軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

4-4

幾重にも空気を叩く乾いた音が響き渡った。

小銃弾の連射だ。

「クソッ、ドタマ貫通しても死なねぇ!」

「心臓も駄目だ!!」

回廊の両脇に陣取り、上体だけを出したハジメとデルタが射撃を行った相手は、恐らくはアイオーン・バイオメティクスの職員や警備員……であったものの成れの果て。

表皮は乾いてひび割れるか腐り落ち、汚らしい汁を垂れ流すゾンビに指切り射撃によって制御された速射が、照準を過つことなく叩き込まれるものの、全く意に介した様子は見られなかった。

弾は確実に命中している。社章とセキュリティ・ユニットの文字が刺繍された帽子を被った警備員の頭に突き立った弾頭は脳髄を掻き混ぜ、同じく社章の刻まれた防刃ベストの胸を叩いた三発の弾丸は心臓を破壊しているはずだ。

多くの場合、ゾンビは頭を壊せば撃破できる。寄生虫が操っているタイプでも、命令を出すための脳幹か、体を維持する心臓を潰せば何とかなることが多い。

だが、今回は菌に感染し、それが体中に張り巡らせた菌糸の疑似ニューロンが操っている動死体だ。使っている肉体を多少破壊されようが、複雑な編み目を描くネットワークこそが本隊であるゾンビを滅ぼすことはできない。

「膝だ! 膝を撃て!!」

「しれっと難しいこと言うな!!」

銃声に反応して全力疾走を始めた、十数体はいるだろうゾンビの群れ。幸いにも特別な変異を起こした個体はいないようだが、その頑丈性の一点で厄介さは十分だ。

とにかく撃ち込めばどれか当たるだろうとフルオートで弾をばら撒くデルタ、何とか無駄玉を減らそうと慎重に狙うハジメ。

されど、全力で動く足を狙うのは至難の業だ。特に、さっき手に入れて碌に試射もされておらず、標準装備のアイアンサイト便りともなれば。

「クソッ、リロード!」

『カバーします』

フルオートで弾を撒いていたデルタの弾が先に尽きた。そのまま体を引っ込めて、古い弾倉を引き抜きにかかると、その隙を埋めるように彼女の足下でかがみ込んでいたトリニティが体を乗り出して射撃を開始する。

とはいえ、その精度はあまり高くない。火器にセンサーが搭載されておらず、彼女に搭載されている火器管制系が高度とは言えない。

特に、これほど原始的で反動が激しい火薬式銃になど対応している訳のないFCSでは、元々の狙いが甘いし、碌すっぽ照準補正が効くようなプロトコルも組まれておらず、軍用筐体ではない体で受け止められる衝撃にも限りがある。

だが、まぐれ当たりとは良くあるものだ。この〈悪運〉が全てと言われる巷において、たまたま当たった弾が全てを救うことなど珍しくもない。

トリニティの弾が一発、まともにゾンビの膝を砕いた。

先頭を疾駆していた個体が転ければ、後続はそれに巻き込まれて倒れ伏す。

障害物となった前衛を飛び越えようとした個体には、ハジメが射撃を加えて空中でつんのめらせて倒す。すると、それに潰されて更にゾンビが倒れた。

「今だトリニティ!!」

『隔壁を下げます』

ゾンビ達が一定のラインに集まったことを確認し、ハジメは声を上げた。

すると、無線で命令が伝わったのか、廊下の隔壁がおり始める。

火災対策、何よりも侵入者に対するため各所に用意されており、必要があればセキュリティのために下ろされる分厚い壁。

人を巻き込まないことを一応想定してか、四隅から三角形の壁がレンズのファインダーを絞るように伸びていく。徐々に狭まる視界の中、殺到するゾンビを前にハジメとトリニティの弾薬が尽きた。

そして、辛うじて巻き込まれなかった一体が隔壁に身を乗り出そうとした瞬間。

「だらぁぁぁぁ!!」

その顔面が、デルタによって打擲された。無論、斧に持ち変える余裕はなかったため、装填を終えた銃を棍棒のように握ってだ。

さしもの動死体とて物理的に叩きのめされれば後退するしかない。そして、その隙に隔壁はしまり、ゾンビ達は閉じ込められていった。

「ふぅ……危ねぇ……」

「デルタ、馬鹿、お前、んな扱いしたら壊れるぞ。自分の馬鹿力を弁えろよ」

「わたくしが控えておりましたのに」

白兵戦は避けたいが、万が一を考えてトワイラが控えていたものの、デルタはついつい反射的に銃を撃つよりもマンストッピングパワーは高いと考え、銃を棍棒のように扱ってしまった。

「クセでよ。でも頑丈だなコイツ、特に歪んだ感じはねぇし」

「だからって手酷く扱うな。手荒く扱われて気分がいいわけねぇだろ」

「銃と寝る男様は言うことがちがうねぇ」

「お前、背中に気を付けとけよ」

「冗談だよ。これで砂塵に強そうなら文句ねぇんだが……」

念のためにボルトを引いたりして稼働に〝ガタ〟が来ていないかたしかめているデルタだが、相当頑丈に作られているのか、人間をぶん殴ったくらいでは異常は発生していない。とはいえ、銃を大事に使うことをモットーとするハジメからすると、寿命を縮めるような使い方をするなと言う話なのだが。

