軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

1-9

世の中は首魁を倒したから、あとはもう万々歳とはいかない。

むしろ、頭を失ったが武装は持っている雑兵の始末が一番面倒だといってもいい。

これを平和裏に武装解除できなければ、待っているのは小規模な混沌だ。

「さてと、大佐殿の兵員配置図はっと」

『ハジメ、通信量が多いのはここです』

死体を一旦片隅に寄せておいて、執務机の上に敷いた地図には従兵が走り回って〝どこまで市街が残っているか〟を丁寧に描いたのだろう。街が残っている範囲が太いマジックペンで縁取りされて、何カ所かには×印が書いてある。

これは通行不能な程に崩れたり、自動車事故が多発した場所だろう。

一方でピンが刺しているところをトリニティが指さした。

「なんだ? アルファベットに似ているけど別形態だな」

『多言語翻訳機の類推機能では、食料品店ではないかと』

「マジか!!」

「おいおいおいおい! ボーナスだぜハジメ!!」

その報告に一同が沸き立った。

廃棄世界に一番乗りできた傭兵が最も喜ぶもの。

それは〝マシな食料〟の略奪が可能な場所だ。

特に捨てられて日が浅い、今日のような住人が生き残っているような世界であれば、賞味期限を気にするだけの贅沢に浴する栄光が待っているのだ。

澄んだ水を頭から浴びても財布は傷まず、フィルムがされた煙草があり、缶に錆が落ちるのを気にしないで缶切りを差し込める。上手くいけば都市部では等量の煙草よりも贅沢な、加熱されていないフルーツを味わえることだってある。

これだけの特権があるからそ、役割は〝鉱山のカナリア〟めいていても、優れたフィクサーから棄てられて日の浅い廃棄世界の情報を求める者は多い。

そこにどれだけのリスクが待っていようが、手付かずのお宝。

人生をやり直せるだけの報酬が待っている宝物庫に手を突っ込むだけの度胸がなければ、そもそも傭兵なんぞ止めてしまえと言う話なのだから。

「チョコ、ある?」

「あるに決まってんだろクイン! クソッ、オレはコーヒーだ! 店の黴たヤツじゃねぇ! 焙煎したての豆! アレがあるならあと何人でも撃つぞ!」

「ここも随分と地の果てといった風情ですけれど、婦人が喜ぶ飾り物くらいはあるのでしょうね」

「あーもー、この野蛮人共め……」

ハジメは沸き立つ三人に頭を掻いて呆れた。まだ終わっていないというのに。

「どれくらいいそうだ?」

『……部隊再編の場所になっていたようです。今から向かっても七人は詰めているかと』

「七か、ちっと多いな」

ふむ、と顎に手をやり黙考するハジメ。

別に急襲からの戮殺でも構わないと言えば構わないが、ハイランダーは新しい働き手も欲している。扱いは荒かろうが、銃が使える人間が幾人かアーモリーに連れて行ければ、彼女は追加の小遣いをくれるかもしれない。

となると降伏を促して武装解除からの連行というのが一番好ましいのだが……。

「しまった、大佐を殺っちまったのは早計だったか?」

「何を言っているんですの? ハジメ」

「何か案があるのか、トワイラ」

アドラーは戦の倣いでしょうにと宣って、部屋の一角に足を運ぶ。

この国の国旗であったのだろう。血染めになった旗を結わえてあるのは、儀礼用の槍だ。

「大将首を槍の穂先に突き刺して、城下の盟を押しつける。常識でしてよ」

「……俺に取っちゃ、そりゃ四百年は前のやり方だ」

「随分と最近までやっていたんじゃないですの」

そりゃ〝実質的な寿命が観測されていない種族〟にとっちゃそうだろうけども、なんて頭を下げていると、重くて湿った音がした。

「デルタ……」

「何だよ。使うんだろ?」

後頭部が半ば爆裂して飛び散った大佐の首を、デルタが斧で叩き落としていた。

それはひょいと、正にこのスクラップヤードに棄ててこられたゴミのような気軽さで放り投げられ、サクッと槍の上に突き刺さる。

「もうちっとホトケさんへの礼儀っていうかなぁ……」

「腐って虫が湧くだけのモンだろ。使えるなら使う。オレは昔からそうしてきたぜ」

『……弊機の倫理規定コードでは理解できませんね。再分解センターに持ち込むのが普通だと思うのですが』

「あぁ? 合成タンパク質の種にでもするのかよ」

『そんな野蛮なことはしません! 有機物は分解して合成炭素結晶にして、故人を偲ぶ墓碑にするんですよ!!』

ソイレントグリーンという単語を思いだして一瞬気分が悪くなったハジメだが、実際に似たような機械が稼働し、食料の安定供給源と化しているのだから、あまり深く考えない方が精神衛生にはいいだろう。

