軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

177

隕石でも落ちたのか、はたまた大爆発でもあったのか。

仮に第三者が見ればそのいずれかであろうと勘違いするほどに陥没した大地。周囲の瓦礫は衝撃で吹き飛ばされており、そこだけ更地同然となってしまっている。

既にほとんどの住民は避難していたが、まだ逃げ切っていなかった者達は風圧と衝撃に巻き込まれて意識を失っている。運悪く瓦礫の下敷きになって意識以外を失っている者もいるようだが。

そんな誰もいないクレーターの中心地で何かが身を起こす。

「ふぅ……つい力が入っちゃいました」

この惨状を作り出した張本人である魔女は“ちょっと食べ過ぎた”とでもいうような気楽さでそう言った。

艶やかな黒髪靡かせ、蒼い瞳で睥睨する圧倒的な強者。沈黙の魔女の異名をとる彼女は、その名の通りに静まり返った周囲を見渡す。

腕を覆っていた巨大な岩は既に解除されている。あれだけ砂埃が立っていたというのに彼女の衣服に汚れた様子はなく、その美しさには一点の曇りもない。

シャナイアの生み出した闇色の刃は跡形もなく消滅しており、術者の姿も見えない。

その場からほとんど動かずに顔だけでそれを確認したシアーシャは、ゴリゴリと肩を回してぎこちない笑みを浮かべた。

「うん、口ほどにもありませんでしたね」

強がりか、本心か。どこか硬い表情のまま勝ち誇った彼女はふと思い出したように慌てだす。

「ああ!? ジグさん埋まっちゃってる!」

先ほど離れ際に巻き込まぬよう土で覆っておいたのだが、瓦礫に埋もれて場所が分からない。変わり果てた周囲の惨状もあり、おおよその方向くらいしか見当がつかないのだ。

瓦礫に埋もれた程度で壊れる守りにはしていないが、探すのに手間取ってしまえば最悪窒息死だ。如何に頑丈なジグとて呼吸しなくては生きていられないだろう。

「どどどど、どうしましょう! ……と、とにかく瓦礫をどけないと!」

慌てていたシアーシャが一歩踏み出そうとした―――その胸を、一筋の黒い帯が貫いた。

「―――え?」

何が起きたのか理解ができない。そんな声がシアーシャの口からこぼれた。

地面から斜めに伸びる黒い帯は胸の中心を貫いている。恐ろしいまでの切れ味を持つそれは何の抵抗もなくシアーシャを貫通し、背中から飛び出ていた。

疑いようもない、致命傷だ。

串刺しにされたシアーシャの体から力が抜ける。

彼を探そうと伸ばされた腕が言うことを聞かない。

「―――油断はいけないねぇ」

粘つくような口調が、他に誰もいないはずの更地に響く。

操り人形のように力無く帯に垂れさがるシアーシャから少し離れた場所で影が盛り上がる。影は人型程度まで大きくなると、黒い繭を作り出した。

「ぷはぁっ」

黒い繭から飛び出るようにして出てきたのは、倒したはずのシャナイアだった。彼女は濡れた犬のように体を震わせ、その身に纏う影が四散していく。

最後に紫紺の髪を払い、金の瞳を開いた彼女は楽し気に口の端を釣り上げた。

「驚いてくれたかな? 魔力量こそお前には劣るけど、密度には自信があるんだぁ」

修道服の裾を払ったシャナイアはさらに複数の帯を操り、シアーシャの手足目掛けて殺到させる。

帯は熟れた果実を切るよりも簡単に彼女の手足を貫き、標本のように縫い留める。普段シアーシャが敵対者に対して行う手法を、彼女自身の体に返されていた。

もはや痛みも感じないのか、シアーシャの表情はピクリとも動かない。

「……まさか、魔女が……死んだふり、とは」

長くはないのであろうことを悟らせる、蚊の鳴くような声で吐き出した言葉。

狙い通りに獲物を仕留められてご機嫌なシャナイアが顔の前で指を振った。

「騙し討ちをするなんて思ってもいなかったかい? 甘いなぁ」

魔女は強いがゆえに、不意打ちやだまし討ちと言った手法を取ることがない。その必要がないのだ。一つ唱えれば障害は紙を破くより簡単に排除できる。二つ唱えれば誰もが慄き逃げ惑う。

「お前は確かに強いさ……正面からならボクでも難しい。でも……今まで一度も死ぬような目に遭わなかっただろう? 強者の慢心ほど突きやすいものはないさぁ」

勝利を確信し、ゆっくりと歩み寄るシャナイア。

止めを刺し、欲しいものを得るためにその手を伸ばし―――

「……ぅん?」

その足がぴたりと止まった。

違和感がある。死にかけの魔女が魔術を行使しているのは別にいい。大した規模でもなくどうにでもできる程度の魔力量しか感じない。

(何が……っ!?)

