軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

5-4

アーモリーは雑多な街であるが、その中でも賑やかであると同時、近寄りがたい街がある。

「わぁ、綺麗……」

思わずナナが呟いたとおり、その街路は賑やかに飾られていた。

可能な限りの華々しさで彩られた通りの一つは、様々な世界から拾ってきたであろう塗料や電飾で紅く輝いていた。

道を構成する建物自体は造りが同じなのだが、まるで異国に迷い込んだかのような風情。読めぬ看板、謎の意匠のお守り、そして龍と思しき飾りの数々。

一瞬だが、ここがゴミ捨て場の底であることを忘れるような光景であった。

「見た目に騙されるなよ、ここは 紅提灯(べにちょうちん) 通り。客家や楼民の縄張りだ」

「ハッカ?」

「俺達はよりちぃと顔付きが違う連中の寄合だよ。今は三交会ってのが仕切っている。まぁ、言うなれば大陸系のヤクザだな」

ナナは学生旅行で行った夏大陸からの移民が作った大陸街のようだと思ったが、どうやらコッチでもその気風は同じらしい。

そして、お国どころか世界が違おうと、彼等は似た連中と連んで身を守ろうとする習性があるようだ。

この紅提灯通りは、それがアーモリーにて実を結んだ形であり、街路三ブロック分がまるまま、客家や楼民の商売処にして住まいなのだ。

「気ぃつけろ、ナメられたら一瞬でカモられるぞ。ここでだけは値札通り買い物すんな」

「観光地と一緒ってことね……」

「それより性質が悪い。悪いことは言わんから、弾倉に初弾は込めとけ。連中は同胞以外に冷たいのを通り越して、歩く煙草か弾だと思ってる節がある」

へぇ……とナナがトラップドアに弾を装填しようかと弾に手を伸ばしたところ、大きな悲鳴が響いた。

「何!? 何々!?」

「よくあるこった。路地裏で悲鳴が響いても覗き込むなよ。面倒が増え……」

「大兄!!」

警告の声に被さるようにして女性の声が響いた。

うわーとハジメが面倒臭そうな顔をして通りを見れば、そこには一人の女がいた。

まだ年若い。二十かそこらといったところであろう。童顔気味の顔に墨色の髪をボブカットに整えた顔付きは可愛らしいのだが、瞳孔がかっぴらいた瞳がヤバい人間であると見る者に無言で語りかける。

更に左目は眼帯で覆われていた。帯のような形で巻かれたそれには、牡丹の刺繍が施されており、ケバケバしい派手さも相まって、立ち姿がほっそりしている彼女の常軌を逸した雰囲気を尚強調している。

恐らくシヴィラツィオであろうか。この界隈では滅多に見ない黒いスーツを纏った立ち姿は、正にオールドムービーのマフィアといった風情であり、ネクタイも巻かない緋色に金糸刺繍のシャツも相まって、より近づきがたい雰囲気を放っていた。

「ムゥダンか。奇遇だな」

「大兄、いらっしゃるならなんで、わたしに声をかけてくださらなかったんですか」

ナナは小走りに駆け寄ってくる女を見て、思わず鼻を覆いたくなった。

この女からは血の臭いがする。

殺人者の雰囲気ではなく、文字通りにだ。

路地の中から少しずつ赤い物が垂れ流されてきた。

言うまでもなく、人間から絞り出された血だ。

「おい、そんな路地の浅い所でやるなよ。幾ら紅提灯だとしても」

「すみません、できるだけこの辺りの連中に悲鳴を聞かせておきたかったんで」

「たすけっ、たすけ……ぎゃぁぁぁぁ!?」

路地の暗がりから腕だけが出てきて助けを求めたが、掴んだのは虚空。肉を断つ大きな音を引き連れて、闇の中へと引き摺り混まれていく。まだ苦悶の声が続いていることからして、今の男は四肢の何れかを切断されただけで、死に切れていないのだろう。

照明のせいで生まれた影の中で何が起こっているか想像し、ナナはゾッとした。

最初の仕事を片付けた夜、下手をすれば自分もああなっていたかもしれないと想像できたから。

「アネ、ゴ……コイツ、ドウシマ」

すると、酷く片言のトロウルが二階の庇を掴みながらヌッと現れた。両腕と背中に不気味な刺青を背負っており、右手には〈大型〉規格の肉切り包丁が握られ、てらてらと使用感たっぷりに血で輝いていた。

