軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

3-8

ナナは自分がいわゆる〝一軍女子〟であることを自認していた。

顔は良い。 読モ(読者モデル) に誘われることなど繁華街を歩けばザラであったし、芸能事務所の名刺は束になるくらい集まり、何なら洒落で送ったアイドルオーディションにだって通った。

そのどちらも面倒であり、彼女は殊更目立つことが好きでも無し。その上、バイトしなくても小遣いに困るような家ではなかったので断ったが、クラスの誰より顔がいいことは自認していた。

美しさとはクラスカーストの前提であり、人生を強く生きるための下地。

だから誰もが自分を助けてくれたし、何ならば言うより先に何とかしてくれた。

あの、世界がゾンビに襲われるまで。

何が起こったかをナナは全く知らない。あったのは混沌と悲鳴、そして血に塗れた臓物が散らばる、日常の象徴であった学び舎。

学校がゾンビに襲われ、逃げる時に親友だと思っていた相手に足を払われて、死にかけても何とか生き延びただけで、彼女は何も知らない。

ただ確実なのは、生きている事。

あれだけの修羅場を潜り、こんなゴミ捨て場に来ても、アーモリーに彷徨い着くまで死ななかった。

だから彼女は未だに自分を〝特別〟だと思っているし、怖い物などないと思っていた。

そして、同性に負けることはないとも。

「あ?」

この怖ろしく治安とガラの悪そうな女に睨まれるまで。

ハジメは伯爵にオリエンテを引き渡した後、予想外の成果だと大層お褒めの言葉を預かり、なんと三箱ものビニールがかかったままの煙草を受け取った。

新品で汚染されておらず、ビニール梱包された煙草パックは、開封済みのそれと違って倍以上の価値がある。

通貨としてこれ以上ない上物ですよ。そう証明するに値する品だからだ。

ハジメは斯様な物であっても〝指南料〟などとつまらないことを宣わず、二人に一パックずつ渡した。支度金まで用意したのにだ。

そして、自分の奢りで打ち上げをやってやるといって、仕事が来るまで時間を潰していた〝いつもの酒場〟に来たのだが……。

「よぉ、デルタ。カルカロフのところで仕事だったんだって。また酷い目にでも遭ったか?」

「誰だその女」

目線だけで人間を殺せそうな、眇めの目線に射貫かれて、ナナは心臓がぎゅっと握られたような心地になった。

人殺しの目というのは、こういうのをしているのだろう。漫画でよく見た表現、それが形になって叩き付けられたからだ。

ハジメの命に興味がなさそうな目とは、また別の視線だ。暴力を自らを裏打ちする通貨として認めた、特有の人間だけが放てる圧。平和だった故郷では、粋がるばかりで大したこともできない不良がしていたガン付けとは比べものにすらならぬ。

「まぁ、それより聞いてくれよ、使い物になりそうなの二人も拾ったぞ。二人とも、紹介する、コイツは俺の仕事仲間でデルタだ。サバイバーズの中でも飛びきりの腕っこきだぜ。で、こっちはナナ、デカイのはシャシュトゥ。まぁ、よろしくしてやってくれよ」

「どうでもいいわ。足引っ張らねぇで、弾除けになるならな」

「お前ってやつはホントに……」

シケモクを咥えた女は二人を一瞥すると、言葉どおりどうでも良さそうに前を向き、どこの世界から発掘されたかも分からない、瓶入りの黄色いビールを呷った。カルカロフの仕事で大きな儲けがあったため、店主拘りの酒ではなく発掘品を持って来させたのであろう。

「あ、いいなそのビール。店主、同じのあるなら俺にもくれ。ライムはないか? レモンでも我慢するぜ」

「んな上等なもんがウチにあるわけねぇだろ」

「チッ、湿気てんな。とりあえず人数分な」

指の欠けた老人が、常にガタガタと異音を立てる冷蔵庫からビールを取りだして、何とも危なっかしい手付きで並べていった。

そして、人付き合いが好きではないデルタであっても、馴染んでおくに越したことはないとハジメは要らぬ気を利かせ、挟むように二人を座らせる。

そのあと、自分はしれっとシャシュトゥの隣に座るのだ。

普段からガラが最悪で治安の悪い顔付きをしている彼女のそれが、一掃増して悪いと言うことは、きっとカルカロフの仕事で相当に酷い目に遭ったのであろうとハジメは推察する。故に、激発した時の盾があって悪いことはないと、あろうことか新人を衝立に使ったのである。