視線を巡らせたシャナイアの血の気が引いた。

なぜ気が付かなかったのか。この魔女からは、血が一滴も出ていない!

「くっ……」

「遅いですよ」

はっきりとした声には死の気配など微塵も感じさせない。

同時、組み上げた魔術が四方からシャナイアに迫る。

嵌められたことに気づいたシャナイアが咄嗟に帯を操り、全身を球状に覆った。あえて帯を硬くさせ過ぎずに柔軟性を持たせて衝撃に備える。

だが彼女の想定していたような激しい衝撃は来ず、帯の守りを叩いているのは大したことのない威力だ。怪訝そうに、しかし魔女のすることなので油断もできずに防御を固めるシャナイア。

直後、浮遊感がシャナイアを襲う。

「……っ!? しまった、そう来るか!」

すぐさまシアーシャの狙いに気づいたが、その時にはもう遅かった。

彼女の魔術により操られた大地はシャナイアの黒い繭を、まるでヒトデが貝を捕食するかのように包み込んでいた。魔術はそれに留まらず、黒い繭を完全に包み込んだ土ごと宙へ浮かべている。

その大きな土玉の真下からシアーシャが姿を現した。

「こういう魔術はあまり得意じゃないんですけど……上手く行くと気持ちがいいですね」

彼女が視線を向けると、先ほどまでシアーシャの形をしていた土人形が制御を解かれて土塊へと戻る。色まで精巧に真似ていたが、動きが何処かぎこちなかったのは今後の課題だろう。

崩れ行く土人形を一瞥したシアーシャは、次に宙に浮かぶ土玉へ手を翳して握る。それに呼応して土が中の繭を押し潰そうと圧力を増す。ぎちぎちと空間が悲鳴を上げるような凄まじい圧力と、それを押し返さんとする黒い帯。

どちらが優勢かは、両者の顔を見れば一目瞭然であった。

「……っ!」

押し潰されまいと必死に抵抗するシャナイア。その顔に先ほどまでの余裕は欠片もなく、流れた汗が頬を伝っている。

対してシアーシャは涼しい顔だ。シャナイア自身が述べたように、純粋な力比べなら彼女に分があるのは明白。

繭の隙間から覗くシャナイアとシアーシャの視線が交差する。先ほどまでと完全に逆転した立ち位置になっていた。

不敵に笑ったシアーシャがわざとらしい声音で真似た。

「 魔女が騙し討ちをする(・・・・・・・・・・) なんて、思ってもみなかったでしょう?」

「……やられたねぇ」

言葉を返されたシャナイアが口惜しいとばかりに眉を歪める。

この若い魔女は最初からこの程度で自分を倒せるわけがないと理解していたわけだ。その上で土煙に乗じて姿を隠し、土人形でダミーを作り出して囮にする……良い策だ。とても魔女とは思えないほどに。

(……これだけ力をもっている若い魔女が、どうして?)