宇宙船の有機転換炉を使って作られている、緑のレンガめいた、酷くもちゃっとした触感とケミカルな後味が特徴の〝国民栄養食乙種二号〟は、煙草がない時や買い出しに行くのが面倒な時にお世話になったこともあるのだから。

「はぁ……とりあえず、無線機動かして降伏勧告してみるか。大佐が死んで、戦車もヘリもオシャカとなっちゃ考えも変わるだろ」

「それで上手くいきゃいいけどな」

無線機越しの通信はしばらく揉めたものの、指揮系統が完全に混乱、及び市街を偵察した者が豹変した世界の光景に違和感を覚え、事態の認識を果たしたのであろう。

しどろもどろに、本当に大佐が亡くなったのかという証拠を欲しがった生き残りにとって、雨上がりの夕暮れを何処か誇らしげに公爵閣下が掲げる首は、これ以上ない証明であっただろう。

「残った兵は逃げ散った。生き方を教えてやる……って、なんか人数減ってないか?」

食料品店の前に出てきた人数は三人。トリニティの推察に比べると随分少ない。

「……意見の相違があってな」

「ああ、そういう」

五人は知らないことだが、ここは大佐への忠誠が厚い配下が指揮官として配置されており、彼は徹底抗戦、及び仇討ちを主張した。

されど〝現実的な考え〟をした者達は、それに従うつもりにならなかった。

銃を持った人間が決定的な摩擦を生んだ時、起こることなど高が知れている。

そして、今更その程度のことを気にする五人ではなかった。

「武装を解け。そうしたら静かに話をしよう」

「い、いいだろう。俺達の命は助けてくれるんだな?」

「もちろ……ん?」

「な、なんだ?」

「お前さん、それ、なんだ?」

先程までは交渉時、ヘタに威圧するより効果的であることを知ったハジメはアルカイックスマイルを浮かべていた。薄い顔付きと、この起伏が薄い顔は殊更顔色を読ませないこともあって、時に相手を気圧してしまう領域にあった。

だが、それが突然に眇められ、左手の指が示した。

彼等が命の保証を得られるまではと手放そうとしなかった銃。そのストックに刻まれたシールや印。

丁寧に並んでいるそれは、キルマークだ。殺した人数を誇示するためのものであり、戦場に慣れた人間にとって特異なものではない。

「そっちのアンちゃんの刺青もそうだな」

「これがなんだ、普通の……」

「なんでぇ、殺した数を誇るような手合いか」

刹那、会話の間を縫い、虚を突くような抜銃。掌の中を滑るようにショルダーホルスターから抜かれたたアーモリー・リボルバーが吠える。

丁度三発。左手の指が親指から順に銃が腰に据えられると同時、ハンマーを次々に弾きながら流れていく。

その間0.5秒。流麗にピアノの鍵盤を叩くが如きスウィープ・ファニングによる連射は、破壊的な質量と加速によって投降しようとしていた兵士達の胸を砕き、自分が死んだことさえ理解できぬ素早さで命を奪っていた。

「ちょっと、ハジメ。下り首は恥ですわよ」

「それに、弾代がもったいなくねぇか?」

『そうです。倫理規定に基づけば妥当とは言えないかと』

仲間達から軽い非難が飛んできたが、ハジメにとっては重要ではなかった。

「殺しの数をトロフィーだとように思う手合い、野放しにして、まーた余所で何かやらかされたら嫌だろ」

掌中で指を蠢かせ、アーモリー・リボルバーが回る。素早いガンスピンで鼻につく黒色火薬の硝煙が散る。放熱までは期待できないが、濃い煙と臭いを追いやるには十分だった。

「俺は、俺の頭蓋の地獄を少しでも広げそうなヤツは殺しておいた方が気が楽でね。知ってるだろ」

「寝覚めが悪い、か。よくやるよ。お前が背負うような殺しか?」

「俺に唯一残された安息の聖域だ。踏み荒らされて堪るかよ」

十分に硝煙を追いやった後、ホルスターに銃を戻す。ボイルドレザーの分厚さを通して微かに伝わる発砲の余熱は、一方的に射殺された兵士の怨嗟のようでもあった。

「それよっか、報酬の時間だ。分かってるだろ?」

「背嚢一個分、だろ?」

とはいえ他の面子も慣れたものだ。殺してしまったものは仕方ないとばかりに思考を切り替え、死体を跨いで大型の食料品店へ入って行く。

そこはしばらく兵士達が占拠していたのであろう。初期の地震による被害は大きかったが、完全に荒らされているといった様子はなく、むしろ大佐が命綱と見て保全させたのか品が大量に残っていた。