とはいえ、デルタも最初に会った頃と比べれば丸くなった方だ。

気に食わないからといって、即、斧の錆にすることはあるまいと分かった上である。

「だ、だから、あーし、お酒なんて……前酷い目に遭ったし……」

「黙ってのめ。ハジメの奢りだろ。ましてや初めて一緒に仕事した後だ」

「いや、でも……やっぱ未成年だし……」

「その法律がスクラップヤードで、お前をどう罰するんだ? それに俺のカンだが、コイツは格段に飲みやすいぞ。舌に乗せるじゃなくて、喉に流すようにいけ」

隣の女がおっかない目で睨んでくるので、ナナはプルプルと震える老人の手が栓を抜いたビールに恐る恐る口をつけ、その苦さに驚いた。

アッサリした味わいで酒に慣れた者ならば「サッパリした飲み口」と称するであろうが、酒など学生の悪さとして甘い甘い、度数もジュースめいたチューハイを飲んだことがある程度のナナには、ラガー系のビールは苦すぎたようだ。

「けほっ、けほっ! にっが!?」

「なんだ、上品な嬢ちゃんにゃキツいか? 代わりに、オレが飲んでやろうか?」

同性から見下すような目で、それも鼻で笑われることなどなかったのだろう。カッと来たナナは瓶を取ると、ハジメからのアドバイス通りに一気に、液体が舌へ触れないよう頭を上げて喉に流し込んだ。

幸いにも元々炭酸が強すぎる酒でなかったこともあって、何とか飲み切れたのだろう。

どうだとばかりにキッと睨み付けながら瓶を止まり木に叩き付け、反応を見るべく目をやったナナであったが、よもやもよもや、既にデルタは興味を失って前を向いて、ぷかりと煙草を燻らせていた。

「こっ、この……」

「うっ、うんめぇぇぇぇぇ!? なんすかこのエール! 美味すぎる!?」

抗議の声は無垢な歓声に上塗りされた。

シャシュトゥが発掘品の美味さに感嘆したからだ。

ペルディトゥスは往々にして、他世界の発掘品を味わった時、このような反応を見せることが多い。

まぁ、言っては何だが基礎的な文明レベルが低いのだ。

かつて彼等が暮らしていた世界は、魔法や奇跡によって、一部の分野ではフラグメンテ・マキナでさえ上回っていたと言っても良いだろう。なにせ信仰によって死者がよみがえることもあれば、魔法使いの気紛れ一つで星が堕ちてくることさえあったというのだから。

反面、それに頼り過ぎて製造基盤はお粗末なことが多い。

荘園制や農奴によって支えられる食料生産は貧弱で、家畜を肥育して美味しく食べようという概念は貴族にのみ許された特権。平民が肉を食える機会など、狩人の家系でもなければ、卵を産まなくなったニワトリを潰すか、牛や馬が寿命で死んだ時くらいだ。

それがどうだ。世界的には飽食の時代にあることが多いシヴィラツィオの世界が残していった残滓は、加護喪失者には痺れるような多様なる味覚刺激をもたらす。崩壊したりといえど、同等の科学技術を持っていたことが多いサバイバーズの世界も同様だ。

そして、食事が不要か作業となりつつも、一種の〝娯楽〟として存在するフラグメンテ・マキナの世界。

四つの世界は、戦力的な意味では均衡を保ちつつも、豊かさという一点において文字通りに格が違うのだ。

なればこそ、傭兵達はペルディトゥスの世界が落着した時〝ハズレ〟と呼ぶのである。

「冷たいエールなんて気持ち悪いと思ったのに、喉をぐぐっといくのは気持ちいいし、苦さの中に爽やかさがすげぇ!! なんだろ! なんだこれ!? ああっ、くそっ、瓶がちいせぇ!!」

「おー、ここまで喜んでくれると奢り甲斐があるな。俺のも飲めよ」

「いいんすか兄貴!?」

「おう、飲め飲め。いつものよりマシそうだから頼んだけど、俺ビールは嫌いなんだよ。もう一口飲んでるけど、そういうの無理な感じ?」

「いえいえ! いただきます!! 兄弟の杯ってヤツっすよね!!」

「えっ? なにそれきいてない」

大仰なまでに感謝したシャシュトゥは、次はじっくり味わうべくちびちびと、体に比べて小さすぎる瓶のビールを楽しんだ。

そして、それを眺めるハジメの顔を見て、ナナは毒気を抜かれてしまう。

思いだしたのだ。

自分が生き延びる理由になった少年の顔。

オタクくん、そう呼んで揶揄っていた後ろの席の彼が、自分に食いつこうとしていたゾンビにタックルを見舞い、逃げる時間を作ってくれた。

親友だと思っていた相手から、囮として使うべく足払いをされた直後のことだ。

そのおかげで、自分は今もここにいる。

オタクくんは今際の際、腸を引き摺り出される激痛に苛まれながらも叫んでいた。

逃げてと。

その冴えないと思っていた死体の群れの中から辛うじて見えた優しい顔、それがどうしてか、ハジメのそれと被ってしまった。

「どうした? ナナ」

「……別に」

「ま、鉄と火の試練を潜った儀式としての一杯だ。無理してこれ以上飲むことはねぇよ」

試練? と耳慣れぬ言葉に首を傾げた彼女に、ハジメは微笑みながら言った。

一緒に仕事をしたニュービーの〈悪運〉が尽きなかったことへの祝いとして、仕事に誘った先達が一杯馳走してやるのが何よりの報いである。この倣いが、アーモリーの傭兵達にはあるのだと。

