軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

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そこはジグの記憶にあるものと比較してもかなり酷いスラム街だった。

腐った死体が道端に転がり、群がる蠅が不快な羽音を立てている。ろくに始末していないであろう汚物や腐敗臭が充満しているせいか空気まで腐っているかのようだ。

「ふむ」

吸っているだけで何かの病気にかかりそうな不快な空気。

吐き気さえ催すそれを眉一つ動かしただけで済ませると、ジグはゆっくりと歩き始めた。

複数の視線を感じる。この場における異物であるジグを警戒し、またいつ弱みを見せるかと狙っているかのような視線だ。

気にならないと言えば嘘になるが、積極的に害をなそうというものではないので無視をして進む。

記憶している限りハリアンにここまでのスラムは存在しない。であれば、やはり転移させられたのは他の場所なのだろう。

この大陸でハリアン以外の街は初めてだが、何処かの心当たりはある。カティアたちから得た情報や、噂に聞く治安の悪さから見当はついている。

「この流れでストリゴじゃなかったら逆にお手上げだな……」

もしストリゴでなかった場合ハリアンまで戻るのにどれぐらい掛かるのだろうか。ジグとて旅慣れているため、見知らぬ場所だろうと時間を掛ければいずれ戻る自信はある。

心配しているのは護衛対象のことだ。自分の不在を知ったシアーシャがどのような行動に出るのか想像もつかない。最近は徐々に人間社会にも慣れ始めているので、そうそう無茶なことはしないとは思うが……

忘れてはいけないが彼女は魔女だ。

どれだけ姿が似ていようと、同じ言葉を話そうと、人間ではない。その価値観、行動原理を人の基準で測るのは非常に危険な行為なのだ。

カークの胃に穴が開く程度で済めばいいのだが。

「手紙の一つでも出せればな……む?」

周囲を警戒しつつ、探るように歩いていたジグの足が止まる。

これまでと何も変わらない風景。住人がいるのかも分からない掘立小屋が密集しているスラム街。

その中に一つだけ目を引くものがあった。

「教会……か?」

ジグの視線の先、見覚えのある建物が場違いな場所に鎮座している。

小さな石造りの建物は大分風化しているのか、所々に穴が開いており酷く朽ちている。

それでも特徴的な形状はかろうじて、そこがかつて教会と呼ばれた場所であることを知らせてくれた。

地獄と呼んで差し支えないこの場所に教会があるのは中々に皮肉が効いている。

「人が出入りしているようには見えないが……」

興味を引かれたジグがそちらへ足を向ける。

周囲に足跡や生活の痕跡はなく、人の気配も感じられない。

「妙だな」

教会周辺を調べながらジグがこぼした。

朽ちてはいるが少し手を入れれば雨風を凌ぐくらいはできる。この地獄においてこれほどの好物件を浮浪者たちが 塒(ねぐら) にしていないのは不自然に感じた。

それどころか、気づけばどこに行っても向けられていた浮浪者たちの視線が無くなっていた。

森の中で虫や小動物の声が聞こえないような違和感に、ジグの意識が静かに切り替わる。

「……」

わずかに視線を険しくしたジグが中の気配を探るが、中に誰かがいるような感じはない。

足音を立てぬよう慎重に建物に近づくと、穴の開いた壁から中を見る。

やはりと言うべきか、目視で確認しても生活感はなく誰かがいるようには見えない。

「浮浪者たちが信心深い可能性も……あるのか?」

詮無きことを口にしたジグは少し考えた後、正面扉から入ることにした。と言っても、扉は破損して無くなっていたのだが。

教会の中にはかろうじて形を保っている長椅子が並んでおり、奥には小さな教会には少々不釣り合いなほど大きな像らしきものが置かれている。

ジグはその像の元まで歩み寄ると、かつては厳かな雰囲気を纏っていたであろうそれを見上げた。

この像も例に漏れず酷く破損していた。

首をもがれ、祈る手のないその像。

雨風に晒されたというよりは人為的に破壊されたと言うべき状態に疑問は覚えるが、やはり人のいる形跡はない。

まさか本当に信心深いのかと真剣に考え始めた時、その声は降って来た。

「―――願うのは良いけど、祈ることはお勧めしないよぉ」

ぞわりと、総毛立つ。

戦場で敵を倒した直後、不意に自分へ向けられた矢を見てしまった時の様な。

どれだけ体が熱かろうと、全身を一瞬で冷やされる感覚。

敵か? どこから?