「まぁいいか、コイツが粗暴なのはいつものことだし……」

「これだからお上品なシヴィラツィオ様はよぉ」

「うるせぇ野蛮人。トリニティ、今ので進路上の脅威は排除できたか」

『はい。全固体、隔離に成功いたしました』

よし、と呟いた後、ハジメは弾倉を交換すると、封鎖された隔壁から背を向けて遠回りを始めた。

元々、この手のゾンビとは遠距離戦であろうと、白兵戦であろうとやり合うのは割に合わない。

特に接触感染した場合、治療が極めて困難である状況を鑑みれば当然だ。

そのため、戦闘を避けるべく、施設を掌握したトリニティに警備機構を働かせ、閉じたシャッターに多くの個体を閉じ込めることに成功した。

とはいえ、全ての道を塞いでしまうと肝心の目的地に辿り着けない上、今のように〝行きたい部屋〟の前に屯している連中は何とか処理しなければならないのだが。

「ここか」

『主任研究員室とあります。ネームプレートはありませんが、バイタルパートに従えば、ウィルヘルミーナ・キャッスル主席研究員ですね』

「死人の名前なんてどうでもいいだろ。中の様子は?」

『監視カメラはありません』

今まで制御権を乗っ取った監視カメラによって安全性を確認していた一行にとって、どうにも歯痒い事態であった。

中に居るらしい研究員は死んでいるようだが、他のお客がいたらどうするか。

少なくとも、警備員室で手に入れた小銃では牽制にしかならない。となるとだ。

「仕方ねぇ、ちょっと豪勢に行くか」

言って、ハジメは小銃をクインに預け、愛銃を抜き放った。

装填してあるのはチャコール・ブルーも目映いマスターピースのシリンダーであり、装填してあるのは.357仕様の特注〝真鍮製尖頭弾〟であり、きっかり60グレインを込めている火薬も、恐るべきことにニトロセルロースとニトログリセリンを混合したダブルベース火薬という、高性能な無煙火薬だ。

宇宙船の外殻を使った、この世に五本しか存在しないシリンダーだからこそできる無茶であり、その威力は大口径のライフルに匹敵する。

「コイツなら胸に当たれば重要臓器が全部抉れて吹っ飛ぶ。脊柱ごとな」

『体内に伝播する衝撃波も凄まじそうですね。脆い菌糸のネットワークを破壊できるかと』

「じゃ、開けてくれ」

内部からロックされていた主任室が、警備系統からの指示によって強引にオーバーライドされて解放されていく。

そして、一人の女が振り返った。

頭頂部が抉れて吹き飛んだ様は、恐らく顎の下に拳銃を添えて自害したのだろう。

それでも、施設全体に目に見えないほどのネットワークを張り巡らせた菌糸は、彼女を見逃してくれなかったようだ。脳の大部分が吹き飛んでいるとはいえ、その体に利用価値はあると判断されたのだろう。

「おやすみ」

自殺によって顔面が歪んでなければ美人であったのだろうなぁ、そう思えるゾンビにハジメは遠慮なく、フラグメンテ・マキナの軍用筐体でさえ引き千切る弾頭を叩き込んだ。

胸から入った弾丸は凄まじい初速と身に纏ったソニックブーム、そして真鍮の硬度によって全てを粉砕。胸骨、肋骨は砕け、子供の拳大の穴を開けながら突き進み、そして貫通するに当たって爆発力を発揮。

まるで蝉が脱皮するように背中が大きく弾け飛んで、扇状に腐った血液が室内にぶちまけられた。

体内を駆け巡った凄絶なまでの衝撃波は、既に菌床としてしか機能しない内臓を掻き回し、ネットワークを作っていた菌糸をズタズタに引き裂く。

接続を断たれた菌糸は点でバラバラに体を動かしたが、やがてそれも限界が来たのか停止する。ここまでやって、世界が捨てられるに至った元凶は、ようやく完全な眠りに就くことをゆるされたのだ。

「イッテェ……やっぱこれ多用するもんじゃねぇな……」

あだだだだ、とホルスターに銃を納め、手首をブラブラさせるハジメにデルタとトワイラは顔を歪めながら怒鳴った。

「ざけんな! どんな弾装填してやがる! 鼓膜破れるかと思ったぞ!!」

「わたくしの耳を何だと思っておりまして!? せめて警告なさいな!!」

そして、抗議の言葉の代わりにクインはハジメの足をげしげしと蹴った。

火薬の量が凄まじいなら、銃声も当然凄まじい。屋外なら兎も角として、室内で放たれた時は反響も含めて鼓膜を酷く苛む。何か嫌な予感がしたので離れていたため、三人の鼓膜が破れることはなかったが、今も至近距離で爆弾が炸裂したように耳鳴りが止まらなかった。

