軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

278

強大な魔術同士のぶつかり合いはまだ続いている。

双方一歩も引かず、終わりなどないのかもしれないと錯覚するほどの競り合い。

しかし現実はそうもいかない。

「くっそぉ、なんて魔力量だ……! いい加減まずいよぉ!?」

壁を補強するシャナイアが悲鳴交じりの怒声を上げた。

彼女は今も必死に魔力を注いで影を操っているが、作るそばから破壊されていく苦行に音を上げ始めていた。化け物の多色熱線はどのような構成をしているのか、異常なまでの威力と持続性を発揮している。

「こっの……!」

シアーシャも歯を食いしばって術を維持しているが、どちらが優勢かは表情を見れば明白だ。

多色熱線を受け止めている岩の津波は徐々に罅が入り始めており、維持しながら修復しているが追いついていない。

強大な魔力を持つ魔女二人をしても押し負けている。

それは化け物が常識外の力を持つこと以外にも理由があった。

一つは魔術の世界において、攻める側よりも守る側の方が消耗を強いられるからだ。

同じ力量の魔術師二人が攻撃と防御を行った際、魔術にもよるが先に魔力が尽きるのは防御側となる。これは障壁の一点のみを突破すればいい攻撃側と、術者全体を守らなければならない防御側との労力の差だ。

ましてや今の二人が守っているのは自分の身どころか街全体。

いくら化け物が消耗しているとはいえ、劣勢を強いられるのは至極当然のことだった。

防壁が軋み、徐々に削り取られていく感覚にシャナイアが顔色を変える。

「まずい……範囲を狭めて魔力を集中させよう!」

「ダメです。これだけの威力、掠めるだけでも街の被害は計り知れませんよ!」

逃げ腰の提案にシアーシャはかぶりを振った。

多少持ち直してはきたが今のストリゴが困窮しているのには変わりない。再び大きな被害が起きれば今度こそ復興は難しくなるだろう。それは物理的な問題以上に、精神的な問題が大きい。

「じゃあどうするのさ! このままじゃ共倒れになるよ!?」

命が掛かっているからか、いつになく真剣な様子のシャナイア。

それでも放り出さないのは魔女としての自尊心か、あるいは別の何かを恐れているせいか。

「機を待ちなさい」

「機ってぇ!?」

魔力の底が見えてきたのか、泣きそうな声のシャナイア。

彼女が悲痛な声を上げながら術を組む中、シアーシャは額に伝う汗を拭いもせず術の維持に意識を集中した。

(機は必ず来る……私は信じて待てばいい)

眼前の大きな壁に、彼の背を見ながら。

「さて、どう攻めるか……」

ジグは走りながら凄まじい威力の熱線を吐く化け物を観察する。

正面は論外、というか近づき過ぎれば当たらずとも体が溶けてしまいそうだ。離れた場所でも熱気と空気の焼ける臭いが伝わってくる。散った熱線の一部でもまともに受ければ防具ごと焼き切られるのは間違いない。

「脚か?」

これまで幾度も攻撃してきた脚へ目を向ける。

熱線の反動を耐えるため杭のように地面に打ち込んだ脚はがら空きで、狙い目と言えなくもない。

「……駄目だな」

しかし化け物の様子を見て、すぐにそれは間違いだと気づく。

数が減ったせいで体を支える脚はほとんど余裕がなく、安定感に欠けている。もしアレを攻撃してしまえば体勢を崩した化け物の熱線がどういう動きをするのか想像もつかない。

素直に上へ外れてくれればいいが、片側だけの支えを失った体がそう都合よく動いてくれるとは思えない。最悪の場合、独楽のように回転しながら周囲に熱線を撒き散らす地獄絵図となるだろう。

