軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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もしその場に第三者がいたとしたら、強烈なまでの吐き気と寒気に襲われたであろう。

生物としての格が違う、圧倒的強者。抗う事すら愚かしいと感じる程の力の差。それほどの存在が二体、正面から本気の殺気をぶつけ合っている。

危険を察知したドブネズミを始めとする小動物はおろか、虫の気配すらも感じ取れない。生物としての本能が鈍い人間ですら肌身に感じるほどの恐怖がその場を支配している。

対峙した二人の魔女が視線を交わす。

互いに初めての邂逅であるはずなのに、その眼は永年の仇敵を見るもののようであった。

「やぁやぁ、誰かと思えばご同類じゃないかぁ……初対面だっていうのに随分と手荒な挨拶だねぇ?」

普段通りの口調で、しかし言葉の端々に隠す気もない棘を持たせたシャナイア。

魔力をこれ見よがしに垂れ流し、相手を威嚇するかのように大きく震わせている。

金の瞳は瞳孔が開き、興奮状態の獣そのものだ。

「……血に飢えた 獣(ケダモノ) の下品な臭いを垂れ流しちゃってさぁ。もう少し躾ってものを受けてこなかったのかな?」

嘲笑うシャナイア。

それを受けてもシアーシャの表情はピクリとも動かぬまま、無そのものだ。

この大陸に魔女がいたことだとか、自分の同類を見つけたことだとか、なぜこんな場所にいるのだとか。浮かぶべきであろういくつもの疑問は、しかし彼女にとって全ては些事。

いま彼女の関心はそこにはない。

夥しい魔力を立ち昇らせてこちらを威嚇する紫紺の魔女。シアーシャにとっても危険と言わしめるだけの力量を持つであろう同族が、害意を露わにしているというのにまるで気にならない。

彼女の視線は名も知らぬ魔女の傍らに倒れる一人の男に釘付けになっていた。

場の空気を無視し、微笑みすら浮かべたシアーシャが口を開いた。

「ジグさん見つけました。さ、帰りましょう? もうすぐ昇級できそうなんです。次はどんな冒険が待っているか、私今から楽しみでなりません。ジグさんもお忙しいでしょうが次は私の冒険業を優先してもらいますからね? でも安心して下さい。面白そうな依頼をカークが回してくれるって言っていたんです。きっといい儲け話になりますよ。そうしたら新しい魔具を買って、ジグさんの装備も更新して、その装備でまた稼いで、更にいい装備を手に入れて……もう考えることが多くて多くて。でもこういうのも冒険者の醍醐味って言うんですかね? やれることが増えて嬉しい悲鳴が止まらないっていうか……ジグさんもそんなところでいつまでも寝てないで、早く起きて次のお仕事に行きましょう」

矢継ぎ早に一方的な言葉を重ね、返事も無いのに一人愉しそうにころころと笑っている。

「……狂ってるのかい?」

本気の殺意をぶつけても自分の方を一顧だにしないシアーシャに戸惑いを浮かべるシャナイア。

そこで初めて気づいたとでもいうように蒼の双眸が向けられた。

「どこの誰かは存じませんが、私とジグさんはやらなきゃいけないことが沢山あるんです。邪魔しないでもらえますか?」

「……やっとボクの方を見たねぇ」

不敵に笑ったシャナイアが倒れたジグの頭に手を置き、慈しむように撫でた。

この黒髪の若い魔女は随分と彼に執着しているようだから煽ってやろう……そんな意図を籠めて。

シャナイアの狙い通り、無言のままシアーシャが瞳孔だけを限界まで開ききる。

「悪いけど、ジグ君は僕が貰うよ。お前のような半端者に彼ほどの逸材はもったいない」

魔力の圧だけが増していくシアーシャへ見せつけるようにジグの頭を抱き、挑発するように横目で流し見る。浴びせられる殺意すら心地いいとばかりに涼しい顔。

比喩ではなく視線だけで常人を殺せるであろう殺意がシアーシャから注がれている。あふれ出る魔力で瓦礫が軋んでいた。

「―――貴様を殺す」

もはやそれは会話ではない、一方的な宣言。

魔女同士が出会ったならば不可侵か衝突。経過はどうあれ、結果は始めから決まっていた。

「―――やってみなよ。できるものならさぁ!!」

怒り狂う二体の魔女。

人知の及ばぬ強大な暴威が、正面からぶつかり合った。

最初に動いたのは既に魔術を展開していたシアーシャの方だ。

右腕に纏いし土の腕を再度巨大化し、伸ばした腕で真正面から潰そうとシャナイアに迫る。

「野蛮だねぇ」

自身を握りつぶさんとする巨腕に眉一つ動かさず術を行使。影より出でし黒い帯が左右から迎え撃ち、並の魔獣なら果実を搾るように握り潰す巨腕を野菜でも切るかのように裁断する。

詠唱一つでそれをやってのけたシャナイアはさらに帯を操り、シアーシャへ殺到させた。

肉の体など容易く細切れにして見せるであろう帯の群れを前にして、シアーシャは煩わしそうに鼻息一つ。同じように床を突き破って菱形の土盾が現れた。先の一瞬で帯の攻撃力を見て取った彼女が、同格を相手にするために魔力を練り上げた特別製だ。

