軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

253

ジグたちに割り当てられた部屋は二人用なのでそれなりに広い。ギルド側が妙な気を回したせいか、男女にもかかわらず同室だ。部屋割を伝えられたジグは何とも言えない微妙な表情で無言の抗議をしたが、視線に気づいた職員は”礼はいらん”と笑顔で親指を立てる始末であった。

だからという訳でもないが、二人の魔女はなるべく距離を取るためにじりじりと位置を変え始めた。

シアーシャは寝台の反対へ移動すると、愛用である櫛の手入れをし始める。完全に視線を切らず、視界の端にシャナイアを収めているあたりに二人の関係性が透けて見える。

今のところ穏当に済んでいるが、一度は本気で殺し合った仲。気を許すことなど出来ようはずもない。

それはシャナイアの方も同じだ。彼女も横目でシアーシャの姿を捉えながら部屋の反対側に移動すると、ふと思いついたようにもう一つの寝台へ目を向けた。シアーシャが使っていない方の寝台が誰のものかなど、聞くまでもない。

「……ふへ」

にたりと笑ってからジグの寝台に乗ろうとした刹那、剃刀のような殺気を飛ばされた。

首筋に添えられたかと錯覚するようなそれに思わず手をやり、渋々と寝台に飛び乗るのを断念する。舌打ちして床に座り込むと、大きな 背嚢(バッグ) に寄りかかる。

「…………ふん」

シアーシャは眉間に皺を寄せてしばし考え込んだが、それくらいならばと殺気を収める。

手元の櫛に意識を向けて手入れに戻る。歯を傷つけぬように目立つ埃を取り、油を丁寧に馴染ませてから浮いた汚れを拭う。手慣れてはいるが繊細な手つきで扱っており、彼女がその櫛をとても大事にしていることが窺える。

「……」

シャナイアは背嚢に寄りかかりながら、じっとりとした目で櫛の手入れをするシアーシャを眺めている。不快と不可解……二つの内心を表情に出しながら、機嫌良さげに櫛を手にするシアーシャを。

「髪を梳いてもらうのが、そんなにいいもんかねぇ?」

気づけばそんな言葉が口から出ていた。

言ってから、表面上は平穏なこの場を乱しかねない危険な言葉だと少し焦ったが、今更出したものを引っ込める気にもなれなかった。

蒼い瞳が流し見て、すっと静かに閉じられる。

「……言いたいことは、分からないでもないですよ」

やがて返って来た反応は、しかしシャナイアが想像していたよりもずっと穏やかな声音であった。

半ばまで腰を浮かせていた彼女は半端な体勢のまま、寝台で櫛を弄ぶ魔女を見た。

「 魔女(私たち) にとって髪は特別―――そう、特別触れられたくない繊細な場所。……人間たちがどうかは知りませんが」

櫛を膝に置いたシアーシャは流れる黒髪を一房手に取る。烏の濡れ羽色を思わせる艶めいた黒髪が流れ、彼女の掌をさらさらと滑り落ちていく。

「誰かに触られることなど、想像しただけで虫唾が奔る。気安く触ろうと近づいて来た人間を何度、縊り殺そうとしたことか……」

ぎゅっと、シアーシャが声を震わせて手を握り締めた。心底不快だったのだろう。溢れた魔力で髪がざわめいている。

怒りに震える姿に、シャナイアも声なく同意した。

彼女もまた、他者に髪を触れられることを極端に嫌っていたからだ。憎んでいると言い換えてもいい。シアーシャが髪に触れられそうになった話を聞いて他人事ながら身の毛がよだつ思いであったし、自分であれば間違いなく殺していた。よく我慢したものだと驚いたくらいだ。

これはきっと魔女の 性(さが) なのだ。

他の魔女に確かめたわけでも、明確な根拠があるわけでもない。ただ本能が、心の奥底が他者に触れられることを否定している……そうとしか言いようがない。

「だから私も初めはとても勇気を出しました。もし……もしジグさんに触れられることすら魔女の本能が拒絶するようであれば……私はずっと、一人でいることを選んでいたかもしれない」

握りしめていた手を力なく解いたシアーシャ。その横顔には、いつか一人で森にいた頃の面影があった。それに気づけるのは、この地ではただ一人のみ。

「それが魔女さぁ……ボクらはずぅっと、誰にも理解されずに生き続ける」

そう、それが普通だ。魔女とはそういうものだ。

虎が猫を同じ生き物だと思わないように、姿形が似ていても全く違う生き物。

それが魔女であり、人間だ。

繁殖やはけ口に 使う(・・) ことはあっても、決して気を許すことはない。その心を委ねることはない。

「さぁて、それはどうでしょうねぇ?」

シャナイアの口調を真似た魔女が、愉し気にニィと笑みを浮かべた。

腹の立つ物言いに口を歪めてやぶ睨みをする彼女を意に介さず、良く手入れのされた髪を腕で払った。夜の 帳(とばり) が下りたかと錯覚するような漆黒がするりと音もなく波うった。

