軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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その後も二人で食事を続け、厨房から泣きが入った辺りでお開きとした。

外に出るとすっかり日が落ちており、食事時はとっくに過ぎている。夕食まで時間を潰すために入ったのだが、随分と長居をした上に食事も済ませてしまった。

ジグが置いて来た二人の魔女がいがみ合っていないかを心配していると、先に出ていたレアヴェルが伸びをしていた。酒の入った頬はほのかに赤みを帯びており、どこか近寄りがたいところのあった空気も弛緩している。

「今日はありがとうございます。兄の最期を知れて良かった。……あんな狂人でも、一応血縁ですから」

彼女はそう言って小さく頭を下げると、複雑な感情の入り混じった曖昧な笑みを浮かべる。

身内の死から随分と経ってしまったジグにその感情はよく分からない。当時は生き残ることに必死だったために、近しい人間の死に何かを感じたり思う余裕すらなかった。本当はただ薄情で忘れているだけかもしれないが。

過去に幾度か、仇討ちのために殺し合いを挑まれたことがある。真っすぐ正面から向かって来る者もいれば、手段を選ばぬ闇討ちを狙われたこともあった。殺意と憎悪の感情を剥き出しに立ち向かって来る彼らはただの敵兵ともまた少し違う意志を宿した難敵であった。

彼らに対してジグは何の感慨も抱かずただ向かって来る敵として迎え撃ち、処理した。身を滅ぼすほどの感情に焼き尽くされる相手であろうと、ただの追いはぎであろうと、刃を向ける者は平等に殺してきた。

殺す相手の気持ちなどいちいち斟酌していては傭兵などやっていけない……という師の教えとは無関係だ。ジグはただ、無為に命を散らす行為が理解できなかった、それだけだ。

誰かのために、何かのために戦うことをしてこなかったジグにとって、報酬もないのに無謀な戦いを挑む人間の気持ちは理解できない。この考えは今も、今後も変わることはない。

―――だが、

「……仇を討ちたくなったらいつでも来い。相手になってやる」

レアヴェルの気持ちを理解することも、寄り添うつもりもない。

だが向けられる感情から逃げることだけはしまい。それは奪った者が、奪われた者へしなければならない唯一の義務だ。

無論、大人しくやられるつもりはないが。

「ははは……あなたがもっと弱かったら、そうしても良かったんですけどね」

彼女は冗談めかして笑い、夜空を見上げてその冷気に頭を冷やした。

「……兄はきっと、覚悟していたと思います。大人になるにつれて澄人の教義に違和感を覚えて、でもそれを否定してしまうには積み上げてきた屍が多過ぎて……もう後戻りが出来ないなら、最後まで貫き通すしかない―――狂ってしまうしかない」

「……」

レアヴェルの錫杖を握る手に力が入るのを目にし、ジグもまた背にした双刃剣の重みを感じた。

彼女の言っている意味が、ジグにはよく分かってしまう。

ジグが傭兵をやめて冒険者にならない理由は、単なる損得や拘りだけの話ではない。

これまで殺してきた数多の敵。踏みにじり、糧としてきた沢山の命。

それら全てを積み重ね、彼らの死体を跨いで来たからこそ、今ここにいる……生きている。

そのことに後悔も、懺悔することもない。

全ては己の意志で、自らのためだけに為してきたが故に。

だからこそ、そこから目を背けることだけは―――赦されない。

ジグが傭兵であり続けることと、ヤサエルが免罪官で……澄人教であり続けたこと。

その根本は、きっと同じような理由なのだろう。

「兄とは似ても似つかないあなたですが、初めて見た時にどこか似ていると……そう感じました」

彼女は背を向け、夜道を一人歩きだす。

本来であればストリゴで酔った女一人で歩くなど自殺行為だが、ここ数日で僧兵の実力は街の人間も目にしている。音に聞く澄人教の僧兵、その頂にある免罪官に手を出そうとするほど愚かではないだろう。

「兄を喰らいし男……その生き方、生き様がどこまで貫けるのか……楽しみにしております」

しゃらり。

錫杖の 遊環(ゆかん) を鳴らし、赤法衣の僧兵が夜の闇へ溶けるように消えていく。

彼女の気配がなくなるまでその背を見送ると、ジグは欠けた月を見上げて誰にともなく呟いた。

「……また、面倒な知り合いが出来たものだ」

冒険者たちが拠点とする屋敷の部屋。

その一室で本を読んでいたシアーシャは灯りが緩やかに点滅するのに気づいて三度目の魔力を籠めなおした。魔力を籠めると周囲を照らすだけの簡単な魔具だが、シアーシャは数ある魔具の中でも最も重宝していた。

魔具としては安物なので一刻もすれば再度魔力を籠めなおさないといけなかったり、あまり大量に魔力を籠めると壊れたりと多少不便だが、時間を意識するのにはちょうどいい塩梅だと思っている。