そんな言葉が浮かんできたのは大きく飛びすさった後のことだった。

意識とは関わりなく反射で体が動いていた。武器を背負っていない分いつもより開いてしまった間合いにジグの焦りが見て取れる。

「わぁお! 速いなぁ……猫が驚いた時みたいな動き方するねぇ、君」

焦るジグとは対照的に、声の主は無邪気に笑っている。

先ほどまで見上げていた像の上、もげた首の部分にその女は腰かけていた。

暗い紫の髪は背中の中ほどまで。ボリュームのある髪を無造作に伸ばしている。

年の頃は十代後半だろうか。身長はシアーシャよりも少し低く、襤褸の様なローブに包まれている体は細身だ。

裾から覗く手足は病的なまでに白く細いが、美しいと思えるギリギリのラインを保っている。

着ているのが襤褸のローブだというのに、不思議とその女の美を損なうものではなかった。

女は肩に掛かった 紫紺(しこん) の髪を払い、金の瞳を輝かせてジグを見下ろしていた。

「この辺りじゃ見かけない顔だけどぉ、あいつらの仲間って感じじゃないよねぇ……君、何者だい?」

鋭く細めた視線は歳相応のものではない。それはこのスラムで生きる中で磨かれたもの……いや、すり減ったものと言うべきだろうか。

「……どこにでもいる、通りすがりの傭兵だ」

警戒は解かぬまま、しかし握る武器の無い現状にため息をつきたい思いでジグはそう答えた。

女は一瞬目を丸くした後、上を向いて笑い始める。

「……く、くふふふっ! い、今時傭兵って……嘘でももう少しマシな仕事言いなよぉ!」

静かな教会に女の笑い声が響く。

彼女の言う通り、この大陸における傭兵の地位は低い。

戦争の出来ぬこの地では兵というものの需要がそう多くはない……というより、ジグたちのいた場所が頻繁に戦争が起きていたために慢性的な兵不足を患っていたせいもある。

わざわざ傭兵を雇う必要などなく仕事がない以上、荒事を専門とする者達は別の職業へと変わっていった。

ある者は冒険者に、ある者はマフィアに、そして一部の上澄みや伝手のある者は正規兵に。

そのどれにも成れなかった堕落者や無頼漢。彼らが自尊心を満たすために名乗り始めたのが傭兵だ。

ハリアンではジグの存在が定着し始めていたが、この大陸での傭兵とは本来そう言った扱いなのだ。

「うーん、君も物騒な側の人間っぽいけどぉ……やっぱりあいつらとは違う気がするなぁ」

「先ほどから言っている“あいつら”とは?」

像の上で脚を組み、首を傾げる女に問う。

彼女は片目を開けてこちらを流し見ながら鼻を鳴らした。

「カララクの連中だよ。最近この辺りで何やら仕事をしているらしくてねぇ……浮浪者の恰好こそしているけど、丸わかりなほど物騒な連中さ。あれで騙せるのは表の連中だけだろうねぇ。ま、それで十分だろうけど……何、もしかして知らない振りすれば疑い晴れるとでも思った? 流石にそれは舐めすぎじゃなぁい?」

女が金の瞳を眇めると、空気が重く淀んでいくのが感じられる。

「小娘相手なら素手でも行けるって思った? 悪いけど、こう見えてボクは魔術を……」

「この教会から真っ直ぐ歩いて十分ほど、あばら家の三人組か?」

ジグは女の言葉を遮って指を差す。

突然話し始めたジグに怪訝そうにしながらも、その先を追って意味を解する。

「……そうだけど。それが何?」

奴らの隠れ家を知っているからといって何なのか。言外にそれを滲ませながら女は魔力を練り上げ始める。片膝をついてさり気なく口元を隠し、気づかれぬよう詠唱を……

「殺したぞ。全員」

「―――え?」

唱えようとした言葉が空気になって漏れた。

あまりにも自然に話す大男の口ぶり。言葉の意味を確かめようとジグを見て、そこでようやく気付いた。

体の前面を濡らす大量の血。

目立たぬ色合いの服装とスラムの鼻が曲がりそうな臭いのせいで気づくのが遅れたが、その大男は血塗れだった。

本人の血でないことは靴にまで染み込んでいる量の多さで分かる。あれが彼のものであったなら、ああも涼しい顔をしていることは出来まい。それぐらいの量だ。

「詳しくは省くが、俺は奴らに飛ばされた身でな。敵対していると言って差し支えない」

呆気に取られて言葉を失ったままの女に対し、ジグは一つ肩を回して首を鳴らす。

「それでもやるというのならば、仕方ない。無益な争いは好まないが」

そうしてゆっくりと拳を構え―――

「待ったぁ!」

る前に女が待ったを掛ける。

「どうやらボクたちの間には悲しい行き違いがあったみたいだねぇ?」

「俺は別に誤解されたままでも構わんぞ。慣れている」

「よくない! よくないよ、そういうのなぁなぁにしちゃうのは!」

女は像から飛び降りると、両手を上げてゆっくりと近づいた。

しかし魔術師の無手が危害を加えない保証にはならない。

「止まれ。それ以上近づくな」

「謝る、謝るからそんな怖い顔しないでよぉ……」

顔はいつもこうだ。

そう言いそうになるのを我慢しつつ懐を漁ると、一枚の硬貨を取り出して弾く。

指弾に気付いた女は即座に防御術を展開する。

闇色の壁が覆うが、蒼金剛の硬貨は小さな穴を空けて飛来し彼女の額に命中。

「いだぁ!?」

「それを持っている間は話を聞いてやる」

加減した硬貨は彼女の額に赤い跡をつけるにとどまり、攻撃でないことを理解した女は涙目でさすりながら硬貨を拾った。

「あいたた、なにコレぇ……もしかして蒼金剛かい? うわー、顔に似合わずお洒落なものもってるねぇ」

「魔術師には幾度も痛い目に遭わされてきたからな」

女は興味深げに硬貨をいじくり回しながら、金の瞳にジグを映す。

値踏みするような視線を隠しもせず、足元から頭までじっくりと観察していく。

「ふむ……ふむふむ! へえぇ?」

金色の目は爛爛としており、その独特な光彩にジグは“蟲みたいだな”と失礼極まりないことを考えていた。

「うん! 何はともあれ、まずは自己紹介といこう!」

女は何に納得したのか大きく頷くと、そんなことを言い出した。

紫紺の髪を靡かせ、金の瞳を揺らした彼女は真っ直ぐに右手を差し出す。

慣れていないのか、少し不格好なまでの真っ直ぐな握手。

その姿に少しだけ毒気を抜かれたジグがそれに応じた。

「ジグだ。ジグ=クレイン」

手のサイズの差からか、ほとんど包まれるような握手となってしまった。

彼女は驚いたように目を丸くした後、しっかりと握り返す。

「ボクはシャナイア。ただのシャナイアさ」