軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

4-2

「こいつぁ……壮大だな……」

本来なら一日半の旅程をゾンビを避けるための迂回に迂回を重ね、〝三日〟もかけて、どうにかこうにか踏破した一行は、凄まじい光景に圧倒されていた。

クレーターだ。直径は1kmを下ることはあるまい。

ザラついた灰と、ガラス質の砂が立ちこめる虚無の縁はスクラップヤードの砂埃と混じり、顔を守っていなければ目を開けるどころか、呼吸さえ難しい有様となっていた。

その周囲に屯するのは、同じく棄ててこられた世界の名残であろう、大量のゾンビ達。

それも、あまり相手をしたくない〝全力疾走タイプ〟であり、同時に指折りの〝交戦を避けるべき〟類型であることが判明した。

五人がクレーターの縁に辿り着く直前、一緒に棄ててこられたらしい廃車の側を通りかかった時だ。誰の運が悪かったか知らないが、それの盗難防止装置が甲高い音を立てた。

こりゃいかんと咄嗟の判断とカンに任せて逃げ出した五人は、十数秒後に凄まじいクラッシュ音と絶叫を聞くこととなる。

殺到したゾンビが、理性なく廃車を全力で攻撃し始めたのだ。次第に元気を失い、途端に途切れた甲高いビープ音は、車が完全に破壊されたことを報せてくれる。

つまり、感知能力が高く、スチールの車体を完全に破壊するだけの力があり、全力疾走して群がってくる最悪のパターンだ。

これにも難なく対応して生き延びてきたというサバイバーズはいるものの、それは弾が潤沢にある高性能なフルオート火器が手に入った環境が前提であり、弾が通貨となって、速射できる銃が貴重なスクラップヤードにて相手をするのが賢明な手合いでないことは確実。

そして、それを生み出すに至った根源に触れるのは、更に危険なことにしか思えなかった。

「これ、どうみても核攻撃だよな」

『ピンポイントでの戦術核攻撃の痕跡かと。ガイガーカウンターが反応しています。長期の滞在は推奨できません』

「なぁ、ハジメ、クレーターしかなかったつって帰らねぇか?」

「魅力的なお誘いをどーも。けど、アレ見えてんだろ。放置して帰って、ハイランダーになんて申し訳をするつもりかね?」

ガスマスクを被り、しっかりとフィルターも装備した二人は時折グラスから粉塵を拭いつつ、クレーターの中央を無視することはできなかった。

「あれ、何ですの? 入り口にしては大きいですわね」

自分の美貌を隠すのは悪徳ですらあると信じているトワイラは、ガスマスク相当品として働く魔法の品であるヴェイルで顔を守っていたが、円形の蓋らしい巨大構造物についての知識はないため、アレの下に建物があるなど推察はできなかったのだろう。

「チョコの缶、似てる」

「そーだな、詰まってるもんはそんな幸せそうなもんじゃなさそうだが」

一方で汚濁の中で育ったクインは、自らの抵抗力を信じているからか、バンダナで口と鼻を覆うだけで、目をしぱしぱさせつつ耐えている。実際、放射線は彼女にとって大した問題とならない。

「トリニティ、スキャンできるか?」

『試行中……ダメです、スキャナが弾かれました』

「うぇ、ってことは……」

『かなりの厚さがある鉛の層で守られていますね』

「核シェルター研究所ぉぉぉ!!」

うわぁぁぁ、ハジメはあくまで周りのゾンビを刺激しないように、小さく小さく叫びながら頭を抱えてしゃがみ込んだ。

最悪のパターンだ。ハズレの中のハズレといってもいい。

彼が平和だった前の世界で愛好していた、娯楽映画でもよくあった展開なのだ。

暗黒メガコーポが何の利益があるかも分からない、収益モデルが全く不明な制御不能のウイルスなりを、一体どうやって政府に隠して建造したのだと胸ぐらを掴みたくなる規模の研究所で、怖ろしく雑な管理態勢にてせこせこと作っていることなど。

