軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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穏やかな日差しの中、建物の間を一陣の風が通り抜けていく。

活気のある表通りでは人混みの喧騒が絶えず、広場では子供がはしゃぐ甲高い声がしている。

「ありがとうございました」

とある店で客を送り出した店員が顔を上げる。

緑を基調としたディアンドル風の衣装を身にまとい、栗色の髪を後ろでまとめた彼女……シェスカは一息つくと接客用の笑顔を消して空を見た。

「……最近、静かですね」

ストリゴで街一つ吹き飛びかねない騒動が起きている中、ハリアンはいたって平和であった。

殺人鬼による辻斬りもなければ組織同士の抗争もなく、魔獣が大量発生したり異常に強力な個体が現れたりもしなければ、怪しげな宗教団体が跋扈したりもない。

「いいことなんじゃないの。平和が一番さ」

独り言に返事があったことに少しだけ驚いて店先を見ると、そこには見慣れた姿が。

小さな背丈に寸胴の身体、しかし仕事で鍛えられた腕は丸太のように太い。豊かな髭を蓄えた彼はエルネスタ工房に雇われた鍛冶師、ガントだ。

確か彼は街で管理している魔具の調子がおかしいと朝早くに呼び出されていたはずだ。

「ガントさん、お帰りなさい。点検は終わりましたか?」

「うん。魔石が尽きてた」

「そんな初歩的な……あれだけ色々準備してたのに」

高価な魔具だから一刻も早く修理してほしいと連絡があったのは日が昇る大分前。

複雑な魔術刻印だったために直せる腕を持つ者が中々見つからず、致し方なくそちら方面にも明るいガントに白羽の矢が立った。時間帯のせいで連絡がつかなかったのも大きい。

エルネスタ工房としては無礼千万な彼を客先に送り込むのは不安があったのだが、お得意様にせっつかれては断れない。ガントに仕事のこと以外で一切口を開くなと言いつけて送り出しても不安は尽きなかった。

「ほんと馬鹿だよね。問題発生時の解決は切り分けが基本って親に教わらなかったのかな? あれで管理人とかお笑い草だよ」

心底不愉快だと言わんばかりに眉間に皺を寄せたガントが吐き捨てる。

これに関してはシェスカも同意せざるを得ない。

夜遅く……もとい朝早くまで図面を引いて死んだように眠っていたところを叩き起こされてこの仕打ちだ。怒るのも無理はない。

「まあまあ……軽食でよければ用意しますから、食べたら少し休んでください」

「甘いモノ食べたい。氷菓に果物のせたやつ」

彼も一応大事な従業員なのだ、労わらなければ……そう思って気を遣えばこの態度である。

軽食でよければとわざわざ断っているのに、店を長く空けられない店員に外で買ってこなければならない物を要求する遠慮のなさ。人の善意を何だと思っているのだろうか。

頑固職人とはまた違う本当の偏屈さ。こういうところが彼の彼たる所以なのだ。

鍛冶師としての腕はいいのだが、余計な一言が多いこの性格が祟って冒険者ともよく揉めるため固定客は少ない。実力があって穏やかな性格をした冒険者ならば他にいくらでも当てはある、わざわざ苛つかせる言動のガントに頼む必要がない。

いつの間にか押し付けられた”ガント係”の彼女は慣れたものだが。

「パンに蜂蜜を掛けて焼きますのでそれで我慢してください。自分の作品に拘るのはいいですが、割り当てられた仕事を忘れないでくださいね」

子供の我儘を軽く流して仕事を促す。

エルネスタ工房では職人の仕事は個々人が抱えるものだが、共通でやらなければならないこともある。武器の研ぎや比較的安価な防具の修繕など、作成者でなくとも出来る汎用的な仕事をノルマとして割り振られる。それらをこなしてから自身の仕事に取り掛かるのだ。

