軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

2-4

会計役に体中を磁石の嵌まった指輪でまさぐられたハジメは――ボディチェック用に売られている流行の品だ――娼館の二階に通されていた。

他の部屋より二回りは大きく、片足がへし折れて異国語の本を積み上げることでバランスを取ったキングサイズの寝台には、酷く扱われたのか娼婦が二人、ぐったりと倒れている。

それから給仕役として一人が側に酒瓶を持って侍り、もう一人が人形を愛でるように膝に乗せられていた。

大きな男であった。上背は2mと30cmはあるだろう。その人間であれば骨格と比例して、搭載するのは不可能だと思われる筋肉量の巨躯から、ハジメは彼がチルドレンズであることを察した。

恐らく父親はオーガかトロウルのどちらかだ。生まれながらに大柄で屈強な肉体を持ち、それでいて辛うじて人間の道具を扱える限界サイズのハイブリッド。何処で生まれた阿呆か知らぬが、その恵まれた肉体でさぞや好きかってしてきたと見える。

「で、何の用だ」

不貞不貞しく男は行った。口には払いに当てればよかろうに、葉巻が咥えられている。

しかし、所作がなっちゃいない。短くなるまで吸い過ぎだし、何度か再点火した痕跡も見られる。典型的な小道具を使って偉ぶる様を補強しなければ、カリスマが成立しない小物であった。

「宿の主が払いは良いから、もう出て行ってくれと仰せだ」

「払いはいい? 俺達は上客だから当たり前だろう。お前の言葉を借りれば紳士的に遊んでいる」

全裸の女を抱いて、自分もズボン以外履かず、傷まみれの体をこれ見よがしに見せ付けているのも威圧のためだ。

自分の力に本当の自信があったならば、一々こんな小兵のシヴィラツィオに警戒してみせるのは小心に過ぎるし、ハイランダーのようにボディチェックなどさせず入室させるはず。

その上、扉の両脇に銃を持った護衛を二人。あまりに臆病だ。

のみならず、きっちり腰の見える所に銃を刺しているのもお笑い物だ。

とはいえ、この界隈において臆病さは武器。ハジメはそれを詰ろうとは思わない。

ただ、威圧して追い返したいなら、徹底するべきだったなと呆れるばかりである。

これでは大物の演出どころか、非武装の小兵とガキ一人に本気を出す阿呆丸出しではないか。

「一昨日、死人を出したと聞いたが?」

「足抜けしようとした娼婦を代わりに始末してやっただけさ。親切だろう?」

「……そうかい」

ハジメの中でスイッチがガタついた。

端的に言って、コイツらが気に入らなくなってきたのだ。

仕事はスマートかつ楽に。銃弾の一発も使わず終われば万々歳だ。

しかし、世の中には殺しておいた方が寝覚めがいいヤツがいることを彼は重々承知している。

ただ、今ではない。真正面から殴り合いで勝てる手合いではないことは分かっている。

身長差が倍近く、重量に至っては三倍はあるだろう。

こんな怪物を殴り倒せるのはコミックの中だけ。少なくともハジメが渾身のストンピングを見舞ったところで、タマでも踏み潰さない限り、この男はピンピンしているはずだ。

ボクシングがあれだけ細かく体重毎に階級を分けているのは、そこまでしないと“殴り合い事態が成立しない”からなのだ。

「しかし、店が客を追い出すとはなっちゃいないなぁ。それこそ紳士的じゃないんじゃないか?」

「ああ、だから立ち退き料を預かってる」

言って、ハジメは敵意はないことを示すため、野戦服を開けてからゆっくりと手を差し込み、煙草の束を取り出した。

言っておくが、嘘だ。彼の書いた筋書きであり、娼婦を取りあえず危険から遠ざけるための手札。30本の煙草を紐で括った束は手出しのものであり、店主とは会ってすらいない。