「ああ、内臓バラして向こうの組織に送りつけろ。口に手紙しっかり咥えさせとけ。忘れんなよダーチョゥ。お前、前にやらかしたろ」

「サ、セ」

女、ムゥダンの声が急に低くガラが悪くなった。ハジメに声をかけた時とは大違いであるが、その熟れた調子からして、コッチが素なのであろう。

「で、大兄、こんなしょぼくれた街に何の用で」

「まぁ、簡単に言えばお前に会いに来たんだよ……」

「わたしに?」

薄い微笑みは彼女なりの精一杯柔らかな表情なのだろうが、ぞろりと口の端から伸びた八重歯が凶悪さを隠し切れていなかった。

「それは、嬉しいです。どうです、お茶でも。オーガニックなのが手に入りました」

「いや、そこまで込み入った話でも……」

「ご馳走しないと〝三交会〟の沽券に関わりますから。どうか、わたしの顔を立てると思っていただいて貰えませんか?」

まるで自分がいないように喋るなコイツと思ったナナだが、実際そうだ。

ムゥダンは最初からハジメしか認識していない。

むしろ、敢えて隣に女の姿がいないように振る舞っている節があった。

「はぁ……ちゃんと三人前頼むぞ」

「……畏まりました」

僅かな沈黙の後、先導するように歩き出したスーツの背を追う二人。

ナナが目で何アイツと問うてきたので、ハジメは頭を掻きながら答えた。

「昔、路地裏でフクロにされてるのを何となく助けてな。で、今にも死にそうな面だったからチョコレートと食いもん……つっても、国民栄養食乙種一号だが……それと、予備で持ち歩いてたパイプガンをくれてやっただけだよ」

「そうです! 餓えたる時に受けた粥の恩は七日七夜かけて返すだけの価値があります。あの時のフクロにされて、犯されて死ぬだけだったガキがここまで来られたのは全て大兄のおかげです。組織の不都合にならない限り、恩を返せる機会があるならなんでもします」

都合の良い時だけ存在していることにされるの腹立つなぁと思いつつ、ナナは何となく逆らうべきではないと悟った。

腰にぶら下げている自動拳銃、スーツの裾が捲れ上がるようにねじ込まれたそれは、見せ付けるためと言うより素早く抜くためだろう。そして、この界隈に染まりつつある彼女には、チェンバーチェックせずとも、それに初弾が装填されっぱなしなのは分かった。

言うまでもなく、安全装置もかかっていない……というよりも、あの発掘品の拳銃には、そんな上等な物は実装されていないのだが。

ただ、熟れた雰囲気から分かる。鉄パイプで殴り返すより早く抜き放ち、撃ち殺される。それだけの技量が肩で風を切って歩く姿から分かったから。

通された異国情緒溢れる内装の店に通されると、店主はムゥダンの姿を見て深々と頭を下げた。ハジメ達と近い文化件の人間が、最も敬意を示す時にする所作だ。

「茶を。この間のだ。三人前」

「はい」

奥に下がっていく店員を目線は油断なく最後まで追っていた。

「いいかナナ、ああいう目の動かし方を覚えとけ」

「なんで」

「凶手、殺し屋の警戒に丁度良い。実際コイツは通り一つ任されるまでは凄腕の凶手だった」

「そんな、褒められるほどじゃありませんよ。ささ、大兄、奥へ」

上座に座らされたハジメはどうにも居心地が悪そうだが、元凶手が本来は壁を背にしたかったろうに、自分に譲ったことを無碍にはできなかった。彼女なりの心遣いを無駄にしないため、彼はゆっくりと腰を下ろした。

「で、大兄、なんで態々わたしなんかをお探しに?」

「フラッフィーって覚えてるか? たしかお前がケツ持ちしてるあたりの界隈を塒にしてたろ」

「ああ、カクテルの出来がよくないと義手でぶん殴る男ですか? たしかに系列の店に溜まっていました。一回出禁にしようかと思いましたが、本当に酷い出来映えだったんで、わたしも思わずハジきましたね」