そして、この廃棄世界は、正しく眼前の核シェルターを兼ねた研究所から漏出したナニカによって落日を迎えたのであろう。

目の前のクレーターは、恐らく核攻撃によって〝滅菌〟を試みた最後の足掻き。

さりとて、成功したかどうかは、多数のゾンビを見れば明白であろう。

この手の施設は本当に性質が悪いのだ。

放っておけばスクラップヤードで生き足掻いている人間を更に窮状へ追い詰めるのみならず、捨て置けば何があるか分かった物ではない。

触れるな危険とばかりに放置したばっかりに、何かのタイミングで地下に設置されていた情報秘匿用〝核地雷〟が起動して、地方が丸ごと一個吹っ飛んだことさえあるのだ。

それを知っている為政者達は、どれだけ実入りが薄かろうが、サバイバーズの研究所を無視しない。

制圧して無力化できるなら見逃さず、大枚を叩いてでも封じ込める。

今の比較的安定している状況があるからこそ、煙草と弾薬の経済圏が成り立っているのだ。それを根っこからひっくり返し、スクラップヤードの一地方にまで落日が訪れるのを座視するくらいであれば、彼等は私兵と傭兵を糾合して即席軍を作るくらいはやってのける。

つまり、ハジメ達をハイランダーがここに寄越したのは、この施設がそれに値するかを試すためのカナリアとしてなのだろう。

彼等が何とかしたらそれでよし。

もしも〝鳴かないカナリア〟として重宝していたハジメが帰って来なければ、それだけの危機として周辺勢力を動かす原因となり得る。

イモータン、バッドラック、ハーフデッド。

箔が物を言う傭兵の界隈にて、それだけの異名を囁かれる男なのだ。

それが本当に死んだとあれば、慌てる者は多かろうて。

「退くか?」

「馬鹿言え、アーモリーから一日半しか離れてねぇんだぞ。ほっとけるか」

一頻り頭を抱えたハジメは、自分の中で感情の整理と諦めをつけたのだろう。ガスマスク越しに頬を張って立ち上がった。

「俺は行く。嫌なら帰れ」

「そーいう物言い、格好良いと思ってるなら改めた方が良いぜ、似合いもしねぇ」

「うるせぇ。無理に付き合うことねーぞ」

揶揄われつつも一歩を踏み出したハジメに、最初に続いたのはトリニティであった。砂塵の中でホロスクリーンは乱されきって表示できていないが、何を言いたいかは行動で分かる。

そして、次にクインが軽やかな足取りでクレーターを駆け下りていった。トリニティを追い越し、ハジメの足を叩く。

励まされたのかと思ったイモータンだが、違うことに次の瞬間気付いた。

太股のポケットに入れておいた、新品の〝国民加増嗜好食甲種一号〟が缶ごと持って行かれたのだ。

「っておい!!」

「さきもらい!」

たかたか走っていく背中に拳を振り上げはしたものの、ハジメはゆっくりとそれを下ろした。

まぁ、あの斥候が道行きを助けてくれるなら安い物かと思って。

「まったく、この砂は勘弁なりませんわね。掃除させないと」

次に続いたのはトワイラだ。

彼女は貴族であると自分を定義し、この地でも貫いている奇人である。

その領主様が捨て置けば、世の中が荒れる物を放っておくだろうか。

ここは失われた葡萄とオリーブ溢れる豊かな所領ではない。生きている泥だらけの人間も民ではない。

それでもだ、身を寄せている以上、最低限の義務。

先頭に立って剣を抜くくらいは、領主であった責を知る者として為すべきだろうと思えた。

「馬鹿しかいねぇのか、ここは」

はぁ、と呆れつつ、デルタは後ろを見る。

ガラス化した砂と灼けた土が立ちこめる中、一人で帰ろうと思えば帰れなくもない。

しかし、仕事の終わり間近に後ろ弾が飛んで来るでもなく、等分で煙草を配るお人好しがコレだけ集まる機会は、今後あるだろうか?