「ま、御神酒代わりの苦いビールはこの辺にして、何かジュースでも飲むか?」

「……お酒でいい」

「舐められたくないとか考えなくていいんだぜ?」

「お酒で!」

分かった分かった、そう呆れたようにハジメは、もう一本同じビールを頼んでやった。

少なくとも、自分でもやっと悪酔いしなくなった程度の出来映えである店主手製の密造酒は――そもそも酒税法がないので密造もへったくれもないのだが――前に酷い目に遭ったから嫌だろうと、高価な発掘品のビールを惜しみなく振る舞うことにして。

「じゃ、オレはそろそろ寝床に引き上げるわ」

「あぁ? おい、デルタ。新入りと会話くらいしろよ」

「いつ死ぬか分からねぇやつの名前を覚える気にゃなんねぇな」

「お前ねー……物には言い様って物がだね……」

席を立ってゴツゴツとブーツを鳴らしながら、スリングで吊ったスメリィ・ガンをブラブラさせて去って行くデルタ。彼女の酒量的に満足した訳ではなさそうなので、どうせこの後、二軒目に行くか、瓶一本買って塒で飲むだろうことがハジメにはすぐ分かった。

それから、煙草を置いて行っていないことにも、少し遅れて気付く。

「あんにゃろ、人の懐が温かいだろうからって……」

元々人付き合いが好きな性質ではないとはいえ、ここまで反発するとは思っていなかった彼は、どうしたもんだかと頭を掻く。

全員親友になりましょうねとまでは言わないが、せめて一緒に酒くらい飲んでほしいものだが。

そう思っていると、瓶が倒れる音がした。

「ひっく」

「って、あらら……」

ナナが顔を真っ赤にして、倒してしまったのだ。中身は空になっていたが、呑み乾した物を置こうとして、手元のコントロールを誤ったらしい。

「ナナ、どうした、お前パッチテスト……って、あ、そうか、高校生じゃ受けないか」

「お酒なんて……真面にのんだの……はじめてだし……だから、やだって……」

「あー、こりゃ俺が悪かったかね。いや、煽ったデルタか? まぁいいや、店主、水だ水」

ほれ、ゆっくり飲めとグラスを寄越す顔が優しかったからだろうか。後ろにふらりと倒れかける体を支える手が、温かかったからだろうか。

それとも、あの自分を助けてくれた、机を椅子にして困らせてしまった彼の顔が被ったからだろうか。

思わずナナは、ハジメをこう呼んでしまった。

「ありがと、オタクくん」

「おた……オタクくんてお前……そりゃ銃にゃうるさいけども……」

くぴくぴと自分が持ったグラスから水を飲むナナを見て、ハジメは流石に渋面を作ったが、まぁアンタよりかはいいかと、前の世界だったら普通に不名誉な――ちなみに、彼はオタクに優しいギャルという概念を知らない――呼び名を謹んで頂戴することにした。

水を飲んで落ち着いたのだろう。ナナは、そのまま顔を真っ赤にして卓に腕を組んで伏してしまう。意識は残っているが、明瞭とは言い難い。

「参ったな、新しい宿屋を聞いてないぞ」

「兄貴、俺と同じで駆け出しなら、そこら辺で寝てると思いやすぜ」

「……若い女子を地面に放り投げる訳にもいかんだろ」

しゃーねーなーとハジメは肩を竦め、くったりした少女の体を持ち上げた。

「ナナは俺の部屋に寝かせとこう。シャシュトゥ、お前もちゃんとした宿を取れ。懐のモン目的で殺されかねねぇぞ」

「うぇっ!? マジですか!?」

「そんなのこの辺じゃ日常茶飯事だ。シケモク一本目当てで溝に浮かぶヤツが日に何人いると思っていやがる」

うへーという顔をするオーガに、ハジメは育った部族の治安が相当良かったのだろうなと思う。

いやさ、盗みを働こうとして、気付かれた時の面倒さからターゲットにされなかっただけかもしれない。オーガはシヴィラツィオを使い終えた楊枝のように折りたたむくらい簡単だし、小口径弾だと殺しきれないこともある。そのリスクを考えれば、こそ泥とて盗む相手は選ぶだろう。

「宿の主に口訊いて安くさせるから、ケチるなよ。煙草は命で買えても、逆はそうそうできねぇんだからな」

「う、うっす」

「こういう〝常識〟も教えてやらにゃならんか……まいったね」

新人獲得って思ったより面倒だな? そう思いつつ、ハジメは新入り達を連れて宿へ戻ることにした。

どうやらこの日、二人は〈悪運〉に恵まれたようだ。

然もなくば、新品の煙草パックを持ったニュービー二人など、路上で撃ち殺されたとしてもおかしくはなかったのだから…………。