気づいてたんだ」

話も食事も一段落したところで、ジグはようやく本題へ切り込んだ。

街へ帰ったその日にウルバスがただの偶然で食事に誘ってきたとは考えにくい。あるいは遭遇したのは偶然だとしても、日を改めずに今日を選んだのには理由があるはずだ。

「言いにくいなら聞いてやろう。ファミリアとは今後どう付き合うつもりだ?」

「うん……今後もクロコスとはしばらくやり取りをするつもり」

「それは―――鱗人同士としてか?」

周囲を窺ったジグが声を潜めて尋ねる。あえて危険な呼称を口にして。

この返答如何で今後のウルバスの立ち位置というものが変わってくる。

マフィアの長と冒険者としてではなく、同胞として彼らと接していくのか。あの時ヨラン司祭の言葉に顔色を変えたクロコスのことを思えば、亜人たちがなんと伝えられたかの見当はつく。

ウルバスは空の杯を覗き込みながら、その中に何かを見出そうとするかのように視線を落としていた。

「僕は……ハリアンの冒険者だから」

「そうか」

「でも同じ亜人でもある」

「そうだな」

「だから……亜人の冒険者として、僕にできることを探そうと思う。もしその時が来たら―――」

言葉を切ってウルバスは視線を上げた。

「手を貸してくれる?」

「俺は傭兵でな。お前がどちらに付こうと、答えは決まっている」

ジグは努めて普段通りの口調で、しかしどこか楽しげな顔でそう答えた。

「金次第―――友達価格だ」