軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

28

自信はあったが、発表と同時に肩の荷が下りたのも本当だった。白百合姫に与えられる冠と花束を受け取り、アイリーンは拍手に一礼する。

セレナが壇上にいないのが気になったが、それより賞品だ。

「こちらが今年の白百合姫に献上する品になります」

台車で運ばれてきた賞品を急いでつかみ、アイリーンはあとずさる。

「続いて白百合姫による、最後のダンスのお相手を――」

「ではわたくし、失礼いたしますわね!」

「へっ? し、白百合姫!?」

ふわりと舞台から飛び降り、脱兎のごとく会場の真ん中を駆け出した。突然のことに驚いて人の波が割れる。

あれ以上舞台に立っていて、身元を根掘り葉掘り聞かれ出したら困る。ざわめく会場のすぐ外で、打ち合わせどおりレイチェルが待っていた。

「アイリ様、こっち、こっちです! こっちの部屋で着替えを」

「助かる、レイチェル」

レイチェルが誰からも見えないよう隠した扉に滑り込み、すぐさまドレスを脱ぎ捨てる。

高価なドレスはもったいないが、着替えが入ったバッグにぎゅうぎゅうに詰めこんだ。化粧を落とし、胸を布で巻き、結い上げた髪をかつらで隠し、男子の制服に袖を通す。

「おい君、確か警備隊の……白百合姫を見なかったか?」

「し、知りません!」

「最後のダンス、どうするんだ。逃げ出すなんて、百合の貴婦人たちもカンカンだぞ」

「おい、こっちだ! 早くしろ!」

最後の声はアイザックだ。そのまま生徒達を誘導するため、一緒に遠ざかっていく。

ぱたぱたと廊下を立ち去る足音を確認したら、アイリーンはそっと部屋から顔を出す。

レイチェルがほっとしたあと、妙に複雑そうな顔をした。

「あれ? まだどこかおかしい?」

「い、いえ……いつものアイリ様なんですけど……。……アイリ様ってよく見ると、顔立ちが女性的なんですね」

「えっ」

「アイリちゃん……?」

会場から出てきたウォルトの呼び声に振り向く。カイルもゼームスもいた。

これ幸いとばかりにレイチェルとの会話を打ち切る。

「先輩方、会場はどうです?」

「どうもこうも大騒ぎだが……」

ゼームスが答えの途中で妙な顔になり、そっと目をそらされた。

「どうしたんですか」

「いや……。なんとなく、こう……」

「……。ウォルト。俺は目を覚ましているか? この動悸はなんだ。男なのに……」

「カイル、落ち着けって。今はともかく賞品だろ」

ウォルトの言に、妙にそわそわしていた面々が咳払いをしたり、男、男と繰り返しながら向き直ったりした。

首をかしげつつ、アイリーンは持っていた箱を開ける。

中から出てきたのは、陶磁でできた小さな炉だった。

カイルがつぶやく。

「――東方の国の品だな。香炉だ」

「ということは中に魔香が入ってるとか?」

「……中は……からっぽですね」

緊張した空気が弛緩する。

炉の蓋をあけたまま、アイリーンは考えこんだ。色々ひっくり返したりしてみたが、中身は何もない。細かい装飾や龍の絵が素晴らしい一品だとしかわからなかった。

「……じゃああれは、ただの怪文書だったってわけかい?」

香炉を眺めながら、ウォルトが確認する。ゼームスが怪訝な顔をした。

「わざわざアイリの知り合いの新聞記者に偶然届くものか? できすぎだ」

「あの新聞記者は、普段皇都にいるんだろう。まさか皇都に異変が?」

「それだったらこちらにも連絡がきそうなものだけどね……」

どれも推測だが、なんだか嫌な感じだ。

(遊ばれてるみたいな……しかも皇都って、まさか魔香の出所もここじゃなく皇都……?)

だとしたら根本から見直さなければならない。

「――そういえば、オーギュストは?」

姿が見えないことに気づいて尋ねると、全員が顔を見合わせた。

「踊り疲れたから外の風に当たってくるって出て行ったきりだね」

「あ、私、セレナ様がオーギュスト様に用事があるって追いかけていかれたの、見ました」

「セレナが?」

レイチェルが頷いた。

「お二人で一緒にいらっしゃるのかもしれません」

「そういえばジルベールは、白百合姫の審査も抜け出したようだな。探すか?」

「いや、オーギュストに告白してたりしたら気まずいでしょ」

ウォルトの懸念はもっともだが、妙に嫌な予感がした。

決断できずにいるアイリーンの袖を、レイチェルがつかむ。

「アイリ様、あれ。オーギュスト様とセレナ様じゃ……」

レイチェルの指さした先に全員が顔を上げる。

ドレスを着たままのセレナが、オーギュストを引っ張って、まだ学生達が大勢残る会場の中へ入っていくところだった。

「会場に戻ってきた……みたいだね」

「行こう。セレナ様が何か持ってるのが見えた。レイチェル、君はアイザックを呼んできて」

「は、はい。分かりました」

アイリーンが廊下を進むと、皆もついてきた。

(小さな香水瓶に見えたけど……まさかね……)

気持ちがはやって小走りになる。先ほど逃げ出した両開きの大きな扉をくぐったところで、セレナの声が響いた。

「今宵、私は皆さんに、お知らせしなければならないことがあります」

オーギュストがアイリーン達に気づいて振り向く。困惑した顔をしていた。

その横でセレナがゆっくりと声を響かせる。

「この学園に、アシュタルトがいます。私が今からそれを暴きます」

突拍子もない話に周囲がざわめく。だがセレナは気にしない。

ゆっくりと周囲を見回し、胸を張って朗々と話を続ける。

「同じ生徒の中に魔物がいる。とても恐ろしいことですが、私は勇気を持って告発します」

「なあ、セレナ……お前なんかおかしいぞ。俺のこと聖騎士だとか言ったり……」

オーギュストの言葉にアイリーンは瞠目した。

(聖騎士!? どうしてセレナがそれを――まさか、私と同じなの!?)

「私は、彼を暴き、裁く使命をうけました」

ゆっくりと腕を上げたセレナの手に握られているものに、ウォルトとカイルが同時につぶやいた。

「魔香の原液――っ!」

「聖剣の乙女の代理として」

夢見るような微笑で、セレナがその手から香水の瓶を落とす。

硝子が砕ける音と一緒に、大理石の床からおぞましい色の煙が吹き上げた。