軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

1-7

基本的に気の短い連中のすることを、ハジメはスクラップヤードに来てからの生活で分かっていた。

そして、別室で頭を冷やせと遠回しに言っているが、それは監禁して間を空けさせようなんて、お優しい考えに基づかないことくらいは想像すらせず辿り着ける。

第一、この大天災の中でクーデターなんぞを〝好機〟とばかりにやらかして、貴重な首都人口を大幅減に導いた短慮中の短慮の持ち主だ。尋問が〝物理的な質問〟に変わるまでの時間はさして長くなかろう。

「となると、今が離脱する最後の猶予か」

「無駄口を叩く……」

前を行っていた兵士が、最後まで言葉を続けることはできなかった。

叱るために後ろを向いた瞬間、直下型の地震によって僅かな断層が生まれていた、宮殿の廊下に躓いたからだ。

〈運が悪い〉としか言いようがない。このまま行けば顔面から転倒といったところであるが、大地からの打擲より彼は免れた。

「ちゃんと前を見た方が良いぞ」

ハジメが襟首を引っ掴んで支えてやったからだ。

「あっ、え、すまん……」

「いや、こちらこそすまんね」

「は?」

言い終えると同時、ハジメは兵士の襟から手を離して、更に足を払っていた。

より酷い体勢で地面に叩き付けられる兵士。顎が綺麗に地面に接吻を交わし、脳味噌が激しく頭蓋の内側で揺れる。どんな生物であっても、神経塊を巨大化させていった種族が持つ共通の弱点は如何ともし難い。

「きさっ……かひゅっ!?」

そして、後ろで見張っていた兵士の息が途切れる。

クインだ。大人に甘えるように飛びついた彼女だが、その手には無邪気とは対極の物がある。

フラグメンテ・マキナの世界から持ち込まれた宇宙船の怖ろしく強固な外殻。その断片に布を巻いた、よく言えばフルタングのナイフ、悪く言えば粗末な切れっ端が喉笛を裂いたのだ。

小さいからといって侮ってはいけない。力なんぞなくとも、構造を熟知していれば人間を殺すことなど容易い。

それが見た目と異なり、もう何年も傭兵稼業をやっているチルドレンズであれば尚更だ。

「かっ、かっ、こっ……」

「こら、クイン。殺すな。後が面倒になるだろ」

あーあとハジメは後頭部を掻いた。

一応、これでも最後まで和解の道を模索してはいたのだ。

「でも、殺気、あった」

「第一、あの調子ならハイランダーのお気に召すようにはいかねぇだろ。敵のコマ減らしといた方が楽だぜ」

「ですわね」

「あっ」

振り返れば、気絶していた兵士もさっくりとトワイラが首を刎ねてしまっていた。脳に血が行かなくなる、得も言えぬ苦しさの中で死ぬよりはマシとはいえど、それにしても無慈悲なものだ。

斯くして、存在していたかも疑わしいが、穏健な解決への道は失われた。

とはいえ、それはもう、大佐が扉を閉ざした時になくなっていたと言っても良いのだが。

「面倒くさいなー……」

ぼやきはしたが、こうなっては仕方がないとハジメはスイッチを切り替えることにした。

こちらは紳士的に訪ねて行った。向こうは浅慮を発揮した。

であるならば、ハイランダーからの注文である「《《スクラップヤードの流儀を教えてや》》れ」という、彼女なりの親切心は意味合いを変える。

庭を荒らす虫は駆除しろ。そう冷淡な指示に塗り変わったのだ。

そして、その血色のペンキを用意したのは、他ならぬ大佐達である。

「どうも参ったね。トリニティ、道中で確認した兵士は?」

『生体センサーに引っかかったのは、三十と少しです』

「三十ちょいか、多いな。正面からは相手にできんか」

『それと屋上にチラッとですけど回転翼機が見えました。輸送用ではありませんね。原始的ですがミサイルポッドが懸架されていました』

「攻撃ヘリに戦車か、こりゃ泥臭く行かんと仕方ないな」

やりたくねー、そう小言を吐きつつも、ハジメの中では既に絵図は書き上がっていた。

この際、どうせ交換部品も手に入らなくて長くは使えないのだ。ハイランダーも戦車とヘリの確保に五月蠅くは言うまい。それに、この荒天が珍しくない世界、どうせ悠々と空を駆けることもできなければ、泥濘に勝てもしないのだ。有り難がられるのは、部品取りとして使える車両やバイクの方だろう。