「それっぽっちか」

「貰ってない分の酒代と飯代、娼婦のサービス料もチャラなら相場だろう」

「足りねぇなぁ」

「いっ……」

傭兵団の頭は背を大きく方向けながら、抱いた娼婦の胸を強くもみしだいた。

柔らかな丘が大きな手の中で圧搾され、指の間から溢れた肉に血が集まって痛々しい赤みを帯びる。

相当に痛かっただろう。だが、小さな声だけで耐えたのは、下手をすると殺されることが分かっていたからか。

「その五倍持って来たら考えてやるよ」

「……はぁ、最初からそのつもりか」

ハジメは深々と溜息を吐き、頭を振った。

よくあることなのだ。仕事にあぶれた傭兵がタカリの〆として、立ち退き料を要求することは。

殺さないでおいてやるから、出て行って欲しければ金を出せ。暴力を商売とする者達にとっては、有り触れた商材の使い方であるものの、全く以て美しくない。

少なくとも、この段階に至って値上げを要求するあたり、 頭(かしら) 自身が相場を把握していないのだろう。

典型的な、旗揚げからが順調過ぎて、頭に乗りすぎた集団の構図だ。

やり過ぎは死に繋がる。

報復の手が伸びないなどと思っているのだろうか。

〝高々一二人程度〟の小粒な傭兵団、その御山の大将が威張ったならば、より天上に近い者が赫怒することくらい想像できてよさそうなものだが。

とはいえ、それができないからこそ、ハジメが名前も聞いたことのない程度の傭兵団なのだろうが。

「分かった。じゃあ特別だ。クイン」

「ん」

そして、譲歩に譲歩をした上で駄目となったら、もうハジメは躊躇わない。

自分が面倒だからと、生かしておけば他人様に迷惑をかけるだけの阿呆を逃したとあっては、ただでさえ不味い安酒が更に不味くなる。

故に、彼はスマートさの方向を変えた。

「なんだ、ぬいぐるみに煙草を隠していたのか。かしこ……げっ!?」

「ぜんいん、うごくな」

クインががばりと開いたぬいぐるみ型バックの背から、四角い粘土のような物が露わになる。赤いランプの灯っている機械を埋め込まれて静かに脈動するそれは、シヴィラツィオの放棄世界が残していった高性能複合爆薬だ。

「かけらも、のこさず、どっかーん」

「イカレてんの……」

頭目は言葉を最後まで続けることができなかった。

目は爆薬に釘付けで、ハジメなど完全に意識の外だ。

故に気付けない。

彼が裾からフルタングのナイフを引き抜くことが。

磁石のチェックでは反応しない、サバイバーズの世界で造られた特殊セラミック製の刀身が首を裂くまで。

「ごっ……かっ……」

「良いもん持ってんな」

そして、彼は傭兵の頭が喉を押さえて無駄な止血を試みている下で、ズボンに突っ込まれていた拳銃を手に取った。

古い型の奇妙な形状をした銃だ。セミオートでもフルオートでも射撃できる洗練されたプレス加工の本体に木製の楕円を描く銃把。グリップに収めるのではなく、銃前方の機関部に差し込まれた箱形の弾倉が特徴の銃を護衛に向け、セミオートで二発ずつ。

