軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

193

冒険者にとって魔獣を狩ることが第一の戦場とするならば、依頼の張り出されている掲示板前は第二の戦場と言っても過言ではない。男女問わず眼をギラつかせた者達が獲物を狙う肉食魔獣のように依頼書を睨みつけ、より良い依頼を求めるべく他者と競合している。

自分たちの力量や得意分野に合わせた依頼の中でも、より稼ぎの良い物を探すのに新人もベテランもない。

彼らの暗黙の了解として、掲示板の前に複数人連れだって行くのはご法度だ。パーティー単位でぞろぞろとたむろされては、冒険者もギルドも堪ったものではない。当然、依頼を受けるかの判断も迅速さを求められ、掲示板前でちんたら考え込んでいるような奴は蹴飛ばされても文句は言えなかった。

「むむ、む……?」

容姿こそ場違いだが、シアーシャはその環境へ見事に順応していた。

彼女は世間知らずだが頭が悪いわけではないので、慣れさえすればその処理速度は並の凡夫など及びもつかない。流し見るように乱雑に張られた依頼書の内容を視界に収め、報酬金と評価値の高い物を瞬時に判別していく。

冒険者は教養がない者も多いので、依頼書に書かれた内容は端的かつ無駄がないものになっている。依頼の詳細は受付で尋ねることになっているのだ。多少手間だがこれを省くと認識の齟齬が頻発し、かえって仕事を増やしてしまったという経緯があったギルド側の苦肉の策でもある。

場所、目標、数、報酬金、等級。

シアーシャが端からそれらを目にしてると、妙な偏りが感じられた。違和感に意識が一瞬逸れるが、今はそちらに思考を割いている時間がない。悠長に足を止めれば女性でも容赦なく尻を蹴られるのが命の懸かった現場仕事というもの。

「これに決めました!」

「あっ……」

数ある依頼書の中から、今受けられる依頼で最も金額と評価値の高い物を選び取る。

脇にいた男性冒険者が先を越されたとばかりに間の抜けた声を出していた。彼は悔しそうにシアーシャが手にしている依頼書を見ていたが、すぐに切り替えて次の依頼を探す。一度手にした依頼書を奪うような真似をすればギルドからの印象が悪くなり、評価値の低下に繋がるためだ。

戦利品を手にしたシアーシャは堂々たる歩みでその場を去り、受付に向かった。

「こちら、お願いします」

「はい、承りました」

今日はシアンが非番のようで、受付にはアオイがいた。

彼女は受け取った依頼書を一瞥し、すぐに該当の本依頼書を用意する。

「こちらの依頼でお間違いないでしょうか」

「大丈夫です」

まずはアオイから依頼の期間や注意点などの詳しい説明を受ける。

一通りの説明を終えると、ギルドカードを差し出して本人確認。受ける依頼と本人の等級などに問題がないことを確認後、本依頼書にサインを書いて受諾完了となる。

依頼の写しを受け渡しの際、アオイが声を掛けてきた。

「……少し危険度の高い依頼です。高位の魔獣と遭遇する可能性もあるので、お気をつけて」

普段あまり感情を見せない彼女にしては珍しく、シアーシャの身を案じるような声音。

冷たいように見える彼女とて人間だ。何かと付き合いがあり、同性かつ一見同年代のシアーシャを心配くらいするもの。

しかしアオイには悪いが、シアーシャは他人に心配されるということに言いようのない嬉しさを感じていた。

「はい、頑張ってきます!」

無意識に声が弾んでしまう。楽しい。ハッキリとそう言い切れる。

やりたいことが多く、一日一日がとても濃厚だ。今まで生きてきた時間百年分と比べても遥かに上回るほどの鮮烈な日々に胸が躍る。

シアーシャは跳ねそうになる足取りを意識して押さえながら、ジグの元へ向かった。

「それで、今回の獲物は?」

場所は鉱山地帯付近。フュエル岩山まで転移してきた二人はしかし岩山には入らず、踵を返していた。鉱山地帯に入らず戻ると、その先はストリゴ方面に続いている。

ジグは浮遊術式が組み込んである荷台を引き連れたシアーシャに続き、鉱山を背にしていた。

荷台には医薬品と食料が積み込まれているが、二人で消化するには些か多いように感じる。日数が掛かるのか、それ以外の理由か。

「特定の魔獣を倒すという依頼ではありません。フュエル岩山をぐるっと回った裏手に石切り場があるんですけど、一昨日その石切り場が魔獣の襲撃を受けたんです。もちろん護衛の冒険者が応戦したんですが、その際に怪我人が出たみたいで……私たちの仕事は職人さんと石材運搬の護衛です」