「あなたを見ていると、自分がこの世で一番不幸だと思い込んでいた恥ずかしい頃を思い出してしまいますよ」

「……喧嘩を売ってるのかい?」

侮辱とも取れる言葉にシャナイアの声が低くなる。

個として完結しており他者と関わりの少ない魔女は元来、気が短い。ジグとの約束があると理性では理解していても、本能が勝ってしまうくらいに。それは飄々としているように見えるシャナイアも例外ではない。

しかしシアーシャは嘲笑するでもなく、怒りに呼応するでもなく、ただ哀れみすら感じさせる顔で静かに首を振った。

「……いいえ、これは慈悲です。私よりも長い時を生きながら……いえ、ただ生き永らえて来ただけの同類へ、機会を与える……それだけのこと」

「機会だってぇ? 随分と上から物を言ってくれるじゃないか……!」

度重なる侮辱に我慢の限界を迎えたシャナイアが立ち上がる。

わなわなと震える彼女が随分と感情的になっているのは、きっとただの怒りによるものだけではない。同じ境遇にいた魔女の言葉はそれだけシャナイアの内心を、ずっと抱えていた不安を狙い撃ちにしていた。

それだけに、一人だけそこから解放されたかのように振舞うシアーシャが気に食わなかった。

そう、初めて会った時から気に食わなかった。

同じ魔女でありながら寄る辺を持ち、心を許せる相手を持ち、居場所を持っている。

がりりと、強く嚙み締めた歯が音を立てる。

この気に食わない魔女を、憎らしい魔女を、妬ましい魔女を……自分が欲しいもの全てを持っている魔女を殺してしまえと、本能が叫んでいる。

「―――ッ!!」

その本能に掻き立てられるように、一歩前へ。

視界が狭まり、仇敵のみを標的に捉える。

そして塵も残さぬように消し去り、全てを奪い取るために魔術を―――

「あ、ジグさんお帰りなさい」

もう一歩を踏み出そうとしたところで、その声に我を取り戻した。

音がするような勢いで入り口を振り返ると、いつの間にか扉を開けてジグが姿を現していた。相変わらずこの大男は図体のわりに足音が小さい。

「悪い、遅くなった」

「いえいえ。お食事は?」

「外で済ませて来た……」

慣れた様子で帰宅の挨拶をしたジグは言葉途中で焦げつく部屋の空気を感じ取り、笑顔で迎えるシアーシャと険しい顔つきのシャナイアを順番に見る。

「……何か、あったか?」

どちらに聞くべきか判断に迷ったジグは、視線を二人の間で彷徨わせた末にふっと目を閉じた。逃げたともいう。休みのはずなのに色々あって疲れたジグはあまり難しいことを考える気になれなかったのだ。

「いいえ、大したことは何も」

しゃあしゃあと言ってのけるシアーシャ。あれだけ煽っておいてよく言うと、存外に面の皮が厚い彼女へシャナイアが口を歪ませる。

ジグは何とも言えぬ顔で彼女を見た後、シャナイアの方を向いて顎をしゃくる。

「おま……シャナイアは?」

「え?」

言われた言葉の意味が分からず間抜けた声を出してしまう。

歪んだ顔を困惑に変えた彼女へ、ジグはため息をつこうとしてから堪える。

「何か言いたいことがあるんだろう? 言ってみろ、聞くだけ聞いてやる」

ジグは”応えるかどうかは知らんがな”と仕草で付け加えると、腕を組んで聞く姿勢を取った。

あくまでも対等に、二人の事情を加味した上で、話を聞くと言ってくれた。

言ってしまえば当たり前のことだ。

だがその当たり前の言葉だけで、不思議とシャナイアのいきり立った感情が収まっていくのを感じていた。以前に”お前”と呼ばれて機嫌を悪くしたことを、覚えてくれていた。

「あ、えと、あー……そのだねぇ?」

感情の行き場を失って冷静になると、なんと言っていいものか口ごもってしまう。

そうしてまごついていると、あの憎らしい魔女がするりとジグの腕を取って何かを握らせた。

「ジグさん、これ」

「む?」

シャナイアからは体が邪魔で何を渡したのか分からないが、ジグは渡されたものを見て首を傾げた。

怪訝そうにしていた彼にシアーシャが何事かを囁く。

ジグはやはり意図が分からないという顔で手にした何かを 矯(た) めつ 眇(すが) めつしていたが、やがて 諾(だく) と首を縦に振る。

「では後程……私にもお願いしますよ?」

ジグへ言いながら入れ替わりにシアーシャが部屋を出る際、ちらりとシャナイアへ視線をやる。

その意味を理解する前に外へ出ていく彼女と代わり、ジグが近づいた。

彼が手に持つのは、部屋に備え付けてあったただの――― 刷子(ブラシ) 。

言わずと知れた、髪を梳くための道具である。