軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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「俺は用事がある。今日のところは先に帰っていてくれ―――ああ、野暮用があるから遅くなるかもしれんが、気にするな」

「「…………」」

依頼の報告を済ませてギルドを出た後。

ジグはごく自然に二人の魔女へそう伝えると、ゆっくりでも早足でもない普段通りの足取りでその場を去って行った。さも面倒事かのように疲れた顔で武器を軽く叩き、”装備の手入れを店に任せに行くのだ”と言外に告げながら。

シアーシャとシャナイア。二人の魔女たちはこくりと頷いて彼を見送る。

遠目からでも目立つジグの背が見えなくなるまで微動だにせずその場に立ったまま、時折ギルドから出てくる冒険者たちが邪魔そうにしているのにも構わず立ち続けた。

「「…………」」

魔女二人は申し合わせたかのように言葉もなく目配せをする。種類の違う独特の光彩を持つ瞳がひと時のみ交わされた。たったそれだけで意思の疎通を図れるのは、ひとえに同じ目的を有するが故。

彼女たちは同時に足を踏み出すと、標的の後を追い始めた。

「……さて」

一人になったジグは誰にともなく呟くと、迷いのない足取りで目的地を目指す。

日が陰るにはまだ時間があるため人通りは多いが、多少の人混みくらいは問題ない。物騒な得物を背負い、人並み外れた体格と人相の悪さを持つ彼の前には自然と道ができるのだ。

「柄が悪いのも短所ばかりではないな」

そうでも思わなければやっていられない。

初対面の印象と引き換えに、周囲の人間よりもいくらか快適に歩くジグが向かうのは馴染みの店だ。

エルネスタ工房。

この街にきて幾度となく足を運んだ店であり、今のジグが身に着けている装備はほとんどここで手に入れた物だ。複数の鍛冶師と契約することで幅広い需要に応える経営方針をしているこの鍛冶屋は冒険者たちに人気があるのだが、微妙な時間帯のため店内に人影は少ない。外から見える工房では昼休憩を終えた鍛冶師たちが思い思いに腕を奮っていた。

店に入ると商品を磨いていた女性店員が気づいて顔を上げる。

「いらっしゃいませ……あらジグ様。お久しぶりです」

栗色の髪をまとめたシェスカはこの店でよく世話になっている店員だ。

「長くなるとのことでしたが、お仕事の方はいかがでしたか?」

「大事ない……と言うには地獄のような現場だったがな。一応生きている」

彼女の営業スマイルに口の端を軽く持ち上げて返す。

冗談に聞こえなくもない口調だったが、ジグのそれが言葉通りの地獄を表しているのだと気づいたシェスカは目を丸くした。日頃シアーシャの冒険業についていくことの多いジグが”地獄”と表現したことの意味を理解した。

「それはまた……ご無事で何よりです」

シェスカは彼を労いながらさり気なく視線を這わせ、内心で首を傾げる。

(……壊れて、いない?)

そう、ジグの装備には致命的な破損がある物が一つもなかった。

これまでの経験からすると胸当てか手甲のどちらか、あるいは両方を壊していてもおかしくないはずなのだが……胸当てに多少の傷は見られるものの、多少の修理で済んでしまう程度の破損でしかなかった。

視線の意味に気づいたジグが苦笑する。

「悪いな、稼ぎに協力してやれなくて」

「あっ、いえ! そういうわけでは……失礼いたしました」

シェスカはぎくりとしたように身を強張らせた後、下手に言い訳する方が心証を悪くすると判断してすぐに頭を下げた。ジグはその程度で気を悪くするほど繊細ではないが、これがまともな反応なんだなと妙に納得してしまった。

「冗談だ。それよりガントは居るか? 少し面倒を掛けるかもしれんから、話を通しておきたいんだが」

気にするなと手で示しながら本題に入る。

異常な切れ味と耐久性を示した 血晶纏竜(けっしょうてんりゅう) の双刃剣についてギルドからの聞き取り調査があった際に、ジグ本人に疑問を抱かれることを恐れて制作者であるガントへ疑いの目を逸らしたことがあった。そのため近いうちにギルドから話があるかもしれないと事前に伝えておきたかった。

しかしシェスカは心当たりがあるような顔で顎先へ指を添えた。嫌な予感がする。

「そのことでしたか。先日ギルドから来た人がガントを連れて行きましたよ」

「……遅かったか」

ガントには適当に誤魔化すように伝えておくつもりだったのだが、想像以上に動きが早い。研究者たちは余程この剣の製法が知りたいらしい。ガントに聞いても何も出てこないというのに。