「クイン、頼む」

「ん」

手を伸ばしてくる童女にハジメは懐から取りだした飴玉を数個握らせてやった。

お駄賃であり、手品の仕込みだ。

「トリニティ、人のいない方向をセンサーで探ってくれ。一旦お暇しよう」

『畏まりました』

「それからデルタ、先導を。できれば静かに」

「ああ」

そして高性能なセンサーを外付けしたガイノイドに道行きの安全を託し、万が一の不意遭遇に備えてサバイバーに斧を抜かせる。

そして、しゃがみ込んで死体を漁っていたアドラーに近づけば、銃が寄越される。

「如何です?」

「んー、ダメだな、格好好いが雑に扱うと直ぐ拗ねるタイプだ。熱にも泥にも、雨にも弱い。お前さんと違って、苦労を知らない甘やかされたご令嬢ってところか」

「こんな状況でなければ仲良くできたかもしれませんわね。では、残念ですが、弾倉だけ失敬していきましょうか」

独裁者の宮殿と言えば木とプレス加工の鉄が組み合わさり、どのような過酷な状況でも稼働する、世界で最も生産された傑作銃が似合いだと考えていたハジメであるが、兵士達の装備は趣が違う。

硬質特殊プラスチックの本体と複雑な機構。最初からサイトを装備したキャリングハンドルの備わった外見は、見た目通りの繊細さでスクラップヤードには適していない。ちょっと使う位ならば問題ないが、環境そのもが過酷なゴミ捨て場で長生きできるタイプではない。

蛮用を避け、丁寧に扱っても一月保てば良い方か。

弾倉にも互換性はなさそうだし、何よりもスケルトン構造の本体は剛性に自信がありそうとは思えない。これも持って帰ったところで、中に入っている弾以上の価値は付くまい。

アレが手に入ればなと思ったハジメだが、致し方ないと持てる物を持ってその場を後にした。

クインは途中でそっと柱の陰に隠れ、何処かへ消える。

それから、地震によって見張り櫓が倒壊し、崩れた壁に近寄ると運が良いのか悪いのか、ぽつりと足下の水溜まりが震えた。

「ついてるな、雨だ。これで追ってこられない」

「巫山戯んな。俺達には結構な致命傷になりかねないんだぞ」

ぽつぽつと、一度止んだ雨が再び降り始めていた。慌てて雨具を引っ張り出すシヴィラツィオとアドラーを、この程度は慣れっこのサバイバーズ、汚れてしまう以上の支障を来さないフラグメンテ・マキナは大変そうだなと他人事のように眺めていた。

間もなく勢いを増した雨に紛れて隠れて、誰に咎められることもなく市街に逃げ出せた四人は、比較的倒壊具合が甘い家屋に身を寄せて雨から逃れることにした。

住人は留守であったのか、火を怖れて逃げたのか不在であった。

「粗末な家ですわね」

「屋根があるだけ上等だろ」

汚染雨が体を蝕む毒になる二名は、土間でしっかりと雨具から水気を払って内部に入ったが、仮宿に選んだそこが貧相である事実に変わりはなかった。

土っぽく埃の臭いが混じった家屋には木が腐りかけた気配も滲み、碌に手入れされていないことが窺える。画面の端っこに罅が入ったテレビ、草臥れた敷物や掃除の行き届いていない棚。首都の一角にある住居がこれならば、生活レベルも知れたものだ。

椅子や机も部屋の中よりゴミ捨て場の方が似合いの風情で、一足早く、生き残った大佐よりも、この世界に順応したかのよう。

「お、ツイてるな。ハジメ、缶詰があるぞ」

「でかしたデルタ。何のだ?」

「豆だ。こっちは……挽肉だな。馬肉かな?」

「また豆か……パイナップルとか桃はないのか? 蜜柑は?」

「んな上等なもんが早々転がってるかよ」

「世界が棄てられる前の故郷じゃ、気紛れにミックスジュースが飲みたくなった時に備えて常備しているもんだったんだがなぁ」

「わたくしの温室でも育てていましたわね。目覚めは林檎のジュースだったのが懐かしいですわ。あと、来客用の胡瓜も」

「どんな天国だ」

天国、天国ね。そう呟きながら古ぼけた椅子に座ったハジメは、シケモクを取りだして咥える。

『どうぞ』

「悪いね」

すかさず煙草に火を付けてやるトリニティ。彼女は奉仕用のガイノイドではないが、この辺りの気遣いがよくできた。棄てられる前の世界では市民権がちゃんとあり、生の歌唱が売りの喫茶店やバーで働いていたというのだから、これはインプットされた本能ではなく、学んだ習性なのだろう。

「さて、この雨がどれだけ続くやら」

「さぁな。この世界のご機嫌伺いはどうにも難しい」

デルタもシケモクを咥え、窓に肘を置いて天を見上げてみるが、こういった時に神がかり的な感性を発揮する斥候がいないので、長くスクラップヤードにいる彼女でも読めはしなかった。