「……幾ら人の命が軽いとはいえ」

「酒が不味いのは看板に泥塗るような物です。ケツ持ちの仕事の一つでしょ。面接したマスターにもケジメを付けさせておきましたよ」

ケジメ……と低く唸るナナに、ハジメは卓上の見える位置に置いてある手の小指をぴくぴくさせた。

この地のギャングには、何処からか入って来た落とし前の方法として、指を切断する行為が輸入されているのだ。

納得したナナだが、やっぱ捨てられてくるだけあって、みんなイカれてるわと呆れた溜息をどうにか呑み込んだ。

「お待たせいたしました」

「ご苦労、下がって良いぞ。さぁ、大兄、わたしが煎れてさしあげましょう」

それから運び込まれた茶は、何と言うか珍妙であった。

態々貴重な綺麗な湯をダバダバ盆に溢すようにして使うわ、一杯目は飲まずに捨てて香りだけ嗅ぐわ、トワイラでもやらないような楽しみ方である。

「で、義手野郎がどうしました?」

「死んだ。多分毒を盛られて。バーの中でだ」

「……粗暴な男ではありましたが、恨みを買うほどではなかったと記憶しておりますね」

「ああ。それに酒に混ぜ物があって気付かない馬鹿じゃねぇ。アイツに何があったか知りたい」

「大兄のためなら喜ん……」

「コイツん仕事の助っ人だよ」

親指でさされて、ぐるんと顔が向き、初めてナナは三交会の幹部と目が合った。

虚のように暗い目であった。渦を巻くが如く粘質な何かは、ただ人を殺し続けただけでは、こうはなるまい。

どれだけの闇に浸ればこうなるのか、という暗さであった。

「あっと、その……ハストゥールさんの仕事で……」

「で?」

低い酒と煙草に灼けただけではなく、腹から響く重い声。言葉を選べと言っているような響きに、ギャルは無意識に背筋を正していた。

萎縮させるような恐怖ではない。正しく振る舞わねばならない、そんな畏怖を抱かせる声であった。なるほど、暴力が全ての裏打ちである世界で尚もマフィアなんぞの看板を掲げて、飯を食っているだけはあると納得できた。

「酒場で、沢山人が死んでるって……」

「別に珍しいことじゃねぇが?」

「統計的に、なんか、死にすぎとか……えと、えと……」

助けを求めてハジメを見たが、彼は茶を飲んで「お、美味いな」と茶碗を見下ろしており、助け船を出すつもりはないようだ。

それも全て、こういう手合いにも慣れて、きちんと交渉できるようになれという教育だからだ。

「お嬢さん、悪いがね、情報ってのは煙草より価値があんだよ。それを引っ張り出したいなら話法作って出直してくれや」

「いや、なんか、死に方が変!? アル中の死に方じゃなくて!?」

「ンなもん大兄が仰った分で聞いてんだよ。テメェ、大兄の尻にくっついてただけで、深く考えてねぇだろ。なんでンなのが大兄に迷惑かけてんだ? あ?」

「えっ、えと、え……」

「その辺にしといてやれ」

ちょっと圧が強すぎたかな? とハジメは茶碗を置きながら窘めた。

とはいえ、まだ利と理があれば話が通じる分、曲者揃いのフィクサーや、変人だらけの権力者の中でムゥダンは大分マシな方なのだが。

まぁ、下手を打ったら普通には死なせてくれないのだが、逆説的には失敗しないなら殺されないという点では安パイなのだ。

善意としてヤベー薬物を寄越してくる女とかと比べたら、パンチが弱い方というのがアーモリーの壮絶なところである。

「そんなドス効かせちゃ話になるめぇ。ナナ、お前もビビりすぎ。もっと落ち着いて話せ。な?」

「……すみません、大兄」

頭を下げる幹部を見て、改めて彼女は思った。この人、何処でどんな伝手作ってるんだよと。

しかし、何とか深呼吸して考えを纏める時間はできた。彼女は大きく吐息してから、バーテンが怪しいのではないかという考えを述べる。

「ウチのケツ持ってる店が何かしたとでも?」

「そうじゃなくて! ……ですね。そのフラッフィーさん? が納得するだけのカクテルが作れて、バーで雇われる人と言えば、ここでもそこまではいないから、数だけ絞れたらと!!」

両手をブンブンと振り、話術の組み立てが甘かったと必死に否定するナナ。実際彼女の〈悪運〉は太い。今の言い方、隣にハジメがいなかったならば、ムゥダンは袖に忍ばせていた小さなナイフを彼女の掌に突き立てて、机に昆虫標本よろしく貼り付けていただろう。

「ナナ、やっぱお前〈サバイバーズ〉なんだな」

「なにそれ!?」

「いやぁ、どいつもこいつも生き延びるのに必死で対人能力が低いなぁって」

「煽ってんの!?」

「統計の話だよ統計の」

くすくすと笑いながら、仕方がないとハジメは話を纏めてやった。

「では、ちょっと人を使って調べさせます大兄。死んだ店が分かっているので、日付も教えていただきましたし、バーテンの務めも分かるでしょう。流しのもいるでしょうから、一日か二日いただけますか?」

「分かった。馳走になった」

でと睨まれ、ナナは情報代として上等な煙草を一本支払った。

ここで彼女は教訓を二つ得る。

一つは自分より強く、ヤベー女なんぞ幾らでもいること。最早己はハイカーストの存在ではない。

そして、仕事の中で諸経費をちゃんと計上して動くことを…………。