前の世界から〈ローン・サバイバー〉として生きてきた彼女は、他人を信用することはない。

自分以外を信用しすぎれば、必ず痛い目を見てきたからだ。

しかし、信頼できる人間がいることをスクラップヤードに棄てられて初めて知った。

それを失うのは惜しい。

ならば、自分もちょっとばかし馬鹿になるのも悪いことではないだろう。

「はぁ、しゃーねぇ」

サバイバーズは安全のために初弾を装填していなかった薬室に槓桿を引いて初弾を叩き込み、戦闘準備を終えると小走りでハジメの隣に並んだ。

「……お前も似合わないことしてねぇか?」

「馬鹿にあてられて馬鹿やるヤツが一人いても、まぁ悪くねぇだろ」

「はぁ……こりゃ打ち上げは俺持ちかね」

「破産覚悟しとけよ」

「チッ……」

一党は同じ向きを向いて進み、そしてスクラップヤードの混沌を更に深める可能性のある、坩堝の縁へと辿り着いた。

「しかし、でっけぇシャフトだな。何のためにこんなデカイ穴を?」

「このサイズの兵器を作ってた、とかだと洒落になんねぇよな」

「それこそ世界の終わりだろ」

言うまでもなく、この巨大な搬入口は人の出入りに適していない。物資搬入にしても大きすぎて、ロケットサイロだと言われても巨大に過ぎる。

「ハジメ、ここはいれそう」

「お、でかした」

その傍らに、上部構造物が根こそぎにされた時に備えた入り口がこっそりと残されていた。クインが指さす砂の山からは、チラッとであるが人間サイズの隔壁が覗いているのだ。

「ポートが見たことない形過ぎる……何これ気持ち悪い……」

しかし、残念ながら統一規格という素晴らしき言葉とは縁遠いスクラップヤードにおいて、何らかの接続端子があったとして接続できることは希だ。

しかし、統一されていることが一つある。

「いよっこいしょぉ!!」

ハジメは字の読めない、そして謎のカードリーダーが備わったコンソールパネルナイフを突っ込んでカバーを引っ剥がすと、その下に配線の群れを見つけた。

そう、コードだ。物と物と繋ぎ、電気信号を伝える。この形は早々変わることはなく、コネクターそのものは千差万別の形態を見てきたハジメでも、配線の形状そのものが未知である〈シヴィラツィオ〉と〈サバイバーズ〉の世界は見たことはなかった。

違うのは色や被覆の材質程度であって、情報を伝達する芯は大して変わりやしない。

「よし、頼むトリニティ」

『あまり気味の悪い変数を使っていないコードであればいいのですが』

言われてしゃがみ込んだトリニティは、配線の群れを見て指を当て、数秒の黙考を――彼女のクロック数的には数時間の熟考に等しい――経て、端子からコードを引き剥がすと、露出した金属部分を指で挟んだ。

『構造自体はそこまで難しくありませんね。ただ、やはり秘密施設だけあって 難読化(オブフィシケーション) が激しく、かなりクセがあります』

ここのセキュリティ、地下部分にあたる施設への立ち入りは相当厳しくブロックがかけられていたのだろう。よく見れば引き剥がしたコンソールの逆側にもカードリーダーと生態認証端末が据え付けられており、最低でも二人の セキュリティ(警備) ・ クリアランス(資格適性) を満たした人間がいなければ開かなくなっていたようだ。

『まぁ、陽電子頭脳の前に、この程度のファイアウォールなんてことはないのですが』

だが、しかし、恒星間航行が一般的になっていた世界から来た〝電子の唄姫〟が本気を出したのであれば、程度の低い二進数で編まれた言語なんぞ数秒で解析できてしまう。

それがどれだけの乱数と変数を噛ませ、シヴィラツィオとサバイバーズのプログラマであれば反吐を吐くような代物であってもだ。

「さすがは超SFの世界出身。完璧だ」

『我々にとっては、もうフィクションではないので、SFの住人扱いは少し不適切ですよハジメ。しかし、数秒の ブルートフォース(総当たり) ・アタックで開いてしまうとは』

「力業じゃねぇか」

『アクセス制限回数解除が簡単だったので……あ、全員に最高位クリアランスをついでに付与しておいたんで、施設内はフリーパスですよ』

「こわ」

しかし、この世界の暗黒メガコーポが本気で構築した防御網が数秒で壊滅させられた上、セキュリティ・クリアランスを付与して全ての扉を開けてしまうとは。企業の防諜担当部署が憤死してもおかしくない。

いや、この有様的に、憤死する前に蒸発している公算が高いのが、彼等にとっては救いなのかもしれないが。

なにはともあれ、面倒な鍵は全て開いてしまった。

扉を開けるようコードを送れば、固く閉ざされていたハッチは、気密を保っていた空気の圧縮を解いてゆっくりと開き始める。

そして、数人ずつしか入れないようにして外部からの攻撃を制限する意図もあったのだろう。何着かの耐環境服が吊られた滅菌室が露わになった。

「したら、行くかぁ」

「帰りに余裕があったら、この服持って帰ろうぜ。良い金になりそうだ」

「ケバケバしい黄色……趣味じゃありませんわね」

『そういう問題ですか?』

ひょいっとクインが入り込めば、無機質な電子音が鳴り響く。

『クイン上級監督官、ようこそおいでくださいました』

「……あれ? ここもしかしてAI制御入ってる?」

『はい、なのでとりあえず屈服させておきましたが』

「こわ……」

超科学の申し子がしれっとやってのけることに畏怖しつつ、傭兵達は世界を畳むに足る、脅威が待ち受けている暗黒メガコーポの懐へと静かに忍び込むのであった…………。