過剰なまでに籠められた魔力で黒ずんだ三枚の土盾は、真正面から帯とぶつかった。強化された土盾は巨腕のように切り裂かれることなくしっかりと受け止めていた。帯が締め付けるように土盾に巻きつくも、罅一つはいる様子がない。

「脆弱ですね」

身振り一つ。それで事足りる。

土盾は回転しながら動き回り、巻きつく帯を強引に引き千切った。

「「―――」」

魔術越しに一瞬の視線が交差する。二人はジグを巻き込まぬよう同時に横へ走り出しながら魔術を展開し始める。

シアーシャが岩槍を。シャナイアが闇色の錐を。

無数の魔術を展開させた二人は申し合わせたかのように正面からの撃ち合いを始める。

激しくぶつかり合う岩槍と闇色の錐。

撃ち落とし損ねた魔術を帯が切り捨て、土盾が防ぐ。流れ弾が周囲の建築物を破壊し、逃げ惑う住民の悲鳴が破砕音にかき消されている。

二人の魔術の前には建物など壁にもならず、豆腐を削り取るかのように 人物(ひともの) 問わず破壊を振り撒いていた。

魔術の生成速度は互角。

魔力の精密操作はシャナイアに分がある。

(……けど、威力はそこそこ差があるなぁ……正面からの撃ち合いはキツイぃ)

苦い顔をしたシャナイアが硬さを増した岩槍を打ち払う。撃ち合いながらより魔力を高密度に練り上げているのか、容易に切ることもできない。

「……でも、戦いってそう単純じゃないんだよねぇ?」

細やかな操作はより年月を重ねた彼女に分がある。

撃ち出した錐の一つが土盾にぶつかる。錐はそれまでのように消滅せず、まるで粘度があるかのようにへばりついて土盾の動きを阻害する。

「っ!」

阻害されたとは言っても籠められている魔力が段違いなため大した影響ではない。しかし突然反応の鈍くなった土盾にシアーシャの気が逸れた。岩槍の狙いがわずかに甘くなる。

「搦め手は嫌いかなぁ?」

隙を逃さず魔力を練り上げていたシャナイアが集中し、必殺の術を組む。

魔力を注がれた彼女の影が一気に伸び、そこから闇色の巨大な刃が飛び出た。質量を感じさせない、しかし恐ろしい威力を秘めていることを理解させられる異形の刃。

巨剣の一撃は岩槍をまとめて薙ぎ払いながらシアーシャの首を断ち斬らんと音もなく迫る。

一枚では防ぎきれない。

一目でそれを理解したシアーシャは腕を振って土盾を操作し重ね合わせ、闇色の刃へと叩きつけた。

「はぁ!」

接触した盾と刃が魔力を散らしながら互いを喰らい合う。

魔力の出力こそシアーシャが上だが、同じ魔女のシャナイアが行使する魔術が弱いわけがない。長時間維持するために魔力を注いだ土盾と、一時の展開に魔力を注ぎ込んだ闇刃では後者が勝るのが道理。

それを証明するように徐々に土盾へ闇刃が喰い込み始め、シャナイアの笑みが深まる。

シアーシャが押さえつけようと踏ん張るが、一度均衡が崩れれば早いもの。既に中ほどまで断たれた土盾は一枚が崩れ去っている。このまま指をくわえて眺めていれば彼女の首が落ちるのも時間の問題だろう。

だが彼女とてそれを黙って見ているはずもない。

命を奪う凶刃を目前にしても彼女は冷静に術を組み、詠唱を完成させていた。

「ふん!」

ドンと片脚踏み鳴らし、空いた片腕振り上げる。

肩口から覆うように生成された岩は見る間に姿を変え、巨大な拳骨を形作る。

―――巨大と一口に言ってもその定義は様々だ。人間の大きさを示す際に巨大を使うならば、二メートル以上あれば十分巨大と言っても差し支えない。

では魔女の行使する魔術の規模を指して巨大とは、いったいどの程度なのだろうか。

「……あのさぁ、加減って知ってる?」

先ほど消滅した二階建て宿屋に匹敵するサイズの拳骨が作り出す巨影。それに全身を飲まれたシャナイアの顔が引きつる。戦いが始まってから常に余裕を崩さなかった彼女の表情が初めて崩れていた。

「賢しらなことを」

シアーシャは馬鹿にされたと思ったのか、不機嫌そうに鼻息荒く乱暴に返す。

「そういうレベルの話では―――」

「とぅりゃあ!」

問答無用。

掛け声一発、闇の刃へ岩の拳骨が振り下ろされた。

刃の腹を叩く……どころか一帯を押し潰すような一撃に大地が震えた。耳鳴りがするほどの激震に周囲の瓦礫が浮かび、続いてやってくる衝撃に吹き飛ばされていく。

凄まじい轟音が過ぎ去った後には耳が痛いほどの沈黙が周囲を満たしている。

砂埃が晴れた時に立っていたのはシアーシャ一人であった。