「んなもんもう終わってる。それより早くご飯」

「……流石、早いですね」

並の鍛冶師ならば半日近く掛かる仕事量のはずだが、彼に掛かれば三分の一で済む。

腕はいいのだ、本当に。ただそれ以上に口が悪いだけで。

もう少し無口で世間の需要に適うモノづくりができれば、どこに出しても恥ずかしくない名工として名を馳せることもできただろうに。

「天は二物を与えず、ですか」

「なんか言った?」

「いいえ何も。では用意しますから待っていて―――」

店を訪れる人影に気づいたシェスカは途中で言葉を切ってそちらに向き直る。

一瞬で接客用の笑顔に切り替えているのは流石だ。あまりの変化にガントが気持ち悪そうな顔をしている。

「いらっしゃいませ。本日はどのようなご用件でしょうか?」

反射的に出るほど体にしみ込んだ歓迎の挨拶。

言ってから顔を上げると、少し風変わりな客であることに気づいた。

「失礼、こちらにガントという鍛冶師はいるかな?」

冒険者とは違う落ち着いた物腰の中年男性。しかし丁寧な台詞とは裏腹に、事務的な口調にはどこか高圧的で人に有無を言わせないという意図を感じる。

「当店にガントという鍛冶師は確かに居りますが……それが何か?」

脇にいるガントを見るような迂闊な真似はしない。

ガントも特段反応してはいないが、これは彼にとって興味のない話だから聞いていないだけだろう。徹夜明けで眠いのか立ったままウトウトしている。

「すぐに呼んでいただきたい。いくつか聞きたいことがある」

どうやらあまり歓迎できないお客様のようだ。

スッとシェスカの眼が細められ、人の好さそうな笑顔が冷たいものへと変貌する。

露骨に表情を変えたわけではない。しかし彼女の纏う雰囲気が変わったことで受け取る印象も一気に変化した。

「ガントは当店の大事な鍛冶師です。仕事の依頼ならばともかく、無暗に呼びつけるような真似は控えていただけますでしょうか?」

ただの店員が豹変したことに男は少しだけ眉を動かしたが、そういった輩の相手は慣れているのか平然と見返す。

「ふん……凄むのは結構だが、これはギルドからの要請だ。冒険者相手の商売をしている店がギルドに逆らうのは得策ではないと思うがね」

「ギルドからの……?」

意表を突かれたシェスカが眉を顰めて考える。

嘘をついている可能性もあるが、調べればすぐ分かることを平然と言うようには見えない。またギルドの名を騙ると恐ろしい報復が待っているのは周知の事実。それほどの危険を冒してやることがいち鍛冶師の取り調べというのは考えにくい。

となれば男の言ってることは真実と考えるのが自然だ。

「……なるほど。分かりました、伝えておきましょう」

「本人はいないのかね?」

「さあ……何分ただの店員ですので。職人たちがどのように働いているかなど全て把握している訳ではございません」

嘘は言わないものの、意図的にはぐらかした物言いをする。本人が横にいるだけで、嘘ではない。

男は訝しむように顎に手を当てた後、これ以上は押し問答になると判断して首肯した。

「分かった、では彼本人へギルドに出頭するように伝えてくれ。……あまり長くは待てないぞ?」

「承知いたしました。 運(・) よく見かけたら、伝えておきましょう」

薄く笑みを浮かべたシェスカに男が渋面を向ける。

伝えるつもりなど微塵もない、もう一度手間を掛けさせる意図を隠しもしないそれ。

「……」

二人はしばし睨み合い、ややあってから男が踵を返した。

その背にシェスカが声を掛ける。

「一応、用件くらいは聞いておきましょう」

男は立ち止まると、肩越しにシェスカを睨みつけて重々しく口を開いた。

「……ガントという鍛冶師が作成した 血晶纏竜(けっしょうてんりゅう) 両剣について、使用者から本人に聞けと―――」

「こちらがそのガントです。さあ持って行ってください」

「へぁ!? な、なに?」

用件を言った途端、手のひらを返したシェスカが横でウトウトしていたガントを差し出した。

突然肩を掴まれ名前を呼ばれてビクッと体を震わせるガント。

「協力感謝する。取り調べの内容如何では関係者を呼び出す可能性もあるので留意しておいてくれ」

「承知いたしました。」

男もさるもので、豹変したシェスカに疑問を感じつつも話が早いとすぐさま乗る。

状況を全く理解できていない彼に構わず話はとんとん拍子で進んでいく。

かくして彼は徹夜明けで仕事を終え、食事も満足に取れないまま連行同然にギルドへ行くこととなった。

二人を見送ったシェスカは顎に指をあてて思案する。

「ジグ様がわざわざガントさんの名前を出したってことは、こちらで対応してくれという意味ですよね……あの武器に何かあったのでしょうか?」

ジグがガントを売ったとは考えない。

厳つい見かけの割に短絡的な行動は取らない人物だ、何か事情があったのだろう。

そして事情があったのならば、相応の利益でもって詫びを入れてくれるのがジグという人物だ。

それを思えばガント一人捧げるくらい安いものだ。

「面白くなってきましたね」

少し退屈だと思い始めていた日常に色が添えられた。

それまで退屈だとも思ってこなかった日常だが、ここ最近の出来事で随分と贅沢になったものだ。

変化の兆候を感じ取ったシェスカは静かに喜色を滲ませる。

「うん……静かなのもいいですけど、人生には刺激も大事ですよね」