「何があったんですか? ただの武器をギルドが調べたいだなんて、普通じゃありませんよ」

「うむ、実はな……」

事情を掻い摘んで説明する。もちろん魔女や侵食に関わる部分はぼかしてだが。

命に関わる装備の相談をする彼女相手に隠し事をするのは得策ではないし、そもそも面倒を掛けた詫びをするつもりだったのだ。

「なるほど……異常な耐久性と切れ味ですか」

一通りの説明を聞いたシェスカが考え込む。

彼女には過去、ジグに魔力がないことを伝えてあるので話が早い。魔女の侵食に関する懸念を、魔力がないことを知られたくないと誤解してくれるのはジグとしてもありがたかった。

「俺本人に何かあると思われてはかなわんので、やむ無くガントに矛先を逸らした……手間をかけるな」

「いえ、気にしないでください。ガントさんもジグ様の頼みなら 断らせません(・・・・・・) ので」

「……? ああ、すまんな」

なにやら一部、言い方がおかしい様な気がしたが。

いずれにしろガントは既に連行され、武器の製作状況を詳しく聞きだされていることだろう。ガントに対してはともかく、エルネスタ工房の職人を欠いた状態を招いたことは申し訳なく思う。

「詫びというわけではないが、多少は金を落としていこう」

「ふふふ、それはありがたいですね。何かご入用な物でも?」

柔らかな笑みを浮かべる彼女へグローブを外して渡す。

目立った破損のないそれを怪訝そうな顔で受け取ると、嵌められた魔力核を見て納得したように頷いた。暗くも濃い赤色をしていた魔力核はくすみ、劣化した炭のようになっている。素人目で見てもすぐに分かるほどだ。

「これはもう魔力切れですね。新しいものに替えなくては」

「どのくらい掛かりそうだ?」

「うーん、製作者のガントさんでないと正確なことは言えませんが……確かこれを購入した際、四十万で十発と仰っていましたね」

そういえばそんなことも言っていたか。

本体価格別で一発四万の魔具などそう気軽に使えないと当初は突っぱねたのだが、なんだかんだと頼りにしているのだから分からないものだ。今となってはあること前提で戦いの流れを考えるのだから、稼ぎに見合わない装備を手にするのは危険という師の教えにも頷けるというもの。

だが今ならば問題ない。使用を躊躇わずに済むくらいの収入を得られるようになった。

「では交換と予備一つ。あとは胸当ての修理を頼む……素人仕事のその場凌ぎだ、文句は言うなと伝えておいてくれ」

鋸尾で削り取られた砂塵蛇の鱗部分に、適当な魔獣の鱗を雑に括り付けた胸当てを渡す。

如何にも素人が取って付けました感のあるそれをガントが見たらなんと言うか、想像するだけでも五月蠅いことは間違いない。

シェスカもそれは理解しているのか、苦笑いして濁す。

「承知いたしました。こちらで外しておきますね」

「頼んだ……ああ、それとだな」

ジグは言うべきか迷ったが、伝えるだけならばタダと口を開く。

「……この話には何の確証もない、勘に過ぎないものだと思ってくれ」

言葉を濁す彼に違和感を覚えながらシェスカが周囲へ視線をやる。折よくこちらに注目している者はいない。

「近々、妙な化け物……いや、魔獣の素材が出回るかもしれない」

「と、言いますと……新種ですか?」

「ああ、まあそうと言えばそうなんだが―――もしそれが手元に回ってきたとしても、使わない方がいい」

鍛冶屋に対して、未知の良い素材があっても使うな……言葉だけ聞くと何の冗談か。

まともな店であれば馬鹿を言うなと歯牙にもかけないことはジグも理解しているのか、歯切れが悪い。

何の根拠も突拍子もない話だが、シェスカは笑ったり馬鹿にしたりはしなかった。

目を細め、そっと砂塵蛇の胸当てを撫でた。

「もしジグ様ならば、その素材を使用した性能のいい装備が安く売っていたら……購入されますか?」

「買わん」

即答。

迷いのない、議論の余地すらない拒絶に近いそれ。

ジグの返答を聞いた彼女はにっこりと微笑むと、静かに頭を下げた。

「情報、ありがとうございます。当店の鍛冶師たちにもそれとなく促しておきます……全員が従うとは、限りませんが」

ジグはわずかに目を丸くした。

彼女には魔女のことは伝えられない。だから話せるのは真相のごく一部だ。

魔女の肉体を使用した武具が人体にどのような影響を与えるのか、ジグには想像もつかない。もし何の問題もなく使用できる場合、ただ利益を損なうだけの結果になりかねない。

だからこそ、利益を重んじるシェスカが受け入れるとは思わなかった。

「……信じるのか」

こぼれ出た言葉にシェスカはいつもと少しだけ色の違う笑みを浮かべて、悪戯っぽく囁いた。

「当店随一のゲテモノ作成者と、その愛用者が買わないのでしたら……作っても意味はありませんからね」