シャナイアが抱いた疑問はすぐに氷解することになる。彼女の想像もしていない形で。

「先ほど私が死ぬような目に遭ったことがない、などと口にしていましたが……あいにくと、負けたことならあるんですよ」

自身の敗北を語っているというのに、彼女の口調は明るく、熱に浮かされた少女のような笑みを浮かべている。

シアーシャは知っている。常に戦いの場に身を置き、決して油断しない者を。

彼からの教えは全て覚えている。多少歪んで伝わっているものもあるが、彼から送られる言葉は全てが大切な物として心に刻み込んでいる。

「力がないことと弱いことは、必ずしも同じ意味ではない……私はそのことを彼から学びました」

「バカなっ…………ありえない、ありえないことだよ、それはぁ……!」

掛けられる圧力に魔術が軋む。今にも崩壊しそうになる帯に魔力を注ぎ込んでいる。

余裕のない危機的状況だというのに、シャナイアは言わずにはいられなかった。

もしその話が本当ならば、該当する人物は一人しかいない。だがそれはありえないことなのだ。あってはならないことなのだ。

「あなたは経験したことがありますか? 魔女の全力を乗り越え、この首を落とさんとする意思の刃を」

魔女の匂いがした。強い雄だから魔女に狙われたのだと思った。

他人の物は魅力的に見える。それもまだ手を付けていない新品だ。だから奪ってやろうと思った。

だが今の口ぶりでは、まるで…………まるで戦いに屈した挙句、打ち負かした相手に惚れこんでしまったかのようではないか。

―――魔女が人間風情に負けるなど、あってはならない。

「こ、のっ……魔女の面汚しめぇ! 非力で矮小な人間に負けて恥ずかしくないのかぁ!!」

激昂するシャナイア。怒りに呼応して注ぎ込まれた魔力が黒い帯を一際太く、鋭く強化する。

蠢く黒い帯が押し潰そうとする土を徐々に押し返し始めたが、シアーシャは呆れたように首を振るだけで焦る様子も見せない。

「やれやれ、頭の固いお年寄りはこれだから……結果が全てですよ。あなたもジグさんを見て何も感じなかったんですか?」

シャナイアを拘束する魔術はそのままに右手を横に伸ばす。

何かを掴むように緩く握った手。その中に棒状の岩が生成される。

剣の柄に似たその岩を掴んだシアーシャはさらに魔力を練り上げ、より頑丈に、より強固に魔術を構築していく。岩は徐々に長さを増していき、やがて見上げる様な長さにまで成長していく。

ゆっくりと振り上げた岩の大剣。その刀身が軋むような音を立てながら徐々に黒ずんでいく。過剰なまでに注がれた魔力により膨張と圧縮を繰り返した結果、漆黒の刀身へと変貌したのだ。

「かぁ!!」

大剣が出来上がる直前、土の呪縛が切り裂かれた。

鞭のように振るわれた黒い帯は土玉を寸断し、シャナイアを解放する。大地に降り立った彼女が目にするは全てを断ち斬らんとする巨大な刃。

悍ましいとまで感じる魔力が注がれた漆黒の大剣は、闇色の魔術を操る彼女をして禍々しさを覚える。

「こ、の……色呆けがぁ!!」

長大な刃とそれが及ぼす破壊から逃げられないことを悟ったシャナイアが瞬時に魔力を練った。熟練の魔力操作によりシアーシャを大きく上回る構成速度で魔術を組み上げる。

黒い帯が束となり、円錐状の巨大な槍を形成。

螺旋状に捻じれ狂う歪な大槍はゆっくりと回転を始め、徐々にその速度を上げていく。

全てを貫く大槍と、全てを切り裂く巨剣。

大槍の回転が最高速度に達した瞬間と、巨剣の圧縮が完了したのは同時だった。

「「――――――」」

蒼と金、二つの瞳が輝きを放ち交差する。

同時に解放された極大魔術は真っ向から激突する。

互いの存在を跡形もなく滅ぼすべく籠められた破壊の力を存分に発揮した。

両者は一歩も譲らずぶつかり合い、激しく魔力光を散らしながら鎬を削り合う。

破壊の余波は辺り一帯を 塵芥(ちりあくた) のように吹き飛ばし、特に中心地は瓦礫から何から砂のように分解されている。

大槍に亀裂が生じ、巨剣の刀身に罅が入った。

長いようで短い衝突は、しかし一方の勝利で終わりを迎える。

大槍の矛先が、前に出た。

一方が一方を打ち破り、その刃を届かせんとする。

「……ッ!?」

息を呑んだのは―――シャナイアの方だった。

矛先から真っ二つに断たれた大槍が天に向かって撃ち出される。

大槍は速度を緩めることなく空を駆け、一直線に雲を貫いた。

夜の曇り空に二つの大穴が空き、月の明かりが零れ落ちている。

「……いい、月夜だねぇ」

両腕をだらりと下げたシャナイアが、巨剣で二つに斬ったかのように遮られた月を見上げていた。