「ひゃっほう! こいつぁお宝の山だ!! コーヒーはどこだ! いや、先に酒か!!」

「ハジメ! ハジメ! おかしコーナーどこ!」

「落ち着け落ち着け、帰るまでに飲み食いする分は目溢しの内だ。誰も盗りやしねぇよ」

デルタは本能的に店の奥に向かっていた。こういうレイアウトの商店であるならば、大抵の場合、飲み物の棚は奥の角と相場が決まっている。

そしてクインは菓子がないか、特に彼女が愛して止まないチョコレートの捜索を願い出る。

思い思いに散って漁ったそこは、ゴミ捨て場の底では正に宝の山。

期限が切れていない缶詰。辛うじて食べられそうな果物。そして牢屋かと一瞬勘違いしそうになるカウンターの奥に詰まれている煙草のパッケージ!

これらは全て、一番乗りだからこそ自由に持ち帰ることができる最たるものだ。特にハイランダーは彼等に、鞄一つ分の持ち帰り自由を確約している。

新品の煙草が数カートンに缶詰を山盛り、そして他の隙間に嗜好品を詰め込めるだけ詰め込めば、均等に分配しても半年は遊んで暮らせるだけの額になるだろう。

そして、その選考には文字の翻訳ができるトリニティが引っ張り蛸となる。

「トリニティ! これコーヒーか! オレぁコイツがないとダメなんだ! 酸味が強いかどうか知りたい!!」

「数字すら読めませんわね……産地は類推するしかないとして、トリニティ、このワインのボディは? あと生産年も。それくらい書いてありますわよね」

「これ、なにチョコ!? ビターはきらい!」

『まっ、待ってください! 一気に来られると弊機の処理容量を超えます!!』

めぼしい戦利品を押しつけてわぁわぁやっている仲間を横目に、元気だなぁとハジメは平積みにされていたタンクに手を伸ばす。持ち手が付いたそれは、故郷ではサラダ油以外ではあまりお目に掛かることのない、海外ドラマによく出てくる飲み物のパッケージ。

「色的に牛乳で間違いないよな? どれ、味は……」

妙に硬い栓を引っこ抜いて、試すように一口飲めば、微妙そうな顔を隠しもしないハジメ。

彼の故国と違って、この国の牛乳はかなりの高温殺菌によって鮮度を保つ、というよりも腐敗しないようにしているからだろう。しかも、彼には読めない文字で低脂肪と書いてあった。

つまり、記憶の中にあるものと比べて怖ろしく薄く、飲み口は半ば水に近い。

「……コイツにコーヒーをブチ込んでも、却って虚しくなりそうだ」

栓を戻した彼は、がっかりだと言わんばかりに地面に下ろす。記憶の中、今となっては天国に近い、棄てられるまでの故郷で味わえていた美味とは程遠い。

特に彼が好んだ、乳脂肪たっぷりの牛乳にコーヒーの風味を付けて、練乳の甘みを贅沢に添えた逸品と比べれば……。

「ゴミ箱の底には、コイツが似合いか」

彼は懐を漁って一本の葉巻を取り出す。大佐は、この状況に焦れてかなりの量を吸ってしまったのだろう。執務室に残っていた最後の一本だ。

ナイフで両端を切り落とし、吸い口と点火口を作ってから咥える。

そして、本来の作法からは大きく外れるが、弾痕によって凹んだライターで火を付ければ、馥郁たる香りの煙が立ち上った。

持ち帰れば、それ一本で部屋を半年は借りられる代物であるが、殺しによってささくれ立った神経を宥めるのには、これくらいが丁度良い。

ガツンと重いニコチンとタールに頭を殴られて、ようやくハジメは人心地ついたのだろう。

平積みになった缶詰の箱に腰を下ろして、ゆっくり、そしてたっぷりと一服。

「天国は今は遠く、ってか」

戦果に盛り上がる仲間達を余所に、静かにリボルバーをリロードする。

慣れきった手付き。嗅ぎ慣れた黒色火薬と鉛玉の丸さ、それと雷管を差し込む時の手触り。

これこそがスクラップヤードでの日常だ。

世界の果てで天国は望むべくもない。

ことそれが、棄てられる前の世界であるのであれば…………