爆弾に驚き、頭目が首を捌かれたことにさえ気付かず崩れ落ちる護衛。

それと同時、轟音が二つ。

一つは屋根を破壊する凄まじい破壊音。娼婦が集められていた部屋へと、愛剣の重みで屋根をぶち破ってトワイラが突入したのだ。

二つは.44の重々しい銃声。もう一つの娼婦が集められていた部屋の、窓際に立っていた見張りをデルタが狙撃で排除した音だった。

「いい仕事だ二人とも」

ハジメは何も場当たり的にコトを進めたのではない。

虎の子の小型通信機を内耳に貼り付けて、トリニティから敵の配置と娼婦がどこに集められているかを聞いてから動いていたのだ。

上に敵は五人。ハジメと会っていた頭目に護衛が二人、それから娼婦を見張るのに一人ずつ。

後は下の門番に二人と、酒場で遊んでいた五人。

これで娼婦達に当座の危険が及ぶことはなくなった。

「って、これショートマガジンかよ。クリップはと……」

予備のマガジンではなく挿弾子で弾を纏めていた頭の腰から弾丸を引っこ抜きつつ、まだ藻掻いている体を押し倒して娼婦の戒めを解いてやるハジメ。

「ひっ……ひっ……」

「部屋の隅でしゃがんでろ。数分で済む」

マガジン側部に穴はなく、目視で残弾は確認できないが、この型なら二発は残っている筈だ。ハジメはクリップを咥えながら扉を蹴破り、クインに先行させる。

それから、また銃声が響いた。

二階に続く扉の近くには窓がある。上の銃声と轟音を聞きつけて、頭を護りに行った忠誠に篤い配下が狙撃されたのであろう。

「クイン、アレ」

「うい」

次が登ってきたので、角で待っていたハジメは傭兵の頭を吹き飛ばす。造りこそ古いがしっかりした銃であり、こればかりは手入れを怠らなかったのか撃ち心地は悪くない。照門と照星を通した視線を一直線にターゲットに通せば、きちんと当たる素直なよい子だ。

先頭が即死して転がったせいで、後続はその転落に巻き込まれて落ちていく。

後尾の一人は時間差のせいで運良く壁に張り付くのが間に合ったようだが、回避に一手使ったのが悪い。ハジメからの銃撃を受け、そのまま頭部を左に大きく傾がせて仲間の一団に加わった。

「ぽーい」

そこにクインが一握りの缶を投擲する。

スタングレネード、そう呼ばれる致死性の武器であり、高価範囲内にいる人間の視界を瞬間的な閃光で焼き、特殊な音波によって平衡感覚を殺す。

それ自体に殺傷能力はないが、戦場において動けなくなるのは死と同義だ。

「やっぱそれ、古くなってたな。本当はもっと効果範囲が広いはずだが」

「ひろかったら、ふたりともたおれてた?」

「かもな」

暢気に会話しつつ下りていった二人。外から更に銃声が二発続いたのは、見張りが中に入ろうとしたのをデルタが狙撃した音だろう。

サバイバーズの死体が倒れながら扉を開き、転がり込んでくる。

「やっぱ良い腕してるわアイツ」

仲間の腕前に感服しつつ、死に体の敵にナイフを突き込んでいくハジメ。生き残りは逆手に握ったナイフで首を一突きにされ、事態の全容を知ることもなく果てていった。

「ざっとこんなもんか。トリニティ?」

『敵性反応、ありません。消失熱源一二。丁度です』

「あいよ」

「結局、こうなったじゃありませんの」

肘に刀身を挟んで血糊を拭っていると、娼婦が待機、というよりも監禁されていた部屋からトワイラがやってきた。全身返り血まみれなのは、凄まじい破壊によって斬り付けるというよりも、粉砕するに近しい破壊を受けた傭兵の残骸を浴びたからであろう。

「仕方ないだろ、道理を弁えないヤツにはこうするしかない」

「じゃあサッサとこうしていればよかったのでは?」

「周りに損害が行かないように絵図を描いておきたかったの!」

最終的に全員殺したのだから、回りくどいことをする必要はなかったのでは? そう言って憚らないトリニティであるが、理屈が違うのだ。

大人しく退店していたなら危険も怪我人も出なくてよし。

今のように交戦することになっても殺し合いではなく、一方的な殺しならば周囲への損害もでなくてよし。

考えナシに突っ込むのとでは最終的な解が同じであっても、労力が違う。それこそ面倒な計算を一々熟すのではなく、方程式を使って片付けるくらいの違いがあるのだ。

「トワイラ、俺は上を見てくる。どうせカルカロフは見張ってるだろうから、直に出てくるだろ」

「ええ、ここで待ってますわ。あら、割と良いお酒を置いていらっしゃる」

当然の権利が如く、酒保部分の棚に並んでいた酒を手に取ったトワイラを叱るだけの元気は、もうハジメにはなかった。

まぁ、これも悪党共が飲んだことにして許して貰おう…………。

【補記】

世界観が分かりづらいという意見が散見されたため、第一話などに〈World Talk〉として追加を行いました。