「護衛……俺たち二人だけでか?」

ジグは思わず口を挟んでしまった。

石の切り出しというからには人員もそれなりにいるはずで、彼らと石材を守るには実力以上に人手がいる。如何に腕が良かろうとジグとシアーシャで守れる人数には限りがあるのだ。

「いえ、すでに先行した冒険者パーティーがいるとのことです。私たちは言ってみれば念押しの予備戦力と予定日数が伸びて不足しそうな食料運搬ですね……ここ数日、ストリゴ方面に魔獣が沢山現れているらしいってアオイさんが言ってました」

シアーシャが言うには、依頼書にもストリゴ方面の物が多かったらしい。

ギルドの掲示板はただ依頼をとるだけの場所ではなく、様々な情報源にもなる。何が足りないのか、何が求められているのか。依頼書の傾向を見ればそれが読み取れるし、どこに魔獣が頻出しているのかも一目瞭然とのこと。

「予定通りなら今日の昼過ぎには作業が終わっているはずなので、私たちが着き次第移動の予定です」

転移石板から石切り場まではおおよそ半日。石材の運搬をしつつなら三倍は掛かると見れば、休みなしなら深夜には着く。しかし夜中に魔獣の出現する場所を運搬するなど自殺行為でしかない。実際は日が暮れた頃に野営、明け方から移動を始めれば明日の昼頃には帰還できるだろう。

「了解した」

「私、初めての護衛依頼ですよ。ジグさんの気持ちが少しは分かりますかね?」

冗談めかしてジグの肘をつつくシアーシャ。直接的な護衛というより、生活の助けをしたり邪魔な障害を排除するのが主目的のジグとでは大きく違うのだが。

ジグは少し脅すように声を潜め、真剣な顔でシアーシャに釘を刺す。

「気を付けろよ? 一般人はお前が思っているよりも遥かに脆弱だ。下手をすれば拳大の石が頭に当たるだけでも死にかねんぞ」

「またまたぁ……冗談ですよね?」

初めは笑っていたシアーシャだったが、ジグの真顔にそれが嘘でないことを悟って顔を青くする。

実際、防御障壁も満足に使えない一般人がシアーシャの魔術の余波を受ければ結構危ない。素の肉体強度の貧弱な彼らに破片が当たってそのまま……ということも十分にあるのだ。

「……術の制御、気を付けないと」

「そうしてくれ。近場は俺がやるから、魔獣が接近した際には防御に専念してくれればいい。他の冒険者もいるんだ、気負い過ぎるな」

「はい!」

「……わざわざ石を切り出さなくても、魔術で適切な形に整えればよくないか?」

「ひょっとしてジグさん、魔術が何でもできる万能なものだと思っていませんか?」

石切り場に向かう最中、つい気になった疑問を口にしてみた。石や土を自在に操れるなら、それで家を造ってしまえばいいのにと。しかし街の建物は木造か石造のどちらかだが、石造は石切り場の存在を知るまで魔術で作っているのかと思っていたのだ。

「回復術や暖まる魔具もそうですけど、魔術にも出来ることと出来ないことがあります。そこまで万能じゃないんですよ」

シアーシャはそう断ってから、何故魔術で家を建てられないのかを説明してくれた。

魔術で作り出した岩や土は、注いだ魔力次第で非常に強い強度をもつ。しかしその強度は一時的なもので、術者の手から離れた魔術は一定時間が経つと急速に劣化していき、最後には残骸しか残らない。魔力とは基本的に不安定なもので、指向性を与えてやらないとすぐに霧散してしまうのだ。

「私は石で家を造って生き埋めになりかけたことがあります……!」

シアーシャは何の自慢にもならないことを、なぜか胸を張って言っていた。

寝ている時に生き埋めになり、一度それで死にかけてからは土を主体に家を造ったそうだ。

土も魔力で弄れば劣化するのでは? というジグの疑問に、シアーシャは得意気に語る。

「それがなんと、時間を掛けて圧縮し続ければ形を保てるんですよ。まあそれでも一年は持ちませんけど、その時はまた造り直せばいいだけです」

とのこと。

詳しい原理はジグには分からないが、魔術は魔術で何でもかんでもできるというものでもないそうだ。

二人はそんな魔術談義をしながら、助けを待っているという石切り場へ向かうのであった。