街と魔女二人は守れるかもしれないが、冒険者も僧兵も全滅することは必至。

目的のためならば多少の犠牲を厭わないジグでも流石にそれは躊躇われる。だからそれは本当に最後の手段だ。

頭部の向きを変えることができないかとも考えたが、そもそも高温過ぎて近寄ることすら難しい。

よく見れば化け物も自身の熱線に耐えきれずに顔が焼け 爛(ただ) れている。自分ごと巻き込む魔術ですら大した痛痒を感じさせなかった奴がだ。

防御術も使えない身でアレと我慢比べはご免こうむる。

「……八方塞がりだな」

攻め処が見つけられないジグが表情を険しくした。

こうしている間にもシアーシャたちの限界が刻一刻と迫っているかもしれない。ちらりと背後に視線を向ければ、遠目に見える岩の防壁が徐々に削られていた。

焦り始める思考を意志で抑えつけ、どこかに活路はないかと目を凝らす。

しかし化け物という専門外相手に妙案などすぐに浮かぶはずもなく、貴重な時を徒に消費していくだけだ。

「お困りのようね、傭兵さん?」

いっそ一か八かで化け物の脚を全て薙ぎ払ってしまうか? と考え始めた頃、救いの手が差し伸べられた。振り返った先には蠱惑的な笑みを浮かべる銀の女の姿。

「エルシア」

「せっかく助けたのに人を放置してウルバスと共闘してるんですもの。酷い男よねぇ」

魔女二人が来るまでずっと一人で化け物を引き付けていたらしい。法衣のそこかしこに汚れを作りながらも負傷している様子はなく、随所を汚す赤い染みは返り血によるものであることが窺える。

「死地だぞ」

ジグが言葉少なに意志を確かめると、彼女は挑発的に鼻を鳴らして眼帯に手を掛ける。

「あら、私は 危険を冒す者(冒険者) よ?」

無造作に外す眼帯から覗くのは真紅と漆黒に彩られた双眸。

見え過ぎるが故に忌まれ疎まれ、持ち主を孤独へと追い込む異形の瞳。

「たった一人の傭兵が命張ってるのに、黙って見ているわけにはいかないのよ」

「……そうか」

蛮勇な自棄になっているのではない、意志のある声を聞いた。

ならばいい。本人がそのつもりなら、ジグに言うことはない。

「状況は見ての通りだ。防壁が突破される前にアレをどうにかしたい」

「いいわ。貴方にこの眼……貸してあげる」

エルシアは龍眼を見開き、初めて直接化け物を見た。

垂れ流されていた魔力が指向性を帯び、その真価を発揮する。

「っ、ぁぁああ!?」

あまりの魔力量にエルシアを痛みが襲う。

この場に吹き荒れる魔女二人と化け物の魔力に龍眼が悲鳴を上げ、過剰な負荷に持ち主の頭に警告を放っている。

彼女は頭を駆け巡る痛みに耐えながら、それでも化け物から目を逸らさない。

ここで痛みに負けてやめてしまえば何のために出て来たというのか……そう自身を叱咤しながら、膨大な魔力の出所を探り続けた。

(穴の中に魔力が集中している場所がある……でもこれじゃない。これはただの砲身に過ぎないわ。魔力の出所を……あの無尽蔵に魔力を生成している供給源を見つけないと)

「……」

ジグはエルシアが眦から血を滲ませ始めたことに気づいたが、ただ黙って待つ。今止めることは彼女の覚悟を侮辱することになる。

「……っ、見つけた! あの長い毛よ! あれが周囲から魔力を取り込んで供給してるんだわ!!」

両目から血を流す彼女の指す先、頭部から伸びる艶やかな体毛がざわざわと蠢いている。

時間にしてみれば十秒足らず。だがこの状況においては永遠にも思える長い時間だった。

「よくやった!」

労う声と共にジグが駆けだす。

彼女は己の役割を果たした。ならば次はこちらの番だ。

爆ぜるような音を立てたジグが目標までの距離を一気に食い潰す。

本気の踏み込みに大地が抉れて土を舞い上げ、それが外套に当たるよりも先に前へ。

近づくほどに勢いを増す熱線の余波がジグに迫る。

余波であろうと人を十分に殺せる威力を持つそれを受ければ、防具など体ごと紙のように引き裂かれるだろう。

「はぁ!」

不規則なそれの軌道を慎重に読み、赤黒い刀身で打ち払う。

双刃剣の刀身がいつにない光を放っている。

化け物と魔女たちの力に反応しているのだろう。この身に蓄積されたシアーシャの魔力が同等の敵と対峙したことで目を覚まし、外敵を屠らんと励起しているのを感じる。

駆け寄る勢いそのままに跳ぶ。化け物の脚を蹴り、体に手を掛け、背中に飛び乗った。

熱線を撃つことに集中している化け物は気づいても対処する余裕がない。

「お前に恨みはない。だが……」

突起のある背中を足場に後頭部から伸びる体毛へ。

見慣れた(・・・・) 艶を放つそれ目掛け、双刃剣を振りかぶる。

「立ち塞がるならば、容赦はしない」