「まぁまぁ、撃っても中々殺せないのが一発で終わるんだ。いいだろ?」

「お前、次やる時はもっと離れてやれよ……マジで。この環境で音聞こえなくなったら詰みだからな」

「悪い悪い」

適当に謝罪しつつ、死血に染められた研究室は、さすが主任に与えられるものというだけあって広々としており、機材も充実していた。恐らく個人的な研究もできるよう、様々なものが運び込まれていたのであろう。

とはいえ、その用途の殆どは不明であり、並んでいる薬品にもラベルが貼られていないなど中々に厄介な状態だ。あまり雑に触ると、他の犠牲者と同じ目に遭いかねないため、探索は難しい。

「トリニティ、とりあえずPCを探ってくれ。何か研究ログとか色々あるだろ」

『分かりました。少し分析に時間がかかりますよ』

トリニティがパソコンを分解し、記憶媒体と思しきもののコードを探り始めたのを見終えたハジメは、振り返ると血の気が引いた。

デルタが無造作に部屋を歩いた瞬間、スリングでぶら下げていたスメリィ・ガンが背の高い棚にぶつかったのだ。

揺れる棚、何の不運か微かに開いていた扉、核爆発の衝撃か倒れていた瓶。

「デルタっ!!」

このままでは彼女に被ると思ったハジメは、まだ事態に気付いていないサバイバーズに飛びかかって押し飛ばす。

それと同時、落ちた薬瓶は棚の底板に当たって弾け飛び、ハジメに降り注ぐ。

さしもの彼も、それを避けることは適わなかった。

「ハジメッ!?」

「クソッ、しくった、おい大丈夫か!?」

「ハジメ! ハジメ!!」

『大丈夫ですか!?』

全員が慌てて駆け寄り、デルタを押しのけるため飛び込んだハジメを起こそうとするが、彼は手を振って接近を阻んだ。

「寄るな! 何か薬がかかった! 何が起こるかわから……」

言い切る間もなく、心臓がどくりと音を立てた。頭痛がし始めたのは俄に血流が加速し、脳内の血管が一気に広がったからだろうか。

全身が脈打ち、酷く熱い。体の操作がままならず、上手く動かなかった。

「くっ……かっ……かはっ……」

「ハジメ!! おいテメェ! オレを助けて死ぬとか許さねぇぞ!!」

デルタの叫び声さえ遠く聞こえる。

いよいよ自分の悪運が売り切れる時が来たのか。そう遠く思った時だ。

不意に、体の制御が戻ってくる。

手足が動き、意識は鮮明に。

だが、何かが起ころうとしていた。全身が酷く痛い。それと同時に耐え難い熱が迸る。

「あつっ、熱い! くそ、みんな俺から離れろ! 何かヤバい薬を浴びたらしい!!」

ギシギシと関節が悲鳴を上げ、肉体が防諜する。丁度良かったブーツが俄にキツくなり、少しオーバーサイズであった野戦服の生地がミチッと音を立てた。

ゾッとする記憶が脳裏を過る。

ちょうどこんな、サバイバーズの遺構を探索していた時だ。似たような状況で薬を浴びた傭兵が一人、物理的に〝弾け飛んだ〟ことがあった。

あんな死に様は御免だと思いつつ、体を締め付けるベストを投げ、靴を脱ぎ捨て、野戦服を急いで剥ぎ取る。

せめて回りに飛び散る破片を少なくして、仲間に犠牲を出さないようにとの献身で服を脱ぎ散らかすハジメ。だが、体の膨張は止まらず、肌着が嫌な音を立てる。

このまま爆散して死ぬのであれば、せめて爆発の規模を小さくしてやろうと体を抱くように丸めた瞬間……嘘のように痛みと熱は引いていた。

「……あれ?」

もう体に変化は起こっていない。苦痛はなく、耐え難い熱も失せた。

ただ、自分から出た声が、自分のもののように思えなかった。

酒と煙草に灼けているが、ハスキーな声は平素より大分トーンが高い。まるで女性のようではないか。

いや、抱きしめた自分の体、筋肉質なれど適度に皮下脂肪を残していたはずのそれが、妙に柔らかい。

「は、ハジメ、お、おま……」

「あ、あら、あらあらあら……」

「あー……」

顔を上げれば、三人が何か言いたげな顔をしていた。それが、笑いを堪えているように見えるのは気のせいだろうか。

「何だよ、何があったんだよ」

己の物とは思えない声をあげれば、トリニティが隣に立ち、掌のホロデバイスを機動する。そして、浮かび上がったのは、彼女の視界を投影するだろうもの。

そこには、胸を押さえた女の姿があった。全裸で、脱ぎ散らかした服、破れた下着が辛うじて引っかかっている様は、何と言うか自分が女になったらこんな感じなんだろうなと思わせる容姿。

されど、普段から〝衝立にもならない〟と言われていた矮躯が嘘のように伸びていた。

「えっ、はっ、あ……? なに、これ?」

『その……大変心苦しいのですが、ハジメ……どうやら、貴方は〝女〟になったようで』

トリニティが出力する文字列を咀嚼するのに数秒。

それからたっぷり十秒ほどおいて、酒とヤニに灼けたハスキーボイスの悲鳴が響き渡った…………。