「ジグさん遅いな……」

夕食時にも戻ってこなかった大きな傭兵を思い独り言ちる。

彼が単独行動をとることはよくあることだが、その度に厄介ごとや怪我をこさえて来るものだから少し心配だ。冒険者として働き過ぎはよくないと度々言われるのだが、当の本人が仕事にかかりきりなのはいかがなものかと思う。

「でもジグさんがのんびりしているところって想像できないんですよね……」

彼が大人しくしている時は大抵は大事の前の休憩か、負傷して動けない時くらいだ。

落ち着きが無い訳ではない。むしろ仕事や年齢を考慮すれば落ち着きすぎているくらいなのだが、どうにも一か所に留まれない性質を持っている……というか、引き寄せている。

「きっとそういう星のもとに生まれたんでしょうね」

苦笑しながら本を閉じて片付けていると、扉が開かれた。

誰が来たのかは分かり切っているのでシアーシャは振り返りもしないが。

「あれぇ? ジグ君まだいないのぉ……」

気だるげな声ともっさりした髪を揺らして入って来たのは鬱陶しい同類。

同じ魔女であるコイツの気配はただの人間とは比べ物にならない。ジグほど鋭敏ではないが、近くに来れば分かる程度には存在感というものが違う。

「……あなたに入室を許可した覚えはありませんが?」

待ち人でもない招かれざる客が来たことでシアーシャの機嫌は一気に悪くなった。

どういう訳か魔女同士は仲が悪い。これは性格的なものというよりも野性的な本能に近いものであり、好き嫌いと言った好みとはかけ離れたもののように感じる。”同族嫌悪”という言葉がこれほど適切な表現もないなと、シャナイアを見るたびにシアーシャは思う。

「……ふん、誰がお前なんかの許可を求めるかい。ボクはジグ君に会いに来たのさぁ」

蒼と金の視線が交わり、室内の空気が一気に重くなった。無意識に放たれる魔力に窓硝子が振動している。大型の魔獣同士が縄張り争いをしてもここまではならないだろう殺気が室内に充満する。

シアーシャも寝台に腰掛けたままだが、一瞬で戦闘態勢になっている。その姿は肉食獣が飛び掛かる一歩手前を思わせた。

「―――」

睨み合う魔女たちだったが、緊迫した空気は魔力にあてられた魔具の灯りが明滅したことで呆気なく霧散した。

「あっ……とと、危ない危ない。壊しちゃうところでした」

いつぞや弾けさせた魔具を思い出したのか、シアーシャが慌てて魔力を収める。

どこか故障していないかと魔具をくるくる回している彼女にやる気を削がれたのか、シャナイアも肩の力を抜いてため息をついた。

「気に入らないけど、ジグ君との約束だからねぇ……ボクからは手を出さないさ」

シャナイアは違約金代わりにいくつかの契約を結ばされていた。

その中のひとつに”護衛対象であるシアーシャに手を出さないこと、彼女に害する行為を自分からしないこと”がある。

他にも今回の仕事を手伝うことなどいくつもあるが、真っ先に伝えられたのがそれだった。何を置いても優先すべきこととして厳命され、これを破った、もしくは破ろうとしていると判断された際にはジグの全力を以って手段を選ばずに殺害すると宣言されている。

”飲み水すら怖れ、常に俺の影を探し、二度と安らかな眠りは来ない……その覚悟があるならば、破っても構わない”

脅すでもなく、淡々と事実のみを伝える彼の視線は今でも忘れられない。

夜に悪夢で飛び起きたなど長いシャナイアの生で初めて経験した稀有なことであった。

それでも万が一、もしシアーシャに襲われたのであれば自衛のために動くことまでは禁止しない辺りが実に彼らしい。

「見ての通りジグさんはまだ出かけています。分かったらさっさと帰ってください。自分の部屋があるでしょう」

「なんか最近、法衣着た連中が探って来てうざったいんだよねぇ……安眠妨害だから刻みたいんだけど、ジグ君に無用な殺しは避けろって言われてるしぃ……」

彼女と話しながらシアーシャは妙な感覚だと口をへの字にする。

魔女とこうして、穏やかとまでは行かなくとも真っ当な会話ができていることの違和感。

かつて魔女と出会ったことは数えるくらいしかないが、そのほとんどは平和的なモノではなかった。互いの存在を無視して距離を取る程度なら上出来で、周囲の地形が変わるほどの殺し合いになることも珍しくなかった。

そんな魔女同士が、曲がりなりにも同じ部屋でまともな会話になっている。

それがどれほど異質で異常な光景なのか。

二人の魔女はそれを理解しながらも、そうなった原因についてはついぞ思いつかぬままに傭兵の帰りを待った。