むしろ、長くいるからこそ分からない。

雨は何ヶ月も降らないこともあれば、一刻ごとに止んだり降ったりすることもあるし、代わりに酷いハリケーンとなって街を襲うこともあった。記憶の中で最悪なのは、三ヶ月も降り止まずに街の半分が浸水した時だろうか。

何処かで誰かがサイコロを振るっているかのように、全てが無秩序で不規則だ。そういった、当たり前の機能さえも棄てられてしまったかのように。

「で、どうすんだ?」

「まぁ、大佐はご退場願うしかないだろうな」

雑多な吸い殻から集めた、灰混じりの煙草を燻らせつつハジメは淡々と、それでいて昼飯の内容を決めるような気軽さで彼の運命を決定した。

どうしようもないことだ。

確かに彼は暴れることができるだろう。

しかし、それも短い間。あれらの高性能な装備もあっと言う間に朽ちていく。共食い整備したところで、稼働率は見る間に下がっていくだろう。

そうすると、後に残るのは使い物にならなくなった銃器と燃料切れの戦車にヘリ、そして少しの暴虐に慣れた敗残兵にガラクタの王座に座る王様一人。

苛烈な鬱憤を晴らすが如き反撃を受けて、誰一人生き残りはできまい。

未来は確定している。

だが、他人にとって迷惑な未来だ。

大佐達の装備であれば、近隣の村々と街を一個か二個は陥落させて支配下におけるだろうが、決して長続きはしない。近代的な銃に慣れていた兵士は、壊れたからといってすぐにパーカッション式リボルバーや粗製のパイプガンに順応することはできまいて。

むしろ、抵抗を試みた街の弾薬は払底しているはずだ。略奪できたとしても、手に入るのは雀の涙。継戦能力は戦えば戦うほど、古くなった櫛の歯が如く欠けていく。

スクラップヤードに馴染めなかった、旧来の立場に固執した者達が辿るには妥当の結末だ。

されど、その過程で多くの罪なき命。故もなく、ただ理不尽に、好き好んで棄てられた訳ではない同胞が殺される。

それはハジメには看過しづらいことであるし、何においても〝寝覚めが悪い〟。

少なくとも、この何もかもが喪われた世界で娯楽とも呼べる、気持ちいい睡眠くらいは邪魔されたくないものだ。

第一に、殺すべき時に殺さなかった時、引き起こされる事態が如何に後味の悪さを人生に残していくかをハジメは嫌というほど分かっていた。

世の中にはいるものなのだ。世間様のためであれば、気分が乗らなかろうが、細やかなりし倫理観が声を上げようが、殺しておいた方が良い人間というのは。

そして、大佐はこの経済圏において、ハジメの中では殺しておいた方が、人のためになる人間にカテゴライズされてしまった。

「他のはどうする?」

「皆殺し、は妥当だが現場判断かな。宮殿や街の外での地獄を生むのに一役買った連中だが、同調圧力ってのもあったろうし」

「お優しいことで」

「弾代が惜しいだけさ」

強がりが滲む言葉にデルタはハンと鼻を鳴らし、煙草を揺らして灰を落とした。

「で、策はお有りで?」

「一応ね。トリニティ、電波は?」

『旧式の短波無線のやり取りが確認されています。市内放送用のメガホンが各所に立っていたので、有線でジャックするのは簡単かと』

「じゃあ〝サンプリング〟は?」

僅かな思考。しかし、シヴィラツィオとは比べものにならない膨大な思考リソースを持つフラグメンテ・マキナの逡巡は、実時間と比べて随分と長い物なのだろう。

寸間の、しかし莫大な計算という迷いの後に声を失った唄姫は可能だと告げた。

『気乗りはいたしませんが』

「悪いがやってくれ。混乱が起こった方が色々とやりやすい」

『……お望みのままに』

「じゃあ決行は……」

「ただいま」

トワイラの問いに、クインが戻ってからと言おうとした直後、家の扉が開かれた。

襤褸切れを雨具代わりに被ったクインだ。

「早いな」

「かんたんだった。あとここ、おいしそうなにおいがする」

「本当に聡いな……まぁいいや、そろそろできる」

ハジメは策を立てながら、小さなガスボンベで動くコンロを使って、拝借した豆と馬肉の缶詰でチリコンカンをデッチ上げていた。キッチンにあった、それっぽい香辛料を一舐めしてから「こんなもんか」とカンで作ったものであるが、不味そうな顔をして頬張らないといけないほどの出来映えではない。

斯くして、大佐の小さな野望を打ち砕く策は、スキレットの中ででチリコンカンが煮詰まるのと同じ気楽さで練り上げられた…………。